5話:王城にて*2
「エメディア……違う。誤解だ」
やがて、国王はようやく喋り出す。だが喋り出した直後にもう言葉に詰まったらしく、『どう言ったものか』とばかり、額に手をやって、忙しなく室内を歩き回る。
「その、確かに、メカニジアの調査が必要だ、という話が出ている。他国からもな。そして、お前がメカニジアとかかわりを持っているというのならば、お前が調査に適任だろう、とも思う。私も、お前を調査員とするつもりであった」
国王の説明を聞いて、エメディアは『やっぱりね』と頷いた。……やはり、エメディアの予想していたところは概ね、正解であったようだ。
「だが勿論、1人で行けとは、言わん。城の騎士達を付ける。それで……」
「結構よ。今、城の守りを薄くする必要は無いわ。それに……城の騎士と一緒に戦った時、どうにも上手くいかなかったの、お父様も覚えてらっしゃるでしょう?それに、今の仲間達、とってもやりやすいの!」
「そ、そうか……いや、しかし……」
一方で、国王としては、エメディアを得体の知れない連中と一緒に旅立たせることについては……特に、グレイがエメディアの近くに居ることについては、大いに反対なのだろうが……。
「さあ、お父様!決断して!私を彼らと一緒に旅立たせるか……はたまた、メカニジアのことは全て諦めるのか!2つに1つよ!」
エメディアがそう迫れば、いよいよ、国王はがっくりと項垂れて頷いた。
「……ああ、分かった、分かった。お前の言う通りにしよう。メカニジアについては、我が国が関わらないわけにはいかないだろうからな……」
……それを見たエメディアは、『やった!』とばかり、笑みを浮かべて喜んでいた。エメディアの肩の上では、ウサミミがぽよぽよと跳ねて、やはりエメディアと喜びを分かち合っていたのであった。
それから、エメディアは国王に報告を始めた。
メカニジアから送り込まれていた機械の兵士。女王エテルニータが出してきた和平の条件。メカニジア城の地下にあった、国を滅ぼせる規模の魔導兵器。そして、変形したメカニジア城と……生き残り、脱出して逃亡したと思しき、女王エテルニータについても。
……報告を受けた国王は、概ねのところを既に知っていたらしい。耳の速いことであるが、まあ、国の王ともなれば、各地に諜報員は仕込んであるのだろうし、彼らが伝令となって即座に情報を届けたのであろうことは想像に難くない。
しかし一方で、メカニジア城地下にあった魔導兵器のことは国王の耳にも届いていなかったし、女王エテルニータが和平を結ぶ気が無かった様子も、メカニジア城の詳細な戦闘能力も、まだ知らなかったようである。
「じゃあ、早速だけれど、明日、旅立つわ。使っていい馬車はあるかしら?」
「ま、待て。そう急くな、エメディア」
ということで早速動こうとしたエメディアであったがこれは流石に、国王が止めに入った。
「よいか?メカニジアについては最早、我が国だけの問題ではないのだよ、エメディア」
国王はそう言うと、深々とため息を吐いた。
「……丁度、ディアナバレイの使者が来ている。会って、話をしてみてほしい。彼らも、お前が持つ情報が必要だろうからな」
……どうやら、少々面倒なことになりそうだ。グレイはそう、予感した。
そうして、グレイ達はまた別の部屋で待たされることになった。
……つまり、グレイ達が最初に通されていた応接室は、何か仕掛けがある部屋だったのだろう、と思われる。恐らく、盗み聞きを防ぐ類の仕掛けがあったのだろうが……そこから移動した、ということは、ここから先はローザテイルの王城の誰かに盗み聞きされていると思った方がいいだろう。
「こちらです。もう少々お待ちください」
そうして案内の兵が開けたドアから部屋の中に入ると、そこは、先程の応接室より華やかな部屋であった。来賓用の部屋なのだろうが……。
「ふむ……先程の部屋の方が格式が高かったな」
が、室内に他に誰もいないのをいいことに、そこでアイオンがそんなことをぼやく。……アイオンなら、他に誰かが居てもぼやいていたかもしれないが。
「俺には違いがよく分からないな」
「そうか?君も『美』にあまり興味の無い類か……。まあ、見たまえ。あのシャンデリアは煌びやかだが、使われている水晶は質が低い。先ほどの部屋のものは、小ぶりなシャンデリアだったが、より澄んだ最高の水晶を用いていただろう?」
「記憶に無い」
「なら絨毯はどうだ?分かりやすいだろう?そう悪くない絨毯ではあるが、先程の部屋のものからは見劣りする。あの絨毯の緻密な織り模様は、正に職人技と言うべきものだ……」
……アイオンに蘊蓄を語らせていれば数時間は暇を潰せるだろうな、と思いつつ、グレイは『そういうものか』と部屋を見回していた。
グレイの知らなかった……或いは、そもそも気づきすらしなかったようなことに、アイオンは当たり前に気づくようだ。
そして。
「……ところで、この部屋は盗み聞きされてるみたいだな」
「ん?ああ、そうだな。国の監視が付いているのだろうが……」
「いや」
グレイは、アイオンの気づかないことに気付く。多くの魔力を持っている、ということ以上に……そういう生き方をしてきたが故に。
『もう1人、聞いてる奴が居る』ということに気づいた。
そして、グレイは部屋の片隅、花瓶が置かれた台へと近づき……その台の裏に貼り付けてあった、小さな魔石を見つけた。
魔石からは金細工が伸び、魔導の回路を成している。まあ、よくある盗み聞き用の道具であるが……。
……それを黙って見つめていたグレイは、そっと、スファルを手招きした。スファルは不思議そうに近付いてきたが……グレイは、スファルの耳元で、そっと指示を出す。スファルは、グレイに耳元で囁かれる不快感に顔を顰めていたが……グレイの説明を聞くと、にやり、と笑った。不快感に面白さが勝ったらしい。
「というわけだ。それから……」
グレイはごく小さな声で、ぼそぼそと、エメディアとアイオンにも話しかけるふりをする。同時に、2人には『耳を塞いでいろ』と身振りで伝え……。
次の瞬間、スファルが大きく息を吸い込んだ。
……そして、ローザテイル城の一室で、オーガが本気で出す雄叫びが響き渡った。
スファルが盗み聞きの道具に向かって叫んだ直後、グレイは『静かに』と、エメディアとアイオンに指示を出す。
……すると、スファルの先程の雄叫びが、遠く小さく聞こえた。残響めいて、しかし、それとは少し異なる様子で。
「よし、南側の部屋だ」
「上の階じゃねえか?そんな聞こえ方だったぜ」
ということで、早速、グレイとスファルは部屋の外に駆け出していく。
「南?上階?ええと、なら、客室だと思うけれど……えっ、今の、何だったの……?」
エメディアも事情が分からないままに付いてきたが、事情を説明している余裕は無さそうだ。
「ふふふ……エメディア姫。ならば僭越ながら、私が説明しよう!」
が、こちらは余裕綽々のアイオンが、やはり走って付いてきながら、説明を始める。……大した奴である。
「恐らく、先程グレイは盗聴器を見つけたのだ。そしてスファルがそれに向かって大きな声で叫んだことにより、盗聴していた何者かの元で、スファルの大声が響いた、という訳だ」
「え、ええ……?」
「盗聴器は、盗聴器を仕掛けた場所の音声をほぼ同時に聞くことができる。とはいえ、完全に同時ではない。魔力が伝播するまでの時間……概ね数秒の遅れは生じるものだ。つまり、大声がそちらに届くのは、実際に叫んだ数秒後。それがどの方向から聞こえてきたかを聞けば、どこで盗み聞きをしているのかが分かるのだ」
グレイは、背後にアイオンの説明を聞いて『まあ、概ね正解だな』と内心で笑う。
……実際に、『向こう側』で発されたスファルの雄叫びが、こちらにまで聞こえてくるかは分からなかった。だが最悪、この賭けに負けたとしても、まあ……盗み聞きをしている何者かの耳元で、凄まじい音量の雄叫びを響かせてやれればそれで牽制にはなるだろう、と踏んだのである。
そして……。
到着した客室の前には、兵士達が集まっていた。スファルの雄叫びが部屋の中から聞こえてきたので、様子を見に来たのだろう。
「……お客人は耳の調子が悪いみたいだな」
そんな室内に居たのは、耳を押さえて蹲る人と、その人の様子を窺う人達の姿。
どうやら、このお客人の一団が、盗み聞きをしていたらしい。
「何事だ」
そこへ、国王も駆けつけてきた。すると、集まっていた兵士の何人かが国王に報告を行い……そうして、国王も、『会議室で待っていたスファルが唐突に雄叫びを上げ、すると数秒遅れて客室からスファルの雄叫びが聞こえてきて、そして部屋の中では耳を押さえて蹲る客人が居た』という経緯を知ることになった。
国王は、それを聞いただけで、『成程、盗み聞きしていたということか』と察したらしい。少し考える素振りを見せていたが……。
「あー……エメディア。こちらはディアナバレイからお越しになられた使節団の皆様だ」
国王はそう、エメディアを前に出した。エメディアは、こくりと頷くと、優雅に進み出て、一礼した。
「そして……サジータ殿。こちらが我が娘、エメディアだ」
また、客人の中で最も位が高いのであろう女性へ国王が声を掛ければ、彼女も進み出て、エメディアに微笑みかけた。
「テルミナス・サジータと申します、エメディア姫。お見知りおきを」
こちらも優雅に一礼した女性……テルミナスは、白銀の髪を後頭部でまとめ、かっちりとした服装に身を包んでいる。瑠璃紺の瞳は笑みの形に細められているが、油断らしいものは見当たらない。身長は女性としては高く、また、感じ取れる魔力も一角のものであった。
……軍人だろう、ということは、立ち居振る舞いを見れば分かった。彼女は間違いなく、戦うことを生業とする者だ。
「……この度は、メカニジアへの対応を協議したく、馳せ参じました。エメディア姫にも是非、ご同席頂きたい」
テルミナスがそう言ったのを聞いて、エメディアは一つ頷いた。
「ええ、勿論そうさせて頂くわ。メカニジアについては、国を越えてどうにかしなきゃいけない問題だものね」
エメディアの返答に、テルミナスはにこり、と微笑んだ。
……だが。
「……それから、そちらの盗み聞きについては、不問としましょう。他に仕掛けたものを全て取り除くなら、ね」
エメディアはそう言って、ちら、と、室内の1人……耳を押さえて蹲っていた者を、冷たい目で見やる。
エメディアの冷たい視線を受けたその者は、表情を凍り付かせて青ざめた。
……さぞかし堪えることだろう。エメディアに嫌われる、というのは。
「ええ……我らの無作法をお許しいただけるというのならば、仰せの通りに致しましょう。姫の寛大な御心に感謝いたします」
テルミナスはそう言って、少しばかり、エメディアへの視線を鋭くした。……警戒だろう。だが、警戒したところでどうしようもない。エメディアは先程の冷たい視線が嘘だったかのように、にっこりとテルミナスに微笑みかけているし……エメディアに微笑みかけられれば、どんな人間でも、少なからず懐柔されてしまう。
「では会議室へ行きましょう。こんなところで話し合いっていうのも変だものね」
そうして、エメディアは……テルミナスへ、手を差し出した。
「エスコートするわ!」
……これには、テルミナスも目を見開いて驚いていた。
だが、次の瞬間には笑みを漏らして、エメディアの手に自分の手を重ねた。
冷たい印象すらあったテルミナスであったが……どうやら、エメディアは彼女の懐に潜り込んでしまったらしい。
そうしてエメディアが『こちらよ』とテルミナスを案内する後ろに、グレイ達も続く。テルミナス達、ディアナバレイの者達も、数名が後に続いた。
……グレイは、そんなディアナバレイの者達を見て、おや、と思った。
1人、テルミナスの瞳にもよく似た、瑠璃紺の瞳をした女性尉官が混ざっている。
こちらは少々身長が低く、他の者達に埋もれるようにも見える。髪も、テルミナスのような華やかな白銀ではなく、夜闇のような黒だ。
だが……魔力が、強い。もしかしたら、テルミナス以上に。
……これは油断できないご一行だな、と、グレイは内心で小さくため息を吐くのだった。




