4話:王城にて*1
そうして、翌々日。
アイオンもグレイも手足がきちんと揃ってから初めての、食事の席で……。
「王城へ行こうと思うの」
「正気か?」
エメディアの発表に、スファルが思わず、といった様子で声を漏らしていた。
「王城、って……お前、王城から逃げてたんじゃねえのか?」
「そうね。でも、事情が変わったもの。今の城は私の敵じゃない。味方よ。少なくとも、向こうはそれを望んでるはず」
スファルの言及にも、エメディアは涼しい顔で答え、シチューのスプーンを手に取った。
「それに、私にも王城の助けが必要になるわ。メカニジアを追うなら、ね」
「メカニジアを?」
今度はアイオンが声を漏らし、手にしたスプーンを取り落としそうになっていた。……尚、アイオンは普通に食事を摂る。兜を外さないままであるので、食べているのかいないのか、よく分からなくはあるが。
「ええ。メカニジア城から最後に飛んでいったアレは、放っておいたらまずそうだから」
「だとしても、貴女があれに手を煩わされる必要は無いのではないだろうか。ローザテイルの兵を使えばいい。違うかな?」
「私もローザテイルの兵みたいなものよ。渉外官を兼ねてはいるけれど」
「ついでに貴賓も、か。やれやれ……とんでもない姫君だ!」
アイオンが『信じられない!』とでも言いたげな身振りをして見せるのを見て、エメディアは苦笑しつつシチューの椀を置いた。
「そういう訳で、王城へ行ってみるわ。飛んでいったメカニジア城の一部がどこへ向かったかの情報が、城には届いているかもしれないし。もし、まだ情報が足りていないようなら、私達が持っている情報を共有しておかないと、ローザテイル国内の安全を保てないかも。まあ、つまり、これは必要なことよ」
……どうやら、エメディアの意思は固いらしい。グレイは、少々シミのある壁を見つめて少し考えたが……エメディアの言うことも、分かる。
彼女自身のことというよりは、ローザテイルの、そして世界のことを考えての行動なのだろう。実に利他的で……人の上に立つ者であるが故の責任感に満ちている。やはり彼女は、王族なのだ。
「ならばせめて、私も付いていこう。メカニジアに剣を捧げた身ではあるが、今は貴女を守る騎士として傍に居たい」
そんなエメディアに、真っ先にアイオンがそう申し出た。いつにも増して舞台役者めいた台詞である。グレイは、『本当にこいつ、口が回るよな』と、少々感心している。
「あら、ありがとう。スファルとグレイも来てくれる?」
「は?」
そして、そんなアイオンの台詞をさらりと流して、エメディアはとんでもないことを言い出したのであった!
「……俺とスファルを?連れていくって?」
「ええ。駄目?」
「いや、駄目とは、言わないが……」
……グレイは、スファルと顔を見合わせた。そして、互いをじっと見て……。
「粗暴で知られるオーガを連れていくのはどうなんだ」
「こんなみすぼらしい奴、城に連れて入るわけにはいかねえだろ」
互いに互いの悪口を言う羽目になったのであった!
「……あなた達、仲、いいの?それとも悪いの?」
エメディアが呆れ半分、面白さ半分くらいの顔でそう尋ねてくるのを聞いて、スファルは慄いた。
「はあ!?いいわけねえだろ!」
「俺は、悪くはないと思ってるが」
……が、慄いたのはスファルだけだ。グレイはグレイで慣れたものであるので……そして同時に、この面子とは、そろそろ慣れてきたので、こんな軽口も叩けるというわけである。
「は……?そ、そう、なのかよ……」
「ああ」
「……そうかよ」
スファルは、一方的にグレイを突き放すこともできなかったらしい。人の好いオーガである。
「ふふふ……なら、一緒に来てくれる?あなた達が居た方が、話が早いと思うの」
「あー、まあ、俺は構わねえが……俺はともかく、グレイが居ることで早くなる話ってのは、何だ」
スファルはいよいよ気まずそうにしながら、エメディアにそう尋ねた。……すると。
「多分私、メカニジアの残党を始末する旅に出ることを命じられると思うから。その時、『じゃあこの仲間達と一緒に行ってきます』って言えたら、楽でしょ?」
……エメディアは本当に、沢山驚かせてくれる。グレイは、少々気が遠くなってきた。
翌日。
「止まれ!ここから先は……」
王城へと続く道、門の手前で、グレイ達は門番に止められた。……だが。
「ご苦労様。エメディアよ。至急、報告しなければならないことがあるの。お父様に取次ぎをお願い」
エメディアが前に進み出れば、兵士は『姫様!』と、嬉しそうに笑う。そして、『伝令!来い!』とやったり、『姫様はどうぞお通りください!』とやったり……手のひらを返したような態度である。
「ふむ……やはり、ローザテイルの城は美しいな」
そんな中、エメディアの次に……もしかするとエメディアよりも更に余裕がある様子であるのが、アイオンである。
「メカニジアには、美しさというものを全く気にしない者達が多かったが……ローザテイルは違うようだ……」
アイオンは、うっとりとローザテイルの城を見上げている。……ローザテイルの城門は、重々しい石造りに鉄の門扉が付いた代物であるが、石材が温かみのある色合いだからか、はたまた、鉄の部品にも蔓草や花や鳥の装飾が成されているからか、メカニジアのそれとは随分と印象が異なる。
更に、城門を抜けていけば、広がる庭の美しさにまた、アイオンが歓喜の声を上げた。
「おお、おお……!なんと美しい!」
「今は丁度、薔薇が見ごろよね。ふふ……」
グレイは、アイオンのように『美』というものに拘る性質ではないが、それでも、この庭の美しさは理解できる。
咲き誇る色とりどりの薔薇。滑らかな白い石の彫刻。芝は綺麗に刈り込まれ、魔導仕掛けの噴水が華やかに、それでいて派手ではない程度に彩を添えている。
「ほーう……大したモンだな。あの彫刻はさぞ名のある彫刻家が手掛けたモンに違いねえ……」
そして、こうしたことに最も縁遠いようにも思われたスファルであったが、彼は彼なりに、やはりこの庭を美しいと思うらしい。金属や石については、グレイより彼の方が思うところがあるのだろう。それが、鉄鉱石か大理石かは、関係ないのである。
「いやはや、この庭を見られただけでも、貴女と共に来た甲斐があった!おお、我らがエメディア姫に心より、謝辞を!」
「そう?そう言ってもらえると嬉しいわ」
アイオンの歓喜の声にエメディアは苦笑しつつ、エメディア自身も薔薇を一輪指先でつついて笑う。エメディアの髪の如き、金色がかった桃色の薔薇は、エメディアにつつかれて、ふるん、と揺れた。……薔薇もエメディアにつつかれれば、さぞ嬉しいことであろう。
さて。そうして騒がしいアイオンは、王城内部の応接間へと入るとまたしても騒がしくなった。
アイオンは、その部屋に飾られている壺や絵画、はたまた絨毯や、天井から吊るされた小さなシャンデリアに至るまで、それらがいかに優れた芸術であるかを語って聞かせてくれるので、グレイ達は退屈せずに済んだ。多少、辟易はさせられたが。
……だが、そうしている内に時間は過ぎ、そして……。
ぎい、と、重厚な樫材の扉が開き、その人が現れた。
「エメディア……!」
「お父様!」
エメディアが笑顔を向けたその人こそ、この国の王。……本来ならば、グレイなど、一目見ることすらなく人生を終えていたであろうその人が、今、グレイ達の目の前に居るのであった。
グレイは咄嗟に、床の上に膝をついた。
こうした時の作法など、無作法者のグレイには全く分からない。ただ、メカニジアでエメディアがやっていたようにすればよいだろうか、と考えて動いたのだが……。
「ああ、ここは非公式の場だ。楽にせよ」
国王は、そんなグレイや、グレイと同じようにしていたアイオン、そして、一拍遅れてもそもそ動いていたスファルに笑いかけ、そんなことを言ったのである。
「大丈夫よ、皆。正式な謁見じゃないし……それに、この人は皆にとって、『旅の仲間のお父さん』なんだから!」
……エメディアもそんなことを言って笑うが、グレイとしては、『そんな風に割り切れる肝の太さは無いぞ』と思うばかりである。
「ふむ、そういうことならば失礼して……私はアイオン・シルヴァスター。このように美しい国の王にお目にかかれて光栄だ」
が、アイオンは肝が太い。いっそ、肝が無いのかもしれない。
いずれにせよ彼は、堂々と国王に手を差し出し、握手していた。スファルは『マジかよ』と目を剥かんばかりである。
「あー……俺は、スファル・トゥルバ……その、コルザの町のトゥルバのモンだ。俺は俺の誇りにかけて、エメディアを守るって決めてる」
「そうかね。それは頼もしいことだ」
更に、スファルもアイオンの後に続いたものだから、グレイはいよいよ困ってしまったが……。
「それでね、お父様。彼が、グレイ。グレイ・シンダーよ。私をダンジョンの奥底から救い出してくれて、それからもずっと、私達皆の盾役をやってくれてる頼もしい人!」
エメディア直々にご紹介に与ってしまったとあらば、動かないわけにはいかない。グレイは覚悟を決めて、国王へと一歩、足を踏み出して……。
……そこで、国王が自分に向ける、嫌悪混じりの視線に気づいた。
……ここしばらく、あまりにも居心地のいい環境に居たものだから、忘れかけていた。
グレイの恩恵は、未だ、ここにある。消えてなどいない。
グレイは……間違いなく、『嫌われる者』なのだ。
「グレイ・シンダーだ。大楯持ちで……その、彼女とは真逆の『恩恵』を持ってる」
だが、嫌われても憎まれても、挨拶しないのは無作法である。グレイは手短に、できる限り早く、挨拶を切り上げた。
「エメディアとは真逆の……?それは、つまり……」
国王は、グレイに向けていた冷たい視線を床に彷徨わせた。グレイも同じように視線を落とし、絨毯を見つめるばかりとなる。
……ついさっき、絨毯の図柄についてアイオンが解説してくれたのを、思い出す。小鳥と若木の図柄は、平穏な日々を象徴するものなのだ、とか、何とか。グレイには今一つ分からない感覚だったが。
「お父様。もしお父様がグレイを見て、『気に食わない』って思ったとしたら、それは彼の恩恵のせいよ!」
そんなグレイと国王の間に、エメディアが割って入る。
「けれど、この恩恵があるから、彼は盾役として優秀なの。あらゆる敵の攻撃を集められる彼だからこそ、私は無傷で、ダンジョンを出られたの!」
……エメディアの言葉は、グレイにとってあまりにも、眩しい言葉だ。自分が受け取ってしまっていいのか分からない程に。
「そうか、いや、しかし……」
だが、国王は気まずげに視線を彷徨わせながら、何か、言葉を探そうとする。恐らく、愛しいエメディアの周りからグレイを排除するための理屈を探しているのだ。
グレイとしては、『まあ、ご尤もなことだ』と思う。自分は排除されてしかるべき側の人間だ、とグレイは分かっている。恩恵のこともそうだが、裏通り育ちの粗野な男を、わざわざ選んで姫君の傍に付けておく理由が無い。
……だが。
「しかし、だなんて聞けないわ!」
エメディアはそう言って、国王の前に立ちはだかった。
国王が戸惑っている。グレイも、戸惑っている。スファルとアイオンは面白がっている様子であったが、グレイとしては気が気でない。
「言ったでしょう?彼、優秀な盾役よ。そして一方の私は、バカみたいに大きな隙を生じる魔法使いなの。絶対に、盾役をやってくれる仲間が必要なのよ!」
「盾ならば、城の兵士にも」
「駄目よ。数で勝負するわけにはいかないでしょう?それに、城の兵士を動かせる余裕、今のローザテイルにあるの?」
国王の反論をあっさりと圧し潰して、エメディアは、国王の顔をじろり、と覗き込む。
「私、メカニジアの残党を追うつもりよ。……元々、そうさせる手筈だったんじゃない?」
……今度こそ、国王は黙りこくってしまった。
どうやら本当に、『そうさせる手筈』であったらしい。




