2話:療養*2
グレイは寝台の上、じりじりと焦燥に駆られながら、じっと横たわっていた。
……手足の無いグレイは、こういう時に駆けつけることさえできない。状況が分からないまま、ただ、『エメディアが倒れた』という情報だけを頭の中で反芻し、そして、壁の向こうの声に耳を澄ませることしかできないのだ。
エメディアが倒れた、というのならば真っ先に考えるのは、過労である。
彼女はお姫様だ。本来、大切に守られて生きているべき人間であろうに、事もあろうか、ダンジョンの中に取り残され、更にはそのままグレイと共に旅に出る羽目になり……彼女はきっと、城を出てから一度も、まともに休めていなかった。
メカニジアのことだって、そうだ。あの酷い戦いと逃避行を彼女に強いてしまったことを、グレイは只々、悔いている。エメディアが魔力を使うことだって、彼女の負担になっただろうに……ああした無理が祟って、エメディアは倒れたのではないだろうか。
「……酷い病じゃ、なけりゃ、いいんだが……」
ぼやきながら、グレイは只々、焦燥に駆られる。
もしエメディアが倒れた原因が、病だったら。不治のものだったら。エメディアの命が損なわれるようなことが、あったら。
……考えれば考える程、焦燥は増していく。気が狂いそうだ。
こんなにも誰かを案じるのは、生まれて初めてのことである。グレイは今まで、誰かを案じるより先に自分を案じねばならなかったし、結局のところは、誰も案じない生き方をするに至った。
自分が倒れてもどうでもいいと思っているし、誰かが倒れても、一々心を動かすようなことはしないように努めていたのだ。誰かを案じたところで、グレイに案じられても迷惑がられることが多かったし……それが分かった頃には、他者に心を動かすこと自体を避けられるようになっていたので。
だが今こうして、焦っている。誰ともつるめず、誰にも案じられず、誰も案じないよう努めてきた、あのグレイ・シンダーが、である。
「……ああくそ」
グレイは、ごろ、と体を横にして、目を閉じた。
ここでグレイが焦っていてもどうしようもないのだ。ならばせめて、自分は体を休めておくべきだ。
……そう思ってみても、まるで眠れそうになど無かったが。
そうして、ただ何度か寝返りを打っていたグレイは、ふと、ドアの向こうから聞こえてきたスファルの足音を聞いて、がばり、と体を起こした。
「スファル。エメディアは」
早速、とグレイが尋ねると、スファルは『おう』と難しい顔をしつつ、そこらの椅子に腰かけて、答えてくれた。
「大きな問題は無いらしい。過労かも、って本人が言ってたぜ。なんでも、魔力の具合が妙なんだと。休めばよくなるってことらしいが」
「そう、か……」
グレイは、いつの間にか詰めていた息を吐き出した。
ひとまず、意識があるということなら、最悪の事態にはならないだろう。そして、エメディア自身が『魔力の不調で、休めばよくなる』と言っているなら、ひとまずはそれで様子を見るしかない。
「だが、熱が出てやがる。ちっとばかり苦しそうだった。かわいそうに……」
「そうか……」
……代わってやれるなら代わってやりたいくらいだが、どうすることもできない。グレイは無力感に苛まれつつ、体をぐったりと寝台に横たえた。
「おい、グレイ。魔力が妙な具合になって熱が出るってのは、どういうことだ」
一方のスファルは、そもそもの『魔力が妙な具合になって熱が出る』こと自体が分からなかったらしい。分からないなりにエメディアの症状の理解に努めようとしているらしく、スファルの眼差しは真剣だ。
「ああ……そうだな、まあ、そのまんまだ。体内で魔力が暴れて、あちこちに支障が出る。魔力が大きく増える成長期に出ることが多いが、過労で魔力の制御が上手くいかなかった時や一気に魔力を使いすぎてその反動でおかしくなった時、後は……手足を失って魔力の均衡がおかしくなった時とかにも出ることがあるな……」
「そ、そういうもんか……」
スファルは魔力自体が少ないので、魔力不調による体調不良は経験が無いのだろう。
だが、グレイは大いに、そうした経験がある。……無理に魔力を増やそうとして熱を出したことも、魔力を使い過ぎて体が駄目になったこともある。そして勿論、手足が駄目になった結果、魔力がおかしくなったこともあった。
「……それはよお、辛いモンか?」
「……程度による。だが、今回のエメディアのは……ダンジョン2個分の魔力を一気に吸収して、その直後、メカニジアを滅ぼすくらいの魔力を一気に使ったわけだ。当然、程度は重いだろうな」
「くそ、そうかよ……」
グレイが答えると、スファルもまた、ぐったりと椅子の上で項垂れる。
……エメディアのことが案じられる。だが、グレイにもスファルにも、アイオンにもジョード老にも、どうすることもできないことなのだ……。
それから少しして、グレイの部屋にアイオンがやってきた。
……そう。四肢を失っていたアイオンが、やってきたのである。
「テメエ……また、随分と、こう……すげえカッコじゃねえか……」
「まあ、今の私は君の言葉通りの様相だということは認めよう。だが、この状況で『エメディア姫の看病より私の腕を優先してくれ』と言うことは私の美学に反するのでね」
……アイオンは、脚だけあって、腕が無かった。だが、そんな中でも椅子に腰かけ、優雅に脚を組んで、悠々としているのだ。大した奴である。
「ああ、グレイ。ジョード老からの伝言だ。『お前の手足と機械野郎の手と、どっちを明日にしてどっちを明後日にするか決めておけ』とのことだが。どうする?」
そうしてアイオンが尋ねてきたのを聞いて、グレイは『まあ、流石のジョードも、1日で手足合計5本は無理だよな』と納得した。鎧ならともかく、手足は『間に合わせでいい』という訳にはいかないのだから。
特に、エメディアの看病をまともにできるのは、間違いなくジョードだけなのでそちらにも手を割くべきだろう。
「……あんたが先でいい。腕が無いと不便だろ」
「まあ、それはそうだが。しかし、そちらも自力で全く動けないまま、というのは問題があるのでは?」
「室内くらいなら、這って移動できる。片腕のことにしても、慣れてはいるから問題ない。だがあんたは腕が無いとできないことが多いだろ」
「ふむ。見くびってもらっては困るがね。だがまあ、順番を譲ってもらえるというのなら、ありがたく受けようじゃないか」
アイオンが特に遠慮もせずに順番を受け入れてくれたので、グレイは『こいつと組むのは、案外やりやすいな』と笑う。……グレイは、少し我儘なくらいの奴との方が、上手くやれるので。
「だが、グレイ。君にも間違いなく修理は受けてもらう。それは私の誇りにかけて、必ずや実行する。いいな?」
「そりゃ、ありがたいな」
……ついでに、グレイは、『自分を後回しにした結果、この後何か大きな問題が起きて、自分の手足が直らないままであったとしても、アイオンのそれが直らないよりはマシである』とも考えていたのだが……先回りしたかのように、アイオンが釘を刺してきたので苦笑するしかない。
「幸い、部品は私の分も君の分も足りそうだ、とのことだ。それどころか、より性能を向上させることも可能だそうだぞ」
それから、アイオンはなんとも嬉しそうにそう話しかけてきた。
部品が足りそうだ、という旨については、グレイもいくらか聞いていた。メカニジアで部品漁りをしてから戻ってきた甲斐があったというものだ。
「まさか、メカニジアの外にも、こんなに腕のいい職人が居たとはね。もっと早く知りたかった」
「ああ、ジョードの爺さんは、元々はメカニジアに居たらしい。それが何をやったのか、こっちに流れてきたらしいが」
「……あの老人、何をやったんだ?」
「さてね。相手の過去を詮索するもんじゃないだろ。特に、この裏通りじゃ、そうだ」
アイオンは、ジョードの素性が気になる様子だったが……ジョード本人が明かすつもりが無いならば、知るべきではないだろう。そして、この裏通りでは、余計な詮索は我が身を滅ぼす。グレイはそれをよく知っている。実際に『滅んだ』奴を何人か知っているので。
「そうか……。まあ、気になるところではあるがね。今は、その秘密を楽しむこととしよう。ヴェールに包まれたものは、はっきりと見えないからこそ面白く、興味をそそられることもあるものだ」
アイオンは相変わらず、妙に抽象的で気障たらしいことを言いつつ……恐らく、手を動かそうとして、そこに手が無いことを思い出したのであろう。そんな動作をしてみせて、そしてすぐそれに気づくと、『やれやれ』と悪態をついた。
「……エメディアは、このままでいいのか?」
そんな折、ふと、スファルが焦れたようにそう言った。
「城に連れていきゃあ、もっといい治療が、できるんじゃねえか?」
……スファルの言葉は、そう的外れでもない。
今、エメディアが寝ているジョードの客間は、この裏通りにおいては間違いなく最高の部屋の1つだろう。だが、表通りならばこれと同じくらいのものは幾らでもあるのだろうし……王城ならば、よりよい環境も、用意できるはずである。特に、エメディアのためならば。
薬の類も、医者の類も、当然、裏通りより王城の方が手配しやすいだろう。エメディアに何か望むものがあるのならば、王城に居た方がそれを叶えやすいはずである。
……だが。
「……そうとも限らないだろうな。少なくとも、本当に魔力の揺らぎによる症状なら、対処方法は無い。ただ休むことだけが、唯一の回復方法なのだからな」
アイオンはそう言って、ため息を吐いた。
「その上、エメディア姫の命を狙う輩が居ないとも限らないのだろう?ならば、そんな場所に今の彼女を置いておくのは、より危険なのではないかね?」
……そう。
結局のところ、エメディアの兄が『今エメディアを殺すのは得策ではない』と判断していたとしても……独断で動いてエメディアを殺そうとする者が居ないとも限らないのだ。そんな中へエメディアを帰すわけにはいかない。
「そうかよ……くそ、なんか、できることねえのか……」
「……今は、待つのみだ。もどかしいが、それしかない……」
結局、スファルもアイオンも、そしてグレイも、しょんぼりと肩を落とすことしかできないのであった。
「……こういうことがあると、自分で魔法を使えねえのが腹立つぜ」
スファルがぽそりとそうぼやいたのを聞いて、グレイは、『ここで悲しいだとか不甲斐ないだとかじゃなくて、腹が立つ、ってなるのはスファルの美徳だな』などと思った。
それから……まあ、結局のところ、グレイ達3人とも、エメディアのことを大変に案じているのだな、とも……。
……それからしばらく、3人固まってじっとしていたが、その内、スファルが『ああくそ!』と叫んで出ていった。
それからジョード相手に何か言う声が聞こえてきて……その後、ばき、めき、と破壊音が聞こえてくるようになる。
一体何事か、と見に行ったアイオンは、すぐグレイのところへ戻ってきて、『どうやら廃材の解体の仕事を買って出ただけらしい。やれやれ……』と報告してくれた。
成程、スファルは『体を動かしていればひとまず落ち着かない気分はどうにかなる』ということらしい。
やがて、アイオンもどこかへふらりと消えていき……取り残された何もできないグレイは、1人、粗末な寝台の上、ごろ、と寝返りを打つしかない。
そうして、なんとも落ち着かない夜を過ごしたグレイ達であったが……翌朝。
「おはよう、グレイ!」
うとうとしていたところに声を掛けられて、グレイは即座に目を覚ます。
がばり、と体を起こせば、そこにはエメディアが立っていた。
「……もう、体はいいのか」
「ええ。なんとかね。まだちょっとだるいけれど、それだけよ」
エメディアが元気そうにしているのを見て、グレイは全身の力が抜けるのを感じた。
「……よかった」
「えっ、えっ、ちょっと、グレイ?もしかしてものすごく、心配してくれてた……?」
そんなグレイを見て、エメディアは不思議そうな顔をしていたが……それを見たグレイは、ぐったりしながら、少々恨みがましいような気持ちである。
「そりゃあ、するだろ……俺だけじゃない。スファルもアイオンも、ジョードの爺さんもそうだ」
「ジョードさんが大げさなんじゃなかったのね……」
グレイは、『ああ、これでジョードの爺さんも元気に俺達の手足を直してくれるだろうな……』と思う。あの老ドワーフは、エメディアのことを大層気に入ってしまっている様子だ。人嫌いがよくぞああまで、とも思うが……それだけに、エメディアが倒れたことによって老ドワーフはさぞ心配したことであろう。
「……ねえ、グレイ」
そんなことを考えていたグレイに、エメディアは、思いつめた顔で言った。
「やっぱり、私の『恩恵』のせい、よね、これ」




