1話:療養*1
その昼下がり、グレイはエメディアにまじまじと見つめられていた。
「あー……その、そんなに見ないでくれ」
……グレイは、簡素な寝台の上、義手も義足も外した情けない姿で横たわっている。
ここはローザテイル王都の裏通り。金さえ積めば仕事をしてくれることで有名な老ドワーフ、ジョードの工房である。
グレイ達は、ローザテイルへ帰ってきた。
悶着は、あった。
グレイは、『やはりエメディアはローザテイルに戻ると危険ではないか』と主張したのだ。アイオンの修理が必要だというのならば、同じく修理が必要なグレイがアイオンを背負って、2人でローザテイルへ入ることもできる、と。
……エメディアが彼女の兄に命を狙われている、ということは分かっている。ならば、わざわざその危険の中に飛び込む必要もないだろう、と。
だが……ローザテイルに入って最初の宿場で、兵士から『エメディア姫を見つけ次第捕らえるように、という指示は誤報だったようです!』と説明されてしまえば、グレイもエメディアの意見を信じないわけにはいかなくなった。
つまるところ、エメディアの言うところの『それどころじゃなくなるでしょうから』である。
メカニジアが崩壊した話は、既にローザテイルに伝わっていたと見え、グレイ達がローザテイル国内に戻った時には、既に各地への通達が出されていたらしい。その結果、エメディアは国の兵士と出くわしても、捕縛されるでも殺されるでもなく、和やかに会話をすることができていたのだが。
……どうやら、エメディアの兄は、エメディアという戦力をここで切り捨てるわけにはいかなくなった、ということらしい。
それもそうだろう。メカニジアの状況は、依然として不明瞭だ。飛んでいった鉄の棺がどうなったのかは分からず、つまり、女王エテルニータがどこかで生き延び、何かを企んでいる可能性が極めて高い。
だが、それでも『メカニジアが凄まじい武力を有している』ということだけは、伝わった。それこそ、ローザテイルの中枢を一気に恐怖させるほどに。
そんな中、エメディアの兄としては、たとえ自分の政敵であったとしても、エメディアというローザテイル最大級の戦力をわざわざ削ることなどできるはずがない。
……ということで、『それどころじゃなくなるでしょうから』は、正しかったのである。
そうして、グレイ達はローザテイルの王都へ戻ってきた。
が、グレイの知る裏道から通った。正門から入ったら、即座にエメディアが城まで連れていかれる可能性が高かったためである。
エメディアは、『グレイとアイオンが治るまでは私も傍にいるからね!』と譲らなかったため、こうなった。エメディアの発案である。グレイは、『こんな抜け道、教えなきゃよかったかもしれない』と、少々自分の行動を悔いた。
グレイとアイオンの姿を見たジョード老は大層驚いたものの、アイオンが何処からともなく金塊を取り出してジョード老に寄越し、グレイも自分の財布から適当に宝石類を出して寄越し、更に、メカニジアで拾ってきた諸々の部品を全て提供することによって、ジョード老は上機嫌でグレイとアイオンの修理を始めてくれた。
そしてその結果……グレイはエメディアにまじまじと体を見つめられることになっている!
「あ、ごめんなさい。その……気になって」
「……まあ、そうかもしれないが」
エメディアは、じっ、とグレイを見ている。グレイの義手義足は、全て外されている。特に傷は無かったはずの左脚についても、『ガタが来てるぞ』と言われ、持っていかれてしまった。尤も、『この部品があれば性能が上がる』とも言われているので、グレイとしても喜ばしくはあるが。
だが……こうして義手義足を外してしまうと、グレイの体は酷いものだ。
右腕は肘上から消え失せているし、右脚も太腿の半ばから先が無い。左脚は膝下からの欠損だが……いずれにせよ、見ていて気分のいいものでは、ないだろう。
「……痛むの?」
だがエメディアは、グレイが危惧していたのとは少々異なる反応を見せた。
どうやら、この心優しい姫君は、グレイの姿を見て心を痛めている様子である。
「いや、痛みはもう無いんだ。天気が酷い時には痛むこともあるが……今は平気だ。多少触ったり殴ったりしても痛まない。試してみるか?」
グレイは慌てて言葉を連ねた。エメディアには、心配をかけたくない。否、エメディアでなくとも、誰にでも、心配などかけたくはない。
「そ、そうなの?」
「ああ、問題無い」
「ええと……じゃあ、ちょっと触るわね……」
……が、グレイとしても、これは予想外であった。
エメディアの手が近付いてくるのを見て一瞬思考が止まったグレイであったが、数秒前に自分が『試してみるか?』などと言ったことを思い出す。
とはいえ、『殴ったりしても痛まない』の部分を試されることは想定していたが、まさか……『触ったり』の部分を試されるとは、思っていなかった!何せ、グレイなどに触りたい者など、居るはずがないのだから!
だが、エメディアの手は、そろり、と遠慮がちながら、嫌悪の様子は無く……グレイの右の太腿へと延びる。
そしてエメディアの手が、そろ、とグレイの太腿の断面……とっくに肉が盛り上がって、骨も血管も包み隠して久しいそこを撫でていくのを、息を詰めて見守る羽目になる。
自分以外の手がそこを撫でたことなど無かった。だから、それが案外くすぐったいものだということを、グレイは初めて知った。
だが、耐える。ここで身を捩りでもしたら、エメディアは『やっぱり痛むんじゃないの』と疑うことだろう。その弁明も、エメディアにかけるであろう心労も、煩わしい。耐えれば済むなら、そうするに越したことは無いのである!
「わあ……こうなってるのね」
「ああ……うん、まあ、そう、だ、な……」
そうしてグレイは、耐えた。耐えに、耐えた。忍耐強さはグレイの十八番である。ここで負けるわけにはいかない。
一方のエメディアはそんなグレイの心境など露知らず、へえー、などと言いながら、続いてグレイの右腕の断面をすりすりと撫でる。欠損した手足など気味が悪いだろうに、これだ。本当に、このお姫様は好奇心旺盛にあらせられる。
右腕を大切そうに持ち上げられて、その先端の、何も無い部分を撫でられて、観察されて……グレイはただ、『どうしてこんなことになったんだ』と思わずにはいられない。だが、耐える。エメディアの好奇心にはそのままであってほしいような気がするので。
……そうして、しっかり左脚の断面まで撫でてから、エメディアは『すごいわねえ』と、感嘆らしいため息を吐いた。
「これが義肢に繋がって、それを動かしてるんだから……本当にすごいわ」
「ジョードの腕は確かだからな」
ようやく撫でられ終わって、グレイは少々安堵しつつ、寝台にぐったりと体重を預けた。……まだ、自分の手足の断面をエメディアの手が撫でていく感覚が残っているような気がして、落ち着かない。
「そりゃ、ジョードさんの技術も素晴らしいものなんだけれど。でも、それを動かせるあなたもすごいわよ!」
……が、更に、グレイ自身のことまで褒められると、やはり落ち着かない。
「魔力の量もそうだけれど、それを操る技術も素晴らしいわ。そうじゃなきゃ、生身の体と同じように義肢を動かすなんてこと、できっこないもの」
「案外、やれば慣れるもんさ。それに、それを言うならアイオンの方がすごい。あいつは4本全部だ」
「アイオンの場合は、制御用にまた別の機関を入れてるって聞いたわ。ジョードさんがそれ見て大喜びよ!」
「ああ……あの爺さんは珍しいもんが好きだからな……」
なんとか、アイオンやジョードの方へ話が逸れたのをいいことに、グレイはそのまま、ジョードが開発してきたものの話をしたり、ついでに裏通りの話をしたりして、自分への言及を避けた。
幸い、ジョードの話も裏通りの話も、好奇心旺盛なお姫様の興味を引くことができたらしく、そこからは、グレイのことが話題に上がることは無かったため、グレイはこれにほっとした。
……やはりまだどうにも、自分へ好意めいたものや、無垢な興味関心が向けられるのには、慣れない。
それから少しすると、ジョードがエメディアを呼ぶ声が聞こえてきて、エメディアはそちらへぱたぱたと駆けていった。
……お姫様を呼びつけるとは、あの老ドワーフもいい度胸である。まあ、彼はエメディアが本物のお姫様であることを知らないので、致し方なくはあるが。
漏れ聞こえてくる会話に耳を澄ませていると、どうやら、ジョードはエメディアに、アイオンの体の説明をして聞かせてやっているようであった。
珍しい魔導の回路や部品の工夫について話して聞かせるジョードは、偏屈な老人には似つかわしくない程に上機嫌である様子だ。エメディア相手だからこそだろう。彼女相手なら、誰でもそうなる。
……逆に、エメディア相手に敵意を持ち続けていられる奴など、そう多くはないだろう。余程多くの魔力を持っているか……はたまた、機械仕掛けか。そのいずれかだ。
その点、アイオンは体の半分ほどが機械であるらしいが、エメディアの恩恵の影響は如何程なのだろうか。そして、グレイの恩恵の影響は。
「よお。調子、どうだ」
考えていたグレイの元へ、スファルがのしのしとやってきた。
……スファルは、ジョードの仕事には興味が無いらしい。ただ、エメディアの付き合いでここまで来てしまった、というくらいなもので……つまり、退屈しているのだろう。グレイに話しかけに来てしまうほどに。
「ああ、悪くないよ」
「悪くない?そんな恰好でも、そういうモンか?」
「慣れてる。それに、左腕1本あれば、案外色々なことができるもんだ」
グレイは答えつつ、枕元に置いてあった瓶をとって、蓋を取る。……ネジ式の蓋だったが、右腕の脇を使って瓶本体を固定し、左手で蓋を捻れば事足りる。
「ほーう……器用なもんだな」
「どうも」
瓶の水を飲んで満足したら、また瓶の蓋を戻して、元の位置に瓶を戻す。その一連の動作を見ていたスファルは、少々興味深そうにグレイを見ていたが……。
「……その手足の断面ってどうなってんだ?」
「あんたもそれが気になるのか!」
……どうやら、スファルもエメディアと似たところがあるらしい。グレイは思わず笑ってしまいながら、『触ってみてもいいぞ』と申し出てみるのだった。
結局、スファルはエメディアより遠慮なくグレイの手足を触って、『はー、こうなってんのか。まじまじ見てると気味が悪い気もしてきたな』などと随分なことを言った。グレイとしては『まじまじ見る前は思わなかったのか』と苦笑するしかない。
……それから、スファルは暇に飽かせて雑談していった。
『アイオンの野郎、まさか手足が機械だとはな。分解されてんのを見てきたが、結構なモンだぜ』だの、『エメディアはあのドワーフのジジイと何を話してるんだ?アイオンの分解だのお前の手足の調整だのがそんなに面白いモンか?』だの、『ところでエメディアに引っ付いてるスライムは、ありゃ一体何なんだ?』だの。
……そんな話をしていくスファルに相槌を打ってやりつつ、『アイオンは今、どんな状態だろうな……』などと考えつつ、グレイはスファルの雑談に付き合って……。
そして。
「……ん?なんか騒がしいな……?」
ふと、スファルがそう、言う。
そしてその音は、グレイにも聞こえていた。隣の部屋……アイオンの手足を直している途中であるところの、隣の部屋から、である。
そこから、焦ったようなアイオンの声とジョードの声が聞こえてきて……。
「おい!嬢ちゃんが倒れたぞ!」
「んだとぉ!?」
駆けこんできたジョードの言葉に、グレイもスファルも、血の気が引いた。




