39話:旅路は続く
辺りが静まり返る。今や、大楯に当たる瓦礫の欠片も無く、只々静かに土煙が立ち込めるばかりであった。
「……また、助けられちゃったわ」
そして、グレイの体の下で、エメディアがそう言って笑った。
そこでグレイはようやく、気づく。……エメディアを庇おうとするあまり、エメディアに近付きすぎた、ということに。
「すまない、近づきすぎた」
慌ててグレイが体を離すと、エメディアはきょとん、として……それから、笑い出した。
「そんなこと言うの!?本当にあなたって……!」
エメディアは笑いながら、グレイに抱き着いてきた。咄嗟に避けることも流すこともできなかったグレイは、エメディアに抱き着かれ、思考が止まる。
……何も考えられないまま、グレイは暫し、エメディアの桃色の髪を、そしてつむじを見下ろして、ぽかん、とするしかないのであった。
「おいおい、お前ら!俺も混ぜろよ!」
さて。そうしてエメディアがグレイに抱き着いて笑っていると、スファルがのそのそとやってきて、グレイの肩を叩いた。
「グレイ!最後のアレはヒヤヒヤさせられたぜ!お前、度胸あるじゃねえか!」
「ああ……まあな」
スファルに叩かれてようやく思考が戻ってきたグレイは、適当にそんなことを言って濁しておいた。……最後のアレは、エメディアが間に合うだろうと分かっていたから、ああした。そして……最悪の場合でも、潰れて死ぬのが自分だけなら、特段問題ではないので。
「そしてエメディア姫!実にお見事だった!」
そして、アイオンもゆったりと拍手しながらやってきて、エメディアの傍に片膝をつき、エメディアの手を取ってその甲に口づけようとして、エメディアにやんわりと振り払われた。
……アイオンは、『そんなに嫌かね?』と肩を竦めていたが、エメディアは何も言わずに明後日の方を見ているだけであったし、何より、ウサミミがエメディアの肩の上からアイオンを威嚇している。ウサミミはやはり、立派にエメディアのナイトを務めているのである!
「さて……困ったわね。これ、この後どうすればいいのかしら?」
そうして一頻り、無事だったことを喜んだ後……『無事でなかった』部分についてを考えなければならない。
「メカニジアのことはメカニジアが考えればいい。貴女達は国へ戻るといいさ」
「あー……そうね。グレイの腕のこともあるし……」
アイオンはそう言うし、エメディアもそう言うが……グレイは知っている。エメディアが命を狙われているということを。そして、そのために……祖国に帰れない、ということも!
「……俺の腕は後回しでもいい」
「そういう訳にはいかないでしょ」
「片腕だけで生活してた時期もそれなりにあった。慣れてる。問題無い」
「余計に治してやりたくなるわね……」
確かに、グレイの腕は、ローザテイルの王都の裏通りで直せる。だが、それだけだ。片腕が無くとも、生活はできる。万全の戦いができるとは言えないが、それでも、それなりに盾役はこなせるだろう。少なくとも、グレイはそれをやったことがあるのだ。勝手は分かる。
だが……グレイがそう主張してみても、エメディアは少々腹を立てた様子のまま、じっ、とグレイを見つめてくるばかりだ。スファルも、『エメディアが狙われなきゃいいんだけどなあ』などと言いながら、王都へ戻ることを既に考えている様子だ。アイオンは事情が分かっていないだけに、不思議そうにしているばかりだが……。
と、その時だった。
「……ん?おい、なんか聞こえねえか」
考えていた様子のスファルが、ふと、そんなことを言い出した。
スファルは耳がいい。グレイもそう悪くないが、グレイの場合は、聴力というよりは、魔力を感じ取ることにスファルよりも長けているだけである。だから、単純な『音』については、スファルの言うことの方が、信憑性が高い。
「おいおい、脅かすようなことを言うのはやめたまえ!何も無いではないか!」
アイオンは周囲を見回してそんなことを言うが……。
「いや……待て。本当に、何か……そこ、か……?」
グレイは、濛々と立ち込める土煙の向こうを見つめた。
エメディアも、既にそちらを見つめている。黙って杖を構えるエメディアを背後に庇うようにして、グレイもまた、大楯を構え……。
土煙の中から、ばしゅ、と、何かが上空へ飛び出していく。
それは、鉄の棺のようなものであった。光の尾を引いて、それは空へ、空へと飛んでいく。
「ありゃ、なんだ……!?」
スファルが慄いているが、グレイもまた、慄いている。……鉄の棺からは、魔力が感じられる。それこそ、メカニジア兵のような、そんな様子の。
「あれは……まずいな、女王陛下は生きておいでであった、ということだろうが……」
空を飛んでいく棺を見て、アイオンがそんなことを言った。
「女王!?あの中に、女王が!?」
「恐らくは。……アレは、緊急用の脱出ポッドだ。まさか、あれだけ大破した城の中できちんと機能するものがあるとは思わなかったが、それ以外には考えられない」
アイオンの話を信じられない思いで聞きながら、グレイ達はその鉄の棺が空高く、ありえない高さにまで飛んでいくのを見送り……そして、それがキラリと光を放つのを、見た。次いで、その光が、落下してきているのも。
「来るぞ!構えろ!」
グレイが叫ぶや否や、スファルはその場に伏せ、アイオンはエメディアと共にグレイの大楯の陰に隠れた。グレイは全身で大楯への衝撃に備え、身構えて……そして。
……城が大破した時以上の爆発が、メカニジア城跡地を吹き飛ばしていった。
「……レイ!グレイ!」
自分を呼ぶエメディアの声を聞いて、グレイは目覚める。
「ああ……よかった……」
「生きてたか。ああくそ、返事くらいしろよな……」
エメディアとスファルの顔を見て、そして、暮れ泥む空を見上げて……グレイは、『これは大分長い間、意識を失っていたらしい』と察した。
それと同時に、自分の体に違和感を覚えて、グレイは手足を動かそうとし……。
「……あ」
そこでグレイは気づいた。自分の右脚が上手く動かない、ということに!
「グレイ、あなた、覚えてない?あの爆発で瓦礫が吹き飛んできて……それの下敷きになったのよ」
「覚え……て、ない……」
エメディアに抱き起こされ、水を飲ませてもらいながら、グレイはぼんやりと思い出す。
……鉄の棺が空から落としていったのは、爆弾の類であったようだ。グレイはあまり詳しくないが、あの小ささでこの威力だったのだから……魔法の産物だったのだろう、と思われる。
「それで、右脚が……見れば分かるくらいには、ひしゃげちゃってて……これ、動かせないわよね?」
「いや、動かせない、ってほどじゃ、ない。……ほらな」
グレイは、エメディアを安心させてやるべく、無理矢理に右脚を動かした。……ぎこちなくではあったが、脚は動く。これなら、なんとか歩くくらいはこなせるだろう。走ったり、跳んだりするにはあまりにも不安ではあるが。
「そう……そうね。でも、あんまりうまくは動かないんでしょう?」
エメディアの心配そうな言葉に、グレイは何も答えない。
頭は幾分はっきりしてきており……自分が意識を失う前、何の話をしていたかを思い出したからだ。
そう。エメディアは、『グレイの義手を直すためにローザテイルの王都裏通りへ戻る』などと言っていたのだ!自らの命を狙う者が大勢居るであろう場所へ、わざわざ戻るなど正気の沙汰ではない!
「いや、問題ない。大丈夫だ。だから……」
「いいえ。これはいよいよ、ローザテイルには帰らなきゃならなくなったわ。あなたの手足、治さないわけにはいかないもの!」
「いや、それは……」
グレイは、咄嗟に言おうとした。『なら、俺じゃない盾役を見つければいい』と。
グレイのことを思って、わざわざ危険な場所へ戻ろうとしなくてもいいだろう、と。エメディアはエメディアのことを第一に考えるべきで……そうでなくとも、グレイのことなど考える必要は無いのだ。
だが。
「あら、グレイ。その台詞、こっちを見ても同じことが言えるかしら?」
……エメディアが『こっち』と示したものを見て……グレイは、絶句した。
「やあ、グレイ・シンダー。……見ての通りだ。君には必要なかったとしても……私には間違いなく、『修理』が必要でね!」
……アイオンが、手足をほぼ全て失った状態で倒れていた!
「ど、どうしたんだ、それ……」
ありとあらゆる酷いことに慣れていると自負するグレイであっても、四肢を全て失って尚平然としている騎士の姿には、思わず腰が引ける思いである。
「まあ、言ってしまえば、私の体は半分程度、機械仕掛けなのだ。手足は全て機械。胴も、外側は金属製だ。内臓器官についても、いくらかは機械に置き換えてある」
さらり、と、何でもないことのように言うアイオンを見て、グレイは『上には上が居るもんだ』と、何やら神妙な気分になってきた。
「メカニジアで手っ取り早く成り上がるには、体を機械化して性能を上げ、武勲を立てるのが一番なのでね」
「こええ……」
「そうか?まあ、そうなのかもしれないな。だが私はそれを恐ろしいとは思わなかった。だからこそ、今の私がある」
スファルは『こいつマジでありえねえ』という顔をしている。グレイよりずっとスレていないスファルとしては、こうした反応をするしかないらしい。
「とはいえ……城が消え、女王も消えたとなると、国が消えたも同然だ。こんな場所で、かつての地位にしがみ付いているのも愚かしい。そもそも、この体を直せる者が、まだこの国に生きているかも怪しいことだし……折角なら、私もその『ローザテイルの技師』の世話になりたい。勿論、謝礼として『情報』は出せる」
一方のアイオンは、この調子で余裕綽々である。手足が無いというのに、卑屈になるでも怯えるでもなく、要求をして、交渉をしてくる。この肝の太さは間違いなく、一角のものであろう。
「ということで、悪いが、私もローザテイルへ連れて帰ってくれたまえ。きっと、諸君らの望む情報を提供することができるだろう」
……アイオンの言葉を聞いて、グレイはエメディアとスファルと顔を見合わせた。
成程。これは確かに……グレイが『帰らなくてもいい』と言っても、帰らざるを得ないという訳である。
ということで。
「ああくそ!テメエ、重いじゃねえか!」
「すまないが、肉と骨よりも鉄と魔石の方が重いのだ」
……グレイ達は、ローザテイルへと戻ることになった。
スファルが四肢を失ったアイオンを背に括り付け、グレイは自分の腕と、アイオンの手足であったであろうものやその他の魔導の部品を拾い集めて、それを背負い。
そしてエメディアは……やはり、拾い集めた何らかの部品や魔石の欠片のようなものを持ち帰ることにしたらしい。こうして、4人……と言うには部品の足りない面子による旅路が、再開したのであった。
「あーあ。今日は野営かしらね」
「夜中になら、到着できるかもな」
歩きながら、エメディアは早速、今日の宿の心配をしているが……グレイは、また別の心配をしている。
「その、本当に、あんたは大丈夫なのか」
「え?私?」
「追手だ。あんた、兄さんに命を狙われてるんだろうが」
グレイは、『まさか忘れたんじゃないだろうな』と思いつつ、エメディアにそう言葉を投げかけると……エメディアは、『うーん』と考えながら、ふにゃ、と、気の抜けた顔をした。
「ええ。大丈夫だと思うわ。だって……多分、それどころじゃないもの」
「……は?」
「だって、メカニジアが一夜にして消えたのよ?だったら、私を殺すどころじゃないわ。多分……むしろ、お兄様も私を必要とするはず。都合がいいもの」
グレイは、『どういうことだ?』と尋ね返したかったが、エメディアは『まあ、とにかく上手くやるわ。そこは心配しなくても大丈夫』と笑うばかりなので、ならば仕方がない、心配の言葉は引っ込めておくことにした。
エメディアが大丈夫だと言うのだから、グレイはそれを信じるしかない。
そしてもし、ダメだったなら……その時はグレイが盾になればよいのだ。何があったとしても、それは変わらないのだから。
「……まあ、ひとまずは祝杯を挙げようではないか。私は自らが仕える国と手足を失い、諸君らは追い詰めたはずの敵、女王エテルニータに逃げられた訳だが……それでも、我らが無事に生き残った、記念すべき日だ!」
「はあ……改めて言われると、お祝いする気にはなれないけれど……ううん、こういう時こそ、お祝いしてもいいのかもね」
「ま、ひとまず飯、ってのには賛成するぜ。いい加減、腹減った。昨日の夕飯から何も食ってねえんだからな!ったく……」
他3人の会話を聞きつつ、グレイは『こんな風に旅をすることになるとはな』と、なんだか不思議な気分になってきた。
……自分をあからさまに蔑むでもなく、それどころか、『おい、グレイ。歩くの速いか?脚、どんな調子だ?』だの、『グレイ。あなたの荷物、やっぱり私が持つわ。腕だけでも持たせて頂戴』だの、『さあさあ、見たまえ!星が美しいぞ!』だの、そんな言葉を投げかけてくる者が、3人も居て、一緒に歩いている。
まるで、普通のパーティみたいに。
「……グレイ?どうしたの?」
グレイを心配したらしいエメディアが覗き込んでくるものだから、グレイは思わず、仰け反った。やはり、エメディアの存在には未だに慣れない。
「ああ、すまない。少しぼーっとしてた」
「そう?……やっぱり疲れてるわよね。あんな戦いがあって、それで私達、夜通し歩く羽目になるわけだし……」
「じゃ、明日は一日、宿場でゆっくりしようぜ。優秀なオーガは休息することを躊躇わないもんだしな」
「ふむ。それには私も同意する。『美』は余裕の中から芽生えるものだ。常に余裕を持って生きるためには、休息することを恐れてはならない……」
……グレイの言葉に、当たり前のように言葉が返される。会話が続いていく。それは、グレイにとってはあまりにも、不慣れなことだった。
「……腹、減ったな」
ふと、グレイはそう、零してみた。自分の呟きが空中に溶けて、そのまま消えていくことを予想しながら、そうならないことを期待して。
「そうね。林檎……ううん、李か何か、食べたい気分よ。きゅっ、て酸っぱいもの、食べたい!」
すると、当たり前のようにエメディアがそんなことを言う。
「ほーう……なら俺は牛かドラゴンかの肉だな。骨付きのをじっくり焼き上げたやつだ……」
「私は……そうだな、どちらかと言えばエメディア姫と似た趣味と言えるだろう。梨のタルトか、カスタードのプティングか……」
「お前……そのツラで、そういう趣味なのかよ……」
……更に、スファルとアイオンがそんな言葉を続けていく。当たり前に。ごく、当たり前に、だ。
「グレイは?何食べたい?」
そうして、エメディアがそう、グレイに話しかけてくるのだ。それどころか、『肉だろ』とスファルがグレイを見つめ、『甘味もよいぞ』とアイオンもグレイを見つめ……そしてエメディアが、『果物!』と目を輝かせてくるものだから。
「……何でもいい。あんた達が食べたいもので」
……グレイは『もう、腹がいっぱいな気がする』と、少々、口元を緩めながら答えた。
「欲がねえなあ、おい……」
「拘りが無いのは美徳とは言えないと私は思うがね」
「じゃあ李!李ね!干した奴でもいいから!ジャムでもいいわ!」
グレイを加えて、当たり前に会話が進む。ぽんぽんと3人の間で言葉の投げ合いが始まったと思ったら、グレイにまでその言葉が飛んでくる。グレイが戸惑いながらもそれを拙く返せば、また、そこから言葉のやり取りが生じていく。
必要な情報伝達でも打ち合わせでも何でもない……だからこそ、グレイにとっては新鮮な会話だ。
……腕を失い、脚はまともに動かず、疲労も酷い。だというのに、妙に浮足立った気分だった。
一章終了です。二章開始は6月13日(土)を予定しております。




