36話:決戦*1
がしゃん、と、グレイの腕と、右腕に握られていた斧槍が落ちる。
鎧ごとやられた。血は出ない。グレイは、『ああ、右腕……』とぼんやり思ったが、今はそれどころではない。左腕まで持っていかれないように、大楯を構え直す。
「そこか!」
そしてその直後、スファルがそこらのメカニジア兵の残骸を引っ掴んで、天井に向けて投擲した。
要は、鉄の塊がオーガの膂力によって投擲されたわけで……天井の、奇妙な装置は沈黙させられることとなる。
だが……。
「まずい、動き出したか。しかし一体、何故……」
アイオンも戸惑う中、止まっていたメカニジア兵達が動き出す。
それを見て……グレイは、即座に判断を下した。
「……逃げるぞ!」
右腕を失った以上、斧槍は使えない。盾役の任を完璧にこなせるとは言い難い。ならば……仲間達を守るためには、『撤退』の判断が、正しい。
「そうね!それが良さそうだわ!」
そして、グレイの判断にはエメディアが真っ先に賛同した。エメディアは、床に落ちたままのグレイの右腕と斧槍を拾い上げて胸に抱くと、出口に向かって走り出す。
「おう、そいつは俺が借りとくぜ」
……流石に、エメディアには少々重すぎた斧槍は、早々に、ひょい、とスファルに取り上げられた。スファルは走り出しながら数度斧槍を振ってみて、『悪くねえ』などと言って笑う。
グレイは、自分の腕と斧槍は諦めていく気でいたのだが……回収してもらえるなら、その方がありがたい。早速、エメディアとスファルを追い越すべく走り出す。盾役が先頭にならないわけにはいかないのだ。
そして、そんなグレイの後ろには、ちゃっかりとアイオンも付いてきた。グレイは、『あんた、ついてきていいのか』と言おうか迷ったが……この状況で下手に『やはりやめておこう』とやられても困るので、黙っていることにした。
そうしてグレイ達は、メカニジア城の地下を、正規の道で突き進むことになった。
……往路はスライム達に運ばれてしまったがために、この道を通るのは初めてである。
「その先は右だ!」
「ああ、助かるよ」
初めての道ではあったが、アイオンが案内役をやってくれたため、なんとかなった。
わらわらと追ってくるメカニジア兵を片付けながら突き進み、天井や壁から奇妙な光の線が出てくることを大いに警戒しながら……走りに走って、そうして、体力も尽きてきた頃。
「一旦休憩だな」
……スファルがドアを破って、その破ったドアを無理矢理嵌め込んで、ドアを塞いだ。
本当ならば、休憩どころではない。できる限り早く、このメカニジア城を抜け出すべきだろう。
だが、体力には限りがある。スファルなどは呼吸が荒いもののまだマシな方で、グレイは肩で息をついているし……エメディアは、限界だった。
「グレ、イ……腕……」
そんなエメディアは、走るにあたって邪魔だったであろうに、グレイの右腕を持ってきたらしい。大事に大事に、抱えて持ってきていたらしいそれを、震える手で差し出してくる。
……その様子を見て、グレイは『ああ、先に説明しておくべきだったな』と思った。
「あー……いや、大丈夫だ。その、切られるにあたって、一番マシな部分だった」
グレイは、エメディアの手から自分の右腕を受け取ると……ほら、と、それを見せた。
「元々、右腕は魔導仕掛けの義手でね」
「……え?」
腕からは、血が出ていない。
それもそのはず。
グレイの右腕は、元々、作り物だったのだから。
「ぎ、しゅ……」
「ああ。まあ、幸か不幸か、魔力は多い性質なんでね。魔導仕掛けの義手を動かす魔力には困ってないもんだから……生活に不便は無いんだ。戦うのも、まあ、特に問題なくやれる。……やれていただろ?」
エメディアはぽかんとしているし、スファルもぽかんとしている。アイオンは、ひゅう、と口笛を吹いた。
「それから……あー、その、脚もそうなんだ。唯一、左腕だけは生身のままなんだが……」
グレイは、『今説明することじゃないが、エメディアが絶望と罪悪感に泣き濡れるようなことがあってはならない』と、言葉を重ねた。
「え、あの、グレイ……あなた、そんなに、怪我を……?」
「……まあ、色々あったんだ」
……自分が両脚と右腕を失ったことについては、あまり聞かせたいことではないし、話したいことでもない。
ただ、『盾役』というものは自分の身を挺してでも役割を全うしなければならないことがしばしばある、ということだ。同時に、グレイが『嫌われ者』であるということも、そうだが。
「そういうわけで、俺の腕については問題無い。ローザテイルの王都の裏通りに戻れたら、またジョードに直してもらえる。俺の体はあの爺さんに全部やってもらってるんでね」
「そう、だった、の……」
エメディアは、ほっとしたあまり、その場にずるずると座り込んでしまった。グレイは、『申し訳ないことをしたな』と思いつつ、ひとまず、自分の右腕は自分の背中にでも括りつけておくことにする。捨てていってもなんとかなるが、部品を持ち帰ればその分、修理費が安く上がるので。
「ああ。だから、俺の今後の人生については全く問題じゃない。今、問題なのは……どうやってここから脱出するのか、ってことだ」
そして……ここから脱出するにあたって、腕の所在など気にしていられなくなるだろうから。
「ここからの脱出、ということならば、ひとまずはこの部屋からの脱出を考えるべきだろうな」
さて。
脱出経路については当然、アイオンが最も詳しいはずである。アイオンは『では僭越ながら……』と大仰に一礼してみせてから、説明を始めた。
「この部屋からの脱出経路は2つだ。まず1つ目は、先程、我々が入ってきたドアをもう一度開けて、そこに待機しているであろう兵士達の攻撃を躱し、再び走るというもの。そしてもう1つは……天井の点検口からの脱出だ」
「点検口……ああ、本当にあるわ!」
アイオンの説明を聞いて、エメディアが天井の一角を指し示す。……確かに、四角く区切られた蓋のようなものが見えるとなれば、あそこから別の部屋へ繋がる通路に入り込める、ということだろうが……。
「おお、エメディア姫。貴女の希望の灯を吹き消すようで申し訳ないが……女王は、点検口の存在を知っているのだ。点検口同士がどう繋がっているのかも、全て把握済みだ。よって、点検口からどこかへ出たとして、そこで戦闘になることは間違いない。そしてそもそも……点検口の内部に、既に敵がいないとも限らない」
……どうやら、あの点検口から逃げ出すにしても、一筋縄ではいかないようである。
それでいて、今も、スファルが戻してきたドアからは、メカニジア兵達が体当たりをしていると思しき音が聞こえてきている。あそこが破られるのは、時間の問題だろうが……。
「そもそもよお……俺達は逃げ出すべきなのか?逃げるってのは、オーガの恥だぞ!」
そんな中、スファルは『戦わずして逃げるくらいなら、誇り高く戦って死ぬ!』とばかり、声を荒らげた。
……確かに、彼の身体能力があれば、戦うことも非現実的では、ないだろう。だが……どうせ、消耗戦になる。相手は疲れを知らぬ機械の兵士だ。いくら体力に優れたオーガといえども、永遠に戦い続けられるわけではないのだ。
「私は逃げるべきだと思うわ。……少なくとも、この情報をローザテイルに持ち帰るべきだと思う。そのためには、生きることが第一よ。そして、真っ向からこの国の兵力に立ち向かおうとしても……難しいと思うの」
そしてエメディアも『逃げる』に一票を投じたことにより、スファルは『そうか……なら俺はエメディアの護衛をしなきゃならねえしな……』とアッサリ折れた。極めて分かりやすく、エメディアの恩恵の影響を受けている!
「そうだろうな。我らがメカニジアは魔導技術の最先端を征く国だ。真っ向から挑むには、時間も、兵力も……あまりにも何もかもが足りないだろう!」
アイオンもそう同調したところで、グレイは……ふと、気になった。
「ところで、あんたも付いてくるのか?」
……アイオンはきょとんとしているが、きょとんとされても困る。
『我らが』メカニジア、と言うくらいなのだから、彼は紛れもなく、メカニジア側のものであろう。だというのに、何故、メカニジアに敵対するグレイ達に同行しているのだろうか。
……ここでつついて『やっぱりついていくのは止める!』とやられても厄介だが、いよいよ窮したところで裏切られても困る。ここは、はっきりさせておきたい。
「ああ。私も同行させて頂こう」
だが、アイオンははっきりとそう言った。
「ほーう……?なんだって、お前みてえのが付いてくるんだ?俺達は、メカニジアの敵だぜ?」
「だからこそ、だ」
スファルが凄んでみせても、アイオンは凛として涼しい顔である。
「……今のメカニジアの在り方は、美しくない。私の『美学』に反する」
「美学……?」
「ああ、そうだ。……人は何のために生きるのか。何のために生きるべきか。……そう考えた時、『美』こそ、命を賭けるに値するものだとは思わないか?」
……スファルは、アイオンの言葉を考えて、虚空を見つめ……そして。
「わかんねえ」
スファルは鼻白んだ。アイオンは、『おお……理解されぬとは、何たる悲劇!』などと言いつつ、大仰に嘆いてみせた。
「ええと……スファルは、『誇り』のために生きているのよね?それって、アイオンの言う『美学』と似たところ、あると思うけれど」
「俺はこいつとは違う!こんな意味の分からねえ、ケツのモゾモゾするような物言いする奴と一緒にするんじゃねえ!」
エメディアがそれとなく助け船を出してみるが、スファルからしてみれば、やはり、このアイオンという男は『ケツのモゾモゾするような物言いの、いけ好かない野郎』ということになるのだろう。これにはアイオンも、『やれやれ……』と嘆くしかない様子である。
「まあ、理解できなくとも構わないさ。私の美学は、私だけが知っていればそれでいいのだ。……とにかく、私は『美』を理解しない者が世界の頂点に君臨することは避けたいのだ。だが、私は確信した。このまま放っておけば、間違いなく、メカニジアは世界を征服するだろう、と!」
「そうね。そういう目的でもなかったら、あんな兵器、造らないもの。『美』はさておき、女王の目的はどんなに小さく見積もっても、『国』ってことになると思うわ」
何はともあれ、アイオンがグレイ達に同行し、メカニジアを裏切るつもりであることは分かった。
信用に足るかどうかについては……『今考えてもしょうがないな』と、グレイは判断した。
アイオンを連れていかない方が安全なのか、連れていったら役立つのか……そんなことは、その時になってみないと分からない。
そしてそもそも、この城の内部のことを知っているアイオンの手助け無しには、城からの脱出も難しいだろう。
となれば、グレイ達は意を決して、アイオンの手を掴むしかないのである。
と、そんな話をしていたところ。
「さて……では、決断の時だ。そろそろ、兵士達が雪崩れ込んでくるだろうが……戦う意志は、確かかな?」
ドアが、みしり、と厭な音を立てた。……どうやら、メカニジア兵達はいよいよ、ドアを破るようである。
だが、その時だった。
「……あら?ウサミミ?」
エメディアの頭の上で、ウサミミが、ぴょこん、と跳ねた。
「……急いで、点検口に入りましょう」
そうしてエメディアは、そう決断した。
「しかし、エメディア姫。それもまた、危険だ。狭い通路の中でメカニジアの兵士達に挟み撃ちにされ、行くも戻るもできないまま死ぬことになるかもしれないのだぞ?」
「そうよね。そう思うわよね。私も正直、そう思うわ」
エメディアはアイオンの言葉に頷きつつ……神妙な顔で、言った。
「でもね、どうやら……ウサミミはそう思ってないみたい」
……ウサミミは、エメディアの頭の上で、誇らしげにその耳をぴこぴこさせていた。
その耳は、ぴこん、と、天井を指し示している。




