35話:地下*5
アイオンが振り回す棘付き鉄球は、『明星』と呼ばれるものである。
相応に膂力のある者でなければ、まともに振り回すことなどできない。また、技術が無ければやはり、まともに武器として扱えない。
だが……膂力があり、技術もある者が扱った時、中々に厄介なのが、このモーニングスターと呼ばれる武器であった。
鎖の長さの分だけ、攻撃が届く。対峙するにあたって、間合いを測りにくい。
横から、或いは上から襲い掛かる鉄球の挙動は、中々に読みづらい。読める頃には、鉄球に頭蓋を吹き飛ばされていることだろう。
そして何より……単純に、重い鉄球が振り回されれば、強い。並大抵の鎧程度なら一撃でひしゃげさせる威力を持ったそれと、まともにやり合うのは得策ではない。
「どうした?ターンはもっと華麗に行うものだ。手本を見せてやろう!」
……そんなモーニングスターを振り回して、アイオンは自在に戦っている。
それを見て……ああ、こいつは確かに『ダンス』だ、とグレイは思う。ステップを踏み、ターンしてみせ……そして、ぐるり、と振り回されたモーニングスターが、メカニジア兵ごと床を叩き割った。
こうして、アイオンがダンスパートナーを叩き潰していくものだから、メカニジア兵の隊列は崩れていく。
グレイは、自分を狙う鉄の筒が無くなったのを見て……大楯を構えて、メカニジア兵の中へと突進していった。
そしてそのまま、大楯で複数のメカニジア兵を押し倒し、その上に自分が圧し掛かるようにして動きを止め、無防備なグレイの背を襲いに来たメカニジア兵は、アイオンのモーニングスターが叩き壊していった。
「ふむ。貴殿は共に踊るには少々無骨に過ぎるが……まあ、悪くはない」
アイオンは、モーニングスターを引き戻すと、グレイに向けてそう言ってのけた。
「そりゃ、どうも」
グレイは少々肩を竦めて見せると、すぐ、次のメカニジア兵を叩きに向かった。
「あのドアの先に誰もやらないでくれ」
「ふむ……成程な、あの奥に姫君が居られる、と。そういうことならば確かにこのアイオン・シルヴァスター、承ろう」
ドアへ向かうメカニジア兵は、アイオンへ任せることにする。つまり、グレイはただ、メカニジア兵に囲まれながら……『いつもの』戦い方をすればいい。
「さて。かかってこい、鉄屑」
グレイは自分の身を守り、敵を引き付け……そうすることで、皆を守ればよいのだ。
+
エメディアの戦いは、続いていた。
もう30秒は、とっくに経過している。1分だって、既に。
だから、急がねばならないのだ。あのドアの向こうで戦っているのであろうグレイのためにも、早く。
……だが、女王エテルニータは……この城は、強敵であった。
とにかく、魔力が多い。あの非人道的な魔力抽出装置によって増えた魔力と、エメディアはたった1人で戦っている。
それでも、エメディアとて、ダンジョン2つ分の魔力を手に入れてきたのだ。吸収しそこなった分はあるが、それでも、常人と比べてかなり多くの魔力を有していると言えるだろう。
……しかし、城は押しても押しても、びくともしない。本当に文字通り、『城』を相手に相撲を取ろうとしているかのような感覚であった。そう。エメディアはずっと、城を相手に『魔力の取っ組み合い』をしているのである。
長期戦になればなるほど、エメディアが不利であろう。城が一気に流せる魔力がこの程度だとして、それを、『いつまで』流せるか、と考えれば……エメディアの限界より遥か先に、城の限界があることは想像に難くない。
だから、相手の隙が見えたその瞬間に、エメディアは自分の持つ全てをかけるつもりであった。無論、エメディアの狙いは相手にも分かっていることではあろう。そして、相手は城だ。隙を見せないように立ち回ることとて、そう難しくはないはずで……。
だが。
ふっ、と、相手の魔力が、弱った。
まるで、何か……エメディア以外にも、手を割かねばならないことが増えたかのように。
そしてその一瞬を見逃すエメディアではない。
エメディアは即座に、自分の持つ全てを注ぎ込む。制御装置を自らの統治下に置くべく、命令を叫ぶような気持ちで。
……『言うことを聞け』と、エメディアは制御装置に意識を向ける。
メカニジア自体ではなく、ただ、制御装置へ。『他の誰でもなく、この私が、あなたに命令するのだ』と。
上から押し潰すように。力でねじ伏せるように。……そんな思いで、エメディアは『魔力の取っ組み合い』を続け……そして。
ごうん、と、制御装置が鳴く。
それは、『メカニジアの全ての機械の機能停止』のために。
……エメディアは、勝ったのだ。
+
グレイはアイオンと共に戦っていたが……突如、異変が起こる。
「む、これは……?」
アイオンも訝しむ中……グレイは、突如として動きを止めたメカニジア兵を警戒していた。
そう。メカニジア兵達は、皆一斉に動作を止めたのだ。まるで、いきなり死んだかのように。
「……アイオン。これは、どういうことだ?」
グレイには、『彼らが動くのを止めた』ということしか分からない。そこで、グレイよりはこの状況に詳しいのであろうアイオンに尋ねると……アイオンは、『ふむ』と一つ頷いて答えた。
「どうやら、彼らは機能を停止したようだ。まあ、眠っただけ、と言えるだろうか。状況によっては、それはそのまま、人で言うところの『死』へ繋がることになるが……」
アイオンはそう言うと、スファルが塞いだ、例のドアへと向き直る。
「まあ……つまり、彼女の勝利、ということだろう」
……アイオンの言葉の直後、ぼがん、と凄まじい音がして、スファルがドアを殴り飛ばして部屋から出てきた。そして、その後に続いているのは……。
「……グレイ!やったわ!私、やったわよ!」
この城全体を相手に戦っていた……愛すべき姫君、エメディアその人である!
「加勢するぜ!」
「いや、待て!待て!待て!私は敵ではないぞ!?」
……スファルはグレイの方へ戻ってきてすぐアイオンに殴り掛かったため、あわや、大惨事となるところであった。アイオンがすぐさま叫んだために、助かったが。
「えっ、アイオン……?なんで、ここに?」
スファルが『一旦、殴るのは止めておいてやる』とばかり……つまり、裏を返せば『いつ殴るのを再開してもいい!』という様子で留まる横で、エメディアは困惑しながら、部屋の様子を眺めている。
すると、アイオンは一歩、エメディアに近付きながら……そしてその結果、スファルに威嚇されて、そっと一歩戻りながら……言った。
「ふむ。それについては、まあ、『美学』と言うしかない」
「美、学……?」
「そうだ。私は、ここへ来るのが『美しい』と思った。……この国の暗部を、知ってしまった以上はな!」
やはり舞台役者めいた大仰な仕草と台詞回しで、アイオンはそう、言い切った。
そして。
「エメディア姫も、そこを目指しておいでなのだろうが……さあ、こちらへ。この国最大の『闇』があるはずだ……」
アイオンは、エメディア達が出てきた部屋の向かい……つまり、グレイ達が『来た』方へと向かいかけ……。
「あ、私達、そっちはもう行ったの」
「……なんと」
……エメディアのなんとも申し訳なさそうな顔を見て、唖然としていた。
大した奴ではあるが……なんとも、間と察しの悪い奴である。
「そうか。なら、見たか。私はまだ見ていないが」
「ええ。あなたも見てきていいわよ。人がたくさん、眠っているの。魔力を抽出されてる」
アイオンはまだあの部屋を見ていないらしいので、エメディアは『こういうものがあったわよ』という説明をしてやる。アイオンはそれを真剣に聞き、ちょっと行って、ちょっと見て、さっと戻ってきた。
「……やはり、そうか。ふむ……」
『あれ』を見てきたアイオンは、何やら深刻に考える様子である。……メカニジア側の人間としても、思うところがあるのだろう。
「あのようなものにまで手を出すとは……女王陛下は、一体、何を考えて……ううむ」
「その『女王陛下』について、かなり気になることがあるのだけれど……あの、女王陛下って、もしかして……」
そしてエメディアもまた、先程の制御装置での戦いを経て抱いた思いを、疑問として口に出そうとし……。
その時だった。
かちゃり、と、軽く硬い音が聞こえた。
おや、と思ったグレイは、その音の出どころ……天井の方を見上げて……そして、『それ』に気付く。
「……エメディア!」
グレイは、エメディアを『それ』から隠すように動いた。間に合いそうになかった分は、跳んだ。
……そうしてグレイは、間に合ったのだ。間に合って……。
「グレイ!」
突き飛ばされたエメディアが、悲鳴を上げる。
エメディアは、無事だった。そしてグレイは……エメディアを庇うことに『間に合った』ため、自らの右腕を、光の線によって切断されていた。




