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2話:ダンジョンの底には天使が居る*2

「えー、じゃあ……俺の『恩恵』について、か。……とは言っても、説明すべきことはそう多くないな。『ただ、ありとあらゆる生物に嫌われる』ってだけだ」

 さて。

 そうして、グレイとエメディアは、部屋の隅に置いてあった木箱……エメディアが『椅子代わりに使ってるの!どうぞ!』と勧めてくれたそれに腰掛けて、互いの特性の把握をしておくことにした。

 共に戦うのであれば、最低限、いくつかのことは知っておいてもらわねばならない。……少なくとも、グレイはパーティを組む時には必ずそうしていた。それは、共に戦う仲間達への言い訳でもあったが。

「だから、魔物は俺を見たらすぐ逃げだすか、はたまた、俺を殺そうと、寄って集って襲い掛かってくるか。どっちかだな」

「成程……だから、その大楯なのね?」

「ああ。ま、強く嫌ってもらえるってことは、俺だけを見ていてくれるってことだ。ありがたいことにね。……だから、盾役をやるにはうってつけ、って訳だ」

 グレイは、脇に置いていた大楯をちょっと持ち上げてみせた。

 ……幾度となくグレイへの憎悪を受け止め、グレイを守ってきた大楯である。愛用の品であることもあり、『人間よりよっぽど、こいつの方が信頼できる』とグレイは思っている。

「えーと、あなた、仲間は?1人?」

「……今は1人だ」

 一方、エメディアは、グレイの話を聞いてすぐ、『盾役をやる、ってことはつまり、剣の役を担う人が居ないと成り立たないわよね?』と気づいたらしい。つまり……『仲間がいるはずだ』と。

「そう……ね。つまり、仲間が居た、っていうことなんだろうけれど……」

 エメディアは、ちら、と、その空色の双眸でグレイを見つめ……そして、ちょっと肩を竦めてみせた。

「……聞かない方がよさそうね」

「ああ、そうしてくれ」

 グレイはため息を吐いて見せつつも、内心は安堵していた。……あまり、話したいことでもない。パーティを組んでいた仲間達に裏切られて、ダンジョンの縦穴へ突き落された、などとは。


「まあ、いいわ。そこは別にいい。それに丁度いいわ。あなたが盾をやってくれるなら、私が『剣』の役を担えると思うし……」

 エメディアはそう言って、少しばかり笑った。グレイは、『気を遣わせたな』と、少々申し訳なく思いつつも、ありがたく、エメディアの話に乗る。

「ただ、気になるのはね、そんなに魔物があなたに寄って集るの?っていうところなんだけれど……」

「あー……それについては、『ものによる』としか言いようが無い。まず、知能が高い奴と低い奴で、『恩恵』の効きが違う。知能が高い奴の方が効きにくいみたいだな。とはいえ、それくらい知能が高けりゃ、憎まれる方法は他に幾らでもあるから困らない。しっかり、敵は引き付けられる」

 グレイは、しっかり盾役を全うできる。そのための技術も知識も、身につけてきた。……まあ、つまり、『嫌な奴』になるのは大得意、というわけである。

「それから、強い奴は、俺を殺しに来る。だが、弱い奴は、俺から逃げ出すことが多い。魔力が多い奴には『恩恵』が作用しにくいらしいし、逆に少ない奴にはよく作用する。だから……まあ、普通、スライムみたいなのは、俺を見た途端に逃げ出すもんなんだ。ここのは、特別みたいだな」

 ちら、と視線をやってみれば、スライム達は相変わらず、逃げ出さずにここに居る。普通であれば、ありえないことだ。だが、現に、その『例外』が起きている。

 さて、グレイのような『嫌な奴』が居ても尚、スライム達がこの場に留まり続けている、ということは……。

「そうね。皆……その、私のことが、大好きなの……」

 ……エメディアの『恩恵』の影響に他ならないのだろう。




「私の『恩恵』も、グレイと似たかんじ。知能が高い相手よりは低い相手に、魔力が多い相手よりは少ない相手に効きやすくて、理性で抗えないほどじゃない、と思う。……それでとにかく、『ありとあらゆる生き物に好かれる』のよ」

 概ね、この世界の『恩恵』……或いは、恩恵に限らず、あらゆる魔法は全て、魔力が多い相手に効きにくいことが多い。それ故に、多くの魔力を持つ『強い』魔物には、魔法が効きにくくて苦戦するのだ。

 その辺りは俺と同じか、とグレイは頷いて……そこで、エメディアは、深々とため息を吐いた。

「……でも、『好き』って、結構……色々、あるじゃない?」

「ほう」

 グレイは、『まあ、俺はよく知らんがそうなんだろうな』と考えた。……グレイは生まれてこの方、『好意』というものを碌に向けられずに生きてきたので。

「例えば、人間相手だと分かりやすいわ。概ね2択よ。……私に好かれようとしてくるか、私のことを手に入れようとしてくるか。概ね、そのどれか。……ね?厄介でしょ?」

「成程な、厄介だ」

 エメディアの『恩恵』は、グレイのそれとは真逆である。だが……結果としては、似たようなことになるのかもしれない。

「魔物相手だと、そうね……私を手に入れようとするか、はたまた私に従おうとするかのどっちかね」

「従う、っていうのは、ここのスライムみたいに?」

「ええ。ここのスライムみたいに!」

 グレイは、『成程な』と思いながら、部屋の中のスライムを見回す。

 ……グレイが居ても彼らが逃げないのは、エメディアもここに居るからなのだろう。彼らは今、『嫌いな奴から出ていきたいが、大好きな人も居るから出ていけない……』という葛藤を味わっているところであるらしい……。

「ここのスライム達は大人しくて、優しいから……私を喜ばせようと、食べ物を見つけてきてくれたり、さっきみたいに私を守ったりしてくれるのよ。それから、もっと可愛がられたい、って思うのかも。ええと、特に、この子とか」

 そこで、エメディアは『よいしょ』と、例のスライムを抱き上げた。そう。グレイが最初に見つけた……ウサギに擬態したような、そんなスライムである。

「……この子は特に、私の『恩恵』が抜群に効いちゃったらしくて……ちょっとウサギの話をしたら、それ以来、こうなの……」

 スライムはエメディアの腕の中で、もよん、と自慢げにウサギの耳めいた突起を揺らしている。……ご自慢の耳であるらしい。

「多分、『かわいい恰好をしたらもっとかわいがってもらえる』って思ったんだと思う」

「そんなことが……あるのか」

 グレイはいっそ疑いたいような気分であったが……しかし、目の前にはウサギの尻尾部分をふりふりもよもよと揺らすスライムが居る。奇妙なことだが、これが現実なのだ。

 また、同時に『ああ、俺がエメディアに好意を抱いているのも、こういうことか』と腑に落ちる。

 人間嫌いで……いっそ人間不信と言っても過言ではないグレイが、一目見てエメディアに好意を抱いてしまった理由。それは、彼女の『恩恵』によるものだったのだ。

 そして、それを自分自身で確かめてしまったグレイは、『ああ、こいつは大変そうだ』と納得した。

 ……人間の男であるならば皆、彼女を愛し、そして愛されることを夢見てしまうはずだ。となれば、当然、厄介ごとの10や20は降ってくることだろう。裏通りで生きてきたグレイには、『ああいうのとか、こういうのとか』と、容易に想像が付く。痴情の縺れで死傷沙汰、なんてことも、裏通りでは少なくない。

 尤も、幸か不幸か、グレイはそれなりに多くの魔力を持っているため、エメディアの『恩恵』の効果は限定的だ。少なくとも、盲目になって彼女に愛を囁き続けるようなことは、無い。……或いは、あまりにも『愛』などというものに遠い人生を歩んできたせいかもしれないが。




「成程な……まあ、分かったよ。あんたはあんたで、色々と大変そうだ」

 結局のところ、どうやら、グレイとエメディアは似たような悩みを持っている、ということであるらしい。

「スライム達はかわいいからいいわ。でも、問題はもうちょっと知能が高くて強くて我が強い奴ら……例を挙げるなら、ゴブリンとかよね。……私を手に入れようと、一斉に私に襲い掛かってくるの」

「……おお」

「分かったでしょ?どうして私が、このダンジョンから脱出できないのか!」

 グレイは、『まあ、そうだろうな』と納得した。……盾役なら、敵に殺到してもらえるのはありがたいことだ。だが、そうでもないなら、敵に殺到されるのは……只々、迷惑だろう。

「ところで……あんたが『ダンジョンを脱出できない理由』は、分かった」

 だが、1つ分からないことがあるとすれば……それ以前の部分だ。

「なら、なんで、あんたはこんなところに居る?」

 ……グレイが尋ねると、エメディアは口を噤んだ。言おうか、言わないでおくべきか、迷っている様子だ。エメディアは顔に出やすい性質であるらしい。少なくとも、『適当に嘘を吐いて流す』というようなことは、不得手に見える。そういうところも、裏通りの出のグレイにとっては新鮮だった。

「あー、その、無理に言わなくていい。俺だって、隠してることはある」

 なので結局、グレイはそう言って流すことにした。詮索されたくないのはこっちも同じだ。なら、『互いに詮索しない』ということで手打ちにできれば、それでいい。

「そうしてもらえると助かるわ。……その、説明すると、あなたにも危険が及ぶかもしれなくて、それで……」

「ああ、いい。気にするな。そういうこともあるだろ」

 エメディアの反応に、どうにも『ああ、新鮮だな』という気持ちばかりが湧く。……初対面の、それも女と、こんな風にまともに喋ることなんて、グレイの人生には今まで1度だって無かった。エメディアの、自信にあふれていて、それでいて柔らかい言葉は、どうにも……どうにも、グレイには、よく効く。それこそ、『そういう恩恵のせいだぞ』と分かっているにもかかわらず、益々、エメディアに好意を抱いてしまうほどに。




 そうして、2人は出発することにした。

 エメディアは、スライム達に大いに別れを惜しまれている様子だったが……それでも、ダンジョンの奥底に住む訳にもいかない。涙の別れを経て、2人は部屋を出て、ダンジョン内の通路を進み……。

「おいおい……下り階段に進もうってのは、どういう魂胆だ?地上に出るんじゃ、なかったのか?」

 エメディアが意気揚々と階段を下って行こうとしたので、グレイは流石に、それを止めた。

 ……ダンジョンは、地下へ地下へと伸びている。つまり、脱出したいなら、目指すべき方向は、上だ。下ではない。

「だって、ここは最深部に近いところだもの。ここから地上まで引き返すより、最深部まで行って、このダンジョンを『クリア』する方が簡単よ」

 しかし、エメディアはさらりとそう言ってのける。グレイはこれに度肝を抜かれつつ、『いや、まあ、確かにそうなんだが』と納得してもいた。

 ……ダンジョンは、クリアされると消滅する。地下奥深くに居たとしても、そのダンジョンが消滅したならば、瞬時に地上へと吐き出されるのだ。

「いや、待て。だからって……『守護者』はどうする?」

 とはいえ、それが簡単にできるのであれば、多くの人間達がダンジョンに潜り続けるようなことは起こらない。ダンジョンの最奥には、ダンジョンを守る『守護者』がいると聞く。そしてそれは、とてつもなく強大な魔物であるらしいが……。

「大丈夫。あなたが敵の攻撃を引き付けておいてくれるんだったら……そうね、30秒で、片付けるわ!」

 エメディアは、その手に握った杖……儀礼用の錫杖にも見えるような、繊細で美しい代物を地面に突いて、胸を張った。杖の先端に吊り下げられた無数の魔石が、しゃらん、と美しい音を立てる。

「30秒……」

「ええ。30秒。あなたが稼いでくれるその30秒で、私があなたを勝利に導いてみせる!絶対に!」

 ……グレイは、『エメディアは、やはり太陽のようだ』と思った。人を照らし、導く光。ああ、正に『誰からも好かれる恩恵』を持つに相応しい。

 そういう訳で、グレイはもうすっかり、エメディアに賛成しかかっていた。『彼女ならば信頼できる』と無条件に思ってしまうのである。

「それに……報酬は、弾むわよ?」

「……よし、乗った」

 ……その上で、エメディアが懐から金貨を出して放ってきたものだから、もう、断る理由はどこにもなくなった。

 グレイは、『おい、俺。どう考えても冷静じゃないぜ!』と頭の中で喚く理性を圧し潰しながら、結局、エメディアと共に階段を降りてしまうのだった。

 ……『これは恐ろしい恩恵だ』と頭の片隅で考えながらも、どうにも……随分と久しぶりに、人を信じてみたくなってしまったのだ。




 そうして階段を下りたところで……2人の目の前には長い通路があり、そして、その通路を埋め尽くさんばかりに、小鬼ゴブリンが巣食っていた。

「さて……まずは、お手並み拝見、といこうか」

「私も同じこと、言おうと思ってたところ!」

 グレイは大楯を構え、エメディアは杖をシャランと鳴らす。

 ……そうして2人は、動き出した。

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なんだか、ヤバい隠し事のかほりがするな〜 自分がエメディアさんの『周囲の』立場なら……って、考えると ただ、エメディアさん自身の立場としても、『人里に戻る』のも、ゴブリンやオークなんかに襲われる危険…
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