3話:ダンジョンの底には天使が居る*3
グレイは、真っ先に大楯を構えて突進した。
開幕早々、臨戦態勢に入り切れていなかったゴブリン達を数匹まとめて薙ぎ倒し、更に、倒れたゴブリンを踏み躙り、大楯の下敷きにして……そこを、斧槍で突き殺す。途端、ゴブリンの絶叫が通路に響き渡った。
「さあて。次に死ぬのはどいつだ?」
……ゴブリン程度の知能があれば、グレイが何か、『自分達を馬鹿にしたらしい』ということくらいは理解できる。仲間を踏み躙っているのだということも。
悪くない。こうして同胞が苦しめられ、殺され、そして自分達が馬鹿にされている、と理解させてやれば……いよいよ、ゴブリン達の意識は、グレイに向く。
グレイが陣取っているのは、ゴブリン達に囲まれる位置。『前線』などではない。最早、『敵陣』の中だ。
「かかってこいよ。それとも怖気づいたか?腰抜けども」
グレイは圧倒的に不利な状況で、それでもゴブリン達を嘲笑い……そうして、ゴブリン達が襲い掛かってきたのを見て、にやり、と笑う。
これを待っていた。
グレイは瞬時に、どのゴブリンがどの順番で自分に到達するかを確かめた。そして、それらをどう捌けばいいかも、判断する。
……まずは、1匹。真っ直ぐ突っ込んできて、狙いを定めやすそうな奴の頭上に斧槍を振り下ろし、頭蓋を叩き割ってやる。
次は、2匹まとめて。飛びかかってきたところを大楯で弾いて、そのまま大楯で殴りつける。
大楯、というものは、結局のところ……デカくて重くて硬い、鋼の塊だ。魔物を殴って殺すのには、実によく向いている。まあ、取り回すだけの筋力があって、或いは筋力を補える道具や魔法があって……更に、防ぐのか弾くのか、はたまた殴るのか、薙ぐのか、といった判断が瞬時にできれば、の話だが。
そうしてグレイはゴブリン達に囲まれながら、主に大楯で連中を防ぎ、時に斧槍で先手を打ち、また時には籠手に噛みつかせ、或いはブレストプレートとその下の腹筋とで棍棒の一撃を受け止め……とにかく、戦い続けた。
ゴブリン達の意識は、すっかりグレイに向いている。
『あいつが居ない方がいい』という嫌悪は、今やすっかり、『この手で、あいつを殺してやる』という憎悪へ変貌を遂げている。
幾多の憎悪を一身に受け、しかしそれに怯むことなく、只々それを嗤ってやりながら……グレイは大楯を振り回すのだ。
これが、グレイの戦い方である。パーティに居た時も、概ねはこうだった。
尤も、あの時はもう少し、楽だったかもしれない。グレイの最初の突進に合わせて、仲間達が一気に前線を押し上げた。グレイが引き付けている敵を、後ろから狙って仕留めていく奴がいた。そして、その間に魔法を使う奴も居て、後方支援が飛んできて……。
……だが今は、それが無い。
グレイは、『ああ、あの女、裏切ったか?』と思いつつ、エメディアの方を振り返り……。
「グレイ!いくよ!」
……振り返ったグレイの目を灼くかのごとく、光が通路の中を走った。
「……成程な。こいつは……デカい口を叩くだけのことはある」
さて。
グレイは、慄いていた。
……通路いっぱいに居たゴブリンは、今や、それらほとんどが事切れていた。生き残ったゴブリンも居たが、それらも這う這うの体で逃げていって、それきりだ。
一瞬だ。本当に、一瞬の事だった。何か、強い魔力を感じはしたが……
「でしょう。どう?私と組むこと、後悔はさせないわ」
「ああ……そうだな。そうかもしれない……」
半ば上の空になってしまうのも、仕方がないだろう。何せグレイは、こんな魔法、見たことが無かった。
……ゴブリンは、全て消えた。これもまた恐ろしいことだが……ゴブリンと揉み合いになっていたグレイには、傷一つ無い。つまり……威力も恐ろしいが、精度も恐ろしい。これは、そういう魔法だ。
「……今の、どういう仕組みだ?」
「ああ、大したことじゃないの。ただ、ゴブリンに一気に魔力を注ぎ込んだだけ。『過回復』みたいなものね。大して魔力が無い生き物相手なら、これで十分」
……理屈を聞いてみても、全く理解できない。
グレイに学が無いから理解できないのでは、ないだろう。エメディアがあまりにも、人並み外れたことをやったのだ。それくらいは、グレイにも分かる。
何せ……グレイは今まで、優秀だとされる魔法使いと組んだことが何度もあったが、彼らのうちの誰一人として、こんなことができた奴は居なかった!
「……あんた、1人でも十分にダンジョンをクリアできるんじゃないか?」
「冗談言わないでよ。あれ、準備に時間がかかるの。数が多い方が面倒よね。そのためには……まあ、30秒は、欲しいわ。完全に集中して、周りの事なんて何も気にせずにいられる30秒が、ね」
エメディアはそう言うが……グレイは、『こいつはとんでもない逸材だ』と、少々興奮していた。
たった30秒。それさえ稼げば、この結果だ。そしてグレイの腕があれば、ゴブリンの群れを30秒凌ぐ程度、造作もないことである。或いは……もっと強力な魔物であっても、30秒程度ならエメディアを守り切ることはできるだろう。
……成程。これなら確かに、このダンジョンをクリアできてしまうかもしれない。
「他の魔法は?何が使える?」
だが、興奮気味にそう尋ねたグレイに対し、エメディアの反応は少々うかないものだった。
「あー……実のところ、あんまり。……その、属性魔法は1つも使えないの」
「は?冗談だろ?」
グレイはあまりのことに、ぽかん、とする。
……属性魔法、というと、炎や水、風や光、雷や大地……様々なものに働きかけ、或いはそれらを生み出す魔法である。
小さなものであれば、学の無いグレイにも使える。例えば、薪に火を灯すだとか、濡れた衣類から水気だけを抜くだとか。……そういった、ごく小さなものに限るが。
勿論、大きな魔法になれば、天から雷を落とし、炎の大渦でドラゴンすら焼き尽くし、川の流れすら変えるような……そんなこともできる。グレイが組んだことのある魔法使い達も、まあ、得意不得意はあれども、魔法を使って魔物を倒す程度のことをやってのけていた。
まあ、つまり……『属性魔法』というだけでは、至極、大きな区分なのだ。言語で例えるならば、『エルフ語の読みは多少できる』『ドワーフ語は全く分からない』といったような話ではなく……『あらゆる言語の読み書きができない』というような話なのだ!
「冗談ならよかったんだけど。……ただ、魔力の量だけは馬鹿みたいにあるのよね。それで、この厄介な『恩恵』も効果が大きく出ているみたいだけれど……まあ、とにかく、私の武器は、この魔力量よ。大量の魔力を流し込んで相手の魔力中枢を破壊するとか、魔力酔いの酷いのにするとか、そういうやり方になるのよ。……あんまり、洗練されたやり方じゃないわね」
申し訳なさそうにそんなことを言うエメディアを眺めて、グレイは只々、『この世には色んな奴がいるもんだ』と、呆れ半分、感心半分の気分になるしかない。
「まあ……それだって、あれだけできりゃ、十分だろ。うん。あんた、十分、ダンジョンでもやっていけるよ」
「そう?ありがとう。……でも、私1人で立ち回ることは、期待しないで。私が準備する間、相手がお行儀よく待っててくれるなら話は別だけど」
「成程な」
まあ、そういうことなら、グレイにとっては正に僥倖である。
グレイが時間さえ稼げば、後はエメディアがやってくれる。そして、エメディア1人ではどうしようもない部分は、グレイが役に立てる。
……本当に、手を組むにあたって最高の相手だ。
「……ダンジョンの底には天使が居る、と聞いたことがあったが、本当だったな」
「え?ダンジョンの底に……何?」
「いや、なんでもない」
ダンジョンの深部に落とされた時には『最悪だ』と思ったグレイだったが……『案外、ツイてるのかもしれない』と考えを改めた。
「まあ、そうね!ダンジョンの最深部……お宝だってあるって話だもの!ね!きっと、行く価値は十分にあるわ!脱出のことを無しにしたってね!」
エメディアは、前向きで明るい。それは、後ろ向きな性質のグレイには酷く新鮮で、酷く眩しく感じられた。
ダンジョンの底に居るのだというのに、随分と、明るいいい気分だった。
そうして、グレイとエメディアは順調に、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいった。
……元より、『ひたすら敵を引き付ける』ことと『敵の攻撃を捌き、敵の攻撃から身を守る』ことのみに特化したグレイは、『時間さえあれば敵を殲滅できる』というエメディアと非常に相性がよかった。
また、道中の罠は全てグレイが先に起動させて、エメディアを守ることができた。知能が高く、かつ大人しい魔物相手には、エメディアが『友好的に』対処することができ、消耗も避けられた。
……何より、『たった2人』の小規模パーティであることが、よかった。
狭い通路でも身動きが取れなくなることが無い。咄嗟の判断中に、仲間を巻き込むかどうかを気にしなくてもよい。身軽で、非常に戦いやすい。
これは、長らくダンジョンに潜ってきたグレイにとって、大きな発見だった。
「ああ、すごい!出会っても私目掛けて突進してこないリザードマンなんて、初めて!」
「そりゃあ、俺が居るからな!」
……ついでに、エメディアにとっても、今回のダンジョン攻略は新鮮で、大きな発見であるらしい。
大抵の魔物は、『エメディアに近づきたい』という気持ちと『グレイを殺したい』という気持ち、その2つを一気に抱かされたなら、『まずはグレイを殺してからエメディアに近づこう』と判断してくれる。よって、魔物に群がられるのはグレイだ。エメディアはこれについて、『快適!』と歓喜の声を上げていた。
そうして、いくつかの階段を下って、エメディアがその豊富な魔力によって見つけた隠し通路を通り……ゴブリンやリザードマンの群れを蹴散らし、或いはドライアドの群生地を友好的に駆け抜け……2人は、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいく。
……すると。
「……いよいよ、か」
ずしん、ずしん、と響く、重い足音。これは間違いなく大物……恐らく、『ダンジョンの守護者』であろう、と思われる。
十分に注意を払いながら、グレイとエメディアは、そっと、足音のする方を伺い見る。
「……大物だな」
すると、そこにあったのは……硬そうな鱗に覆われた脚。長く頑丈そうな尾。獰猛そうな瞳、そして、鋼鉄をも貫くのであろう、牙。
……ドラゴンである。
流石に、ドラゴン相手に立ち回るならばある程度は作戦を立てておきたい。グレイは一旦、エメディアと共にその場を離れ、さて、何から決めるか、と考えていると……。
「ああ、あのドラゴン……見たことあるわ」
「は?」
……唐突に、エメディアがそんなことを言い出し……グレイは、目を丸くすることになった。
「……忘れもしないわ!あいつ、私を攫って、宝物庫にしまっておこうとしたドラゴンよ!」
……成程。
『好かれる』というのはやはり、厄介である。グレイはそう、思った。




