50話:底へ*3
いつぞやのようにスライムの流れに流されて、グレイ達はひたすらと進んでいた。
スライムが進んでいく中ではあるが、ここは正に、『地下神殿』という名に相応しい。古びた石材作りの床と壁と天井、時々柱を眺めながら、先へ先へと進んでいくだけだ。
幸いにして、明かりは必要無かった。どうも、壁に魔導仕掛けのランプが備え付けられているらしい。独特の、ほんのりと緑がかった白色の光が、ぼんやりと通路を照らしている。
照らされる通路は、一本道。分岐も無い。……スライムの道案内は必要ないようにも思うのだが、スライム達が非常にやる気であるので、止めることもできない。
「……ここが、『地下神殿』なのね……」
そんな中、この状況に最も不慣れであろうとも、最も慣れているであろうとも言えるローズは、スライムはさておき、神殿について何やら考えているようだった。
ローズの知識の中には、この『地下神殿』のことがあるのだろう。だが、それを実際に見たのは初めてであるはずだ。……ローズの中に、どのような形で知識があるのかは、グレイには分からない。だが、今のローズの反応を見る限り、そんなように思えた。
「うむ、やはり美しい建物だ……。見よ、あの柱の彫刻を!水飛沫と魚……実に躍動感に満ち溢れ、荒々しくも優美だ!この神殿を造った者達と是非、語らってみたかったものだな」
アイオンはというと、やはりスライムはさておき、神殿の造形美に夢中になっている。
実際、美しい建物だ。しっかりと金と時間と技術をつぎ込んだのだな、と分かる。……メカニジア城より余程、城らしいと言えるかもしれない。
「しっかし……この石材、ここらへんの石じゃねえな」
「分かるものなのですか」
「まあな。俺ほどにもなりゃ、見て分かるもんだ……」
一方のスファルは、やはり、石である。……スライムに言及せず、かつ『美』にも興味は無いとなると、やはりこちらになってしまうらしい。
「具体的には、どのあたりの石材なのですか?」
「んー……もっと西の方の石だ。それこそ、ディアナバレイだとか、そこらのじゃねえか?こういう、こういう混じりけの無い白くて滑らかな石ってのは、採れる場所が限られるからな……」
「成程。なら、この神殿が建てられた時、石材をやり取りした記録がディアナバレイ国内に残っているかもしれませんね。今から調べに行くわけにもいきませんが……」
地下神殿の謎に近づきはしても届きはしないような、そんな話を雑談程度に進めつつ……スライム達に流されるように運ばれて、いよいよ、グレイ達は神殿の奥へと突入した。
神殿の奥までグレイ達を運んだスライム達は、そこへグレイ達を降ろすと、ぞろぞろと帰っていった。……こういうものなのだろうか、とグレイはウサミミを見てみるが、ウサミミは耳をぷるるんと震わせるばかりである。
「……ここが、一番奥、ってことかしら?」
エメディアが戸惑いながら奥へ進み……その壁の一部に、触れた。
壁には、扉のようなものがある。ただし、見たことのない類の扉だ。扉のどこにも引っかかりになるものが無いのである。押してみてもびくともしない。
「いいえ。更に奥があるわ」
ならばこれは扉ではなく壁なのか、とも思われたが、ローズ曰く、この奥がある、ということなので、やはりこれは扉なのだろう。
「……ただの壁にも見えますが」
ルイナも訝し気に例の扉を眺めているが、彼女にもこの扉の開け方は分からないらしい。グレイは、何となくほっとした。……ほっとしている場合ではないが。
「ええとね、この扉、下から上に向かって開けるの」
そんなグレイ達を見て、ローズは笑いながら『こんなかんじに』と、下から上に持ち上げる仕草をしてみせた。……随分と変わった扉である。
「そうか。ってことは、俺の出番だな!」
「いいえ。スファルが持ち上げなくてもいいの。ここに操作盤があるわ」
スファルが意気込んでいたところ、ローズは苦笑しつつ、扉手前の小さな操作盤を指し示した。
「これを操作すれば、中に入れるわ」
「そうか!よし、じゃあ早速……」
だが、スファルがその操作盤に触れたものの……何も、反応が無い。スファルは首を傾げつつ、まだ操作盤を弄っているが……やはり、反応が無い。
「あー……その、操作には多くの魔力が必要なのよね。そういうものしか、入れないようになっているから……」
「……そういうことかよ」
スファルは、舌打ちしつつその場を離れた。魔力が碌に無いことを気にしているスファルとしては、何とも嫌な話であろう。
「この扉の先でも魔力の消費が必要になる箇所があるんだと思うわ。だから、それだけの魔力があるかどうかをここで判断してる」
「ああ……そういう試練がある遺跡、いくつか聞いたことがあるわ。成程、これもそういう類、っていうわけね?」
エメディアは納得しながら進み出て……操作盤に触れようとしたところで、横からルイナにその手を掴まれた。
「操作するのは、エメディア様が?」
ルイナにそう尋ねられて、エメディアは『そういえば、別に私が操作しなくてもいいといえばそうなのよね』と頷いた。
「そうね。私は、やるなら彼女がいいと思うわ。なんだかんだ、魔力が多いし。この先でも魔力が必要になるわけだし。……何より、きっと、『聖女エテルニータ』は、エメディア・アンバーローズを呼んでる」
だが、ローズとしてはエメディアを推薦したいらしい。……グレイとルイナは顔を見合わせたが、エメディアがそんな2人を留めるようにして、また操作盤の前へと進み出た。
「そうね。じゃあ、私が操作するわ。……いい?いくわよ?」
そして、グレイ達が止める間も無く、エメディアは操作盤に触れた。
ごごご、と重い音が響き、扉が徐々に開いていく。
下から上へと持ち上がっていくその扉の向こう側が、徐々に見え始めて……そうしてようやく、グレイ達は今響いている重い音が、扉からだけのものではないことを知る。
「……機械、だよな、これ。なんか、妙なかんじがするけどよ……」
……そこには、巨大にして奇妙な機械仕掛けがあった。
「これ……機械仕掛けの迷路、っていうこと、かしら……」
どうやら、グレイ達はダンジョン以上に厄介なものへ挑まされるようである。
開いた扉を抜けて先へ進めば、ごうん、ごうん、と機械が動き続ける重い音が中々に煩い。
「おい!これどうすんだ!?」
「多分、先へ進むための仕掛けがあるはずよ!そっち探してみて!私はこっち!」
機械の音に負けないように、と大声を張り上げながらやり取りして、グレイ達はそれぞれ、機械を眺めて回る。
……グレイは自分の手足が魔導仕掛けであることもあり、機械の類には多少、詳しい自負があった。だが、ここまで巨大なものが動き続けているとなると……先程、エメディアの魔力で起動して動かし続けているにしては、あまりに大掛かりである。恐らく、魔力の源はまた別に存在しているのだろう。
そんなことを考えながら、巨大な機械が動く中を歩いていくと……人が一人乗れる程度の、鳥籠のようなものが組み込まれた機械を見つけた。
「……これは」
「ああ、それ多分、昇降機だわ」
グレイが鳥籠を眺めていたら、ひょこ、と桃色の髪が覗く。……ローズである。髪飾りを揺らして、ローズはグレイが眺めていた鳥籠を覗き込んだ。
「この籠に乗ったら、多分、ここから下へ降りられるんじゃないかしら。やってみてもいい?」
「皆が集まってからの方がいいだろうな」
「それもそうね。はぐれちゃったら厄介そうだわ」
ひとまず、これで先へ進む道らしいものは見つかった、という訳だ。……この機械仕掛けの迷路の更に先があるということに、少々重い気分になってきたグレイだが、まあ、目標が見えたのは悪いことではない。
さて。早速、グレイは仲間達を呼び集め、先程の『昇降機』を見せ、そして……。
「……昇降機って、これ、一回使ったらそれでおしまい、ってこと、無いわよね?」
……エメディアの疑問に、皆で凍り付いたところである。
「そ、れは……あまり考えたくはありませんが、確かに、そうですね」
「降りた籠がもう一回上がってくるっつう保証はねえもんなあ……」
何せ、このような昇降機、見るのも使うのも初めてである。アイオンなら何か知っているだろうか、とも思ったのだが、アイオンですら、『なんだこれは!』と好奇心に目を輝かせている状態であるので、まあ、つまり、彼も何も知らないのであろう。
「……試しに俺が行ってみる。下がどうなってるか伝えるから、それから判断してくれ」
「それでグレイだけ下に降りたきりどうしようもなくなっちゃったらどうするの!」
どうもしなくていいぞ、と思ったグレイだったが、それは言わないでおくことにした。
「せめて、2人一緒に行きましょう。そうすれば、多少はマシじゃないかしら」
グレイとしては、『犠牲を増やさなくてもいいんじゃないか』と思わないでもなかったが、しかし、エメディアの理屈も分かる。
1人ではどうにもできないことも、2人居ればなんとかなる場合は往々にして多い。
「うむ、そうだな。私もそれには賛成だ。この籠が戻ってくるにせよ、どのみち一度に全員が移動することはできないからな。ならば、少しでも一緒に居られる人数を増やした方が危険が少ないと言えるだろう」
アイオンも大いに賛成しているようであるし、ルイナも、ローズも反対はしない様子であるので、グレイは、『さて、じゃあどう人員を分けようか』と考える。
……最初に危険に飛び込むなら、1人目はグレイで決まりだ。そしてもう1人は……頑丈な奴の方がいいだろう。スファルだとか、アイオンだとか。
と、グレイがそんなことを考えた時だった。
「2人ぃ……?どうやってコレに2人乗り込むんだよ」
「……スファルは体が大きいものね。ええと……どうしましょうか」
……スファルが、至極尤もなことを言って、何とも嫌そうな顔をしていた。
そう。スファルは……図体が大きいのである!
……それから、試行錯誤が始まった。『籠にこういう風に入って、こういう風にもう1人がなんとか』『拷問かよ』『ではこういう向きで』『首折れるぞ!』と、何やら賑やかに、エメディアとスファルとアイオンがああでもないこうでもないとやっている。
グレイは、頭の中で『自分やアイオンの手足を外す』というところまでは考えたのだが、そもそも義肢を外してしまうと、組み立て直すのに時間がかかる。もし、昇降機が降りた直後に戦う羽目になったら、義肢が無いグレイやアイオンはただの足手まといだ。
……などと、考えていたところ。
「……では、私が」
ルイナが、何とも言えない鉄面皮ぶりを発揮しながら立候補した。
「恐らく、この中で最も体が小さいのは私かと。……スファル・トゥルバ。あなたは私を抱えていられますか?」
「当然だろ!俺は偉大なるスファル・トゥルバだぞ?お前ぐらい、100人に増えたって持ち上げられる!」
「……それは何よりです」
ルイナはスファルの返事に頷くと……膝を抱えるようにして、きゅ、と体を丸めた。
……こうしてしまうと、非常に小さい。元々小柄であるルイナであるだけに、いよいよ、小さい。
「どうぞ」
「……お、おう……」
そして、『どうぞ』ときたものだ。スファルは珍しくも『これ、いいのか……?』などとぼやきつつ、おっかなびっくり、ルイナを抱えて、のっそりと籠へ乗り込んだ。
「……いいかんじに収まったわね」
「ルイナ、あそこまで丸くならなくてもいいんじゃないかしら」
外野が色々と言っている間にも、昇降機はごうんと音を立てつつ降りていく。鎖が巻き取られていくような音が聞こえ、スファルとルイナを載せた籠はゆっくりと下へ降りていき……。
……そうして、グレイ達が待っていると、籠が戻ってきた。……籠だけが、である。
「……スファルとルイナは、籠から降りた、ってこと、よね?」
グレイ達の間に緊張が走る。もしや、2人に何かあったのでは、と。
……だが。
「おおーい!降りてこーい!問題ねえぞー!」
……昇降機の下の方から、スファルの声が、うわん、と唸りながら響いてきた。まあ、つまり……スファルの声は、やたらと大きいので、機械の駆動音が響く中であっても、床下からであっても、声が届く、ということなのである。
「……じゃあ、行きましょうか」
「ううむ……最初にスファルが降りたのは、正解だったようだな……」
……グレイ達は顔を見合わせつつ、早速、スファルとルイナの後を追いかけるべく、早速、籠へ向かうのであった。




