49話:底へ*2
しばらく、皆が黙っていた。だが、ずっと黙っているわけにはいかない。
そうしてエメディアがため息交じりに、目の前の洞窟……ダンジョンの奥を見つめるようにして、言った。
「……『どういう風に』っていうところは、置いておくわ。けれど、ひとまず、このダンジョンに隠してある『地下神殿』へ到達すれば、『人為的にダンジョンを生み出す仕組み』を扱うことができる、ってことよね?」
「ええ。そういうことだと思ってくれていいと思うわ。私も、詳しいところ全てが分かる訳じゃないけれど……」
ローズは躊躇いながらもそう答え……そして、エメディアの手を握る。
「でも、私の目的は、あなた達を地下神殿へ連れて行くことなの。どうか、一緒に来て!」
エメディアはローズの……自分にそっくりな顔を見つめ、そして、こくり、と頷いた。
「勿論よ。……嫌な予感がしないでもないんだけれどね。でも、行かない訳には、いかないものね」
エメディアの決意は固いらしい。ならば、グレイもそれについていくまでである。
「となると……問題は2つありますね」
だが、いざ地下神殿へ、と思っても、すぐにそうする訳にはいかない。ルイナの言う通り、問題は確かにあるのだから。
「1つは、ダンジョンの核をどのように処理するか。……誰かが摂取してしまうのか、はたまた、ただ破壊するのか。大きく分ければ、そのどちらかになるかと」
ローズ曰く、地下神殿は、地下神殿を『ダンジョン』としたことによって、隠されているらしい。まあ、ダンジョンというものがどういうものかを見てきたグレイには、なんとなく理解できるものである。ダンジョンは、普通の空間ではないのだ。ダンジョンの核が消えた瞬間、そこは何も無かったかのように、元の地形に戻ってしまうのだから。
そういうわけで、ローズの言うところの『地下神殿をダンジョンにすることで隠してある』という部分を疑うつもりは無い。もしローズが嘘を吐いていたとしても、ダンジョンを消してしまうこと自体には、そう問題はないはずである。
……となると。
「じゃあ、そのダンジョンの核は私が食べちゃうわ」
「いや、俺が……」
……問題は、誰が食べるか、ということである。
「……あのね、グレイ。あなたはもう、魔力を増やさない方がいいと思うのだけれど」
「……それはそうだが」
エメディアの何とも言えない視線を受けつつグレイが目を逸らせば、逸らした先でルイナからも何とも言えない視線を送られていた。最早、グレイは床くらいしか見るところが無い。
……グレイの魔力を強化したことによって、グレイの『嫌われる恩恵』は凄まじいことになっている。それこそ、街を歩くことができず、ドラゴンになったルイナに加えて運ばれるのが最適解、となってしまった程度には。
だが……それは、エメディアにも同じことが言えるのではないだろうか。
「エメディア。あんたが魔力を強化したら、あんたの恩恵はもっと強くなる。……俺に今起きていることが、あんたにも起きかねない」
「それは……」
「あんたの恩恵だって、決して、便利なだけじゃないはずだ。そうだろ?」
……エメディア自身、それは理解しているのだろう。グレイの言う通り、エメディアの恩恵は厄介な代物である。
グレイの『嫌われる恩恵』とは真逆なように見えて、エメディアの『好かれる恩恵』は、かなりグレイの恩恵に近いものがある。
好意故に危害を加えられることも、あるだろう。下手に嫌われるよりも厄介なことも、起こり得る。……エメディアのために、と、人々が狂っていけば、国が滅びかねない。その点、グレイはただグレイが嫌われるだけなので……国1つが揺らぐようなことは流石に無いだろう、と思われる。まあ、つまり、人々の憎悪が執着となってグレイへ向いたとしても、グレイが死ねばそれで済む話であるので。
「ええと……そうね。確かに、そうかも。ええ。私の恩恵も、下手に強化したら危ないものではある、と思ってるわ。分かってるの。でも……」
だがエメディアは、何か反論しようとしてくる。
……一方で妙に歯切れが悪く、言葉を選んでいるようにも見えた。これを見て、グレイは少し考え……もしや、と、思う。思ってからすぐ否定の言葉が頭の中に浮かんだが、それでも……予想が外れたとしても自分が恥をかくだけだ、と割り切って、エメディアに告げることにした。
「俺の恩恵を相殺するために、っていうんなら、やめてくれ」
……グレイが告げれば、エメディアは目を見開いて、凍り付いたようになってしまった。
どうやら、グレイの予想は的中していたらしい。
グレイは、何やら嬉しいような、むず痒いような、そんな気持ちになる。
……グレイの事を思って、自分に不利なことをしようとする人が居る、など……グレイにとっては、あまりにも余りある幸福である。
否、これを幸福だなどとは言ってはいけないだろう。悪趣味にもほどがある。だが、どうにも、口元が緩みそうになる。
「その、お互い、厄介なことになるだけだろ」
「そう……かしら」
エメディアは、悲し気に俯いた。……彼女にこのような顔をさせてしまう申し訳なさと、『俺のために、エメディアが悲しんでいる』という仄暗い喜びに翻弄されつつも、グレイは努めて平静を装った。
……すると。
「そうですね。グレイもエメディア様も、魔力をこれ以上強化すべきではないかと」
横からルイナがやってきて……そして。
「ならば私が頂いてもよろしいですね?」
ルイナは、ひょい、と横から手を伸ばして、ダンジョンの核を持って行った。そして、一応、といったように、一度待ってグレイとエメディアの反応を見ていたが……エメディアが『どうぞ』と両手を広げてみせ、グレイが『仕方ない』と肩を竦めれば、ルイナは満足気に頷いて、ダンジョンの核をさっさと食べてしまった。
「おいしいです」
「おいしいの……?ええと、よかったわね」
「はい」
そうしてルイナは、魔力を吸収した、らしい。……とはいえ、完全に吸収できたわけではないのだろう。いつぞやのエメディアがそうであったように、どうしても、取り零す魔力というものがある。
だが、そんな魔力は大地へと還っていったり、ウサミミのおやつになったり……やがて、すっかり片付いてしまう。
そして。
「……おお、見たまえ。ダンジョンが消えるぞ」
洞窟の奥で光が生まれたと思ったら、すぐさま地面が揺れる。ダンジョンが、消えるのだ。
……しばらく、その揺れと地鳴りの中で、グレイ達は耐えた。グレイ達の周りでは、漏れていたスライム達が揺れに合わせて体を揺らしたり、跳ねたり、転がったりしていた。
そうして揺れが収まり、スライム達も大人しくなった頃……。
「これが、地下神殿……」
そこには、石材を組んで作られた、大きな門が聳えていたのである。
「ほう……悪くない造形だ」
地下神殿へと繋がるのであろう門を見て、アイオンは何とも嬉しそうに唸った。
「見たまえ!この、蔓草が絡まるかのような、水が流れるかのような模様を!実に美しい。流麗、という言葉はまさにこれのためにあるのだろう。この彫刻はさぞかし名のある彫刻家が手がけたものに違いない……」
うっとり、とそう言うアイオンの後ろで、スファルは『まあ、悪くねえ石だ』と、石材自体を褒め称えていた。……気が合うのか合わないのか、よく分からない2人である。
「へえ……。メカニジア城みたいな、鉄でできた建物が出てくるんじゃないかと思っていたけれど、違うのね」
エメディアも何か感心したように門を見上げる。……確かに、メカニジアの地下にあるものとしては、少々違和感があるほどだ。つまるところ、アイオンのいうところの『美しい』という点において。
「これを作ったのは……ええと、『聖女エテルニータ』だった、のかしら。だとしたら、彼女の趣味、なのかもね」
「成程な。ならば、『聖女』エテルニータと、『女王』エテルニータは、確実に別人だ。我が女王陛下は、残念ながら美というものを全く理解なさらぬ御方であったのでな……やれやれ」
アイオンの言葉を聞いて、グレイも『まあ、そうだろうな』と思う。……あの黒鉄の城を作った女王エテルニータが、このような優美な曲線をあしらった門を作ったとは、思いにくい。
「ま、どうでもいいだろ。そんなことより、さっさと進もうぜ。ここまで来たんだ。引き返すってことはねえだろ?」
一方で、スファルは門より門の先が気になるようである。まあ、グレイも似たようなものであるので、スファルの言葉には大いに賛同したい。
だが。
「……その前に、1つ、確認しておきたいことがあります」
ルイナが、そう言って皆を見回し……そして、床へ視線をやった。
「スライムはどうしますか?」
……床の上には、相変わらず、ダンジョンから漏れてしまっていた例のスライムが、ぷるんと大勢で揺れている。
「……どうしましょうね」
エメディアは頭を抱えたが、それを見てスライム達は、一斉に首を傾げるが如く、ぷるっ、と傾いた。
「お、おい、いいのか?本当にこれでいいのかよ?」
「だって、しょうがないでしょ。駆除するのはなんだかかわいそうだし、そもそも、運んでくれるみたいだし……」
……そうして、グレイ達は大勢のスライム達と共に、地下神殿の門を潜って先へ進むことになった。
いつぞやのメカニジア城でそうだったように、スライム達に運ばれるような、押し流されるような、そんな移動方法である。
「……これは、一体」
「あ、ルイナとローズは初体験よね。ええと……スライムが運んでくれるわ。多分ね。以上よ!」
エメディアの投げやりな叫びなど気にも留めずに、スライム達はやる気に満ち溢れてグレイ達を運んでいくのであった。




