48話:底へ*1
「あー……ダンジョンからスライムが湧き出てる、ってこと、かぁ……?」
「ううむ……メカニジア城の地下空間にあのようなスライムが居たことも、今思えば、ここから出てきたスライムが行き場を求めた結果だったということか……」
スファルのみならず、アイオンまでもが戸惑いながらスライムの群れを眺めている。スライム達はもっちりぷるるん、まこと気ままに動き回るばかりである。
そんなスライム達が気ままに向かっていくのは、エメディアの方だ。エメディアは早速、なんとなく好かれて、スライム達に取り囲まれることになっていた。……グレイとエメディアが出会ったあのダンジョンの再来である。
「……エメディア様は、スライムにも好かれるのですね」
「あ、うん。そうなの。……ええと、ゴブリンとかにも好かれるわ。グレイが居ると、ゴブリンはグレイを倒しに向かってくれるけれど、そうじゃなかったら私に殺到するの……」
「そういうことでしたか……」
ルイナは、『どんな恩恵も便利なばかりではありませんね』と神妙な顔で頷く。が、その視線の先にあるのは、スライムに囲まれているエメディアと、そのエメディアの頭の上で耳をぴこぴこと振って、まるで『静粛に!静粛に!』とやっているが如きウサミミである。緊張感の無い光景だ。……グレイは、この光景が嫌いではないが。
「ダンジョンから魔物が溢れちゃってる、っていうことは、このダンジョン、相当まずい状態なのかしら」
「だろうな。ほっとかれすぎたダンジョン、ってことだ……」
一方で、このようにスライムが漏れているダンジョン、というのは……ダンジョンの管理という意味では、よろしくない。
ダンジョンは、放っておきすぎると周囲の魔力をどんどんと吸い取って土地を枯らす。更に、その魔力で魔物を生み出し、魔物を溢れ出させてしまうのだ。
ダンジョンの中だけに魔物が留まっているのならば、まあ、いい。その魔物を狩って日銭を稼ぐ冒険者達も居るのだ。魔物の素材はそれはそれで有用な資源であるし、人々の生活の役に立っている。
だが、度を超す勢いで魔物が溢れてきてしまえば、それはただの災害でしかない。……誰の目も行き届かない所にひっそりとダンジョンが生まれてしまい、そこから魔物が溢れ出てきてようやく、ダンジョンの存在が明らかになり、討伐隊が組まれる……といったことも、ままある。
ダンジョンは基本的に、人間が管理し続けなければならないのである。管理している分には、魔物の資源が手に入り、魔物の余分な箇所は魔力として再びダンジョンに吸収されて土地を枯らさず済むようになり、益が多いのだ。
……ということで、今、目の前にあるダンジョンは、『人間が管理し続けなかったダンジョン』であり……既に外にスライムが漏れ出しているところから見ても、ダンジョン内は酷い有様なのであろう、と思われた。
だが。
「……ローズ。その、1つ聞きたいんだが……このダンジョンの奥に、『地下神殿』がある、のか?」
グレイが念のため、ローズにそう尋ねると、ローズは少し困ったように頷く。
「……厳密に言うと違うんだけれど、まあ、そう言ってもいいのかもしれないわ。とはいえ、その封印が、大分、解けちゃってるというか、もう限界というか、そういうかんじ、なんだと思うんだけれど……」
ローズはそこで一旦口を噤むと、ごそごそ、と懐から例のものを取り出した。
「ええと……これを見て。ほら、『地下神殿』の鍵よ」
ローズが取り出したのは、ダンジョンの核である。
……山間の遺跡から入手してきたものだ。これが『鍵』だと聞いて、グレイ達は戸惑ったものだが……。
「ダンジョンの核、が、鍵……そうか」
今。グレイは目の前のダンジョンを見て、ダンジョンの核を見て……ようやく、『何故、ダンジョンの核が古代神殿の鍵なのか』ということを理解した。
それと同時に……恐ろしいことにも気づいてしまい、背筋に寒気が走る。
「……古代神殿を、ダンジョンに変えたんだな?だから、その核を破壊すれば、ダンジョンが消えて……『元に戻る』、という訳だ」
グレイがそう言えば、ローズは静かにグレイを振り返った。
そんなローズを見ながら、グレイは、『どうか違っていてくれ』と思いながら……続ける。
「つまり……ダンジョンっていうものは、人為的に、生み出せる、と?」
「ええ。そうよ。そして、それこそが『封印』の正体なの」
ローズがそう頷いたのを見て、グレイは只々、何も言えずにローズとダンジョン、そしてスライムの群れを眺めるのだった。
「……驚いた。いや、驚いたな。ダンジョンを、人為的に生み出せる、と?まるで神の所業ではないか」
唖然とする一行の中で最初に口を開いたのは、案の定、アイオンであった。皆が黙っていても最初に喋ってくれることには信頼のある男である。
「この技術が知れ渡れば、農業や採掘業……いえ、もっと多くの、もしかしたら全ての物事に対しての、大きすぎる変化が生じるのでは?」
また、すぐさま『ダンジョンを人為的に生み出せる』ことの意味を見出したのはルイナである。
……ルイナの言う通り、魔力を一点に集めたいような場合には、その場をダンジョンにしてしまえばいいのだ。ダンジョンは周囲の土地の魔力を吸収して一か所に集めてしまうようなものであるので、山や荒れ地の魔力を吸い取って農地に集中させることができれば、それは農業革命となるだろう。
或いは、かつてコルザの町の傍にできたダンジョンがそうであったように、周囲の鉱脈を巻き込んでダンジョンが生まれた場合、ダンジョンの中で大量の鉱石を採掘できるようになる。それを人為的に、完全に人間の管理下で実現できるとなれば、採掘の効率は大幅に上昇するだろう。
「……勿論、そうなれば魔力が足りないでしょう。土地の魔力を一気に吸い上げて一度に使うのですから。でも……」
「足りない魔力を、吸収する方法をメカニジアは編み出していた。……ああ、嫌だわ。繋がってきちゃった」
エメディアが深くため息を吐くのは、先程の部屋……兵器と、魔力回収装置の部屋を思い出しているからだろう。
あのように、『不要な』人間を使えば、効率的に魔力を回収できる。ダンジョンを人為的に次々と生み出しても何とかなる程度の魔力が、あれで生み出せてしまうのであれば……メカニジアであったならば、それを躊躇なく行っただろう。
「ほーう……成程な。よく分からねえが、つまり、アレだろ?メカニジアは、碌でもねえことを目論んでた、って訳だ……」
「碌でもないかどうかについては、議論の余地がありそうですが。……しかし、実用するには幾多の問題があるものを実用していたようである、ということは確かでしょうね」
スファルにとっては、ダンジョンは『大地を枯らす悪』なのであろう。一方で、ルイナにとっては『資源を生み出す機構』だ。その辺りに感覚の違いはありそうだが……スファルは、『まあ、そうか』と、案外すんなり納得した。
「……ローズ。『封印』っていうのは、ダンジョンを生み出す技術、なんだよな」
一方で、グレイは尚も、ローズに聞かねばならない。
「ダンジョンを生み出すことで、一体何を封印しているんだ?」
「……魔物よ。魔物を封印するの」
ローズは、グレイの問いに答える。極めて無機的に。自分が伝えるべきことを伝えるのだ、というように。
まるで、そういう風に作られたから、とでもいうかのように。
その様子を見て、グレイはふと、ローズは機械なのだ、ということを思い出す。
「魔物が生まれる場所をダンジョンで書き換えることで、強力な魔物が生まれないようにするの。それでいて、ダンジョンの中に魔物を留めておける」
「魔物が生まれる場所……?」
「ええ。ダンジョンのように弱い魔物を沢山生み出すのではなく、強い魔物を一体生み出してしまう地点が発生することがあるの」
グレイには、よく分からない話である。何故そんなことが起こるのかも、何故それをローズが知っているのかも分からない。
だが……弱い魔物が100匹居ることと、ダンジョンの守護者のような魔物が1匹居るのとでは、当然後者の方が脅威的であるということは、分かる。
弱い魔物は、そこらの冒険者が日銭目的に討伐できるほどだ。脅威的とは言えない。
しかしダンジョンの守護者のような魔物を討伐できるものは限られる。それこそ、エメディアのように強力な魔法を使える魔法使いが居るだとか、スファルのように人並み外れた膂力を持ち合わせた戦士が居るだとか、そうしたパーティでなければ成し遂げられない。
……そう。『ダンジョンの守護者』程度ですら、そうなのだ。
「ダンジョンを介さずに生まれてきてしまった魔物……それは、かつて『魔王』と呼ばれていたわ」
『魔王』となったら、一体誰に討伐できるのだろうか。
ローズの話を聞いていたのは、グレイだけではない。気づけば皆がローズの話を聞き、そして、血相を変えている。
「魔王……魔王、か。いやはや、正に伝説の中のみに名を残すものを伝説の外で聞くことになるとはな……」
やはりアイオンが真っ先に声を上げ、そして『やれやれ』とやってみせるが……その仕草もどこか、ぎこちない。
「……ローズ嬢。貴女が何故それを知っているのかは、今は不問としよう。それより大きな問題が、我々の前に横たわっているようだからな」
アイオンはやや緊張した様子で、ローズへと向き直った。
「さあ、ローズ嬢、教えてくれたまえ。魔王を生み出さぬようにダンジョンを生み出すことが『封印』なのだとしたら、その『封印』が解けた場合、何が起こる?」
「当然、魔王が生まれるわ。各地で……ダンジョンが生まれている速さで」
ローズは、緊張した面持ちでありながらもはっきりと迷いなく答える。
「だから、もう一度『封印』の仕組みを直さなきゃいけないの。そろそろ、その『封印』の仕組みが壊れてしまうから」
……グレイ達は顔を見合わせた。
分からないことだらけではあるが……何やら、随分と規模の大きなことに巻き込まれたらしい、ということだけは、分かる。




