47話:永遠の国へ*7
……そうして。
「スファルが居てくれてよかった」
「おう。もっと褒め称えろ」
グレイ達は、メカニジア城跡地の瓦礫を撤去し続けていた。
一度、アンドレア王子達の調査隊が入ったところではあるが、それから日を置いてしまったが故に再び崩れた箇所があったらしい。そこの瓦礫を抱えては放り投げ、放り投げてはまた次の瓦礫を退かし、とやってくれるスファルの存在は、実にありがたい。
「そうね!褒め称えるわ!偉いわ!スファル!」
「すごいわ!スファル!」
「ううむ……そうだな、やはり、君の類まれなる膂力は正にオーガならではのものなのだろう。それでいて、瓦礫や岩を扱う技術は君が鉱山で民草に混じって労働したからこそ得られたものだ。努力の日々は、時に砂の中から砂金を探すかのようなものであっただろうし、時には荒れ地を耕すかのようなものでもあっただろう。しかしそれを乗り越えて得た能力は、正に君が君であるからこそ得られたものだ!そしてその力を正しく扱う心根の美しさこそが!君を誇り高きオーガたらしめるものだと言える!スファル!君の」
「うるせえ!長え!」
「つくづく思うのですが、アイオン卿のその語彙の多さは本当に……本当に、目を見張るものがありますね」
……働くのは主にスファルではあったが、口数ではアイオンが誰よりも勝っていた。気分が乗りに乗っているらしいアイオンは、大いに喋りながら、一応、モーニングスターで瓦礫を叩き崩したり、『ああ、そのあたりに恐らく通路の残骸があるだろう』などと教えてくれたりもしたので、働いていないわけではなかった。
そうして、スファルが瓦礫を投げ、グレイが投げられた瓦礫を崩れないように積み直したり退かしたりし、アイオンが喋りに喋って……ようやく、それらしいものが見えてくる。
はずだった。
「そろそろ、このあたりにハッチが見えてくると思うのだが……」
アイオンが難しい顔をしながら瓦礫をつつく。だが、それらしいものは未だ、見当たらない。
「おい、アイオン!テメエの案内、正しいんだろうなあ!?」
「ううむ、地下空間までもがバラバラになっている、とは思い難いのだが……」
スファルが苛立ち、アイオンが首を傾げつつ、大分綺麗に片付いた一角を眺めていると……。
……みょこ。きゅ。っぽん。
そんな、間の抜けた音が聞こえてきた。
音の出どころを見れば……スファルが瓦礫を片付けた一角の隅の方で、ウサミミが何かやっている。
「う、ウサミミ?どうしたの?」
エメディアがウサミミに声を掛けると……ウサミミは、その耳をぷるんと震わせて、自慢げに『それ』を見せてくれた。
……それは、瓦礫の隙間から現れたらしいスライムであった。
そう。
「も……漏れてる!」
……瓦礫の下から、スライムが、漏れ出てきているのである!
「えっ!?えっ!?何!?ウサミミ!?どういうこと!?」
エメディアが困惑する間にも、ウサミミはまたもう一匹、瓦礫の隙間から漏れ出てきたスライムを、きゅっぽん、と引き抜いて救助し始めた。
引っこ抜かれたスライムは、ウサミミと、先に引っこ抜かれていたスライムと向かい合い、ぷるるん、と体を震わせている。……スライム式の挨拶なのであろう。恐らくは。グレイには、スライムの言葉は分からないが。
更に、引っこ抜かれたスライムは、ウサミミが耳をふるんと振るわせれば、それを見て、にゅっ、と耳状の突起を生やし、ぺこん、ぺこん、と互いにお辞儀しあった。……これもきっと、スライム達の挨拶なのだろう。
「あー……そういや、この城の地下、スライムだらけだったなあ……」
「……うむ。そういえば、そうだった」
「スライムなら生き残っていてもおかしくはないか」
顔を見合わせてグレイ達が頷き合う横で、ルイナは『何故、スライムが……?』と首を傾げているし、ローズも、『スライム……!?』と首を傾げている。まあ、彼女らは知らないのだ。まさか、メカニジア城の地下がスライムの根城になっていたなどとは……。
「あ、あの、ウサミミ。ええと……このあたりを掘ったらいいかしら?」
そして、エメディアがウサミミに声を掛けると、ウサミミは耳をぽよぽよと揺らして頷いてみせた。
……グレイはスファルと顔を見合わせつつ、『どうぞ』とスファルにスライムの方を示す。スファルは、何とも言えない顔でスライム達の方へと向かっていった。心優しきオーガは、スライム達のために瓦礫を退かしてやるのだろう……。
そうして。
「いよいよスライムだらけだわ」
……スファルが瓦礫を退かしてやったことによって、多くのスライム達がみょこみょこと出てきた。
今や、スライム達がひっきりなしに飛び出してくるようになってしまったそこは、恐らくは、アイオンの言うところの『地下への入り口のハッチ』なのだろうが……。
「こうまで滾々と湧き出でるとな……ううむ、まるでスライムの泉ではないか……」
「噴水……いえ、噴スライムですね」
アイオンとルイナも何とも言えない顔で見つめているが、正にそんな光景である。
尚、スライム達は早速、エメディアの周りに集まってはぴょこぴょこと飛び跳ねている。エメディアが大好き、ということなのだろう。
……そんなスライム達の中央で、エメディアの頭の上のウサミミは耳を振りつつ何か、演説しているかのような様子である。スライムの言葉は分からないので、何が起きているのかは分からないが。
「……あっ、スライム達が案内してくれるみたい」
すると、スライム達はぞろぞろと塊になって、進み始めた。そしてウサミミがスライム達の進む方へ耳を向け、ぷるぷると身を震わせているので……恐らくは、『そちらへついていけ』ということなのだろう。恐らくは。恐らくは。
「まーたデカいスライムがどっかに詰まってるんじゃねえだろうなあ……」
スファルが何やら嫌そうにぼやいていたが……グレイはなんとなく、スファルの予感が当たっているような気がするのであった。
……そうして十数分後。
「あーくそ!もう詰まるんじゃねえぞ!いいな!」
スライム達が歓喜に湧き飛び跳ねる中、瓦礫の隙間に詰まっていたらしい巨大スライムが無事、救助されたのであった。
ぜえぜえと肩で息をつきながら、スファルは巨大スライムに説教しているが、巨大スライムは、ぺにょ、とお辞儀しているのやら落ち込んでいるのやら、そんな反応を見せるばかりである。
とはいえ、巨大スライムを救助したことによって喜ぶべきは、スライム達だけではない。
「ええと……まあ、これで地下への入り口は確保できたみたいだから……よかった、と思いましょう」
……巨大スライムは、巨大であった。スファルの一抱えを超える程の巨体であったそのスライムが、すぽん、と引っこ抜かれた後には、人が1人通れるほどの隙間が生じていたのである。
そう。どうやら、地下空間へと通じる通路への入り口が、ここで確保できたようなのだ。
「……向こうのスライムの泉を片付けても、道は確保できたのでは」
「まあ、いいじゃない。ね?人助け……えーと、スライム助け、ができたっていうことで……」
ルイナは何とも言えない様子で、未だスライムがぴょこぴょこと湧き出ている方を眺めているが、まあ、ローズの言う通り、スライム達を助けることができたので、意味はあった。グレイはそう思う。そう思うことにした。
ということで、早速、グレイ達は地下へと入る。
巨大スライムが詰まっていたその箇所は、アイオンが最初に探していたものとは異なる位置のハッチであったらしいが……少し地下空間を進めば、アイオンがすぐに、『ああ、これはこのあたりか』と把握できた。
そこから先はアイオンの道案内に加えて、ローズの中にある記憶を参照しつつ、進む。
……ローズの記憶は曖昧な部分もあったが、アイオンの助力もあり、なんとか迷わず進み続ける。
進んでいけば、やがて、スファルが破ったドアの残骸だったのであろうものが見つかったり、メカニジア兵の残骸が見つかったり、と、グレイにも覚えのある光景が広がるようになる。
「ああ、懐かしい!我々はここで共闘したのだったな!」
「あの時は助かった」
無数のメカニジア兵を相手に戦った時のことは、記憶にも新しい。あの時、アイオンが来てくれなかったらグレイは恐らく、ここで死んでいただろう。……死んでもいい、と思った当時だったが、それでも今になって思うとあの時生き延びていられてよかった、と思う。……思えるくらい、今が満たされているので。
「ここがメカニジアの地下……なのですね。奇妙な空間に思えますが、メカニジアではこのような空間が当たり前なのでしょうか」
一方、ルイナにとって、ここは馴染みのない空間である。『メカニジアの建築』というもの自体に馴染みが無いだけに、少々緊張気味な様子だ。
「ふむ、そうだな……鉄材を用いた建築物は、メカニジアの十八番と言える。だがそれ以上に、この地下空間は特別なものだ。国の中でも、ごく一部の限られた者しかここの存在を知らなかった。そして、決して良い空間だとは言えない。それは、メカニジアの騎士であった私から見ても、そうだ」
アイオンがそう説明すれば、ルイナは『そういうものなのですね』と頷きつつ……壊れたドアの向こう側にある魔力回収装置をちらりと見て、顔を顰めた。
「そして……この空間の奥には、私でも知らなかったものがあった、という訳だ」
魔力回収装置の方へと進めば、アイオンが仰々しくも、『それ』を指し示しつつそう皮肉る。
「……成程。これは、あなたが国を裏切るのも無理のないことですね。アイオン卿」
「そういう訳だ。ご理解頂けて嬉しいよ、ルイナ嬢」
魔力回収装置は、今はもう、機能を停止しているようであった。そして、それ故に、巨大なガラス管の中で眠っていた人々は……死んでいる。
ガラス管を満たす液体は防腐剤の役割をも果たしているらしく、ガラス管が壊れていないものについては眠るように死んだ人間が入っているだけだが……ガラス管が破損したものについては、残酷にも腐敗が進み、惨いことになっていた。
「ねえ、あの、皆。この奥の装置って……」
そんな中、ローズは魔力回収装置の奥にある、例の魔導兵器へと近づいていく。
「……まあ、国一つ滅ぼせるであろう兵器、よね」
「そう……」
ローズは、魔導兵器を眺めながら、戸惑うような、何か思い出すような、そんなぼんやりとした表情であった。
……だが、そんな表情で佇んでいたのも、数秒のことだ。ローズはすぐさま、兵器の奥へと進んでいき……そこの床を、調べ始めた。
「ええと、この辺りに……あった!」
ローズが声を上げたのを聞いて、皆で駆け付ければ……そこには、更に地下へと進むための竪穴と、竪穴の側面に取り付けられた鉄梯子がある。
ローズが迷わず梯子を下りていくので、グレイも慌てて後を追った。
そのすぐ後からスファルとルイナ、エメディアが続き、最後はアイオンが警戒しながらやってくる。
……梯子は、そう長い距離は続かなかった。丁度、建物の一階層分くらいの高さを降りて、足が床につく。
グレイは先へ行ってしまったローズを追いかけて走る。後に仲間達も続き……そして。
「……ダンジョン?」
エメディアが呆然と呟く先にあるのは、深く暗く、先の見えない洞窟。
……それは紛れもなく、『ダンジョン』であった。
……だが。
「……あの、ローズ。本当に……ここで合ってる?ここなの?本当に、ここなの……?」
「合ってる……合ってると、思うのよ。でも、流石に自信が無いわ……!」
エメディアが思わず、といった様子で声を上げれば、ローズも狼狽しながらそんな返事をしつつ……ダンジョンの入口とそこらの床に視線を彷徨わせ……叫んだ。
「ここでもスライムが漏れてるなんて!私!知らなかったわ!」
ローズの悲鳴が、スライムでいっぱいのダンジョン前に響き渡った。
スライム達は、そんなローズも他の面子も気にせず、ぷるるん、と体を震わせて気ままに動き回っていた。
……そう。
ここもスライムだらけなのである!




