45話:永遠の国へ*5
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ジョードの作業中、グレイはスファルとアイオンと共に待機していた。
……『お前らが居ると気が散る。出てけ』ということで、追い出された3人である。グレイは単に恩恵の影響がよろしくなく、スファルとアイオンはそれぞれ別方向に煩い、ということであるらしい。
「……本当によかったのだろうか」
そんな中、アイオンはふと、物憂げにそんなことを言う。
「グレイ。スファル。本当に、これでよかったと思うか?」
どうも、アイオンはローズにエメディア人形の体を与えることについて、不安が残る様子である。アイオンがそうなのは珍しいな、と思いつつ、グレイはアイオンの話に耳を傾ける。
「私達は歴史の転換点に居るのではないだろうか。地下神殿があっても無くても、私達の選択が、大きく世界を動かしつつあるように思われてならない」
アイオンはそう言って、ため息を吐いた。
「……間違えたのでは、と。そんな風にも思える。自分の選択を悔いることはしたくないが……」
更にアイオンはそう言って、どこか迷うように、床へ視線を彷徨わせた。
……すると。
「おい、アイオン。俺は、『まだ分からねえ』と思ってるぜ」
スファルがそう言って、ふん、と鼻を鳴らす。
「腹は括った。あの機械がエメディアのフリして何かやろうとしたら、その時は迷わずぶん殴ってぶっ壊してやる。それでいいだろ」
「……『分かった時にはもう遅い』という可能性もあるがね」
アイオンはスファルの言葉に肩を竦めて見せつつ、ふ、と息を吐いた。
「まあ、しかし、考えるだけ無駄なのだろう。分かるまで、我々は確たることは何もできない。後はただ、ローズ嬢が善良であることを祈るのみ、か……」
「良いも悪いも、機械にはねえだろうがな」
スファルは嘲笑うようにそう言って、それから、少し心配そうにグレイの顔を見つめた。
「グレイ。お前はどう思ってんだ」
「……概ね、スファルと同じように思ってる」
グレイの言葉は本心である。紛れもなく。
……『まだ分からない』と思っているし、分かってからでは遅いとしても、そうせざるを得ないと思っている。そして……『その時』が来たら、ローズを破壊する必要がある、ということも、分かっている。
「だが……ローズは善良だと、思っている。エメディアが元になっているなら、尚更そうだ」
「……そうか」
唯一、スファルと異なるのは、ローズについて思うことが多い、ということだろう。
機械に感情があるのかは分からない。それらしい反応を返しているだけだと言われれば、そうだろうと頷くしかない。だがそれでも、グレイはローズの言動のそこかしこに感情らしいものを見出しているし、それらが善良なものであると信じている。
「いざとなった時、お前、ちゃんとあの機械をぶっ壊せるんだろうなあ、おい……」
そんなグレイを見て、スファルはいよいよ呆れ半分、心配半分の顔になってしまったが……。
「……分からない」
……グレイは正直に、そう答えることにした。
「分からない、ってよお、グレイ、お前……」
「……俺は多分、ローズに入れ込み過ぎてる。その自覚はある。だが……」
スファルとアイオンに失望されそうではある。だが、嘘は吐けない。グレイ自身、今、『俺は本当に、その時が来たらローズと敵対できるのだろうか』と自問自答してみても答えを得られないでいるのだから。
……すると。
「ふむ。自分より不安気な者を見ていると不安が和らぐ、とは聞くが……ふむ」
……何故か、アイオンが急に、元気になってきた。
グレイとスファルが『なんだなんだ』とアイオンを見守っていると、やがて、アイオンは何故かグレイに歩み寄り、グレイの手をひしと握ってきたのである。
「グレイ、安心したまえ!もし君がやれないというのであれば、その時は迷いなく、私が動こうではないか!それが騎士たる者の務めだからな!」
……どうやら、そういうことらしい。グレイは、『よろしく頼む』と言いつつ、元気なアイオンを見守ることにした。元気であるのは、よいことだ。特に、仲間達が元気であるのは、本当によいことだ。多少、煩かったとしても。
「ああ……ローズ嬢は機械とはいえ、かの麗しの乙女の記憶を持つ機械だ。我が『明星』で叩き潰すのは酷なようにも思うがね。まあ、機械仕掛けの乙女の末路としては、『スクラップ』は確かに妥当なところではあるな。いざという時には最大限、彼女の運命の美しさを演出できるように私も助力しよう」
「……なんつーか、お前のソレはほんとーに、鬱陶しいんだけどなあ……無かったら無かったで、妙に不安っつうかよ……」
「アイオンはそのままで居てくれ」
「む?そうかそうか。ならば私は変わらず、自分自身の『美』を追求させてもらうとしよう」
……アイオンは何やら嬉しそうに頷いた。グレイとスファルは、何とも言えない気分で顔を見合わせた。……まあ、グレイが多少迷ったとしても、このような仲間達が居るので……諸々の不安が、少々和らいだ。
やはり、アイオンはこの元気さであるに限る。グレイは心の底から、そう思う。
そこからはしばらく、アイオンの『美しい散り方とは!』なる話を聞いた。スファルは途中から遠慮なく眠り始めたが、グレイは律儀に全部聞いてやった。
そうして、アイオンの話が、『やはり、散るとなったら場所は大切だ。戦場で散るのも硬派で悪くないが、折角ならばより甘やかな浪漫が欲しい……』などというところに到達した頃。
「……おや?向こうが騒がしいな。終わったか」
ジョードの作業室の方から、声が聞こえてくる。グレイはそれを聞きつつ、スファルをそっと揺り起こしていると……。
ぱたぱたぱた、と足音が聞こえてきた。そしてドアが開き、次の瞬間……。
「グレイ!」
ローズが、グレイに飛びついてきた。
……エメディアそっくりな体で。
「ローズ。無事に移れたんだな」
「ええ!この通りよ!やっと、やっと、自分のあるべき姿に戻れた気分……」
グレイがそっとローズを離して落ち着かせてやるも、ローズはすっかり興奮状態である。それはそうだろう。彼女は今、ようやく、自分の体を取り戻したところなのだから!
すると。
「……ところで、グレイ。よく私のこと、私だって分かったわね?」
ローズが、そう言って首を傾げる。
……その姿を見て、グレイは『そう言われてみればそうだな』と不思議に思う。何せ、ローズの見た目は、ほぼほぼエメディアなのだ。よくよく見れば細部は違うのだろうが、どこがどう違うのかはグレイにはよく分からない。
だというのに、グレイはローズを見て、すぐに『ローズだ』と気づいた。……つまり、状況や言動から鑑みて自然に判断してしまった、ということなのだろうが。
「なんだか……その、ちょっと嬉しいわ。ありがとう、グレイ」
ローズはそう言って照れたように笑うと、改めて、その場でエメディアと並んでみせる。エメディアは自分そっくりなものが動いて喋っているという状況に、未だ困惑気味ではあったが……それでも、ローズが喜んでいることを共に喜んでいる様子である。
「それで……この通り、私達、見た目はほとんど一緒なの。だから、彼女と私とを見分けるために、何か目印をつけておこうと思って」
そして、ローズはそう言って腕を広げて見せた。……エメディアもそれを見て、腕を広げて見せる。そっくりである。
「ええと、私もローズに何か、目印が必要だと思うの。それで、腕輪か何かがいいんじゃないか、と思ったんだけれど……それを買うために、彼女に外を歩かせるわけには、いかないでしょ?」
「そうだな……」
目印は間違いなく必要だが、ローズが人の目に触れるのはまずい。『エメディア姫が2人居る』ということになったらまずいし、ローズ1人だけが外に出て『エメディア姫が街を歩いている』と見られるのもまずい。ローズがエメディアとして扱われることがあってはならないのである。
「……ということで、ひとまず、手っ取り早くできる方法としてね、考えたんだけれど……」
そしてエメディアは何やら、神妙な顔をして、言った。
「私、髪を切ることにしたわ」
「いや、それはよくない!エメディア姫の、この夕暮れの雲の如き髪が損なわれるとなると、あまりにも惜しい!惜しいのだ!」
が、エメディアの発案は、アイオンによって瞬時に棄却されたのだった!
それから、アイオンの滾々とした説得と、ウサミミのむにむにとした説得、そして、スファルからの『そもそも髪なんざ、すぐ伸びてまた変わりがなくなっちまうだろうが』という言葉によって、『やっぱり髪の長さを変えるのは駄目ね』と諦めた。
……ということで。
「あぁ!?髪飾りを作れだァ!?」
「ええ。お願いできないかしら……」
ジョードが目を剥いているが、エメディアは申し訳なさそうに、しかし、しっかりジョードに期待した目を向けている。
「バカ言え、俺は魔導技師だが、細工物の職人じゃあねえんだぞ」
「でも、器用だわ。とっても。それに、知識もあるし……」
「ね、お願い、ジョードさん!」
……ジョードは、『エメディアが2倍になった……』という顔である。実際、目の前にエメディアとローズがやってきて、2人揃って頼み込んでくるのだから、さぞかしやりづらいことだろう。
「あー……あり合わせならなんとかしてやる。ただし、期待するなよ」
「いいえ!大いに期待しちゃうわ!ありがとう!」
そうして結局、ジョードは折れた。……折れざるを得ないだろう。こんな2人に迫られては。
そんなジョードを労わるかのように、ウサミミがジョードの肩を、ぽみゅ、と耳で叩くのだった。
……そうして、ローズには『目印』がついた。
ジョードが『髪飾りと、ついでに揃いの腕輪だ』と作ってくれたそれは、廃材を加工して磨いて作ったものである。
ひたすら磨き続ける作業については、グレイが任された。……こうした単純な作業は、グレイのような性質のものにはよく向いている。今までも何度か、ジョードのこうした作業を手伝う代わりに食事や宿を融通してもらったことがあったグレイとしては、慣れたものである。
「綺麗……。やっぱりジョードさんにお願いしてよかったわ!ありがとう!それから、グレイも!」
ローズは、つるりと滑らかな鈍色の髪飾りと腕輪とに触っては、嬉しそうな顔をする。……メカニジア兵の体であった頃と比べて、このように表情が分かるようになった分、余計に彼女が人間らしく見えるようになってしまった。つまり……『動かない人形』であった時のエメディア人形よりもずっとずっと、本物のエメディアに近いものが、ここに完成してしまった、とも言える。
グレイは、『俺はこれからエメディアとローズとを見分けられるだろうか』と少々不安に思いつつ、しかし今は、ただ喜ぶローズを見て、よしとするしかないのであった。




