44話:永遠の国へ*4
「テルミナス・サジータが……エメディアを狙って、いた?それはその、魔力目的では、なく?」
「ええと……どうやらそうみたいなのよね。メカニジア側からの支援を受けていて、私を狙うように指示されていた、っていうことらしいんだけれど……ああ、そうはいっても、太陽の竜の一族の側から聞いた話でしかないのだけれどね」
エメディアはそう言うと、うーん、と眉根を寄せた。
「詳しい話は、月の竜側から聞かないと分からない……というところならまだマシだけれど。実際のところ、テルミナス・サジータだけ別目的で動いていた、ってする方が、しっくりくるのよね……」
……ルイナが、月の竜側の事情を知らないことは、理解できる。ルイナは月の竜の一族の末席であった。その上、体よく使い捨てられるところだったわけで、そんなルイナには何も情報を齎されなかったとしても何らおかしくはない。
だが、どうも、他の月の竜の一族からも何も情報が出てこないらしい。何かを隠しているにしても、不自然だ。彼らは何も知らない、と考えられる状況であるらしく……となると、テルミナス・サジータ1人の行動であった、と考えざるを得ない。
「……やはり、テルミナス・サジータを殺すべきではなかったでしょうか」
「いやー、ありゃあしょうがねえだろ。殺さなかったら殺されてた。それに、あいつを食っちまわなかったらお前は今、こうなってねえ。これでよかったんだ。な」
「……そうですね」
情報源が既に死んでいるということについては悔やまれるところであるが、悔いていても仕方がない。ルイナのためにも、テルミナス・サジータの死は必要であった。グレイも、そう思う。
「さーて……いよいよ、エメディアが色んなモンの鍵になってるみたいだな」
そうして、皆の思考を打ち切るようにスファルがそう言った。
「さっさと地下神殿とやらに行こうぜ。行ってみりゃ、何か分かることもあるだろうよ」
「そうね……。そうかも。あんまり考えていても仕方ないのよね。ローズの話じゃ、急いだ方がいいってことだったし……」
気になることは山のようにあるが、それら全て、ここで考えていても埒が明かないものではある。
この先に辿り着きたいのであれば、やはり……『地下神殿』へ赴くしかないのだろう。
「じゃあ、ローズ。ジョードさんのところに戻って、体を換えてもらいましょう」
『ありがとう。体が手に入ったら、早速、皆を『地下神殿』へ案内するわ。それは信じてくれていい。約束する』
エメディアとローズは固く手を握り合った。
……いよいよ、ローズは体を手に入れる。そうして、『エメディアが2人』の状態になりそうなので……グレイは、スファルやルイナとそっと目を合わせた。互いに、少々不安が滲む顔をしている。
どうにも、何か、取り返しのつかないことが起こりそうな予感がしてならなかった。
さて。
そうしてローザテイルへ戻ることになった一行だが……その道中、宿場に泊まった、ある夜のことである。
グレイは夜、人々が寝静まってからそっと部屋を出て、そっと厠へ行った。……下手に人が居る時間にこれをやると、囲まれて殴られかねない。が、如何にグレイが嫌われ者であっても、グレイを嫌う者が皆寝静まっていてくれるなら、グレイは無事なのである。
……他の宿泊客や宿場町の者達に襲われないようにするためにスファルやアイオンに付き合ってもらうのもあまりに申し訳ないので、グレイはこのように、夜中に厠へ行くことに決めている。
そうして用を足したグレイであったが、自分達の部屋までを戻る道すがら、ふと、宿の小さな裏庭の奥に、点々と光るものを見つけた。
……その小さな光には、見覚えがある。グレイは、周囲に人が居ないことを確かめてから、そっと、その小さな光が続くのを追って、宿の裏手の森へと入る。
「……見事なもんだな」
そこに広がっていたのは、光り輝く花畑だ。
青白く光を灯す小さな花が無数に咲き乱れて、さながら、夜空の星が地上に降りてきたかのように見える。
……この花は、このような光景から『星雲草』と呼ばれる。薬にもなる草であるため、グレイは幼い頃、ローザテイル王都近郊の森でこれを摘んでなんとか日銭を稼いでいたこともあった。
とはいえ、よく晴れた日の真夜中にしか咲かない花であるので、これだけで生計を立てることはできず……結局、もっと効率のいいダンジョンに潜って稼ぐことになったグレイであったが。
グレイは、小さな花を眺めて口元を綻ばせる。白瑪瑙を削って作ったかのような、ほんのりと透き通って見えるような花の中央に小さく光が宿り、なんとも美しい。
……グレイがこの花を金目的でもなく、ただ美しいと思って眺めるのは初めてかもしれない。それだけ、今の生活には余裕がある。美しいものを美しいと思い、それに心動かされることは、余裕のある者の特権なのだと、今のグレイには理解できる。
そうして、グレイはしばらく、花を眺めていた。……が、そうして光る花を眺めていたところ。
『あら?グレイ……?』
……なんと、ローズがやってきていた。
「ローズ?」
『ええと、光る花が窓から見えたから……星雲草だと思って、見に来ちゃったの。そうしたら、あなたが居て……』
花などを眺めているところを見つかった気まずさはあったが、ローズもまた、少々慌てて言い訳がましいことを言うものだから、気まずさは互いに吹き飛んだ。一頻り、一緒に笑って……そうしていると、ローズがそっと、グレイの隣にやってきて、星雲草の花畑を眺める。
『綺麗ね……』
そうしてローズが淡い光に照らされながらそこに居るのを、グレイはただ眺めていた。……表情など無いメカニジア兵の顔であるはずなのに、ローズを見ているとどうにも、そこに感情があるように見えるのだ。
『ああ、そうだ、グレイ。ちょっといい?』
すると、急にローズがグレイの方を向いたものだから、グレイは少々ぎくりとしながらも何事もないかのように装ってみせる。
ローズはそんなグレイに気付く様子もなく、ただ、その場に屈んで……光る小さな花を一輪、そっと摘んだ。
『ちょっとそのままで居てね』
更に、ローズはそんなことを言うと、グレイの肩に手を掛けて、そっとグレイに近付き……ぎょっとして固まるグレイを他所に、グレイの髪に、そっと光る花を飾ったのだった。
『……うん!やっぱり似合うわ!』
「何を……」
ローズが自分から離れていってようやく動けるようになったグレイは、困惑のままに手を伸ばし、自分の髪に飾られた花に触れる。……星雲草は確かにそこにあった。
『グレイの髪は綺麗な灰色でしょう?そこに星雲草の光が灯ったら、髪が光って透き通って……街灯に照らされた夜の雨みたいに見えるんじゃないかと思ったの!』
だがローズはグレイの困惑など吹き飛ばす勢いで、嬉しそうにグレイの周りを回っては、『うん!綺麗!』と喜んでみせるのだ。
……自分の髪が汚らしい灰の色だと思ったことはあっても、『街灯に照らされた夜の雨』などと思ったことは無いグレイにとって、ローズの言葉はあまりに新鮮であった。同時に、あまりに畏れ多くもある。
「……俺なんかに飾ったら、花がかわいそうだ」
『そう?俺『なんか』ってことは無いと思うけれど』
グレイはようやく、自分の髪に飾られた星雲草を外す。花を潰さないようにそっと触れるのには、少しばかり、緊張した。
……そうしながら、『そういえば、エメディアにも同じように花を飾られたことがあったな……』と思い出す。あの時は確か、最終的にはウサミミが花を耳に飾って誇らしげにしていたが。
「……まあ、折角の花だからな。ローズが持っていた方がいい」
ウサミミのことを思い出しつつ、グレイは取った花をローズに渡した。……メカニジア兵の体には上手く飾れそうな場所が無かったものだから、そのまま手渡す。無論、もし上手く飾れそうな場所があったとしても、そこに花を飾る度胸は、グレイには無かっただろうが。
『えっ、私に?』
「俺に飾っておくよりは花も喜ぶだろ」
『でも私、こんな格好よ?』
グレイは本心から言ったのだが、ローズは少しばかり、困惑した様子で両腕を広げて見せる。……まあ、メカニジア兵である。
「だとしても、俺よりはあんたの方がいい。どんな格好だったとしても、あんたはあんただろう」
『……そういうものかしら』
「ああ。ジョードのところに居た時の、ウサミミの耳が腕になった時みたいな、ああいう格好だったとしても、俺はあんたに花を渡したさ」
ローズは、自分の手の中の星雲草を見つめながら、じっとグレイの言葉を考えている様子だった。
……そして、ふと、ローズは問いかけてくる。
『……グレイは、どんな格好でも、私が私だって思う?』
「ああ」
アイオンの右手の中に入っていた時には、流石に少しばかり違ったが。だがそれでも、グレイにとって、ローズはローズである。機械のウサミミのような恰好をしていた時からして既に。
それは、グレイにとって変わりのないことである。グレイは、もしローズがまた別の体に入っていたとしても、きっと、ローズのことが分かるだろう。
『そう……』
ローズは何やら、じっとグレイを見つめて……それから、両手で大切そうに、星雲草をそっと包む。
『……ありがとう、グレイ』
グレイとしては、礼を言われるようなことは特に言っていないようにも思うのだが……ローズが礼を言いたい気分だったというのなら、まあ、それはそれでいいのだろう、と思うことにする。
「そろそろ戻ろう。俺が居なくてアイオンやスファルが起きることは無いだろうが、そっちのルイナは起きそうだ」
『そうね。心配させちゃ、悪いもの。戻りましょ』
グレイが促すと、ローズはグレイに続いて歩き出す。宿の部屋までの道すがら、『明日の朝もスファルって中々起きないのかしら』『そうだろうな』などと話しつつ歩いて、そして、部屋の前で互いに『おやすみなさい』と挨拶をして……そしてグレイは、自分の寝床へ戻る。
……目を閉じても、星雲草の花畑の美しい光景が……或いは、それを見て嬉しそうにしているローズの姿が、思い出されるようだった。
そうして翌日も旅は続き……ようやく、グレイ達はローザテイルの王都へと戻ってきた。
馬車は王都の門で門番達に渡し……ルイナがドラゴンになってグレイを咥えて飛び、スファルがローズの体となるエメディア人形を運んで……そのまま、一行はジョードのところへと向かう。
「ジョードさーん!来たわよー!」
「おお……来たか……」
ジョードは、『ああ、また厄介ごとだ……』というような顔をしていたが、満面の笑みで手を振ってくるエメディアを見ては、文句も言えないらしい。
「あのね、ジョードさん。いよいよ、ローズの体を換えてもらう日が来たわ!」
勝手知ったる何とやら、とばかり、エメディアはジョードの作業場に入ると、そこへついてきたスファルが例の人形を作業台の上に降ろす。ジョードはその人形を見て、『おお……』と、感嘆とも嫌悪ともつかない声を漏らした。
「ローズを、この体に移してほしいの。お願いできるかしら」
「……いいのか」
エメディアの言葉に、ジョードはなんとも言えない顔をしていた。……彼としても、思うところはあるのだろう。
「ええ。お願い」
だが、他ならぬエメディアがそう言うのだ。ジョードは最終的に、『分かった』と頷いた。
……いよいよ、ローズが人形に入る時が来たのである。




