43話:永遠の国へ*3
ディアナバレイ側で既に用意されていたエメディアの人形は、相変わらず、眠っているエメディアそのままのように見えた。
実によくできている。……できすぎなくらいに。
『これが……』
ローズは一歩、エメディア人形に近付いた。だが、ディアナバレイの面々が、『ああちょっと待ってちょっと待って』とばかりに立ちはだかる。
「お待ちください。まずは、状況の説明を」
「ええ、そうね。……ローズ、もう少し待ってね。ディアナバレイ側にはまだ、地下神殿も聖女も何も伝わってないんだもの」
『え、ええ、そうよね。ごめんなさい』
まずは、状況の説明、そして情報の共有からだ。ディアナバレイ側としても、それを目的としてローザテイルと組んでいるのだから。……半ば、エメディア自身の恩恵にやられて組んでいる、と言ってもよいところではあるが。
……そうして、ディアナバレイ側にも大雑把に、今までのことを伝えることとなった。
彼らは『そんなことが……』『にわかには信じられないが……』と困惑しつつも、ひとまず理解はしてくれたようである。
「と、まあ、そういう訳で、今はローズ頼りなの。地下神殿のことも、彼女以外に知る人は居ないでしょうし……」
「成程、それで、この人形を、ということでしたか……」
ディアナバレイ側は何やら顔を見合わせながら頷くと……身を乗り出してきた。
「……では、こちらの人形と、『鉄の棺』の調査の結果をご報告しましょう」
それから、ディアナバレイ側の報告が始まった。彼らの報告は、『鉄の棺』と、『エメディア人形』についていの調査報告である。
「まず、『鉄の棺』についてですが……何やら、物騒な仕掛けがいくつか発見されました。具体的には、近づいた者を刺す針のようなものや、毒物を散布する機構……特に、毒の方は対策のしようがありませんからね。実に厄介な代物です」
「毒……えっ、毒……?」
最初から、随分と酷い話が出てきたものである。『針のようなもの』についてはグレイ達も分かっていたが、まさか、毒物を散布するような仕組みすらあるとは。
「恐らく、周辺の生物全てを殺すためのものだろうな。……そして、機械だけが生き残る、と。そういうことだ」
「ああ、成程……ええと、この人形に近付いた相手次第では、全部ひとまとめに殺してしまえ、っていうこと、よね?」
「ああ。……メカニジア国内では、メカニジア兵に『生体にしか効果が無い毒』を持たせて敵陣に突撃させるようなことも、検討されていた。それの類だろうな」
アイオンからの補足もあり、この『毒物を散布する機構』について、多少、想像ができるようになってきた。……機械の側から考えてみれば、確かに、『生体にしか効かない毒』を散布するのは実に合理的だ。
「つまり、この『鉄の棺』の目的は、人間を殺すこと……?」
「……とも言えないのではないかと。この『針のようなもの』ですが、これはどうも、機械に対して何らかの働きかけを行う類のもののようで……恐らくは、周囲にメカニジア兵があればそのメカニジア兵を支配下に置く、という類のものではないかと」
「或いは、その機械に『乗り移る』とかな!」
スファルが、ちらり、とローズを見ながらそう言えば、ローズはなんとも肩身の狭そうな様子で俯いた。
「……それで、他にも何か、分かったことはあったかしら」
「後は、毒物を散布する仕組みや針を突き出す仕組みを動かすために、動力となる魔石とその回路が仕込まれていたくらいでしょうか。他は、『空を飛んで逃げる』という機能を備えており……また、特定の魔力にのみ働きかけて連絡する手段を擁していたくらいです」
「それで太陽の竜に連絡を取った、と。成程……」
ルイナが少々冷ややかな目でディアナバレイの面々を見れば、彼らはどきりとした様子でルイナの様子を窺う。
……今や、ディアナバレイ有数の魔力を有することになったルイナは、同時に『月の竜』の一族の長でもある。それなりに発言権があり、それ故に、『太陽の竜がメカニジアと組んで大変なことをした』ということに言及されると、非常にやりづらいのだろう。
「予め、太陽の竜達とメカニジアの女王エテルニータが話をつけていた可能性があるけれど……それについては、鉄の棺だけを調べていても仕方がないわね」
「あ、ああ。それについては現在、太陽の一族の者達の取り調べを……」
そうして、ディアナバレイ側の面々が、そっ、とその話題を引っ込めようとしたところ……。
「あまりに、遅いのでは?」
……ルイナから、随分と鋭い一撃が飛んだ。
「ローザテイル側に不利を強いるため、既に手に入れた情報を伏せているのではないか、と考えます」
「い、いや、そのようなことは……」
ルイナの瑠璃色の瞳がディアナバレイの面々を静かに見つめれば、その内の何人かが、ぎくり、と身を震わせた。
「……太陽の一族の者を、ここへ。私とエメディア様が直接尋問します」
「それは……」
「そうね、私からもお願いするわ。どのみち、『女王エテルニータ』とやり取りしていた人達とは、一度、話しておかなきゃと思っていたの」
エメディアまでもがルイナに加勢してしまえば、いよいよ、ディアナバレイ側は反論の余地を失う。彼らにできることは、ただ頷くことだけであった。
そうして、『太陽の竜の一族の者』が呼ばれることになった。
現在投獄中だというその者を連れてくるにあたって、時間が多少かかりそうであったので、その間にもう1つの報告を聞くことにする。
「それで、『人形』の方の調査結果はどうだったかしら」
そう。今回、一番に聞きたかったことはやはり、これである。
……これからローズの体となる、エメディアそっくりの人形。これが一体何なのかは、突き留めなければならない。
「結論から申し上げて、これは『エメディア姫そっくりの人形』です」
……が、ディアナバレイ側からの説明を聞いて、グレイ達は少なからず、がっかりした。……もっと他に何かあるものだとばかり、思っていたので!
「が、かなり精巧なものです。それでいて、非常に頑丈だ。魔法にも強く、多少の傷なら再生できるようにできているようで……だからこそ、『鉄の棺』が地に堕ちた後も傷一つなく、この状態であったわけです」
「そ、そうねえ……え、ええと、ローズ?よかったわね。あなたの体、丈夫みたいよ」
『そ、そうね、嬉しい……わ。ええ……』
流石のローズ自身も、『何かありそうだ』とは思っていたのだろう。そこで『何もありませんでした』と言われてしまっても、喜びよりも困惑が勝ってしまうらしい。
「そして、人間としての機能も粗方備えています。ものを見ることも聞くこともでき、更には声を発することもできる」
「まあ、そうよね。ローズだって今、そうなんだし」
エメディアは、『ねえ』とばかりローズと顔を見合わせた。
「それだけではありません。物を食べることもできます」
『ほ、本当!?なら私、皆と一緒に食事ができるの!?』
「よかったわね、ローズ!」
『ああ……嬉しいわ、本当に!』
続いて出てきた情報に、ローズは大喜びであるが……これに、グレイはどうも、疑問を抱いてしまう。
……何のために、そんな機能があるのだろう、と。
……それからも、エメディア人形の性能については驚かされることばかりであった。
曰く、その驚異的な再生能力によって、魔力や材料のある限り、普通の人間同様に爪が伸びる、だとか。人工のものだけで内臓器官までもが再現されているようだ、とか。更には、『睫毛も生え変わるし、涙も出せる。斬りつければ血が流れる。あまりにもよく出来すぎている』と続く。
……ここまで精巧すぎるとなると、ローズも少々、腰が引けてきたようである。
『血も流れている、って……一体、何のために……?』
「さあ……」
ほとんど人間の体と変わりのないような、そんな人形を見ていると、どうにも……不気味さが背筋を這い上ってくるかのようである。
何せ、これではまるで、『エメディア自身を生み出そうとしていた』かのように見えるものだから。
そうしてエメディア人形の話を聞いた後、『太陽の竜の一族の者』が牢獄から連れてこられたとのことで、エメディアとルイナ、そして護衛としてスファルが、尋問をしに行った。
太陽の竜の一族が、メカニジアと当時、どんなやり取りをしたのか……それが分かれば、見えてくるものもあるだろう。
「しかし……いよいよ、悪趣味だ、と言わざるを得ないな。やれやれ……」
そうして部屋に残ったアイオンは、同じく部屋に残ったグレイにそう、話しかけてきた。
「グレイ。君はこの人形をどう思う?無論、人形自体が、というよりは、『この人形が生み出された意図について』ということになるが」
……アイオンの問いを、グレイのみならず、ローズも静かに聞いている。そしてこれからグレイが話すこともまた、ローズはしっかりと聞くだろう。それを意識した上で、グレイは自分が思ったことを伝えることにした。
「エメディアをもう1人生み出そうとしていたように見える」
……ローズは傷つくかもしれない。だが、グレイはやはり、こう思う。
『メカニジアは、エメディアが2人欲しかった』と。
「ふむ……成程な。まあ、私も概ねのところは同意する。その……」
アイオンは頷きつつ、珍しくも少々、口ごもった。とはいえ、それもほんの数秒のことでその後にはまた元気よく喋り出したが。
「以前、メカニジア城に君達と赴いた時、女王エテルニータは、私とエメディア姫が婚姻を結べばよい、と話していたが……今にして思えば、アレはただ、エメディア姫を捕らえておくための方便だったのだろうな」
……グレイとしては、あの時の女王エテルニータの要求、つまり、『アイオンと結婚しろ』というものは、一国の王女がそうはできない事情を踏まえて、『敢えて、断られることを前提に持ち掛けた話』であったのだろうと思っていた。
要は、『先に断ったのはローザテイルだ』と後から言えるように、その実績を作った、と言えるだろうか。
だが……もしかすると本当に、『エメディアをメカニジア国内に置いておきたかった』のかもしれない。……それにしても、アイオン以外にいくらでもやりようはあったようにも思うが。
「なんでメカニジアはああまでエメディアにこだわったんだかな」
アイオンの婚姻の話はさておき、グレイはそう言ってため息を吐く。
……結局のところ、それだけは、どうにも分からない。
何故、エメディアだけがこのように狙われたのだろうか。
「あー……まあ、何だ。そういったものを確かめるために、地下神殿とやらに行く、と思ってみてもよいのかもしれないぞ」
が、考えていたグレイの思考を打ち切るように、アイオンがそう言って、『やれやれ』とため息を吐いた。
地下神殿を答え合わせに使うのは、少々無謀な気もするが……しかし、地下神殿に行けば何か、新しく分かることもあるだろう。
グレイはそれに期待することにして、ひとまずはエメディア達を待つことにするのだった。
それからしばらくして、エメディアとルイナとスファルの3人が尋問から帰ってきた。
だが……どうにも浮かない顔である。何かあったのだろうか、とグレイ達が心配していると……。
「うーん……ええとね、やっぱり、『太陽の竜』は、メカニジアと組んでいたらしいのよね。『鉄の棺』を守るように言われていた、っていうことらしいわ。ついでに、『月の竜』を潰すための指示も受けていたみたい」
エメディアはそう報告して……それから、なんとも言えない顔で、ちらり、とルイナを見た。ルイナはルイナで、やはりなんとも言えない顔をしているが……。
「……のだけれど、『月の竜』も、メカニジアと組んでいたようなの」
「……は?」
「テルミナス・サジータ。彼女の狙いはやっぱり、私だったらしいのよね」
……そうして出てきたのは、ルイナがこうした顔をすることも已む無し、というような……そんな話であった。




