42話:永遠の国へ*2
……その日、エメディア離宮にて、グレイ達は大いに歓迎された。
例の女中に『いっぱい食べてくださいね!』とやられたり、例の人見知りの料理人が柱の陰からそっと見守ってきていたり、茶と称したポーションを飲まされたり、庭の土を味見している者を目撃してしまったり、柱をうっとりと磨くものをそっと見ないふりをしたり……まあ、前回同様である。
そんな中、就寝前。
グレイは例の絨毯掃除係に『グレイさん!ここの絨毯の毛足を整える仕事を一緒にやりませんか!』と誘われてしまい、その勢いのまま、廊下1本分丸ごと、絨毯を整えることになってしまったのだが……。
「あら、グレイ?……えっ、もしかしてまた、絨毯掃除に誘われちゃったの!?」
「ああ、うん、まあ」
絨毯を整えていたところを、エメディアに見つかってしまった。グレイとしては、なんとなく気まずい。
「断ってもよかったのに……」
「……なんとなく、断りづらいんだ」
グレイはエメディアから視線を逸らしつつ、絨毯掃除係のことを思い出す。
……絨毯掃除係の者は、グレイにごく自然に話しかけてくれるのだ。それだけに、どうにも、誘いを断りづらい。
何せ、絨毯掃除係はグレイが嫌われ者であろうとも気にしない。理由は、『いや、だって絨毯にしか興味ないので……』ということであった。エメディアに過度な好意を向けない者というのは、つまり、まあ、そういうことである。人間として何かが、少し、駄目なのである。
「えーと……まあ、気持ちは分かるわ。私はもう慣れちゃったけれど、グレイはそうじゃないでしょうし……うん、まあ、私の離宮の皆は、その、個性豊かだから……」
エメディアもどことなく気まずいらしいが、何やらもにょむにょと口の中で言いつつ何とも言えない顔で天井を仰ぎ……そして、『ああ、もういいことにしましょう』と首を振った。考えても無駄なことは考えない方針であるらしい。
「ええと、ちょっと眠れなくて、散歩していたんだけれどね」
エメディアは、絨毯を整えていたグレイの隣に屈むと、そう話し始めた。『さっさと話を変えてしまうに限る』ということかもしれない。
「ローズのことか?」
「そうね。同時に、『聖女』エテルニータのことも考えちゃうけれど、まずはローズのことだわ。エテルニータの方は考えて答えがでるものじゃないし……」
エメディアはそんなことを言うと、難しい顔で首を傾げた。
「ほら、ローズに目印をつける、っていうことだったじゃない?」
「ああ」
「どんなのがいいかな、って考えてるのよ。グレイ、何かいい案は無い?」
エメディアは真剣にグレイに聞いてくれるのだが、グレイとしては、『聞くなら俺より適任が居そうだ』と思う。……が、聞かれてしまった以上は、グレイも真剣に考えることにする。
「……腕輪、とかか?」
「そうね。私もそういうのがいいと思うのよ。……スファルに聞いたら、『腕を一本余分につけとくのはどうだ?』なんて言うのよ!」
グレイは、『なんてこった』と思いつつ、スファルがローズに少々苛立っている様子であることも知っているので、特に何も言わないことにした。……スファルのことだから、本当は『腕を一本減らしてやれ』くらいのことは言いたかったのではないかとも思う。
「後は、髪型を変えることも考えたのだけれど……ええと、それはローズと相談してからの方がいいわよね。彼女の希望もあるでしょうし」
「そうだな」
エメディアの髪は、桃色にも見える美しい髪だ。グレイは、自分の灰のような色の髪とは比べ物にならないほど美しいそれが風になびいたり、エメディアの首の動きに合わせて揺れたりするのを見るのが好きである。
「それから……ええと、やっぱり目立つものがいいと思うから、服とか、そういうものを贈ろうかとも思っているんだけれど……」
「……着替えれば変わってしまうものだからな」
「そうよねえ……となると、やっぱり装飾品とか髪型とかが妥当かしら……」
エメディアが悩みながらあれこれと案を出すのを隣で聞きつつ、グレイは手慰みに絨毯の端の方を整えていく。
グレイは気の利いた案を出せるわけでもないので、ただ聞いているだけなのだが……それだけでも、エメディアにとっては何やら、考えをまとめる役に立つようである。
そうしてしばらくの間、グレイとエメディアは廊下の隅で、『ローズに贈るなら何がいいだろうか』と相談を続けるのであった。
やがて、エメディアは考えが幾らかまとまってすっきりしたらしく、部屋へと戻っていった。グレイはそんなエメディアを見送ってから絨毯のブラシ掛けを再開し……同時に、ふと、考える。
エメディアとの見分けを付けるため、という目的以外でも、ローズに何か贈ってみてもいいのでは、と。
無論、そう考えてはみても、具体的な案が出てくるわけではない。何せ、グレイは未だかつて、誰かに何かを贈る、などという経験をしたことが無いのである。嫌われ者から何かを贈られて嬉しい人間など、この世に存在しないのだ。……機械なら、別だろうが。
そう。機械なら、別だ。
……グレイは、絨毯を整えながらひたすら、考えていた。
誰かへの贈り物のためにこんなに考える日が来るんて、思ってもみなかった。
翌朝、グレイ達はディアナバレイに向けて出発した。
国王から送られた書状が先に届く算段であるので、用件は先に伝わるはずである。
そのため、上手くいけば、向こうで諸々の準備をしておいて貰えるだろうが……まあ、ディアナバレイにはディアナバレイの思惑があるであろうことを考えれば、向こうに着いた後も多少はごたつくことを覚悟の上である。
『ディアナバレイは、ルイナの故郷なのよね?』
「ええ」
馬車に揺られながら、ローズがルイナに話しかける。……道中の移動は、ほとんど馬車である。ローザテイルからディアナバレイの道は整備されているし、何より、ディアナバレイは友好国だ。今のところは。
『ディアナバレイはどんな場所なの?話に聞いたことはあるけれど、実際に見たことは無いの』
「え?……ああ、そうでしたね」
ルイナは、ローズに話しかけられて戸惑った様子であった。『エメディアが持っている記憶は全て、ローズも持っている』というような感覚になってしまいがちであるので、グレイもルイナの気持ちは分からないでもない。
「……ディアナバレイは、ローザテイルより風が強いです。山が多く、その分、吹き下ろす風が強く厳しい」
『そうなの……。風と空の国だと聞いたことがあるわ』
「そうですね」
ルイナの返答は、短い。……ルイナもローズへの警戒が強いので、それ故に、ということらしい。或いは、敢えて、『警戒しているぞ』と見せるためなのかもしれない。
『昼は暑くて、夜は寒いのよね?』
「ええ」
『服や食べ物もローザテイルとは大分違うんでしょうね。楽しみだわ』
ローズは、ルイナの警戒には気づいているだろう。……だが、その上でなんとか、ルイナとも話そうとしている様子である。
一方、同じくローズを警戒する側に回っているスファルについては、『できるだけ御者は俺にやらせろ』とのことで、最初からローズとできるだけ関わり合いになりたくない様子であった。
……スファルとしては、『エメディアの偽物みてえなもんだろうが。腹が立つ。だが、見てるとどうもエメディアそっくりで、やりづれえ』というところらしいので……これはこれで、スファルなりのローズへの優しさなのかもしれない。
「是非楽しむといい!いやはや、私もディアナバレイにはそう何度も行ったわけではないが、あの国はまさに風光明媚!あのような山と谷、そしてそれらに切り取られる空……ディアナバレイの迫力ある風景は、ローザテイルにもメカニジアにも無いものだ!」
……そして、ルイナやスファルとは逆に、アイオンは良く喋る。実に、良く喋る。いつものことながら、良く喋る。
彼は彼なりに、ローズを妄信する気は無いようであったし、どこか一本、線を引いたようなところもあるが……それでも、ローズを『ローズ嬢』と呼び、一応は人間の女性らしい扱いをするところを見るに、大分穏健であろう。
「荒れ野が多いが、荒れ野には荒れ野の美しさがある。乾いた土に生える植物はまた、異国情緒豊かで美しいものだ。どんな土地にも、美しい花は咲くものだと感じられる。ああ、メカニジアは別だ。あの国は植物の美をまるで理解しない無骨者ばかりで……」
「アイオン。アイオン、ねえ、ちょっと。ローズが困ってるわ。そんなに一気に話さなくったっていいんじゃないかしら」
「おや、そうか。それは失敬。……いや、しかしローズ嬢。是非、ディアナバレイの景色を楽しんでほしい。あの国は特に、夜がいいぞ。瑠璃紺の空に眩い月、そして勇壮な谷と、吹き渡る風……。ディアナバレイ城の客室からも、そうした美しい景色を楽しむことができるだろう」
『そうね……楽しみにしてるわ』
アイオンはいよいよ良く喋りながら、その合間合間にローズも喋る、といった会話が続く。
……会話というよりは、アイオンの話にローズが相槌を打つ、といった様相であるが。
とはいえ、アイオンはやはり、博識である。彼の美学とやらに基づく話は、聞いていてそれなりに面白いので……グレイもエメディアも、そしてルイナまでもが、いつの間にやらアイオンの話に聞き入ることとなった。
……長い馬車の旅には、アイオンが居ると退屈しなくて済むのである。
そうして馬車の旅を数日続け、いい加減アイオンも話の種が尽きるのではないか、と思われたが、そんなことは全くなく、アイオンは今日も元気に喋り続けている。
「……おや?そろそろ見えてきたようだな。ほら、ローズ嬢、見たまえ。あれがディアナバレイの王城だ」
『わあ、あれが……!』
そんなアイオンがようやく喋るのを一度止めたかと思えば、馬車の窓からは既に、ディアナバレイの王城が見えていた。……ここまで喋りに喋ったアイオンのことを、グレイは心の底から『すごい奴だ』と思う。
『変わった形ね!わあ、壁があまり無いみたいだわ』
「あまり壁があると不都合ですので」
『不都合?……あっ、そ、そうよね、ルイナはドラゴンだったものね……。成程ね、あの壁の無い造りは、ドラゴンが出入りしやすいように、っていうことなのね?』
「そういうことだ。よって、半屋外の箇所が多いのがディアナバレイ城の特徴だな。ローザテイルとは大きく異なるだろう?」
ローズは、初めて見るディアナバレイ城の様子に感激しているようだった。グレイは、ローズが景色を楽しんでいる様子であることを少しばかり嬉しく思う。
また、ディアナバレイ城ではいよいよ、ローズの体が手に入る。……体を手にした時、ローズがどのような反応をするのか、楽しみなような、少し不安なような、そんな気分でグレイはディアナバレイ城を見つめるのだった。
ディアナバレイの町中に入ったところで、グレイは縛り上げられた。その上で、御者台に転がされることになった。
……グレイが縛られていると、それで留飲を下げた者達がグレイを襲いに来なくなるからである。つまり、こうしておかなければ馬車が襲撃されかねないからである。
幸い、ディアナバレイの城に到着してからは、グレイのことも通達されていたおかげで、グレイは普通に歩いて移動することが可能となった。先程まで縛られたグレイの上でぴょこぴょこと飛び跳ねていたウサミミも、『役目を果たしたぞ』とばかり、もっちりもっちり、誇らしげにエメディアの肩の上へ戻っていった。
「……さあ、いよいよ、ローズの体が戻ってくるわね」
応接室で待つ傍ら、エメディアはそう、ローズに笑いかけた。
『ええ……その、少し緊張してるわ』
ローズはかちんと固まったように動かず、発される声もどこか硬い。グレイが『大丈夫か?』とローズをつつくと、ローズはやはり硬い動きで頷いた。……本当に緊張しているらしい。
「そうよね。久しぶりの体なんだから、そうなると思うわ」
エメディアも苦笑しつつそう言うと……応接室のドアが叩かれる。
「さあ、いよいよね。ローズ、心の準備はいい?」
……いよいよ、その時が来たのだ。




