41話:永遠の国へ*1
『聖女エテルニータ』。その記述は、文書の途中に一度出てくるだけである。
……文書自体は、以前、ローザテイル国王が『聖女といえば……』と持ってきてくれた例の書物の内容と同じようなものであった。
つまり、『大地を捻じ曲げ、幾多の魔物が溢れ、そして大地を覆い尽くさんとした時、その源を聖女が封じ、その地を封印の地とした。封印の楔を守る地下神殿が建てられた』という、例の内容である。
今回の文書はメカニジアの跡地から発見された、ということであったので、これをメカニジア側も把握していたことであった、という物証にもなる。
……そして、ローザテイル国内で発見された例の内容の他に、メカニジア跡地から発見されたこの文書には、『封印の記録』が載っていたのだ。
「どのようにして地下神殿を建てて、封印を行ったか……記述を見る限り、これって100年以上前のことなのね」
「当時から秘密裏に行われた計画だったようだな。そこから4代も代替わりしたなら、誰も知らない計画となるわけだ。やれやれ……」
「で、あの気に食わねえ女王がなんかやってたんだろ?碌でもねえ。ったく」
エメディアとアイオンがため息交じりに文章を読んでいく。『封印の記録』を読む限り、封印とやらは100年以上前に実施されたようだが……それを実施したのが、『聖女エテルニータ』であったらしい。
そう。『エテルニータ』である。メカニジアの女王であったはずの彼女の名前が、100年以上前の記録に出てくるのだ。
「えーと、アイオン?一応、念のために聞くんだけれど……メカニジアの女王エテルニータって、100歳を超えてる、っていうことは……」
エメディアが何とも言えない顔でアイオンにそう問いかけると、アイオンは難しい顔で唸った。
「……常識的に考えるならば、『エテルニータ』という名を受け継いだ別人だ、とするべきだろうな。珍しい名ではあるが、過去の聖女として記録がある名をとった、とすれば、然程おかしなことでもあるまい。だが……」
アイオンから『常識的な』答えが返ってきたものの、それでもアイオンはまだ、悩んでいる。……そして。
「……思えば、私は自分が仕えていた女王の正体を知らないな。彼女が……もし人間ではなく、機械であったとしても、それに気づかなかった可能性は十分にあるだろう」
アイオンはそう言って、ローズを見た。
「ローズ嬢。何か知っているかね?女王エテルニータや、『聖女』エテルニータについて」
ローズは、アイオンのみならずその場の全員の視線を受けることになってたじろぎつつも、ゆっくり首を横に振った。
『いいえ……何も。エメディアの記憶にあるより多くのことは知らないわ』
「ふむ、そうか」
ローズの返答は、ある程度予想がついたことではあった。彼女が知っていて話せる情報であるならば、きっと彼女は既に話していた。彼女が今まで話していないのだから、彼女は知らないか……話せないかのどちらかだ。
「アイオン卿。あなたは、女王エテルニータを何度も見ているのですね?」
「ああ。だが私が知っている情報は、ここ4年ほどのものでしかないのだ。……私が騎士として叙勲してからしか、女王エテルニータと会い、言葉を交わしたことは無かったのでね」
改めて、ルイナがアイオンに問うが、アイオンは少々肩を竦めるばかりである。
「そういうものなのですか」
「ああ。ディアナバレイでどうなのかは知らないが……少なくとも、メカニジアでは、平民が女王と謁見する機会など生涯に一度も無いからな。騎士になるでも無ければ、生涯、女王の顔を見ずに終わる」
「……アイオン卿は、元は平民でいらしたのですか」
「そうとも。そこから武功を立て、なんとかかんとか、騎士の座に就くことができた、という訳だ」
アイオンの出自については、ちらっと聞いたことがある。……アイオンは、高い地位に就くために高い身体能力を欲し、それ故に、四肢を機械仕掛けの義肢に換えたと聞いた。
それを初めて聞いた時は、グレイも少々驚いたが……ある種、『必要に駆られて体を機械に置き換えた』という点においてはグレイと同じようなものであるので、驚きこそすれ、忌避感は無かった。ただ、アイオンも大変だったのだろうな、と思っただけだ。
「メカニジアは優秀な者を貴族とする。血筋は問わない。よって、私のように一代限りの貴族が多いのだ。新しい国であるからこそ、新しい血を常に取り入れていかねばならない、と……」
だが。
「一代限りの、貴族……」
……アイオンの話が続くにつれ、アイオンの出自というよりは、アイオンのような者を擁していたメカニジアのあり方について、疑問が生じてくる。
「一代限り、となると……ええと」
「うむ。まあ、メカニジア自体、古い国ではない。ごくごく新しい国であるから……歴史も30年かそこらのものだろう。前身となる団体があったとして、そこからの分裂や独立から考えても精々が50年程度だ。まだ、代替わりをするほどのものではないが、それでも、最初期の貴族の子弟がそのまま国の中枢に居られるようにはなっていない、と聞いているぞ」
アイオンの話を聞き、『そういうかんじなのね……』とエメディアがアンドレア王子と顔を見合わせ、国王は天井を仰ぎ、そして、グレイは……学が無いながらも、気づいてしまう。
「……ということは、女王エテルニータを連続して観察し続けている奴は居ないんだな」
「……うむ。そうだな」
「……奴が機械で100歳を超えていても、それに気づく奴は居ないんだな」
「そう、いうことだ。うむ……」
どうも、やはりあの国はおかしかったようである。
何せ……1人の女王が100年程度、ずっとあの地に君臨し続け、国を創り、そしてつい先日までそこに居た、などという可能性が出てきてしまったのだから!
「ええと、ちょっと待って。女王エテルニータは、城の外に出なかったの?その、ほら、色々あるでしょう?外交とか、慈善事業とか、お祭りの時の挨拶とか……」
「うむ。私が記憶している限りでは、無いな。……外交は基本的に、『招く』側であって、出向くことは無かった。他国との交流も然程多くなかった。女王エテルニータは、さながら、鳥籠から出ないカナリアのように、ずっと城に居たのだ……」
「ということはやっぱり、彼女の姿を確認している人が少ない訳で……ええと、うーん……?」
聞けば聞くほど、女王エテルニータが『聖女』エテルニータであった可能性が色濃くなってくる。
「……機械の体であるならば、作り変えて乗り換える、ということもできるのではないか?となると、度々容姿が変わっていてもおかしくはないが……」
「全くの別人にもなれるし、ずっと同一人物で居続けることもできる、のね……」
エメディアは『そんなことって、ある……?』と言いつつ、その可能性を濃厚に考えているらしい。アンドレア王子共々、頭の痛そうな顔だ。
「ま、まあ、いいわ。えーと、女王エテルニータと『聖女エテルニータ』が同一人物であっても、そうじゃなくても……とにかく、メカニジアは『聖女』を擁していた、ってことだと思うの。この記録がメカニジア跡地から発見された以上は、ね」
それから、話を元の筋に戻しつつ、エメディアは指で眉間を揉む。……そうしていたら、エメディアの頭の上から耳を伸ばしたウサミミが、エメディアの指の代わりにエメディアの眉間をもにもにと揉み始めた。柔らかそうだ。
「ローズが生み出された理由も、そのあたりにあるんじゃないかしら。彼女が、『地下神殿』のことを知っているっていうのも、その『封印』をどうにかするためなのだろうし……」
そんなエメディアの視線がローズに向くと、ローズは少々、戸惑ったような、警戒するような素振りを見せた。
彼女自身は、自分が生まれた理由については分からないのだろうし、あまり考えたくもないのかもしれない。……ローズにとっては、ローズは『エメディア・アンバーローズ』なのだから。生まれた理由は、『ローザテイルの王女として望まれて』ということになるのだろう。
『ごめんなさい、私、あまり覚えていることが無くて……』
「いいの。その、あなたに聞きたいわけじゃ、ないの。ごめんなさい、無神経なことを言ったわ」
エメディアは気まずげにローズにそう話しかけるが……エメディアの横で、アンドレア王子と国王が、何とも言えない顔でローズを見つめている。
……ローズにとってのアンドレア王子と国王は、兄と父だ。
そして、アンドレア王子と国王にとってのローズは、自分の妹や娘を騙る機械だ。
両者の間には、酷く隔たりがある。それが分かる両者の視線を見ていると、どうにもやるせない。
「何にせよ、その『地下神殿』については探索しておくべきであろう。その、任せてしまうことになるが……」
そんな国王は、エメディアを見て申し訳なさそうに、そう言った。……自分の娘が何かに巻き込まれつつあることは分かっていても、この国のことを考えれば、これ以外に選択肢は無い、ということなのだろう。
「ええ、任せて頂戴。大丈夫。きっと何とかなるわ」
エメディアは気丈にもそう言い切ってみせて、それから……意を決したように、国王とアンドレア王子に向かい合った。
「で、えーと、お父様、お兄様。ちょっと、その地下神殿を探索するにあたっての、相談が、あるんだけれど……」
急に歯切れが悪くなったエメディアを不思議そうに見つめながら、国王とアンドレア王子が揃って首を傾げていると……エメディアは、おずおず、と、申し出た。
「……ローズに、ちゃんとした体を取り戻してあげたいんだけれど……いい、かしら……?」
……揉めた。
大いに、揉めた。
それこそ、スファルが途中で『俺はもう知らねえ!ちょっと走ってくる!』と部屋を飛び出してしまう程度には、揉めた。
グレイはそのスファルをうっかり追いかけてしまい、途中、城内で『不審者!』と悲鳴を上げられ、うっかり投獄されそうになった。……グレイが1人で外に出ていると、こうなるのである。城内であっても、こうなのである。
幸いにして、城内を走り回って一周してきたスファルがその場に戻ってきてくれたおかげで、グレイは無事、『こいつは俺がスファル・トゥルバの名にかけて適切に運搬しよう……』と運ばれることとなった。
……そうしてグレイとスファルが会議室へ戻ってきた時、ようやく、決着がついたところであったらしく……ぐったりした国王とアンドレア王子が白旗を上げていた。エメディアの粘り勝ちであったらしい。エメディアの頭の上では、ウサミミが誇らしげに耳を天高く突き上げていた。
「……そこまで言うなら、それでもいい。ただし、先程も言ったが」
「ええ、目印になるものをつける、よね?大丈夫。分かってるわ」
国王とアンドレア王子と共に協議した結果、ローズにエメディアそっくりな体を与える上で必ず、『どちらがどちらか分かるような状態にすること』と厳命されることとなった。
まあ、妥当なことであろうと思われるので、全員がこれに賛成した。ローズ自身も、『仕方のないことだと思うわ』と納得してくれたので、この方針で行くことになる。
「では早速、ディアナバレイに連絡を取るか……。うむ、今日のところはゆっくり休むといい。旅の疲れもあるだろう」
「そうね。そうするわ。それで、明日にはディアナバレイに向けて出発かしら……。ああ、あっちこっち行ってばっかりね……」
エメディアの言う通り、『あっちこっち行ってばっかり』ではあるが、それでも、グレイ達の気分はそれなりに明るかった。
やはり、行動の方針が決まり、次に為すべきことが分かると、気分は明るくなるものである。




