40話:棘*4
そうして、エメディアはローズと話し、その結果、『そちらの意見は分かるけれど、でも私はやっぱり自分の体を取り戻さない限りは地下神殿に案内しない』と言い張られてしまった。
……万事休す、である。
「まあ……お互い、どうすればいいか考えながら帰りましょうね……」
「おい、考え事しながら歩くなら平地にしろ。山道でそんなことやってたら危ねえだろうが」
そうして一行は帰路に就いた。……何にせよ、一旦、ローザテイルへ戻るべきであろうと思われたので。
往路より復路の方が、どんな道程かが分かっている分、楽であるはずだが……気分が重いことで、往路よりも険しい道に感じられた。
『ねえ、グレイ』
そんな山道を帰る途中、野営の夕食の時間。グレイはまた、ローズと2人、夕食を摂る他の仲間達から離れたところで話すことにした。
『その……私にがっかりした?』
ローズは開口一番、グレイにそう、問いかけてきた。
勿論、『何の話だ』と問い返すまでもない。ローズがエメディアそっくりな体を手に入れようとしていることについて、なのだろうが……。
「いや、別に……そう、だな、戸惑いは、しているが」
グレイはそう答えながら、考える。……グレイは、戸惑っているのだ。エメディアのことも、ローズの心情も、社会情勢も考えて、『困っている』と言えるかもしれない。
どれかを尊重すれば、どれかが損なわれる。これはそういうものであるので……グレイには、どれを優先すべきか分からないのだ。よって、がっかりするだとか、しないだとか、はたまた味方になりたいだとか、そうしたことを考えるまでに至れていない。ただ、困惑して、戸惑って……結論を出せないが故にローズを今、傷つけているのではないか、とも、思っている。
『そう、よね……』
ローズはグレイの返答にどう思ったのか、俯いて、それから、首を傾げて見せた。
『ええと、ありがとう、グレイ。でもあなた、私にがっかりするべきだと思うわよ?』
「……そういうものか?」
『ええ。きっと、そうだわ』
ローズは努めて気丈に振る舞っている様子であった。そんなローズを見ていると、いよいよ、グレイは苦悩するしかない。
『エメディア・アンバーローズが2人居る訳にはいかない。そんなことくらい、私にだって、分かってる。これは、私が……私が譲れば、それで済む話なのよ』
グレイも、それは分かっている。分かっているが、それをローズの口から聞くと、どうにも、辛い。
『だから……グレイ。あなたは、私に気を遣うようなこと、しなくていいのよ。きっと、他の人達もそう思ってる』
「それは……」
グレイは、遺跡の中での仲間達との相談を思い出す。……ローズの願いを聞き届けるべきか否か、ということについての。
その時の仲間達の反応を思い出すに、彼らはきっと、『ローズにエメディアそっくりな体を与えるわけにはいかない』と考えているのだろう。グレイ同様に思い悩むことはあったとしても、結論を出すとしたら、きっと、そこになる。それは間違いない。
だから……グレイは、迷っているのだ。
迷っている。自分くらいは、ローズの味方で居てやるべきなのではないか、と。
その夜、グレイはローズとの会話を思い出しながら、見張りを務めていた。
見張りは前回同様、スファル、ルイナ、グレイ、アイオンの順に行う。エメディアも見張りを務めることを申し出てきたのだが、この人数が居れば、エメディアを見張りに駆り出さずとも済む。ということで、前回同様、エメディアは見張りの役がなかった訳だが……。
「グレイ」
グレイが見張りのため、焚火の前に座っていたところ、後ろからエメディアの声が聞こえて、慌てて振り返る。
「……寝ていなくていいのか」
「ええ。寝ようと思ったんだけれど、どうにも、目が冴えちゃって駄目だったの」
エメディアはそう言ってため息を吐くと、そっと、グレイの隣に腰を下ろした。
「……ちょっとここに居てもいい?」
「ああ……まあ、俺は構わないが」
「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうわ」
エメディアは微笑むと、焚火を枝でつつく。ぱちり、と火の粉が弾けて、エメディアはそれを愛おし気に眺めた。
「……眠れないのは、ローズのことで考えてるからか?」
グレイもエメディア同様に焚火を眺めながら、エメディアに尋ねてみる。自分が尋ねることではないような気がしたし、自分に尋ねられてエメディアが不快に思わないかどうか、心配でもあったが……同時に、どうにも、エメディアのことが心配だったのだ。
「ええ。……どうしても、彼女が何を考えているのか、分からなくて」
エメディアはそう言うと、ふう、とため息を吐く。
「どうして彼女、体が欲しいのかしら、と思って……。その、特に、今すぐに、っていうのは、なんだか不思議な気がして……」
……エメディアの疑問については、既にローズ本人にエメディアが尋ねている。だが、ローズの返答は、『ごめんなさい。あんまり詳しく話したくないの。整理もまだできていなくて』とのことであったので、結局、ローズが何を思っているのかは分からないままなのである。
これについてはやはり、仲間達からの評判は良くない。それこそ、ローズが『私にがっかりした?』と尋ねてきたのは、それを自覚しているからだろうが……。
……グレイには、どうも、夕食時のローズの様子が思い出されて仕方がない。
「……全部終わったら捨てられる、と、思っているのかもしれない」
「え?」
グレイは迷いながらも、そう、口にした。
「保証が無いだろ?地下神殿をどうにかして、その後で俺達が彼女に体を与える保証は無いし……それ以前に、俺達がローズを生かしておく保証すら、無い」
「えっ……そんな」
「その、ローズから見て、という話だ」
説明しながら、グレイはどうにも、自分自身がかつて感じたことのある怯えをエメディアに公開しているような、そんな居心地の悪さを覚えつつも、話を続ける。
「相手を信用できないなら、報酬は先払いで貰っておくに限る。そういうことだ。ローズがそう考えていてもおかしくない。何せ、あんたは王女様だし、そういう立場である以上、俺達がローズをどうするつもりだったとしても、その通りにならない可能性なんていくらでもある」
グレイはそう告げながら、それでも、ローズが信用できないとしたらやはり、グレイ達以外の人間の影響ではなく、グレイ達そのものなのだろうな、とも思っていた。エメディアには、そうは言わないが。
「……そうね。お兄様やお父様が、私の代わりにローズをどうにかしてしまうかもしれないわ。それは、分かる。……私の記憶を持っているっていうなら、きっと、ローズも、分かってるわね」
エメディアは暗い面持ちでそう言うと、また焚火を枝でつついた。
「どうしたら……彼女に安心してもらえるかしら」
そして、エメディアはそう、呟いてため息を吐く。……それを聞きながら、グレイは、緊張しながらも提案することになる。
「……体を与えてしまっても、いいと思う」
エメディアが、驚いたようにグレイを見つめた。グレイは、エメディアの方を見ることはできない。ただ、焚火に向かって話し続ける。
「ローズに信用してもらうために、先に、俺達が彼女を信用するべきじゃないか、と、思ったんだ」
言葉は、本心だ。グレイがずっと思っていたことだ。
……グレイは、今までの人生において、何かと裏切られることが多かった。エメディアと出会ったあのダンジョンの底に落とされたあの時も、仲間だった者達の裏切りによってああなった。似たようなことは、他にもいくらでもあった。
そのように裏切られ続けてきたグレイは、基本的に報酬は半額以上を先払いさせていたし、相手を信用しないようにしながら立ち回ることを余儀なくされていた。
……そういう生き方を悔やむわけではないが、『もし、信用できる相手と組めていたら』と思わないでもない。
今の仲間達のように、グレイを信じ、グレイに信じさせてくれる者達が当時のグレイの近くに居たならば、きっとグレイは……幸せだっただろう。
「賢くない選択だってことは、分かってる。だが……」
グレイはエメディアに弁明めいたことを言いつつ、やはり、エメディアの方は見られない。エメディアがグレイにがっかりしているところを、見たくなかった。
……だが。
「……ううん、いいの、グレイ。だって私も、同じことを考えていたから」
エメディアがそんなことを言ったものだから、グレイは思わず、エメディアの方を見てしまった。
見てしまって、怯えが一気に融けていくのを感じる。
……エメディアは、嬉しそうに笑っていたのだ。
「ふふふ、ちょっと、安心しちゃった。グレイも同じように考えてるなら、大丈夫だわ」
エメディアは何やら晴れやかな顔でそんなことを言うと、手にしていた枝を焚火の中に放り込んで、大きく伸びをした。
「……俺が考えてたからって、何の保証にもなりやしないんだぞ」
「いいえ。私にとっては、なるの。なるのよ、グレイ」
……グレイにとって、これほどまで嬉しい言葉があるだろうか。自分を信じ、自分に信じさせてくれる仲間の存在は、グレイにとって余りある幸福であった。
その幸福を噛みしめて、グレイは俯く。……ともすれば、融けてしまった怯えが雪崩のように崩れ落ちてきてしまいそうだったので。
「よーし。じゃあ、明日は皆も含めて、ローズの体のこと、相談しましょ。うん、そうと決まったら……私はきっと、もう寝た方がいいわね」
「そうだな」
そうして、エメディアは立ち上がる。先程、焚火の傍へやってきた時よりずっと元気そうな様子だった。それを見て、グレイは少しばかり、ほっとする。
「ああ……なんだか安心したら、ちょっと眠くなってきたみたい。よく眠れそうだわ。ありがとう、グレイ」
「そいつはよかった。……おやすみ」
「ええ、おやすみなさい!」
エメディアは笑いかけて、去っていった。……その後ろ姿を見送って、グレイもまた、どこか晴れやかな気分で焚火を見つめ、そして、星空を見つめる。
……星空がこんなにも美しく思えたのは、初めてだったかもしれない。
そうして、翌日にはエメディアがスファルとアイオンとルイナにも昨夜のことを話した。
スファルからは、『まあ、エメディアがいいっつうんなら、俺はいいと思うけどよ……でもむかつくぜ、なんかよぉ』という渋い返事を貰った。
アイオンからは、『ふむ。信用を見せねば、信用されぬ、と……理には適っているな。信じあう心というものは、人が持つものの中で最も美しいものの1つだ。物語の上で、信じあう2人というものは佳境を飾るに相応しいものであって……』と、いつも通りの言葉が飛んできた。途中でスファルに『うるせえ』と止められたが。
ルイナからは、『警戒は必要でしょうが、地下神殿を探索するためなら仕方ありませんね』と、あっさりとした反応が返ってきた。
……そして。
「そういうわけで、ローズ。あなたの体、なんとかしてみるわ。まずは、お父様に相談、っていうところから始まると思うけれど、いいかしら」
エメディアからローズにそう告げられると……ローズは歓喜の悲鳴を上げてエメディアの手を握った。
『ああ……ありがとう!嬉しいわ!本当に、ありがとう!』
ローズはしばらく、エメディアに喜びを伝えていたが……それから、ふと、グレイを見て、言った。
『グレイが、後押ししてくれたの?』
「え?いや、俺は……」
どう返したものか、と思いながらたじろいでいると、隣でエメディアがくすくす笑って頷いた。
「ええ、そうよ。グレイが教えてくれたの。信じてもらうためには、信じてみせることだ、って」
エメディアから伝えられたそれを聞いたローズは、感極まった様子でグレイへと近づいてきて……そして、グレイに抱き着いてきた。
『ありがとう、グレイ!やっぱり、あなたは私の恩人だわ!』
……胸に突き刺さっていた棘が抜けたかのような、そんな心地を味わいながら、グレイは硬い金属の体に抱きしめられる。
抱きしめられながらグレイは、この金属の中に確かな熱があるように感じていた。
そうして、一行は往路をそのまま引き返すようにして復路を辿り、ローザテイルの王都へと戻ってきた。
……そのまま、王城へ向かって、早速、国王に諸々の報告と相談を行おうとした一行であったが。
「おお、エメディア!戻ったか!」
こちらを待ち構えていたらしい国王が、会いに行く前に会いに来た。
「ええ、ただいま、お父様。どうしたの?そんなに急いで」
エメディアが首を傾げながら問えば、国王の後ろからアンドレア王子もやってくる。長い脚で足早に進んでくる彼を見る限り、どうも、国王のみならず、アンドレア王子もまた、何やら焦っている様子であるが……。
「これを見よ。アンドレアが古文書を探して、例の情報に関わるであろうものを見つけてくれたのだ」
そんなエメディアに、国王は一冊の古い本を差し出した。
……煤けて汚れた表紙の文字は読み取れない。中のページも、いくらか汚れている箇所があったり、雨に一度濡れたように思われる波打ち方をしていたり、といった様相であるが……。
「『聖女』に関する記述だ。メカニジア跡地から発見された」
アンドレア王子が横からやってきて、本のあるページを開いて見せる。
そして、その中の一文を指差した。
そこには、『聖女エテルニータ』と書かれていた。




