38話:棘*2
翌日も、山道をひたすら歩く。
「魔物が嫌なところで襲ってくるのが嫌よね」
「そうだな……こいつら、こっちが崖登ってるところ狙ってきやがるからよお……」
「ルイナが飛べてよかったわ、本当に」
グレイ達は、実に嫌なところを見計らって襲いに来る魔物に辟易としていた。
……崖を登っているだとか、片側が崖になっている細い山道を渡っているだとか、そういう時に限って、魔物が来るのである。実に知能が高くて厄介だ。
だが、知能が高い魔物というものは、厄介ではあるが……グレイにとっては、非常にやりやすい相手でもある。
「それにしても、グレイ!もう二度と、飛び降りないで頂戴!」
エメディアに怒られつつ、グレイは先程のことを思い出す。
……先程、崖を登っている時、グレイ達は魔物に襲われた。そして魔物達は当然のように『一番落として殺したい奴』を攻撃してくるのである。そう。グレイのことだ。
ということで、グレイは登っていた崖から手を離し、大楯を構え、飛び降りた。……自分へ迫ってきていた魔物を圧し潰すようにして。
高所からの転落は何度も経験があったし、魔導鎧があるので問題無く衝撃を吸収できるだろうとも予測できた。ということで、グレイにとってはごくごく当たり前の、戦略の1つであるのだが……エメディアはそれを見て悲鳴を上げていた。余程、心臓に悪かったらしい。
「……悪いが、必要になったらまたやるつもりだ」
「ああ……そうよね、必要になる前に魔物を片付ける方針でいきましょう……」
エメディアは項垂れつつそんなことを言い、ルイナは『では私が片付けましょう』と神妙な顔で頷いた。
……幸か不幸か、ルイナは飛べる。その上、弓の名手である。ということで、グレイに群がる魔物をルイナが空中から射落とせば、それで片が付くのだ。
「しかし、やはり彼は盾持ちとして優秀ですね。あまりにも」
そんな状況ではあるので、ルイナは改めて、グレイへ称賛の言葉を送ってくれる。グレイとしては、多少、誇らしく、喜ばしい。
「まあ、狙いやすいよな。魔物が出ても、真っ先にグレイのところに行くって分かってるからよ」
スファルも何やらそんなことを言いつつ、手に持った小石をひょい、と投げ上げた。……スファルはスファルで、片腕だけで崖に掴まり、悠々と自分の体と荷物、そしてローズの重量を支えつつ、もう片方の手で石を投げてグレイに群がろうとする魔物を落としていた。流石のオーガである。
『でも、グレイ。くれぐれも、無理はしないでね』
「分かってる」
ローズに言われて、グレイは渋々頷いた。……無茶は、したい。どちらかといえば、無茶したい性分ではあるのだが……案じてくれる者の言葉を無下にすることもできない。グレイは頷いて、ため息を吐いた。
……まだまだ、先は長い。
途中で何度か休憩を挟みながら進み、また野営して、そしてまた翌日も歩き、上り、そして下り……と、山道を移動し続けた。
そして。
「お……おお……これ、か?」
スファルが覗き込むそれは、洞窟であった。
ただし、自然にできたものではない。……人が手を加えたものであることは、壁面や床の様子から確認できた。
『ええ。ここよ。この先に、地下神殿を開くための鍵があるの』
ローズが前に進み出て、洞窟の中へと足を踏み入れる。……その瞬間、何らかの魔法が動いた気配が、グレイにも感じ取れた。
『行きましょう』
「……ええ。皆、気を付けて進みましょう」
そうして、ローズが先導する形で、グレイ達は洞窟の中へと進むのだった。
洞窟に入って少し進めば、それは洞窟というよりは遺跡と言った方がよいような、そんな様相になってきた。
古い石材を積み上げて作られた壁には、かつて松明を掛けていたのであろう位置に煤が残っていたし、床には荷台か何かを使って物を運搬していたのであろう車輪の跡が残っている。
「……人が過ごしていたのね」
『ええ。そうみたい。私も、ここに来るのは初めてだわ……』
エメディアとローズは、物珍し気にきょろきょろと視線をやりながら、遺跡の中を歩いていく。
「……だがどうやら、今は魔物の巣窟のようだ。おお、栄枯盛衰を絵に描いたような惨状ではないか……」
が、そんな遺跡はアイオンが嘆く通り、『魔物の巣窟』と化している現実があった。
松明の煤の跡の横には魔物の血や体液であろう跡が残っているし、床には魔物が這いずったような跡がある。そして天井には……こちらを睥睨してくる目が、光っている。
「ゲイザーか。全く、面倒な相手だ。やれやれ……」
アイオンは大仰に嘆くと……その手のモーニングスターの鉄球部分を、天井に向かって投げ上げた。
棘付き鉄球は見事、天井に張り付いていたゲイザー……大きな目玉に触手が生えて蠢いているような不気味な魔物に衝突し、ぶちゅり、と目玉が潰れ、体液が滴り落ち、一拍遅れて目玉の残骸も落ちてきた。
「やれやれ。これでは先が思いやられるな」
アイオンはモーニングスターを振って、ゲイザーの体液を振るい落としつつため息を吐く。その向こうでは、ルイナが通路の先の暗闇に向けて矢を放ち、そしてそこから魔物の断末魔が聞こえてきているところである。
……続けて、複数の魔物の怒りの声が聞こえてきて、闇の向こうからこちらへ駆けてくる足音が床を揺らし……グレイは、『どうやら俺にも出番がありそうだな』と思いつつ、大楯を構えるのだった。
遺跡の奥から駆けてきたのは、ゴブリンの群れであった。
ゴブリンは多少、知能が高い。少なくとも、群れを成して人間を襲う程度のことはやってくれるという訳である。また、同胞を殺した人間達に対して怒りを覚えることもあるようだ。
……そうした相手であれば、当然、グレイの恩恵が効く。
「ほら、掛かってこいよ」
グレイが突出した位置に出て大楯を構えれば……大楯が構えられているにもかかわらず、ゴブリン達はグレイへと殺到する。そして……その大きな隙を突いて、ルイナの矢が、アイオンのモーニングスターが、或いはスファルの投石が、ゴブリンを打ち倒していく。
……グレイの役割は、盾役だ。如何に敵の意識を自分へ向けさせ、敵が仲間へ向かわないように仕向けるかが腕の見せ所であるが……こうまで敵を盲目的に引き付けられる盾役は、グレイしか居ないだろう。
何せ、ゴブリン達はグレイを嫌う。嫌うあまり、憎悪する。憎悪から湧き出るものは……怒りだ。
怒りは、我を忘れさせるものだ。連携してグレイを打ち倒すべきゴブリン達は、思い思いに後先など考えず、グレイへ殺到する。
或いは、矢を放ってくる相手が居るのだから、大きく動いて撹乱するなり、味方と密集しないようにしたり、はたまた射手をさっさと仕留めるなりしなければならないというのに、それすら忘れてしまう。
……グレイの恩恵は、そういうものだ。こういった、ダンジョンにはよく居る類の『多少知能がある、本来であれば厄介な敵』は、グレイにとって格好の獲物なのであった。
「……俺の恩恵、また強くなったんだな」
同時に、グレイは自分自身の恩恵がいよいよ強くなったことを知る。
……以前、今の仲間達とは別のパーティに入って盾役をやっていた頃は、流石にここまで、ゴブリン達が殺到してくることは無かった。だからこそ、その分、グレイは立ち回りや反撃、それに煽り文句などを使って敵を引き付ける技術を身につけてきたのだが……今や、それらの技術など必要ない程である。
「よーし……これで終わり、だな!」
そうしている内に、他を皆片付けたらしいスファルがグレイの近くへやってきて、グレイの大楯を殴っていたゴブリンを殴り飛ばし……そうして遺跡の通路には再び、静寂が訪れたのだった。
「これだけの数をこの速さで処理できるというのは、素晴らしいことですね」
さて。
そうして静かになった遺跡の通路では、ルイナが早速、ゴブリンの荷物を漁っていた。
ゴブリンは知能が高い。それ故に、衣類を纏っていることもあるし……武器を持っていることもあるし、金貨や宝石などを隠し持っていることもあるのだ。
早速、ルイナは宝石を加工した装飾品を見つけ、『遺跡に元々あったものでしょうか』などと検分し始めている。
ルイナに続いて、スファルとアイオンも嬉々としてゴブリンの死体を漁り、『おお!古代の金貨ではないか!?』『これ、ドラゴンの牙か?』などとやっている。グレイとエメディア、そしてローズもそれに倣って黙々と作業をしていく。
「ねえ、グレイ」
そんな折、ふと、近くに来たエメディアが、作業の傍ら、グレイにそっと囁いた。
「……グレイ、本当にあなたの恩恵、強くなってるのね」
「……そうみたいだな」
グレイも苦笑しながらそう返せば、エメディアは幾分、表情を曇らせた。
……エメディアは、グレイと共にゴブリンの群れと対峙したことがある。その時と比べれば、今のグレイの恩恵が大幅に強化されていることがすぐ分かるだろう。
「まあ、悪くないだろ?こういう時には……」
「……そうね」
グレイがそう言ってみせれば、エメディアは小さく頷いた。
「……そう、よね。うん、あんまり暗く考えるのはやめとくわ!」
そしてエメディアが何やら決意したようにそう言ってくれたので、グレイの口元は少しばかり、緩む。……やはり、エメディアは笑顔で居てくれた方がいい。彼女が前向きだと、グレイも何やら、元気が出てくるような、そんな気がするので。
「グレイ!先頭をよろしくね!」
「ああ」
「でも……くれぐれも、気を付けてね!」
エメディアの言葉に笑って頷きつつ、グレイは少しぶりに自分がきちんと役に立てていることを嬉しく思う。
やはり、盾役は戦ってこそ、価値があるというものである。
それからも遺跡の通路は長く長く続いた。
ゴブリンの群れがまたやってきたこともあったし、またゲイザーが天井や壁に張り付いていることもあった。うっかりそこらへんの宙を漂っていた個体は、グレイ達を見つけて、慌てて逃げていって、壁の割れ目に目玉だけ突っ込んで触手がはみ出ている状態になっていたが……哀れだったので、見逃してやった。
他にも、鎧トカゲの類が床を這っていたり、ローパーが棲みついていたり、時には遺跡の守護をしていたのであろうゴーレムなどが出てくることもあったが……それらをてきぱきと片付けながら、グレイ達はどんどん進み続けた。
……そうして。
「……これが、鍵、ね?」
グレイ達は、遺跡の最深部で、遂に『それ』を見つけた。
それは、ダンジョンの核だった。




