37話:棘*1
野営は実に快適であった。やはり、屋根と壁がある場所で休むと、身も心も休まる。
流石に、魔物の襲撃が無いとは言えないので、見張りは立てたが。しかしそれにしても、スファルとルイナとグレイとアイオンとで分担すればよい話である。
「……交代です。起きられますか」
そうして、ルイナがグレイを起こしに来た。
実のところ、ルイナが近づいてきた段階でグレイは目が覚めていたので、すんなりと起きることができた。……これができないと、王都の裏通りでは生きていけない。
「外の様子は?」
「特に何も。強いて言うなら、遠くに魔物の巣がありそうですが、襲ってくるほどの近さではありませんし、向こうも眠っています」
「そうか。ならまあ、大丈夫か……」
グレイは起き上がって、他に引き継ぐことはあるだろうか、と少し考えて……。
「スファルはどうだった?」
……本日、最も働いていたであろうスファルのことを聞いておくことにした。というのも、今宵の見張りは、スファル、ルイナ、グレイ、アイオンという順だからである。
睡眠時間の合計が同じだったとしても、細切れになった睡眠とまとまった睡眠とでは、やはり違う。
スファルはよく働いていたし、夜が明けたらまた働くことになるのだろうし、そして何より、寝起きが悪い。……ということで、見張りの順番を最初にしてやったのである。
「ああ、実は、早めに交代を申し出ました。ですが、時間いっぱい起きていましたよ。……彼は義理堅いのですね」
ルイナがくすくす笑いながらそう教えてくれたのを聞いて、グレイの頭の中でスファルが『真のオーガは約束を守る……』などと嘯いた。……グレイの頭の中でのみならず、現実でもスファルならばきっと、似たようなことを言うだろう。
「じゃあ、交代だな。……スファルの陰になる位置で寝た方がいい。夜風を避けられる」
「成程。ではそうします」
グレイはいよいよルイナと交代すべく、こちらも引継ぎ事項を教えてやって、立ち上がる。
……すると。
「……グレイ・シンダー」
ふと、ルイナがグレイを呼び止めてきた。
「少し、話しませんか」
ルイナは、少しばかり緊張した面持ちであった。
断る理由も無いので、グレイはルイナと少し、話すことにした。
……グレイとしては、ありがたい。長い見張りの内の最初のほんの少しだけでも、話し相手が居れば楽になる。
とはいえ、あまり長く喋っていては、ルイナの明日の行動に差し支える。ほどほどで切り上げよう、とグレイは思いながら、ルイナが何やら考える様子を眺めていた。
「……お聞きしたいことがあります」
「ああ。どうぞ」
「あの機械のことです」
……そして、ルイナがそう切り出したのを聞いて、グレイは少しばかり、身構える。
何故ならば、自覚があるからだ。
「……ローズのことか?」
「ええ」
必要のない確認を取って時間を稼ぐグレイに、ルイナは小さく頷いた。
「何を聞きたい?」
「あなたが、あの機械をどのように思っているのかについて」
……そして、ルイナは非常に鋭いことをズバリと聞いてくる。感情を読み取れない瑠璃色の瞳に射すくめられるように感じながら、グレイはなんとか、返すための言葉を探す。
「どう、と言われても……そうだな、よくできてる、と思う。エメディアを模倣したらしいが、本当に、話しているとそういう風に思える」
一歩引いたようなことを答えるも、ルイナはグレイの返答に満足していないのかもしれない。彼女の視線からは、そんなように感じられた。その視線がなんとも気まずくて、グレイは目の前の焚火に薪を足しつつ、視線をルイナから逸らした。
「……なんで、こんなことを聞く?」
ルイナに尋ね返すも、ルイナは動じる気配が無い。
「危険ではないか、と、考えました」
「ローズが?」
「ええ。……同時に、機械に入れ込み過ぎることが」
グレイは思わずルイナを見て……その瑠璃色の瞳が変わらず真っ直ぐに自分へ向いているのを見て、また、焚火へと視線を移した。
「……彼女が危険だって言うなら、アイオンにも同じことが言える。或いは、俺にだって言えるだろうな」
意味も無く焚火をつつけば、崩れた薪が、ぱっ、と火の粉を撒く。夜空へ昇った火の粉が、すっ、と光を失って消えていく間も、グレイはただ、自分に突き刺さるようなルイナの視線を感じていた。
「グレイ・シンダー。私は恐らく、耳が良い方です」
「……会話を聞いていた、って?」
「ええ」
動じないルイナの返答を聞いて、苦く思いながらもグレイは考える。
……今、自分は動じている。つまり、後ろ暗く思っている、ということだ。ローズと、友好を深めているということを。
「……ローズとは、話しやすいですか」
「……ああ」
答えながら、グレイはいよいよ、自分の中に芽生えてしまったものを直視せざるを得なくなってきた。
だが。
「私とは、話しづらいですか?」
……そう、ルイナが続けたものだから、グレイは少しばかり、拍子抜けする。
「……少し」
「そうですか」
ルイナは相変わらず表情の読めない顔で頷いて、それから……少しばかり、苦しそうな顔を、した。
「グレイ・シンダー。私は、あなたの経験を知りません。あなたが、あなたの恩恵によって、どのような目に遭ってきたのか……その片鱗を想像することはできても、そのすべてを知ることはできない」
グレイは頷きながら、『知らなくていい』と思った。……知らなくていい。特に、仲間には、知ってほしくない。あんなもの。
「よって、あなたに『こちらのことは気にせず話してほしい』などと言えた立場ではありません。そう言われても、あなたはきっと困るのだろう、ということは、想像できます」
……グレイは多少、怯んだ。
ルイナは、グレイと多少、境遇が似通う部分がある。それ故に、グレイが考えていることそのものずばりを見透かしているかのような、そういうことを言うのだ。さながら、彼女が放つ矢の如き鋭さで。
……そんなグレイを見て、ルイナは少しばかり、躊躇ったようだった。だが、少しばかり意を決したような表情を見せると、ルイナは更に切り込んでくる。
「しかし……それでも敢えて言わせていただくならば、『こちらのことは気にせず話してほしい』と……特に、エメディア様に対しては、不快な思いをさせているのではないか、と疑うことなく、話してもよいのではないか、と進言させていただきます」
グレイは、困っていた。先ほど、ルイナが言っていた通りだ。そう言われても、グレイは、困る。……臆病であるので。
そんなグレイを見て、ルイナは少しばかり、笑った。
「……グレイ・シンダー。私は、あなたの仲間であるつもりです。あなたを……好いているもの、は、あの機械だけではありません」
ルイナは恐らく、敢えて言葉を選んだ。『あなたを嫌っていないもの』ではなく、『あなたを好いているもの』と、敢えて、そう伝えてくれた。それが嬉しくもあるし、それ以上に、申し訳なくもある。……恐ろしくも、ある。
グレイの顔を見て、ルイナは『やはり、困らせてしまいましたね』と、申し訳なさそうに笑った。
「……あなたにそう思わせるのは、きっと私より他の皆様の方が得意なのでしょうね。私は、口下手な方なので」
ルイナは口が回る方ではない、と自負しているようだ。物事の本質を見定め、それを言葉にするのは上手いように思うが……伝え方を気にして言葉を薄絹に包んだり、より美しく装飾したりすることは、あまり得意ではないのかもしれない。
「……俺よりは上手いと思う」
とはいえ、グレイよりは、マシだ。グレイはルイナを励ますためにそう伝えた。……グレイにとっても、ルイナは仲間であるので。
「そうでしょうか?……ならば、そう思っておきます」
ルイナは少し笑って、それから何か言おうとしてか、迷うような素振りを見せて……結局は、何も言わずに立ち上がった。
「では、おやすみなさい」
「ああ。ゆっくり休んでくれ」
ルイナが寝床へ向かったのを見送ってから、グレイは再び、焚火へ視線を落とす。
……やはり、人と接するのがどうにも苦手だ、と思いながら。
それからグレイはひたすら見張りを続け、そして、交代の時間を少し過ぎてから、アイオンと交代した。
……アイオンが自力で気づいて起きてこなかったら、グレイが夜明けまで見張りをやっていたかもしれない。何せ、グレイは何となく、ぼんやりと1人で物思いに耽っていたかったので。
アイオンはグレイを案じていたが、それもなんとなく申し訳なく、グレイはさっさと寝床へ戻ることにした。
……寝床へ戻ると、ルイナはグレイの進言通り、スファルの陰になる位置ですやすやと眠っていた。グレイはそれに少しばかり笑ってから、仲間達の位置を見て……エメディアとローズの風よけになれるような位置、それでいて近すぎず、嫌がられないであろう位置に陣取って眠ることにした。
夢は、見なかった。




