36話:機械仕掛けの薔薇*6
翌日から、グレイ達は歩き始めた。
「おお、なんと美しくも勇壮な山脈だろう!ただ歩くにせよ、このように景色の美しい場所であるならばそれは一つの芸術足り得るな!」
「元気だなてめーはよぉ」
「スファルはまだ眠そうね……」
……仲間それぞれの反応を眺めながら、グレイはアイオンの言葉につられて、山を見上げる。
美しい山だ。青く澄んだ空と合わさって、なんとも爽やかな光景に見える。……これからあれに自分達が登るのだ、ということを忘れられるならば。
「メカニジア国内は山が多いのでしたね」
「そうだな。国土は小さく、その上、山が多い。よって耕作には向かない土地だ。我らが栄えるためには、山を切り開くか、農業の技術を発展させていくか、はたまた、他国を侵略するか……いずれかしか無かった」
「そうでしょうね。……ディアナバレイも起伏の大きい土地ではありますが、それ以上に気候の問題が大きいですね」
「ああ、メカニジアの山から吹き下ろす風がそのままディアナバレイに襲い掛かるからな……。さぞ、ディアナバレイでは強風と、強風にもたらされる急な天気の変化に悩まされたことだろう……」
ルイナとアイオンの話を聞いていると、『そういえばこいつらは別の国の出身なんだったな』と、ふと思い出される。
同時に、目の前の景色が、確かに異国のものなのだな、という実感がようやく湧いてきた。……とはいえ、ここメカニジアはローザテイルと地続きの国である。そう大きな違いがあるわけではないが……それでもやはり、国境を隔てた場所というものはどこか違うように思われる。不思議なことに。
「さあ、もうちょっと行ったら山の麓で休憩しましょう。ここから先は、どんどん道が険しくなりそうだわ。こまめに休憩しましょうね」
エメディアの言葉に全員頷いて、エメディアの頭の上でウサミミもまた、耳をプルンとやって頷いてみせて……そうして、眠そうなスファルを皆で励ましながら、なんとかかんとか、山の麓まで向かうのだった。
スファルが途中、歩きながら眠りかけたが、まあ、なんとかなった。グレイ達は無事、目的の山の麓まで到達したのである。
「ここから更に2日の道のりなのね。……気が遠くなりそうだわ」
『私も今、初めて山の実物を見たのだけれど、ちょっと無謀だったかしら……』
エメディアとローズは、それぞれに少々気が退けている様子である。グレイとしても、気持ちは分かる。上ったり下りたりしながら進む2日間、というのは、かなり、気が滅入る。
「ここまで敵襲も無かった。ここから先も無いことを祈りたいが……」
「あるでしょうね。人の立ち入らない山の中であるならば、当然、魔物は出るかと思われます」
「あああ……そうよね、そうなのよね……」
更に、ここから先は魔物の襲撃も警戒しながらの旅だ。……余計に気が滅入ってくる。
「まあ、幸いにして私達にはスファルが居るわ。野営の時に小部屋を作ってもらえる、っていうだけでもかなりありがたいわよね」
「うむ、そうだな。魔物から身を守るという点でも、小さな洞穴のようなものがあれば非常に心強い!」
「それに、いざとなったらルイナが飛べるから……偵察でちょっと上空から見てもらうことだってできるわよね?」
「はい。何が敵対してくるか分からない以上、あまり目立ちたくはありませんが……それでも、竜の姿にならずに、人の姿のまま翼だけ出して飛べば事足りることであれば、問題なくこなせるかと」
……気は滅入るが、仲間達の力があるので相当にマシであろう。グレイは、『こいつらが居てよかったな』と思いつつ、自分にできることをすべく、大楯を握り直すのだった。
グレイの予想は見事に当たり、それから数度、魔物に襲われた。
山のあちこち……岩陰になって見えない場所や、低木の茂み、はたまた木の上などから奇襲を仕掛けてくる魔物達であったが、警戒心の強いグレイは奇襲に少し早く気付ける。そうしてグレイが動けば、『不意打ち』の一撃はなんとか防げる。
後は、アイオンがモーニングスターで敵を薙ぎ倒すか、荷物を降ろしたスファルが殴り倒すか、はたまた荷物を担いだまま蹴り殺すか……そうして、魔物の処理は淡々と進んだ。
『グレイって……すごいのね』
「そうなのよ。グレイって、すごいのよ」
「まるで目が後ろにもあるかのようですね」
……女性陣に褒められているのやら怪しまれているのやら、微妙なことを言われつつ、グレイは少しばかり、自分の盾持ちとしての技能を誇らしく思わないでもなかった。
そうして山道を進みに進んでいれば、すぐに日が暮れる。
山の日暮れは早い。あまり無理をしたくないこともあり、グレイ達は早々に野営の準備を始めた。
野営にあたって、崩れそうにない岩壁の傍で火を熾し、調理を始め……その傍ら、スファルがガンガンと岩壁を削って、本日の寝床を作るのだ。
「何度見てもこれ、すごい光景よねえ……」
「そうだな」
……このように野営場所を作ってしまえるスファルが居ることで、今回の旅程はかなりマシなものになっている。スファルは作業をしながら『もっと讃えろ!』と嬉しそうに声を上げていた。なのでエメディアが、『すごい!えらい!さすがスファル!』と大きな声援を送っていた。……仲のいい仲間達である。
そうして夕食ができたころ、スファルの作業も終わった。
薪を集めてきていたルイナと、水を汲んできたアイオンも戻ってきて、全員揃って夕食となる。
……だが、ここでも、ローズは食事など摂れない。なので……。
『あの、グレイ。本当によかったの?』
「ああ。作りながら食ったから問題無い」
……グレイは、夕食を作る傍ら、自分の分は先に食べていた。そうすることで、ローズが夕食の席で1人、暇を持て余すことを避けられると思ったので。
作りながら食べる、となると行儀が悪いが、それは仕方がない。エメディアには了承を取った。……エメディア自身は、少しばかり、寂しそうな顔をしていたが。
「……1人で暇してるよりは、話し相手が居た方が、いいだろ」
『ええ。すごく嬉しいわ』
グレイとローズは2人並んで、スファルが作ってくれた例の洞穴の中、枯れ草を敷いた仮拵の寝床に腰掛けて話していることにした。
……洞穴の外からは、アイオンの笑い声が聞こえてくる。……見事な高笑いである。彼はよく喋り、よく笑うのでこのように声が非常によく聞こえる。
『その、付き合わせちゃってごめんなさい』
「俺が勝手にやってることだ」
ローズは気まずそうにしていたが、グレイは本当に、『勝手にやっている』のである。ローズに頼まれたわけでもないし、他の誰かに頼まれたわけでもないし……ただ、グレイがこうしたくて、こうしている。
『ちょっと申し訳ないけれど……でも、嬉しい。嬉しいのよ、本当に』
「そりゃよかった」
……こんなことをするのは、初めてだ。グレイ自身、『自分が何かをすることで誰かを喜ばせることができる』という経験が、あまり無い。
それこそ、大楯を持って敵と対峙し、幾多の攻撃を自分が受け止めて……それくらいしか、経験が無いのだ。或いは、宿の部屋割りを決める時、『俺は外の納屋で寝る』と申し出れば喜んでもらえることもあったし、『夕食は別で食べよう』とグレイから提案して喜ばれることもあったが。
……『グレイが一緒に居る』ことによって誰かが喜ぶことなど、本来ならば、ありえないことなのである。何故なら、グレイが持っている『恩恵』は、そういうものなのだから。
だからこそ、グレイがこのように、『ローズが暇をするから、俺が一緒にいよう』などと……思い上がり甚だしいことをする気になったのは、非常に珍しく、いっそ奇妙なことなのである。
「……こういうことを言ったら、失礼かもしれないが」
グレイはそう前置きしてから、ローズに零すことにした。……少なくとも、エメディアであれば、こんな話をしてもきっと気にしないだろう、と思われたので。
「俺は、あんたが機械で居てくれてよかったよ」
『え?……えっ?そ、そうなの?』
案の定、ローズは困惑したが、それだけだ。『失礼ね!』と怒ることも、『そんな酷いことを言うなんて』と悲しむことも無いようである。
「ああ。機械には恩恵が通じないらしいから……その、助かる」
『……そう、なの?』
ローズは、こて、と首を傾げた。その仕草がなんとなくエメディアに似ている。
「俺の恩恵は、エメディアとは逆なんだ」
『……好かれる恩恵の、逆?つまり……』
「嫌われる恩恵、ってことだ。俺は、誰からも嫌われる」
グレイがそう告げれば、ローズは息を呑むような仕草をして見せた。それもまた、エメディアに似ているものだから……グレイはなんとなく、エメディアと喋っているかのような、しかしもっと気楽な、妙な気分になってきた。
「王都の裏通りから外に出る間、ルイナに咥えてもらったが、ああでもしておかないと、襲われるんだ。俺を一目見て、『気に食わない』って思った奴らに」
『そ、そんなに酷いの!?』
「ああ」
ローズは『なんてこと……』と絶句しているが……やがて、納得したように頷いた。彼女が、エメディアとしての記憶を多少なりとも持っているならば、自分自身が『好かれるあまり、あちこちで声を掛けられる』ような経験は知っているはずだ。その逆、と思えば、納得できるのだろう。
『そんな……でも、今の仲間達はそんなこと無いように見えるわ』
「無理させてるんだ。……エメディアは、魔力が多い。だから、そこまで苦じゃないらしいが、それでも違和感はあるらしい。一番酷いのはスファルだな。あいつが一番、無理して俺に付き合ってくれてる。あいつは、本当にすごい奴だと思う」
グレイは珍しく、饒舌だ。アイオンのようには到底、いかないが。……今日は、グレイの人生の中でも指折りの『よく喋る日』であろう。
「ルイナも魔力が増えて、多少はマシになったらしい。アイオンは体のあちこちを機械に置き換えてるから、多少、恩恵の影響が無いらしいが……」
『……彼のアレは、元々の素質もあるんじゃないかしら』
「だよな。俺もそう思う」
グレイとローズは顔を見合わせて笑う。……同時に、奇しくも向こうの方で、またアイオンの笑い声が上がった。つくづく、笑いに縁のある男である。
「まあ、そういうわけで……俺は、あんたが機械で居てくれて、よかったよ」
そうしてグレイは話を締めくくり……それから、はた、と気づいた。
……『本当に、そうだろうか?』と。
「その、あんたが無理をしていないなら、だが……」
一度、その可能性に気付いてしまったら、途端に及び腰になる。グレイは、じわじわと自分の背筋から這い上ってくるかの如き恐怖を感じながら、恐る恐る、ローズの様子を窺うと……。
『勿論!無理なんて、これっぽっちもしてないわ。私、あなたの恩恵のことなんて、聞くまで全然、分からなかったもの!』
……グレイの恐怖は、瞬時に晴れた。
そして、そんなグレイの手を、ローズが機械の手で握る。
『ねえ、グレイ。もし、あなたが私と話していて気が楽だっていうなら、是非、これからも沢山お喋りしましょう!』
「あ、ああ……」
『なんだか私、やっと、自分が機械だってことに納得できそう。……ありがとう、グレイ』
ローズがそう言って、微笑む。機械の表情は変わらずとも、ローズは確かに、微笑んだのだ。
……そしてグレイは、底知れぬ喜びのようなものを確かに感じていた。




