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それでも、最強の盾であれ  作者: もちもち物質
第三章:不死の魂
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35話:機械仕掛けの薔薇*5

 それからグレイ達は王都の外れに用意されていた馬車に乗り、早速、メカニジア方面に向けて旅立った。

 御者役を交代で務めつつ、残りは馬車の中で休んだり、雑談したり、軽食を摂ったり……といった旅である。

 今は丁度、グレイが御者を務め、残り5人……エメディアとスファルとアイオンとルイナ、そしてローズが、馬車の中で雑談しつつ体を休めているところだ。

 仲間達の雑談が背中越しに聞こえてくるのが、楽しい。仲間達の笑い声が聞こえてくればグレイもなんとなく笑顔になってしまうし、アイオンが何やら朗々と話し出してはスファルやエメディアに適当なところで話を打ち切られているのを聞いては、『ああ、いつものだな』と思う。

 話の内容自体は、然程はっきりとは聞こえてこない。断片断片が聞こえてくるばかりだ。

 だが、それがなんとも楽しい。……誰かが話しているのを聞くだけでこんなに楽しめる日が来るとは、思ってもみなかった。

「あ、グレイ!グレイもクッキー、食べる?」

「ああ。貰う」

「じゃあこれ、どうぞ!もうちょっとしたら交代するってスファルが言ってるわ!」

「分かった。ありがとう」

 ……また、こうして時々、馬車の中からエメディアが顔を出したり、アイオンが顔を出したりしては、茶や水や軽食、おやつといったものを置いていってくれる。グレイは、エメディアが置いていったクッキーをさくさくと齧りつつ、『ああ、これは美味いな』と表情を綻ばせた。

 勿論、こうした差し入れだけではなく、話が持ってこられることもある。『グレイ!木の皮って食べられるの!?』とエメディアが顔を出すこともあるし、『最も美しい花を決めようということそれ自体が花への不敬だとは思わないかね!?』などとアイオンに意見を求められることもあるし……。

 とにかく、随分と賑やかだ。そしてそこに、グレイも混ざっている。

 まさか、嫌われ者の自分がこんな風になるなどとは、思わなかった。自分には余りある幸せだな、と思いつつ、グレイはのんびりと、馬を進める。

 ……どうしようもなく、幸せな昼下がりであった。




 それから少しして、スファルと御者を交代して、グレイは馬車の中で少し眠ることにした。この日は朝からずっと御者をやっていたので、少しばかり、疲れていた。

 ……とはいえ、周りに人が居るところでぐっすりと眠れるほど、グレイは警戒心が薄くない。仲間を信用していないわけではないが、こればかりはどうにも、骨身に染みついてしまっていてどうしようもないようであった。

 なので、グレイは馬車に揺られつつ、ぼんやりとした意識の中、仲間達がグレイを気遣って静かにしている気配をただ感じ続けることになる。

 アイオンがモーニングスターの手入れをしていて、ルイナが弓の手入れをしていて……。

 ……そして、エメディアとローズが、じっ、とグレイを見つめている!


 見つめられている。見つめられているのだ。目を閉じて半分眠っていても、気配でなんとなく、分かる。

 ……見つめられるようなことをした覚えはない。グレイなどを見つめていて楽しいとも思えない。だが、今、2人分の視線がグレイに突き刺さり続けている!

 目を開けて確認してみたい気もしたが、もしこれで本当に2人がグレイを見つめていたらいよいよグレイはどうしていいのか分からないので、次第に覚醒してきてしまった意識を宥めつつ、寝たふりを続行することになる。

 ……だが、エメディアとローズは、お互い何かを話すでもなく、動くでもなく、ただ、グレイを見つめている。ひたすら、見つめている。

 恐らく、他に見るものも無いのでなんとなくグレイを見つめているのだろう。そういうことだ。そうに違いない。だがそれにしたってもうちょっと別のものを見ていてもらえないものだろうか。

 例えば、ただ寝ているグレイを見るよりも、モーニングスターの手入れをしているアイオンや、弓の手入れをしているルイナの方が見ていて楽しいはずである。少なくとも変化はあるだろう。グレイならそうする。グレイなら、寝ているグレイを眺めなどしない。

 ……だというのに、エメディアもローズも、グレイを見ている。その理由を考え始めてしまうと……いよいよ、寝たふりをしているのが難しくなってきそうだったので、グレイは諦めて、そっと身じろぎして、『俺は起きるぞ、起きるからな』と言外に主張してから、そっと目を開けた。

「……その、何か、用か……?」

 が、グレイの気遣いは全くの無意味であった。グレイが目を開けたら、空色の目と機械の目が、じっ、と見つめていた。グレイは『もう一回寝るべきだったかもしれない』と思いつつ、エメディアとローズに聞いてみることにした。さもなくば、どうにも、落ち着かないので!


「ごめんなさい、その、用があるっていう訳じゃないんだけれど……ええと、寝てるなあ、って、思った、のよ……。うん、多分、そう……」

「……そうか」

 寝てるなあ、と思われても、困る。グレイは寝ていたが、だから何だというのだろうか。グレイは『エメディアは何かおかしくなったのか……?』と、心配になってきた。

『私は、ああ、グレイだなあ、って思って見てたわ』

「……そうか」

 そして、ローズにも何とも言えないことを言われてしまい、困る。グレイはグレイであるが、だから何だというのだろうか。グレイは『ローズもおかしくなっているらしい……』と、どこか達観めいた気分になってきた。

『今まで随分と長い間……ううん、もしかしたら、『生まれてからずっと』、ものを見たことが無かったものだから。だから、こういう風に人を観察するのって、新鮮で……その、折角だから、グレイを見ていたくて』

 が、続けてローズにそんなことを言われてしまうと、グレイとしては何やら申し訳ない気分になってくる。

 久しぶりの……少なくとも、ローズの意識としては、『初めて』ではなく『久しぶり』なのであろう視覚を味わっているところを邪魔して申し訳ない、と思うと同時に、その久しぶりの、折角の視覚を使って見るにはつまらないであろうグレイであるので、それも申し訳ない。

『グレイって、睫毛まで灰色なのね』

「……そんなところまで見ないでくれ。俺はどういう顔をしたらいいんだ?」

『あ、そのままでいいの。……あなたの目って、雨の日の草原みたいだわ』

 更に、ローズがグレイの瞳を真っ直ぐ見つめてくるものだから、グレイは只々、落ち着かない。

「あー……ごめんなさい、グレイ。その、あんまり見ていたら落ち着かないわよね」

「そうだな……」

「あなたを見るのはやめておくわ。ええと、ルイナの弓のお手入れを見学させてもらうから、気にせず寝て頂戴。ごめんなさいね」

 グレイがローズに目を見つめられて、思わず視線を逸らしていると、エメディアがおずおずとそう、申し出てくれた。更に、ローズも『グレイって、目を閉じていても視線に気づくの!?ごめんなさい!じゃあ見ないでおくわ!』と申し出てくれたため、グレイはほっとした。

 ……そうして、グレイは安心して……否、少々の警戒と緊張は残ったものの、まあ、概ねのところは安心して、うつらうつら、と眠ることになった。

 視線は、時々自分へ向いたが、ひたすらじっと向き続けているというものでもなかったので……次第に、グレイの意識はぼんやりととろけて、案外、よく眠れてしまったのだった。




 その日の夕方には、ローザテイルの端にあるリラの町へ到着した。

 メカニジア国内の状況が分からない以上、馬車はここで置いていくことになる。ここから先は徒歩での旅だ。

「荷物が多いから、スファルには苦労を掛けるわね」

「おう、任せろ。仲間の荷物を背負ってやるのが、真のオーガってもんだからな」

「途中で私と交代しましょう。竜の姿になれば、私も荷運び役を務められますから」

「ふむ。まあ平地で見通しの利くところであれば、それでもよいだろうな。だが、山岳地帯に入ったら、ルイナ嬢の遊撃の腕は欲しい。となると、スファルや私が荷運び役を務めるべきだな」

 徒歩での移動となると、やはり馬車での移動とは勝手が異なる。疲れも違うし、何より、荷物の運搬が面倒になる。

 ……とはいえ、こちらには膂力に優れたスファルが居る。鉱山で多くの岩を砕き、その岩を運び、働き続けてきたスファルにとっては、仲間達の野営の道具や数日分の食糧を運ぶことなど、大した苦労ではないらしい。

 そうは言っても、疲労が出ない訳はないので、ドラゴンの姿になったルイナと交代で荷運び役をするということになるだろう。

 アイオンもスファルほどではないが、機械仕掛けの四肢のおかげで力はある。彼も手伝えるだろうし……グレイも、手伝うつもりではある。

 だが、いざという時、最初に動かなければならないのはグレイだ。元々が、大楯を背負っての旅であるので、スファルもアイオンも、グレイに荷物を持たせる気はあまり無いようである。それが申し訳なくはあるのだが、実際、盾役が動けなくなるよりは、剣の役を担う者が1人2人動けない方が余程マシであるので仕方がない。


 そうして、リラの町で宿を取り、食堂に入って、『野営じゃない最後の宿だものね……』『野営の食事も野趣があって悪くは無いが……今日、食べられる限りは食べておいた方がいいだろうな』『よーし食うぞ』と意気込む仲間達と共に食事を摂ることになる。

 ……明日から、野営続きになる。スファルほどではないが、グレイも今日食い貯めるようなつもりで食事に臨むつもりだ。

『あ、私はお宿で待ってるわ。皆、ゆっくりしてきてね』

 だが。ローズは食堂の入り口でそう言って、引き返していく。

「え?あの、ローズ?」

 エメディアがローズに声を掛けるが、ローズは振り返って、『大丈夫大丈夫』と言うかのように手を振って、そのまま言ってしまった。

「……機械の体では、食事は必要ないのでしたね」

 ルイナがぽつり、と零したことで、全員、思い出す。ローズは機械で、機械は食事を必要とせず……だというのに、ローズには恐らく、食事の記憶があるのだ、ということを。

「ああ……そう、よね。食べられないのに食堂に居るのは、辛い、わよね……私、すっかり失念してたわ……」

 エメディアが項垂れる横で、グレイもまた、苦い思いを抱えることになる。

 ……ローズとは、好きな食べ物の話をしたことがある。つまり、彼女には『食の好み』の記憶があり、それは即ち、『食事の記憶』があるということに他ならない。

 ローズは、味というものも、食の好みも、空腹が満たされる幸福感も知っていながらにして、それらを味わうことができないのだ。

「……かわいそうなことをしたわ」

 エメディアがしょんぼりと肩を落とすのを、アイオンが黙って促して、食卓へとエスコートしていく。

 ……ローズのことは気がかりだが、グレイ達、人間には食事が必要なのだ。




 そうして食事を終えたグレイ達は、宿に戻った。

 宿に戻って……真っ先に、グレイがローズのところへ行くことになった。というのも、『今のローズ嬢には、エメディア姫の存在は少々皮肉に思えるかもしれないな』というアイオンの言葉があり、その通りだ、とエメディアが頷いたからである。

 ……グレイも、ローズの存在に複雑な気持ちを抱えているが、当然、エメディアはエメディアで、より多くの悩みを抱えていることだろう。

 そんなエメディアに負担は掛けられないし、ローズのことを考えても、一番付き合いの長い……何故か、ローズに信頼されているらしいグレイが赴くのが一番いいだろう、ということになった。


「ローズ。入っていいか」

 こんこんこん、と、ローズの部屋のドアを叩くと、すぐに『グレイね?どうぞ!』と返事が聞こえた。

 そうして機械の駆動音が聞こえて、かちゃり、とドアが開かれる。ローズは『どうぞ』とグレイを迎え入れてくれた。

『どうしたの?グレイ。もしかして、私を気にして来てくれたの?』

「まあ、そんなところかもしれない」

 グレイが『我ながら、気の利かない返事だ』と思いながら返事をすると、ローズはくすくすと笑い声を上げた。

『心配かけちゃったわね。でも私、大丈夫よ。ただ、ご飯を見ていると、お腹が空くような気分になっちゃうから、あんまり見たくないっていうだけで……』

 ローズが『どうぞ』と勧めてくれた椅子に座る。ローズもその向かいに座って……ふと、俯いた。

『私は、自分が偽物なんだ、って、ちゃんと、納得するつもり。だけど……まだ、気持ちの整理が、ちょっとだけ、できないみたい。……ごめんなさい』

 そうして零れた言葉がなんとも悲しくて、グレイは何も言うことができない。

『ねえ、グレイ……その、もうちょっとだけ、ここに居てくれる?』

「……分かった」

 だが、口下手でも、ただそこに居ることはできる。

 グレイはそのままもうしばらく、ローズの向かいにただ座っていることにした。

 ……お互いに黙っていたが、居心地の悪い沈黙ではなかった。

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― 新着の感想 ―
ふと朝ごはんの催促に来た猫にじっと見られて起こされたの思い出した
じーっと見たくなる人っているよなぁと。 動いてるときはなかなか見れないけど、寝てる時なら見放題…。 友人のとこにいる、お猫様なんですけど。 (人ではなかった)
〈●〉〈●〉〈◎〉〈◎〉
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