33話:機械仕掛けの薔薇*3
『見てすぐに分かったわ!あなたがグレイね!』
「……よく分かったな」
『だって、確かに名前通りなんだもの。灰色の髪。これがあなたの名前の由来でしょう?』
自分へ近づいてくるローズを見て、グレイは只々、困惑していた。
見た目は、少々変わったメカニジア兵、といった具合だ。先ほどまでの、『耳にあたる機関と腕しかない、ウサミミめいた謎の物体』よりは、人間の姿に近い。だからこそ余計に、違和感がある。
……そう。違和感だ。
ローズの本当の体はこれではない、と、思ってしまうのである。
グレイは、自分自身が抱いた違和感に愕然とした。いよいよ、無意識の内にこの機械を機械扱いできなくなってきている。
これは不味いんじゃないだろうか、とグレイが自身を危ぶんでいると……。
『……あら?目が見えなくなっちゃったみたい』
グレイに向けて歩いてきていたローズが、ふと立ち止まって、そんなことを言い出したので、グレイの危惧だの違和感だのは吹き飛んだ。
「お、おい、大丈夫なのか?」
『ええ……痛みとかは、無いのよ。でも、目が……』
不安そうに漏れたローズの声に、グレイはおろおろするしかない。アイオンやエメディアも、『どうしたのだろう』『大丈夫?』と寄ってきたが……。
「あー、線が切れたか。オンボロの体をなんとか動くようにしたんだ。あちこち、ガタはあるだろうよ」
ジョードはそう言うと、『調整箇所は多そうだな』と眉間に皺を寄せた。……どうやら、これくらいなら想定内であるらしい。
「早速、調整に入っていいか?」
『ええ、お願いするわ』
ローズも、『そういうものか』と納得したのか、少し安心した様子でジョードの言葉に頷いた。
「じゃ、意識を落とすぞ」
『ま、待って。……意識を保ったままでは駄目?』
「面倒だからな。動かれて手元が狂うのも、作業中に喋られるのも、面倒だ」
『そう……そうよね。分かったわ。大丈夫。落として頂戴』
ローズがそう言うと、ジョードは無感動に、ほい、と、ローズの背面で何か操作した。途端、ローズは動かなくなり、その場に崩れ落ちる。
……その様子は、まるで、人間が死んだ時のように見える。
「よし。じゃあグレイ。そっち持て。スファル。お前はこっちだ。作業台に運べ」
「……分かった」
「全く、仕方ねえ。手を貸してやろう……」
グレイは戸惑いに揺れながらも、ひとまずは、ローズの体を運ぶ。スファルも何やら、『なんだかなあ』などと言いつつ、浮かない顔をしていたが……。
……どうやら、これに慣れるのは、中々難しそうである。
それから、ジョードの作業がいくらか行われた。
ジョードがこのようにして魔導の仕事をするのを、グレイは幾度となく見てきている。自分の魔導鎧も、義肢も、ジョードが手掛けたものだ。修理が必要になる度に、この老ドワーフがこうして仕事をする様子を眺めていた。
そんなジョードの仕事であるので、心配は無い。ローズの体はあちこちが直され、そしてまた、ローズの意識が戻されては、ジョードが調子を見て、或いはローズが自己申告して、また調整が必要な個所が直されていく。
「よし……いい加減、これでいいだろうな」
そうしてジョードが息を吐きつつ、何度目かになる作業を終え、ローズの意識を戻す。するとローズはまた起動して、手を握ってみたり、首を傾げてみたり、あちこち見てみたり、歩いてみたり……と体を動かして、体が完全に調整されたことを確かめた。
『ありがとう!おかげで、随分よくなったわ!』
「だろうな。あれこれ細かく口出ししてくる機械相手ってのは初めてだったが……」
『ごめんなさい、煩かったかしら』
「不具合を自己申告してくる機械ってのは悪くねえな。手間が省ける」
ジョードとしては、どうも、『喋る機械』相手というのは、妙な気分であるらしい。自分の不具合を教えてくれる分、便利ではあるのだろうが……ジョードの顔には、『やりづらい』と書いてあるかのようだ。
グレイはジョードと顔を見合わせて、『やりづらいよな』と小さく頷き合う。そんなグレイとジョードを見て、ローズは首を傾げていたが……。
「さて。じゃあ早速だけれど、旅程を練らないとね」
そこへ、エメディアが地図を持ってやってきた。
先程までローズが寝かされていた作業台の上には地図が広げられ、全員でそれを囲むことになる。ローズも少し遠慮がちに、地図を囲む輪の中に入ってきた。
「ローズ。例の地下神殿って、大体どのあたりにあるのかしら」
エメディアはそんなローズに地図を示してみせて、『さあどうぞ』とばかり、両手を広げるが……。
『それはまだ内緒よ』
……ローズはそう言って、首を横に振る。
「それだと困るわ。目的地が分からないことには……」
『目的地は教えられるわ。ここ』
だが、グレイ達が危ぶんだのも束の間、ローズは素直に、ある一点を指し示した。
それは……メカニジア国内の、ある場所である。王都よりは離れている。ディアナバレイよりはローザテイルに近い位置と言えるだろうか。
『ここに、地下神殿に入るための鍵があるの。まずは、それを取りに行きましょう』
……グレイ達は顔を見合わせた。
どうやら、グレイ達の旅は、長く険しいものになりそうである。
「あのあたり、となると……まともな村落は無い。山と川はあるがね。そんな場所であるので、道も無い。荒れ野を行く、ということになりそうだ」
「成程ね。ううーん……野営は何泊くらいになるかしら」
「うーむ、まあ、最低でも2泊はすることになるだろうな。何せ、馬も入れないような場所だ」
ということで、早速、エメディアとアイオンが相談を始めた。2人とも、中々に難しい顔をしている。計画は難航しているようだ。
「食べ物はなんとか旅食で凌ぎましょう。水は……ええと、近くの川から補給できる?」
「一日のどこかでは補給する機会が得られるだろう。それは問題無い」
「ならよかったわ。大分、荷物を減らせそうね。ええと、ところで……」
あれこれ相談していたエメディアは、ふと顔を上げて……少し離れたところに座っていたローズを、見た。
「……ローズは、自力で歩いて山を登れるかしら」
ローズ自身は、『私って……登山できるのかしら!?』と首を傾げている。この体になってまだ数刻であるので、体の限界など分からないだろう。当然である。
「……一般的なメカニジア兵の性能で考えると、滑落の危険が非常に大きい。だが、ローズの下半身はジョード老が作り上げたものだからな……」
「流石に山登りさせる想定なんざしてねえぞ」
……そして案の定、ジョードは登山など想定していないとのことであった。やはり、当然である。
「そうよね……。じゃあ、スファルに担いでもらうことになるかしら」
「マジかよ……ま、まあ、いいけどよ。うん、誇り高いオーガは仲間の荷物くらいは担いでやるもんだ……」
『ごめんなさい、迷惑をかけるわね……』
スファルが『まあ、俺は力が強いからな……』と言いつつ少々表情を曇らせ、ローズは肩身が狭そうにしゅんとして……そんな様子を見ていたジョードは、深々とため息を吐いて、言った。
「……或いは、もう少し部品と時間があれば、斜面でもある程度動けるように脚を作り替えるが」
……グレイ相手なら、まず出てこないであろう提案である。
「えっ!?そんなことできるの!?」
「まあ、やってやれねえことはないだろう」
グレイは、『偏屈ドワーフが随分と丸くなったものだ』などと少々感慨深く思いつつ、ジョードの提案を聞く。
「やるつもりなら、倉庫に行ってみて、足りねえ部品を洗い出してくるが」
「そうね……ええと」
エメディアはジョードの申し出に喜びつつ、『一旦慎重に……』とばかり、表情を引き締めてローズに向き直った。
「ねえ、ローズ。その、地下神殿の鍵がある場所とか、そもそもの地下神殿の中とかって、起伏が激しかったり、床が罅割れたり隆起していたりするのかしら……?」
エメディアに問われて、ローズは少しばかり、首を傾げた。
『そうね……確かに、神殿の内部も荒れていると思うわ。床の罅割れや隆起はあると思った方がいいと思うの。それに何より、地下神殿の鍵は、中々の荒れ地の中にあるわけだから……』
「……なら、やっぱりローズの脚は改良してもらった方が良さそうね」
ローズの話を聞く限り、やはり、ある程度は斜面や荒れ地に対応できないといけないようである。
「そういうことは早めに言え。ったく、体を用意しろって言った時点で分かってりゃ、もうちょっとやりようがあったんだが……」
『ごめんなさい……』
グレイ達としても、このあたりのことはすっかり失念していたので……メカニジア兵の体の性能をもっと調べて、ローズと話しておくべきだった、と、グレイは反省する。
……反省しながら、ふと、グレイは気づいた。
「なあ……ローズ」
気づいてしまって、何やら心臓の脈打ち方が徐々に早くなってくる。
「あんたはどうして、『地下神殿』のことを知っているんだ?内部のことまで想像がつくくらいには、あんたはそれを知ってるんだろう?どこで、それを知ったんだ?」
グレイは、ローズを見つめた。ただのメカニジア兵の顔であるそれは、まだどうにも見慣れない。
「……あんたに教えた奴が、居たのか?」




