32話:機械仕掛けの薔薇*2
「ほう!それでは、こちらの機械のお嬢さんは既に自分が機械だと理解した上でここに居る、という訳だな!それならば話は早い!以前も名乗ったが、私はアイオン・シルヴァスターだ。どうぞよろしく!」
……そうして。
例の機械と仲間達の顔合わせ、と相成ったのだが。
『前も来たけれど、この人、何なの?』
「俺の仲間だ」
『グレイの仲間じゃないなら、私、多分、無視してるわ』
……やはり、アイオンの評判はよろしくないのであった!
アイオンは『何故!?』と嘆いていたが、エメディアは『分かるわ』と頷き、スファルも『そりゃそうだろ』と頷き、そしてルイナも、黙って頷いた。
そして、アイオンはさておき、他の者達も自己紹介、となる。
「俺は誇り高きオーガ、スファル・トゥルバだ!」
『もしかしてあなた、ずっとグレイの隣に居たかしら』
「……聞こえてたのかよ」
『なんとなく、グレイ以外にもう1人居る気配はあったもの。呼吸の具合とかから、体の大きな男の人だろうと思っていたけれど、本当にそうだったみたいね!』
スファルについては、この機械も既に存在をなんとなく知っていたようである。つまり、グレイが例の機械と話す時にはスファルに付いてきてもらっていたわけだが、その時の気配や微かな呼吸の音などで、『もう1人』のことを知ったのであろう。大した機械である。
「私はルイナ・サジータ。射手です」
『ルイナね。どうぞよろしく』
一方、ルイナは自分の情報がほとんど出ていないことを察してか、自分がディアナバレイの出身であることも、人間ではなくドラゴンであることも、すっかり隠しておくつもりであるらしい。グレイは、それはそれで正解だろうと思っているので、特に何も言わなかった。
……そして。
「ええと……それで、私は……エメディア・アンバーローズよ。その、あなたからしてみると、納得がいかないでしょうけれど……」
いよいよ、エメディアが機械に挨拶する。
……すると。
『納得はできていたつもりだったけれど、実際にこうして声を聞くと、なんだかすごく複雑な気持ちだわ』
機械はそう文字を書いた。だが、エメディアがそれに何も言えずに居ると……。
『でも、納得しなきゃいけないわよね。大丈夫。私、あなたとも上手くやっていきたいわ。よろしくね、エメディア』
続けて、機械はそう書いて見せたのである。
「ええ……ありがとう」
エメディアは、そんな機械の手を、その手に握られたペンごと、そっと握った。
……エメディアもまた、複雑そうな顔であった。自分の複製のようなものが目の前にあるのだから、当然だろうし……自分そっくりの相手が、このように哀れな状況であることに、同情してしまうのだろう。
グレイも、その気持ちはよく分かる。むしろ、グレイの方がより強く、この機械に入れ込んでいそうだ。
それだけに、どうにも……この機械の前向きな様子が、悲しかった。
「して、レディ。貴女のことはどうお呼びすれば?」
さて。
グレイとエメディアがしゅんとしていると、横からアイオンがやってくる。
……アイオンが呈した疑問は、グレイも少しばかり、考えていたことだ。
何せ、この機械は『エメディア』を名乗っている。そして当然、本物のエメディアがこちらに居るのである。……どちらも『エメディア』となると、いよいよ、面倒だ。
『ああ、そうよね。そっちの私もエメディアなんだものね……。名前が一緒じゃ、ややこしくなっちゃうし、なら、別の名前を使った方がいいかしら』
機械はそう書くと、少し考えるように一度ペンを止めて……それから、こう書いた。
『なら、グレイに付けてほしいわ』
「え?」
グレイは戸惑った。まさか、自分の名前がここで出てくるとは思わなかったので。
「……俺が、あんたの名前を?」
『ええ、そうよ。駄目かしら』
「俺に頼んだら、まともな名前にはならないぞ」
『別にいいわ。そうしたらそうしたで、思いっきり笑えるもの!』
グレイは、そもそも自分自身の名前すら、真っ当なものではない。『灰色の燃え殻』なんて名前が真っ当ではない自覚くらいは、ある。
更に、名前を付ける才能も、恐らくは無い。さもなくば、自分の偽名として『アッシュ・コークス』などとは名乗らないだろう。……強いて言うならば、適当な名前を自分の名前として使い続ける才能はあるのかもしれないが。
『あなたがくれる名前なら、納得できそうなの。お願い』
……だが、機械にそう言われてしまうと、どうにも、断れない。
グレイが少し困って仲間達の顔を見てみるも、彼らも『じゃあそれで』とばかり、頷くだけだ。
グレイは少しばかり悩んで……しかし、悩めばよい名前が出てくるというものでもない。むしろグレイ程度の者が悩んだところで、より一層、碌でもないことになっていくのではないだろうか。
ということで、グレイは早々にすっぱりと諦めて、少しばかり緊張しながらも、真っ先に思いついたそれを、例の機械に伝えてしまうことにした。
「……じゃあ、ローズ。あんたの名前は、ローズだ。薔薇の花が好きなんだろ?薄桃色の」
これでどうだ、と半ば自棄になったような気分で、グレイがそう告げると……ゆっくりと、機械の手が動く。
『覚えててくれたの?』
「俺が聞いたことだしな」
『そう……嬉しいわ、とっても』
そうして機械の手はまた止まる。グレイは、これを緊張しながら見守って……そして。
『じゃあ、私はローズ。今日から、私の名前はローズよ。皆、よろしくね!』
機械がそう、書き綴ったのを見て、グレイはようやく、ほっとする。……どうやら、グレイの名付けは受け入れられたらしい。
……こうして、例の機械は『ローズ』になった。グレイが付けた名前によって。
当の機械はありきたりな名前であっても喜んでいる様子であったし、仲間達からも、『まあ、悪くはない』というような反応をされたので、グレイは只々、ほっとしているところである。
ただ……エメディアはやはり、少々複雑そうな顔をしていたが。
そうして、例の機械改めローズと皆とで、雑談をすることになった。
……やはり危険ではないだろうか、という意見もあったが、それでもローズの案内無しに『地下神殿』とやらを発見するのは難しいであろうと思われたし、もしこのローズの案内で『地下神殿』へ行くのであれば、どのみち彼女と行動を共にすることになる。行動を共にするなら、互いに気安い仲になっていた方がやりやすい。
ということで……ローズ相手に、アイオンが非常によく喋った。ぺらぺらと、まるで川の流れのように言葉が次々に流れ出ていくものだから、グレイなどからしてみると、只々、圧倒されるばかりだ。
一方のローズは、アイオンに対して嫌悪感があったようであるが、それも『まあ、彼はこういう人なんでしょうから……』と納得して呑み込んだらしい。アイオンの話に相槌を書きつつ、時々質問を投げかけてやって、それなりに上手くやっている様子であった。
……もしかすると、ローズはメカニジア出身であるアイオンのことを警戒していたのかもしれない。即ち、自分を機械の体に閉じ込めた相手、として。
となると、いよいよ、ローズがメカニジアで生み出された経緯がよく分からないのだが……グレイは、首を傾げつつも、ひとまず、アイオンがローズに受け入れられそうなことに安堵するのだった。
グレイ達とローズの雑談は続き、やがて夕食時になる。
最近はすっかり、ルイナに食事を作らせてしまっていたので、今日はグレイが調理場に立った。
グレイも然程料理が上手い方ではないのだが、スファルよりはマシである。
塩漬け肉を塩抜きしてから野菜と一緒に煮込んでスープにし、蕪とベーコンを炒めてグラタンにし、後は適当にパンとチーズで済ませることにする。今回はアイオンも手伝ってくれたため、それなりのものができた。……グレイは、グラタンを生まれて初めて作ったのである。
そうして夕食の席では、ジョードから進捗を聞き、皆でジョードを労いつつ、食事を摂ったのだが……。
「蕪って美味しいわよね。甘くて、とろっとして……。私、大好きよ!」
「そいつはよかった」
食事は、それなりに好評であった。エメディアがにこにこと食事を食べ進めるのを見て、グレイは何やらそわそわするような、むず痒いような喜びを覚える。
エメディアにアイオンが、あれこれと料理の蘊蓄を語っていると……ふと、ローズの腕が動いた。
『グレイがお料理したの?私も食べてみたかったわ』
そう書かれたのを見て、グレイは何とも言えない悲しみを味わうことになった。
……機械の体で食事を摂ることはできない。ローズ自身は、自分が機械だと分かっていても、それでも人間の記憶や人間の自覚があるように振る舞っているのに。
「……大した料理じゃないぞ」
『それでも。あなたが作ったっていうなら、気になるもの』
ましてや、ローズはこのように、臆面もなくグレイへの好意を滲ませた文字を連ねてくるのだ。余計に、堪える。
「ふむ。では私が料理の感想を貴女に伝えようではないか。まず塩漬け肉のスープだが」
『アイオン卿。そういう話じゃないの。これはそういう話じゃないのよ』
「なんと……うむ、そうか……」
……アイオンが横槍を淹れてくれたおかげで多少、気は紛れたが……グレイは何やら重いものを抱えたような気分で、残りの食事を掻き込むのだった。
そうして、翌日。
「よし、できたぞ。調整はそいつを移してからでいいな?」
……夜を徹して作業をしてくれたジョードが、いよいよ、メカニジア兵の補修を終えた。
そしてグレイ達が見守る中、ローズに何か、金属線のようなものが接続され、その金属線のもう片側は、出来上がったばかりのメカニジア兵の体へと接続され……。
……メカニジア兵の手が、動いた。
そしてメカニジア兵の首が動き、俯いていた顔が上がり、目が、きょろきょろ、と辺りを見回して……グレイを見て、止まる。
『……グレイ?あなたが、グレイね?』
人間の声とは異なる、機械の声が響く。
……どうしようもなく、人間味を帯びて。




