31話:機械仕掛けの薔薇*1
「で?お前ら、また厄介ごとを持ち帰ってきたって訳だな?」
「ええ、そうなの。ごめんなさい。メカニジア兵の残骸、上半身分しか見つからなくて……」
「……まあ、しょうがねえ。ほら、そっち置け。見てみよう」
そうしてグレイ達は、再びローザテイルの王都の裏通り……ジョードの工房へと戻ってきた。
そして、上半身だけのメカニジア兵を運び入れ、ついでに『使えるかと思って』とあれこれ廃材を運び入れて、ジョードの沙汰を待つところである。
ジョードは、『メカニジア兵の下半身を作れだと!?』と、持ち込まれた『厄介ごと』の大きさに愕然としていたが、エメディアがしゅんとしてみせればたちまち、やる気になったらしく動き始めている。偏屈な割に分かりやすいドワーフである。
そうしてジョードがメカニジア兵の残骸を検分し始めたため、グレイ達は工房を追い出された。追い出されついでに、勝手知ったる何とやらでエメディアが茶を淹れ、アイオンが裏通りのどこから買ってきたのやら茶菓子を用意し始めた。
「さて……メカニジア兵の体がどの程度復元できるかにもよるが、あの機械のレディにもなんとかご満足いただけそうだな」
「現状、耳と腕しか無いからな。それと比べれば、手足も目も口もあったら大違いだろう」
茶を飲むアイオンの向かいで、グレイは例の機械に思いを馳せる。
……あの機械が体を得られるというのなら、それは、あの機械にとって喜ばしいことだろう。機能が1つでも2つでも増えたら、それだけで大喜びするに違いない。
そして、グレイ自身も、それを嬉しく思ってしまっている。……あの機械が喜ぶところを見たい、と、少しばかり、思ってしまっているのだ。
危険だ、とは理解している。理解してはいるが……。
「そうね……目も、付くのよね」
グレイが自分自身の内心に少しばかり葛藤していると、ふと、エメディアが表情を曇らせた。
「……やっぱり、私の存在を明かした方が、いいわよね」
……そう。
グレイ達を例の『地下神殿』とやらに導かせるというのであれば、行動を共にすることになるが……その時、例の機械は、間違いなくエメディアを見つけることになる。『本物の』エメディアを。
つまり……そこで彼女は、知ることになるのだ。
自分が『偽物』だ、と。
「危険ではありませんか?」
そこで、ルイナがそう、声を上げた。
「例の機械がエメディア様を害そうとしてくるかもしれません。ならば、今回はエメディア様にはご同行頂かない方がよいのでは」
「それは……そう、かもしれないけれど……」
ルイナの言うことは、尤もである。
現状、あの機械にとって一番の脅威は、エメディアである。つまり、あの機械が最初に排除しようとするならば、きっと、エメディアであろう。
グレイとしても、エメディアは同行しない方がいいのではないだろうか、と、思わないでもない。……だが。
「……メカニジアを通じた一連のあれこれの行く末は、見届けたいわ。我儘だって、分かってはいるけれど……」
エメディアはそう言って、ふと、自分の内心を言葉にすべく考え始め……それから、少々歯切れ悪く、続けた。
「それに、私が行かなきゃいけない気がするの。どうしてかは、分からないのだけれど」
「……成程、成程。それはそうだろうとも」
そんなエメディアに頷いて見せたのは、アイオンである。アイオンはいつも通り、芝居がかった仕草でエメディアを示してみせた。
「例の機械がエメディア姫を模して造られた、という事実がある以上、エメディア姫が何らかの鍵になっている可能性は高い。ならば、エメディア姫を連れて行くということにも、まあ、意味はあるだろう。私が例の機械の製作者なのだとしたら、当然、意味は持たせる。その方が美しく、自然だ!」
「誰もかれもがお前みてえに美しいだのなんだのでやってると思うんじゃねえぞ」
アイオンの演説めいた言葉にスファルが釘を刺して、しかし、スファルはため息交じりに、ふむ、と考える。
「俺はよぉ……その、あの機械がエメディアに成り代わろうとしてるってんなら、余計にエメディアが居なきゃ不味いだろうと思う……」
そしてスファルもそんなことを言うものだから、アイオンが『おお……?』と、首を傾げた。グレイも、てっきりスファルは反対するものだとばかり思っていたのだが。
「エメディアの居ないところで、あの機械にエメディアのふりをさせ続けとくのか?一回、分からせとかなきゃダメだろうが」
スファルがそう言ったものだから、グレイも、『ああ、それは確かにそうかもしれない』と思う。
「……成程。確かに、エメディア様の名誉のことを考えるならば、あの機械に好き放題させるわけにはいきませんね」
最初にエメディアの安全を危惧していたルイナまでもがそう言い始めてしまえば、最早、エメディアの同行に反対する者は居なくなる。
つまり……。
「……それで、どうやって例の機械に、その、説明しましょうか。あなたは機械で、本物じゃないのよ、って……」
……エメディアが真剣に悩む中、ちら、と、スファルの視線が憐みを含みつつ、グレイの方に向いた。
まあ、そういうことである。
グレイが例の機械の部屋を訪れると、例の機械は前回見た時と変わらない様子でそこにあった。
耳の機能は今、落としてある。よって、この機械は今、は何も聞こえず、何も見えない状態なのだ。静かにしているのは、動く意味が無いからであろう。
……そんな機械の、耳の機能を元に戻すと、途端、ぴく、と機械の腕が動く。そして、『アッシュ?』と、また健気に文字を書き綴るのだ。
「ああ、俺だ」
『よかった!来てくれたのね!嬉しいわ』
「あんたに報告があって来たんだ」
グレイが話しかければ、機械は随分と喜んでみせる。そんな機械を見てしまえば、胸が痛む。この機械に、『お前は機械で偽物だ』と告げるのは、あまりにも酷だ。
「……その」
結局、グレイはどうにも、一歩を踏み出せずに口ごもる。さっさと伝えてしまって、それからこの機械の様子を見て、今後の処遇を考えなければならない、という時だというのに。
『あの、もし私の体を用意するのがやっぱり難しい、っていう話なら、そんなに落ち込まないで。大丈夫よ。私、気にしないわ』
そんなグレイの沈黙に、例の機械は健気にもそんなことを書き綴って見せてくる。その健気さに、グレイは余計に、胸を締め付けられる思いだ。
「いや、体は手に入った。今、技師が調整してる」
『本当!?すごいわ、私てっきり、それが上手くいかなかったんだって思ったのだけれど……』
機械の腕が嬉しそうに文字を書くのを見ながら、グレイは大きく息を吸って……意を決して、いよいよ告げることになる。
「……あんたは、機械だ」
『そうみたいね』
「エメディア・アンバーローズじゃない」
そう告げてから、機械が文字を書き始めるまでの、無限にも思える時間を、グレイは生涯忘れられないだろう。
だが。
『ええ。知ってるわ』
書かれた文字は、案外、あっさりとしていた。
『あの、だって、自分の体がこんなことになっちゃってるの、もう知ってるもの。それでいて、アッシュから聞いた限りで、ローザテイルが大変なことになっている、っていうかんじでもなかったから……』
「ああ……そうか」
グレイは、一気に体の力が抜けるような感覚を味わいながら、深く、椅子に体を預けることになった。
『そう。だから大丈夫よ。私、考える時間だけはたっぷりあったもの。多分、あなたが心配してくれてるよりはずっと、大丈夫なの』
「そうか……」
グレイが思っていたより、この機械はずっと、気丈であった。
彼女は、目も耳も無い暗闇の中で1人、自分が何者かをずっと考えていたのだろう。そして、グレイから得た僅かな情報や自身の状態などから、おおよそのところを推理していた、という訳である。
グレイは、この機械を侮っていた。そう気づいてしまえば、少しばかり、機械に対して申し訳ないような思いが湧いてくる。
「その……悪かった。もっと早く、言うべきだった」
『そうかもね。でも、気にしてないわ。アッシュは私が傷つくんじゃないかと思って、黙っててくれたのよね?』
グレイの謝罪にも、機械は気丈に返事をしてくれる。それが嬉しくもあり、申し訳なくもあり……そして、自分の心がこうも揺れ動いているということに、微かな恐怖を覚える。
だって、相手は機械だというのに。
『それでも今日、こうやって私に話してくれたっていうことは、きっと、本物の『エメディア・アンバーローズ』が居るのよね?』
「……ああ。そうだ」
『そう……。私、自分の姿を見ることになるのね。ちょっと複雑な気分だわ』
そして聡い機械は、既に、『本物のエメディア』の存在にすら、勘づいていたらしい。こういうところが本当に、エメディアそっくりだ。相手は機械だと分かっていても、そう思ってしまう。
『でも、自分自身とだったら、きっと上手くやれると思うの。お互い、気は合うだろうし……それに、彼女だってきっと、世界の滅亡なんて望んでないでしょう?』
「その通りだ」
『だったら大丈夫。私はね。その、向こうの『エメディア』が気にしないでくれるなら、だけれど……』
「その心配は要らないさ。向こうも、あんたと同じようなことを考えてるかもしれないが」
この機械は、傷ついていながらも健気に、気丈に、前向きに振る舞う。
機械が傷つくも何もあったものではないだろうに、グレイにはどうも、そう思えて仕方がない。
「……もう1つ、嘘を吐いていた」
『あら、何?』
「俺の名前だ」
だから、グレイはもう1つの嘘についても、明かしてしまうことにした。
どうせ、仲間達とこの機械を引き合わせて、一緒に『地下神殿』とやらに行く羽目になったなら、そこで露見することだ。なら、その前に、自分から申し出てしまいたかった。
……たかが機械相手であっても、誠実でありたい、と思ってしまったのだ。
『ああ、やっぱり偽名なのね?それはそうよね。『アッシュ(灰)にコークス(燃え殻)』だもの!』
少し楽し気にすら見える機械の反応に、グレイは少しばかり、期待外れを提供してしまう申し訳なさを味わいつつ……言った。
「グレイ・シンダー。俺の名前は、グレイ・シンダーだ」
『偽名とあんまり変わりがないわ』
「そういう名前にしたからな」
『本名、なのよね?』
「そうだな。一応、そういうことになる。髪も目も灰を被ったみたいだったから、グレイ・シンダーだ」
機械がもし、エメディアだったら……きっとここで、空色の目を丸くして、ほわあ、とため息を吐いていただろう。それがまざまざと浮かぶくらいには、この機械はエメディアそっくりで、生き生きとしていて……魅力的だった。
『アッシュ……いえ、グレイって、変な人ね!』
「そうかもな」
エメディアの笑い声を想像しながら、グレイはひそかに、ため息を吐いた。
……ひとまず、大きな問題は1つ、消えた。
だがまた別の問題が、いよいよ、自分の中で大きくなってきている。




