30話:ジャンク・ヤード*8
しん、と静まり返ったゴミ捨て場の中央で、スファルは震える息を吐き出したきり、ただ、俯いている。その顔の下には当然、ロカームがいるのに、スファルはロカームのことなどまるで見えていないかのようだった。視線は揺れて、いっそ正気ではないようにも見えた。
……そんな調子のスファルは、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。
「こんな……こんな、卑怯な野郎でも、俺の、親父だ。賢く皆を導く、皆に尊敬される……俺も尊敬してる、親父だ……」
スファルの言葉は、恐らく彼自身に向けられたものである。他の誰に向けたものでもない。だが、それを間近で聞いているロカームは、何を思っているだろうか。
「弟だって、そうだ。可愛い弟だ。いつでも俺の後ろをくっついて歩いて……」
スファルの声は、途中から滲んで掠れて、よく聞こえなくなった。俯いたスファルの表情も、髪に隠れてよく見えなくなる。
……だがその直後、慟哭が響く。
「……ああ!クソッタレ!なんでできねえんだ!」
何もかもを吹き飛ばさんとばかり、荒らげた声が響く。スファルの拳が地面に落ちた廃材に振り下ろされ、凄まじい音を立てて廃材を砕いていく。
意味も無く廃材を砕くスファルの姿は、昨日、廃材を掘り出しては投げていた時の彼を思い出させた。
「俺を、散々、馬鹿にしてた奴だ!俺のことを認めようとしなかった!この、俺を!誰よりも、力強くて、誰よりも、働いて……だって、いうのに、お前は!」
途中から、スファルの言葉は意味を成さなくなってくる。ただ激情のままに零れた単語の1つ1つが怒りに満ちて……それでいて、それだけではない。
怒りだけならばきっと彼は楽だったのだろう。嫌われたから嫌ってやる、と思えるのならば、きっと、楽だった。
「なんで、俺は、こいつを……」
まともに意味を成さない言葉を漏らして、スファルはただ、嗚咽を漏らしていた。
そうして、2人のオーガが倒れ、1人のオーガが渦巻く激情に囚われたまま、誰も動かないゴミ捨て場に、じゃり、と石クズを踏んで足音が響く。
歩いていくのは、エメディアだ。
彼女が歩けば、ゴミ捨て場もまるで、宮殿の中のように見える。
じゃり、さく、と1人分の軽い足音が進んでいって……そうしてエメディアは、そっと、スファルの肩を抱いた。
「スファル。あなたの勝ちよ」
迷子に手を差し伸べるかのように、エメディアはそっと、スファルの肩を叩いた。
「あなたの、勝ちだもの……殺さなくったって、あなたは、勝利したんだもの。それでも、いいと思うわ」
エメディアがそうしていると、スファルは小さく頷いて立ち上がる。
未だ、スファルは激情の中にあるのだろう。自らの中に生じた矛盾に、酷く戸惑っている。……だが、それでも彼はやはり、誇り高く力強いオーガであった。
「……おい、ロカーム・トゥルバ」
立ち上がったスファルは、今度こそロカームをはっきりと見下ろした。
「お前は、お前とお前の息子の敗北を認めるか?そして、この俺の強さを、認めるか?」
微かに震える声は、それでも凛として、ゴミ捨て場に響いた。……そして、エメディアが、観衆らが見守る中、ロカームは静かに起き上がり……そして、確かに頷いたのである。
「……認めよう」
その一言がロカームから発された時、スファルは、くしゃり、と表情を歪ませ、俯いた。
彼はようやく、欲したものを手に入れることができたのだ。
「おお……なんと美しい物語だろう!」
そして、そんなゴミ捨て場に、なんとも堂々として明るい声が響く。……当然のように、アイオンである。
アイオンは1人、ゆったりと拍手をしながら、舞台役者のように颯爽と歩いてスファルとエメディアの元へ向かい……その、ゴミ捨て場の中心で、大きく腕を広げた。
「誇りたまえ、スファル!君は今、紛れもなく世界で一番誇り高く、美しいオーガだ!」
そして、がばり、とスファルを抱擁して、アイオンはまた、演劇の台詞でも言うかのように朗々と声を上げる。
……これには、エメディアも苦笑するしかない。そしてロカームはぽかんとしていたし、半身をなんとか起こしたダハブもぽかんとしていたし、そして、スファル自身も、諸々引っ込んでしまったような顔で、ぽかん、としていた。
「傷つき、痛みを知り、それでも尚立ち上がる。そして、寛大にも敗者を赦し、自らの糧とし、更に高みへ、新たな道を征く……おお、実に美しいではないか!さあ、観客の諸君らも、この誇り高く美しい彼に、盛大な拍手を!」
……更に、アイオンはそう観客に呼び掛け始めてしまった。呼びかけられた観客らは、今まで息を呑んでこの顛末を見守っていたが……アイオンの呼びかけが、彼らの静寂の魔法を解いてしまったようである。観客らは、わっ、と歓声を上げて、一斉に拍手を送り始めた。
「いやはや、驚いた!まさか、野蛮なるオーガが、斯様に荒々しくも美しい物語を紡ぎ出すとは!おお、スファル!君は実に、美しい!私は今、感動しているぞ!」
「……おい、アイオン。テメエのその、美しい、っつうのは、その……何だ?何なんだ?」
先程の激情も涙も何もかも引っ込んでしまった様子のスファルは、何とも言えない顔をアイオンに向けるしかない。尚、アイオンはスファルの肩に腕を回して、スファルと共に拍手を浴びている。本当に大したものだ、とグレイは思うしかない。
……そうして、グレイもスファルへ拍手を送っていたわけなのだが……スファルは、そんなグレイを見つけると、にやり、と笑って、片腕を掲げてみせてきた。
グレイも、『やるじゃないか』と小さく手を掲げて返して、そしてまた、拍手を送ってやることにした。スファルもまた、拍手を浴びつつ、悠々と退場していく。
……ふと、グレイが隣を見れば、ルイナがどこか眩しそうに、そんなスファルを見つめていた。
そうしてスファルは、そのままコルザの町を後にすることになった。
スファルの出立を惜しむ声は山のように飛んできたが……スファルはそれらを軽くあしらって、さっさと町を出た。別れの挨拶は、昨夜、済ませてきたとのことである。それに……それ以外のことをあれこれ言われるには、まだ、心の整理はつかないのだろう。
今回のことについて、グレイがスファルに言ってやれることは無い。グレイには、あんな経験は無いので。
なので、コルザの町を出てからも、御者台のアイオンが何やら、彼の持論であるらしい『美について』をぺらぺらと語り続けるのをのんびりと聞きながら、ただ、のんびりと馬車に揺られていたのだが……。
「おい、グレイ」
そんな折、ちょい、と、スファルがグレイをつついてきた。
「俺は、お前を尊敬する」
……そして、そんなことを言うものだから、グレイはぽかんとするしかない。
「……どういう風の吹き回しだ?」
「真のオーガは、認めるべき相手のことは認め、尊重するもんだ」
ふんふん、と自らの言葉に納得するかのように腕組みしつつ頷くスファルを眺めて、『何も答えになってないんじゃないか?』と、グレイは考えていたのだが……。
「……嫌われてんなら、嫌った方がいい、って言ってたよな」
「……そうだな」
スファルにそう言われて、グレイは思い出す。確かにそんなことを言ったな、と。
「それができるってのは、その、大したモンだ。……俺には、できなかった」
グレイの横で、スファルは大きな体を縮めるようにして膝を抱えて、そう零した。
……スファルの決断に、彼自身、まだ、納得がいかない部分があるのだろう。ルイナではないが、『殺してしまってもいいのでは』と、思わないでもないのだろう。
スファルは今、『もっと嫌ってやりたかった』と、思っている。
「……どうなんだろうな。俺からしてみたら、あんたの方が、よっぽど……大したもんだと思うが」
グレイは、何と言ったものか、と思いつつ、せめて嘘にならないように、と、言葉を選ぶ。
「嫌われて、嫌って、っていうのは、楽だ。誰にだって、できる。だが、あんたがやったようには、俺は、できない」
「……そういうモンか?」
「そういうもんだ」
答えになっているのかいないのか、自分で言っていてもよく分からなくなってきたグレイであったが、スファルは、『そうかぁ』などと言いつつ、何やら、少々納得した様子である。
まあ、彼が何かを整理する役に立てたのなら、それは喜ばしいことだ。グレイはそう思って、一つ息を吐いた。
「……スファル・トゥルバ」
そんな折、ルイナが馬車の向かいの席で、ふと、表情を陰らせた。
「私は……余計なことを申し上げましたね」
ルイナは、自分の提案を後悔しているのかもしれない。スファルに、『殺さないのですか』と投げかけた後で、あのようにスファルが慟哭するところを見てしまったら……後悔もするだろう。
「あ、いや……その、そうじゃねえ。違う。それは、違う。それは違うだろうが」
だが、スファルは慌てて手をふりふり、と振る。そうやってルイナの後悔を否定してから、言葉を探し始めたらしい。
「俺は思い切って決闘吹っかけて、よかったんだ。何せ、俺は勝った。しかも、あいつに、ようやく、認めさせた。……それは、お前の言葉があったからこそだ」
「そう……ですか?」
ルイナは、何やら不安そうな顔をしていたが。そんなルイナに、スファルはにやりと笑ってみせる。
「……お前も、大したモンだ。なあ、ルイナ。俺は、お前のことも尊敬してるんだからな」
ルイナは、きょとん、として、目を瞬いた。そんなルイナを見て、スファルはどこか得意げに話す。
「俺は、グレイみたいにはやれねえし、お前みたいにもやれねえ。だが、だからってお前のやり方が違うとか、グレイのやり方が違うとかじゃあ、ねえはずだ」
「……そうですね」
少々傲慢に断じてから、スファルはふと、苦い顔で馬車の外を見やる。彼の視線の先、コルザの町がある方には、既にコルザの町は見えない程遠ざかっていたが。
「もっと……お前みたいにやれたら、よかったのかもしれねえって、思うけどな。だが、しょうがねえ。俺はこうなんだ。俺は、こういう奴なんだから……」
スファルは、自らを納得させるようにそう言うと、よし、と小さく頷いた。
多少、心境の整理はできた、ということだろう。
「……私も、こうした生き物、ということなのでしょうね」
そしてルイナも何か、自分の中で整理できたものがあったのかもしれない。同時に、グレイも『俺もこういう生き物、ってことか』と、思う。
……生き方、と言うには大げさかもしれないが、物事と対峙するにあたって、誰しもが同じやり方をする必要は無い。特に、グレイは、仲間達がグレイと同じやり方をしなくて済むことを嬉しく思う。
同時に、グレイが仲間達と同じやり方でできなかったとしても……それは仕方がないことである。グレイは、そういう生き物なのだから。
「私、皆と仲間でよかったわ」
ふと、エメディアがそう零す。にこにこと、それはそれは嬉しそうに。
「あ?どうしたんだよ、急に」
「あら。急ってこともないのよ?ずっと、思ってたことだから。でも……なんとなく、今、いっそう強く、そう思ったの。それだけ」
「ほーう……?ま、いいけどよ」
スファルも、ふふん、と機嫌の良さそうな具合に笑ってみせる。それから、くわ、と大きく欠伸をして、何やら眠そうな顔になってきた。……戦闘の疲れや今までの緊張が、ここに出てきたらしい。
「俺はちょっと寝るぜ。疲れた」
「ええ、大丈夫よ。ウサミミ、貸しましょうか?」
「いい。そいつじゃ俺の頭で潰しちまいそうだ。……おいグレイ。ちょっと肩貸しとけ」
「どうぞ。ウサミミよりは頑丈にできてる」
……そうして、スファルはグレイの肩を枕にして、すぴすぴと寝始めた。そして、眠ったら中々起きないこのオーガは、ガタゴトと揺れる馬車の中でもしっかり眠れてしまうらしい。エメディアとルイナがどことなく温かい視線で見守る中、スファルはそのまま、野営場所まで暢気に眠り続けるのであった。
「スファル!スファル!起きて!起きて、今日の寝床を作って頂戴!そういう約束だったでしょ!」
「寝るところ……?ここでいいだろ、むにゃ……」
「駄目に決まってるでしょう!グレイを枕にしっぱなしなのよ、あなた!ほら、起きて起きて!」
「うん……ふが」
……尤も、野営場所を決めたところで、スファルは容赦なくエメディアに叩かれ、ウサミミにぺちぺちぺちぺちと叩かれ……そして、枕にされていたグレイにも揺さぶられて、たっぷり10分後に起きることになったが。




