29話:ジャンク・ヤード*7
そうして、数十分後にはスファルがスファルの父と弟と、例のゴミ捨て場で向かい合って立っていた。
見物人がざわめきながら見守る中、スファルは当然のように緊張した面持ちであったし、スファルの父と弟もそれぞれに、緊張と憎悪に満ちた目をスファルへ向けている。
……いよいよ、オーガの一家の決闘が始まるのだ。
「さーて……じゃあ確認だが、こっちは1人、そっちは2人だ。文句はねえな?」
スファルがそう言えば、スファルの弟……ダハブ・トゥルバは、如何にも不機嫌そうな顔をした。
「お前如きに2人も要らん。父上が出るまでもない。俺1人で十分だ」
「成程な、そっちがそのつもりならそれでもいい。ま、2人同時にかかってくるべきだとは思うがなぁ?」
一方のスファルは、緊張してはいても、どちらかといえば機嫌のよい顔だ。……敢えて、機嫌の良さそうな顔をして見せているのだろう。その余裕を演出している。そういうことだ。グレイも時々こういったことをやるので、分かる。
「それから、剣も魔法も全部アリだ。そっちは魔法が使えなきゃあ戦いにならねえだろうからな」
「魔法1つ使えない奴が、随分と大きく出たものだ」
「そりゃあな。この俺にかかれば、お前の魔法なんざ大したことはない。お前が魔法を使ったって俺に勝てねえってことは分かりきったことだからな」
ダハブもスファルに嫌味を投げつけてくるが、スファルはそれすら嘲笑って返す。
……その様子を見ていたエメディアが、ふと、『スファル、なんかグレイにちょっと似てきたわね』と零した。グレイは思わずエメディアを見つめてしまったが、エメディアの頭の上ではウサミミが『そうだそうだ』と言わんばかりに耳を揺らしている。
「で、一番大事なことだ。この確認ができなきゃ、決闘にならねえからな……」
そして、最後にスファルはこう、確認するのだ。
「これは決闘だ。互いの誇りと、命をかけて戦うんだ。……互いに、殺しちまっても文句はねえってことで、いいな?」
これには観衆がどよめいた。だが同時に、スファルの父も弟も、ぎょっとしていた。
「お?どうした?俺を殺そうとしたってのに、その覚悟はできてねえ、ってか?あ?」
実際、スファルの父も弟も、覚悟などできていなかったのだろう。まさか、スファルが自分達を殺す気でかかってくるなどあり得ないと、どこか高を括っていたに違いない。
そんな2人は今、目の前でスファルが自分達に殺し合いの提案をしてきたことを受けて、どう思っているのやら。
「……ようやく死ぬ覚悟ができた、ということか!」
「一族の恥晒しめ。望むならばすぐにその首を落としてやる」
だが結局は、2人ともそう、スファルへ牙を剥くだけだ。分かり切っていたことではあるが、グレイとしてはどうにも、苦しい。
そうしていよいよ、オーガ達の決闘が始まる。
2対1、とはいえ、スファルの父は最初から出てくるつもりは無いらしい。弟であるダハブだけがスファルと向かい合っていて、父ロカームは離れたところからこれを傍観する構えだ。
「じゃ、投げた石が落ちたら始め、ってことでいいな?」
「それでいい。そしてそれが、貴様の最期の時となる」
「へっ。言ってろ。……じゃ、いくぞ」
スファルは、ゴミ捨て場の石クズの1つを手に取ると、それを高く放り投げた。
見物に来た者達も、グレイ達も、しんと静まり返ってただ1点、空へと投げ上げられた小石が大地に引かれ、再び地へ戻ってくるその瞬間を見守った。
……そして、かつん、と、小石が落ちてきたその瞬間。
「もらった!」
ダハブの手から、凄まじい炎の渦が放たれたのである。
まともに魔法を使う奴は、こういう戦い方をする。グレイはかつて組んでいたパーティの中で、こうした魔法使いを何人も見てきた。
魔法使いというものは、このようにして、魔力で何かを生み出して、それで戦う。炎であったり、氷であったり、雷であったり……それは術者によって様々だが、前触れなくいきなり現れるそれらが厄介であることは間違いない。
……そう。グレイはすっかり、エメディアに慣れてしまっているが……エメディアのような戦い方をする魔法使いは、特殊なのだ。
魔力自体をどうこうするのは、効率が悪い。それこそ、エメディアのように膨大な魔力を持っている者くらいしか、まともに実用できないだろう。それ故に、エメディアの戦い方は相手に対策されにくくもあるのだろうが……少なくとも、グレイはエメディアのように魔力を操る魔法使いは見たことが無い。
多くは今のダハブのように、魔力で何かを生み出すのだ。そしてそれは、魔法を使わない者にとって、非常に大きな脅威となる。
「っと」
とはいえ、ダハブが最初からこのように魔法で攻撃してくるであろうことは、スファルも読んでいたのである。
魔法と戦うということは、結局のところ、術者の動きを読むことに他ならない。そして、スファルは十分に、それができる。
スファルは、魔力が少ない。それ故に、魔力の気配を感じ取ることも、魔法がどのように扱われるのかを理解することも、できない。だが、魔法を使おうとする者がどのように事前に体を動かし、どのように視線を動かすかは、読み取ることができる。そしてそれを見て、相手の魔法を予測して、動くことも。
「へへへ……エメディアのに比べりゃ、なんてことねえな」
スファルは自分のすぐ横を通り抜けていった炎の渦をちらりと見て、笑う。
……エメディアの魔法を、ダハブは知らない。知らないだろう。『相手にただ魔力を注ぎこんで相手の魔力器官を破壊する』というだけの、単純すぎるほどに単純で、あまりにも非効率的で……そして、避けることも予測することもできない、あまりに無慈悲な魔法のことなど、彼は知らないのだ。
だがスファルは知っている。知っているからこそ、『見える形で出てくる魔法ってのは避けやすくていいな』などと言って笑っていられるのである。
このスファルを見て、ダハブは慄いた。慄きながらも、しかし、次に用意した魔法をスファル目掛けて放つ。
狙いは悪くなかった。スファルがどう動くのかを予測して放たれた炎の渦は、しかとスファルの進路を塞いだのだから。
ただ……スファルはそれを見てから避けられるほどの身体能力を有していた。『おっと』などと零しながら、ひょい、と高く跳んで、自分を飲み込むはずだった炎の渦を眼下に眺めつつ、その炎の向こう側へ着地してみせるのだ。
ダハブは、スファルが最初の魔法を避けるところまではまだ、想定していたかもしれない。だが、2回目を避けられるとは思っていなかっただろう。
そして、焦るダハブへ、スファルが迫る。
……こうなっては、ダハブには勝機が無い。
当然だ。事前に用意しておいたものならともかく、新たに魔法を組み立てて放つのには時間がかかる。だからこそ、魔法使いが居るパーティにはグレイのような盾役が必要なのだ。
「よぉし……もらった!」
そうして、スファルの拳がダハブの腹を見事、捉えた。
ダハブは殴られた勢いのまま、ゴミ捨て場の石クズの上を転がり、倒れる。かはっ、と血を吐いて、ただ茫然としていた。
「おいおい、そんなんじゃあ死ぬぞ?この俺にぶん殴られるってなったら、防御に全てを懸けるくらいじゃねえと……」
スファルはそんなダハブを見下ろす位置へ近づきながら、ふと、零した。
「そうか……お前、俺が何かぶん殴るのを見たのは、初めてか」
「そりゃ、そうだな。ある程度齢食ってからは、俺は鉱山の中かダンジョンの底で、お前は屋敷か鉱山の外か……そんなところだったもんな?お前は俺と関わり合いにならねえようにしてたんだから、当然、俺の強さなんざ、知らなかったってワケだ……」
スファルはそんなことを言うと、ぐっ、と、ダハブを覗き込む。
「で、俺と関わり合いになってた頃は……お前はまだ小さかったからな。俺の後くっついて歩いてたって、ま、それだけだったし……」
……そして、スファルはふと、苦し気な顔をした。唇を引き結び、何かを思い出しかけてすぐ蓋をしたような、そんな素振りを見せて……。
そこへ、ばちり、と稲光が飛んだ。
スファルはその直前、咄嗟に気付いて飛び退いたが……立て続けに放たれた魔法の雷が、スファルを射抜く。
スファルのくぐもった悲鳴が響く。だがスファルはそんな中でも、手近な石クズを掴んで、ダハブの方へ向かって投げた。すると、稲妻を操っていたロカームはダハブを守るべく、続いてまた放とうとしていた稲妻を、引っ込めざるを得なかった。
……そうして、立ち上がったスファルと、ダハブを背に庇うように立つロカームが睨み合う。
「……へへ、なんだよ。ダハブだけに任せるんじゃなかったのか?」
スファルが笑ってみせても、ロカームは何も言わない。ただ、我が子を脅威から守るべく、そこに立っているだけだ。
「まあ、いいぜ。俺は元々、2人まとめて、片付けるつもりだったからな……」
そしてスファルがそう言うや否や、ロカームの手から稲妻が放たれた。
稲妻は不規則に空気を走り、スファル目掛けて飛んでいく。炎のように真っ直ぐ飛んでくるでもないそれは、スファルにとって厄介な相手である。スファルは大きく距離を取って、なんとかそれらが自分に届かないようにするしかない。
こうした時、定石の戦い方は、『相手の隙を待つ』というやり方である。魔法というものは、どうしたって隙が大きい。立て続けに魔法を放ち続けることなど、そう長くはできないのである。
よって、こうした魔法使い相手に戦うのならば、まずは回避に徹することだ。それから相手に隙が生じるのを待って、一気に距離を詰めて、叩く。
……そう。それが、定石だ。
だが、スファルは悉く、型破りなのである。
「さーて……魔法なんざ、これで済む話だったな!」
スファルは、ここがゴミ捨て場であることを存分に生かして、巨大な廃材を掴み、投げる。
常人であれば持ち上げることすらできないであろう大きさの廃材が飛んでくるとなれば、流石のロカームもただでは済まない。
咄嗟に、魔法の行き先をスファルではなく廃材へと変えたらしいが、意味がない。
何せ、稲妻は生き物の体を焼き、苦痛を与えることには適しているが……飛んでくる廃材を止めるのには向かないのである。
結局、ロカームは飛んでくる廃材を自らの腕で受け止め、続いて飛んできたもう1つは避け、と、体を動かすしかなくなった。
……そして、体を動かすことにかけては、ロカームより余程、スファルの方が卓越しているのである。
そうして、スファルは倒れたロカームの上に馬乗りになって、その首に、手を掛けるに至った。
高度な戦いの様子を見て、観客は大いに盛り上がっていた。
元々、鉱山労働者達にはスファルを慕う者達が多かったのだ。彼らは、共に鉱山の中で働くスファルを軽視し虐げるロカームやダハブに対して、よい思いは抱いていなかったに違いない。
だから、スファルの手がロカームの首に掛けられた時も、彼らは何ら疑問を抱かなかった。
このままスファルがロカームを殺してしまったとしても、観客はきっと、そんなスファルを受け入れただろう。
だが。
「……できねえ」
カタカタと肩を震わせて、スファルはその手に力を込めきれないまま、そこに居た。
見開いた目には激情が渦巻いているというのに。そんなスファルへ、ロカームは憎悪と恐怖に満ちた目を向けているというのに。それでも。




