27話:ジャンク・ヤード*5
玄関ホールから続く階段の上で、スファルの父は動かない。降りてくるでもなく、去るでもない。
そしてスファルも、最初に一声吠えた後は、何を言うでもなく、歩み寄るでもない。
……そんな両者の様子を少し見ていたエメディアが、動いた。
「久しぶりね、ロカーム・トゥルバ」
エメディアは、スファルの父にそう呼びかけると、スファルの隣に立った。
「私はエメディア・アンバーローズ。ああ、前回も名乗ったかしら?でもローザテイル王国の王女だ、っていうことは言わなかった気がするわね」
「王女……?」
スファルの父は、エメディアの登場に戸惑っている様子であった。スファルに対して思うところがあるにせよ、流石に、王女殿下が直々に来る、などということには咄嗟に判断が追いつかないのだろう。
「さあ、こちらへ来てくれるかしら。今日はあなたに話があって来たのよ」
流石に、相手が王女ともなれば、スファルの父も聞かない訳にはいかない。少しばかり逡巡する様子はあったが、すぐ、階段を降りてやってきた。
「……ところで、ここの階段、直したのね」
そんなスファルの父に、エメディアはそう、苦笑を向けた。
……前回、この屋敷に来た時には、スファルがここでアイオンのメカニジア兵に襲われた。そしてその時、スファルがメカニジア兵に向けて魔石の塊を投げ、その勢いで手すりを破壊したことは記憶に新しい。
「……いつまでも、壊れたままにはしておけないのでな」
「そうね。あらゆるものは全部、そう。壊れたままにしておく道理は無いわ。直せるものは直さなきゃ、ね」
エメディアは少々意味深にそんなことを言うと、ちら、とスファルの方を見た。……スファルはエメディアの言葉の意味など考えていないだろうが。
「さて。今回、私達がここに来たのは、あるものを取りに来たからなの」
さて。そうしてエメディアは、早速本題に入る。
「メカニジア兵の残骸よ。ここに残っているかしら?」
「メカニジア兵、の……?」
「私が引き取っていったのは、まだ動くものだけだったからな。自立行動できなくなったものについては、ここに置いていったが……」
スファルの父が困惑していると、エメディアの後ろからアイオンも出てきた。
……これに、いよいよ、スファルの父が困惑し始める。
当然と言えば当然である。何せアイオンは、スファルの父にメカニジア兵を貸し出していたのだから。つまり……エメディアやグレイの敵であったはずなのだから!
「ああ、ロカーム・トゥルバ殿。久しいな。あの時は色々とあったが、まあ、今の私は貴殿のご子息と共に旅をすることになっていてな」
「何故……」
そんなアイオンがそんなことを言うものだから、いよいよ、スファルの父が困惑している。が、アイオンはそれには一切気を留めず、ちら、と辺りを見回した。
「して、メカニジア兵の残骸は残っているかな?既に鋳潰した、ということもあるまい?」
アイオンが玄関ホールを見回しても、当時の形跡は何も残っていない。壊れた手すりは既に修理されているし、メカニジア兵の残骸が残っている訳でもない。とっくに片付けられているそれらは、周囲を見た限り何も見つからなかった。
「……あの機械の兵士の残骸なら、ゴミ捨て場に放ってあるはずだ」
そうして、スファルの父はそう言って、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。スファルに似た仕草だが、そう言うのはスファルには酷な話だろうか。
「ふむ、そうか。ならばさっさと探してきてくれたまえ。アレが必要なのだ」
そんなスファルの父に、アイオンはこともなげに、居丈高なことを言ってのける。
……前回、ここでアイオンと出会った時もグレイは思ったが……アイオンは自分が気に入った者に対しては気を遣うが、そうではない者に対しては、随分と素っ気ない。特に、『見限った』相手に対しては、そうだ。
アイオンは、スファルの父と魔石の取引をして、スファルの父にメカニジア兵を貸し出したらしいが……どうも、あそこでスファルの父を見限ったようである。ましてや今のアイオンは、メカニジアのために魔石を仕入れる必要が無い。それ故のこの態度なのだろうが……それにしても、普段のアイオンを知っているグレイからしてみれば、少しばかり、寒気を覚える。
「……何のために?」
「ふむ。何やら勘違いしているようだが……それは、貴殿が知らずともよいことだ。『知るべきではない』ことと言ってもいい」
挙句、アイオンはそうまで言ってのける。スファルは少々、おろおろしていたが、そんなスファルの横で、エメディアは一切動じていない。……もしかしたら、この立ち回りはエメディアとアイオンとで、事前に決めていたものだったのかもしれない。
そうして、アイオンもエメディアも一歩も退かず、そもそも退く必要があるなどとは思っていない、という態度を示し続けた結果……。
「好きに持っていけばいい。ゴミ捨て場に立ち入る許可は出そう」
スファルの父は、如何にも不機嫌な様子でそう言った。どうやら、『働くのは御免だ』ということらしい。
「おやおや。まさか、王女殿下にゴミ漁りをしろと仰るおつもりか?」
「そこのオーガにでもやらせればよいだろう」
……挙句、そう言ってスファルの父は、スファルに視線を向けた。
「そいつに相応しい仕事だ」
スファルは動かない。ただ、浅く速く呼吸を繰り返しながら、瞬きもせず、じっと老オーガを見つめている。
一方の老オーガは、スファルを一瞥して、それきりだ。さっさと去って行こうとする。
「私の護衛を侮辱することは許さないわよ」
そこへエメディアが声を掛けたが、彼は少し足を止めただけで、結局は去っていった。
「……エメディア様。いかがいたしますか?弓ならありますが」
「……ちょっと考えるわ」
ルイナが弓をそっと手に取る横で、エメディアはそれを積極的に止めるでもなく、頭痛を堪えるような顔をするばかりだ。……エメディアとしても、『許さない』と言った以上は何かしたいのだろうが、それにしても、普段のエメディアからは考えられないことである。
だが、そんなエメディアがちらりと視線をやる先……スファルの様子を見ると、グレイとしても、ルイナの『いかがいたしますか』を止める気になれなくなる。
……スファルは、俯いて視線を床のあたりに彷徨わせている。何か言うでもなく、ただ、確かに何かを失ったような顔で。
「……あいつは目が悪いんじゃないか?」
そんなスファルを見ていられず、グレイはそんなことを口走った。
「俺を見てオーガだって言いやがった」
「……は?」
「確かに、ゴミ漁りは俺に相応しい仕事だな。裏通りでもずっとやってた」
ぽかん、とするスファルに見つめられて、グレイは居心地が悪くなってくる。下手な冗談だということは、自分でも十分に分かっているので。
……だが、そのまましばらく、スファルはグレイをぽかんとして見つめ、グレイは只々見つめられ、とやっていると……スファルが小さく笑い声を上げた。
「そうだな。あいつは目が悪い。もう老いぼれのオーガだからな……」
そうしてスファルは続けて何か言おうとして、しかし口を噤み……それから、グレイの背を軽く叩いて、屋敷の玄関へ向けて足を向けた。
「お前に相応しい仕事とやらを俺も手伝ってやる。……さっさと片付けようぜ、こんなもん」
「ああ」
……そうして、スファルに付いて、全員で屋敷を出た。こういう時、何か気の利いた事をもう少し言えればいいのだが、と、グレイは思う。
だが結局のところ、さっきの下手な冗談以上のものは何も言えず、ただ黙って、ゴミ捨て場に向かって一緒に歩くのだった。
「さーて……ここが例のゴミ置き場だが」
そうして、スファルに導かれて5人は『ゴミ捨て場』へやってきた訳だが……。
「どっから取り掛かる?」
「……結構広いわね」
「そりゃあな。魔石を掘ったら、魔石以外の石クズが大量に出る。鉄が出たら、鉄を製錬して、出た鉱滓はやっぱりここに捨てる。そういうこった」
スファルの言う通り、ゴミ捨て場は石や鉱滓でいっぱいだった。それに加えて、廃材らしいものだの、鉄クズだのも捨ててあるものだから、いよいよ、とんでもない広さがゴミに埋め尽くされているということになる。
「このどこかにメカニジア兵の残骸が埋もれている、ということか……。ううむ、成程な。あのオーガがやりたがらない仕事な訳だ……」
アイオンが嘆きつつゴミ捨て場を見渡すが、メカニジア兵らしいものは見当たらない。完全に、埋もれてしまっているのだろう。これらを片っ端から掘り起こして探す、となると、実に面倒であるが……。
「まあ、まずは魔力で調べてみるわ。メカニジア兵の魔力って、要は、魔石由来な訳でしょう?なら、魔石を探す要領で、それなりに探せると思うの」
エメディアが早速、そう言って進み出ていた。どうやら、魔力の跳ね返りを見て魔力を探知する例のやり方で、メカニジア兵の残骸を探すつもりらしい。
「つっても、ここにあんのは魔石採掘で出た石クズだぞ?混ざっちまって分かんねえだろ」
「……反応の中で一番アイオンっぽいのを探すわ」
「む?私っぽいのとは何だね?」
……まあ、どれくらい『アイオンっぽいの』が見つかるかは分からないが、ひとまず、この広大なゴミ捨て場を闇雲に掘り返すよりはエメディアの探知に頼ってみた方がいいだろう。エメディアが集中する中、グレイはそこらへんの廃材に腰を下ろして、ため息を吐いた。
「難航してんのか、ありゃ」
そうして少しばかり、エメディアを眺めてぼんやりしていると、グレイの隣にスファルが腰を下ろした。
「さあな。俺には分からない。……まあ、難航してそうだが」
「だよな。石クズとは言っても、魔石採掘で出たクズだ。それなりに魔力もあるし、その中でメカニジアの奴だけ探すってのは、無理だろ。メカニジアの機械に使われてんのも、辿ればコルザの鉱山の魔石なんだろうからな」
「そういや、そうだったか」
スファルは少し難しい顔で、エメディアを眺めている。
……エメディアはスファル以上に難しい顔で集中し続けており、ずっと、このゴミ捨て場の魔力の反応を見ているのだろう、ということが分かる。……だが、それにしても時間がかかっている。隠れている敵を探し出すよりも、ゴミの中に埋もれたメカニジア兵の残骸を探す方が難しいらしい。
「……ああくそ!」
そんなエメディアを見ていたスファルは、やがて痺れを切らしたように立ち上がって、そして……ずかずか、とゴミ捨て場の中央、エメディアの元へと向かっていく。
エメディアがそれに気づいた時には、スファルはもう、その場に屈んで……大きな廃材を掴み、掘り起こし、担ぎ上げ、そして投げ飛ばしていた。
「片っ端から掘り返す!その方が早いだろ!」
投げ飛ばされた廃材がゴミの山に落ちて、凄まじい音を立てた。
「ちょ、ちょっと、スファル」
「それに、丁度、そうしてえ気分だ!」
……エメディアはスファルを止めようとしたようだったが、スファルがまた次の廃材を掴んで投げるのを見て、何か言いかけた口を噤んだ。
そして。
「……そう。なら、そうしましょうか」
エメディアも、自分でなんとか持てる大きさの鉱滓の塊を掴み、よいしょ、と持ち上げて……スファルの勢いの半分にも満たない勢いで、それを投げた。
かしょん、ばらばら、と、鉱滓が砕け、石クズと混ざって崩れていく。それを見てエメディアは、『成程、確かにちょっぴり気分がいいわ』と笑って……言った。
「5人でやれば、多少、早く済むかもしれないわ。さ、頑張りましょ!」
エメディアの声に、アイオンは『やれやれ』と言いながらも早速、そこらの廃材を掘り返しにかかり、ルイナは『では何か、石を運ぶための道具を借りてきましょうか』と動き出す。
グレイもまた、スファルよろしく廃材を掘り起こしては、遠くへ投げる。……スファルほど上手くは投げられないが、それでも投げられた廃材がけたたましい音を立てるのを聞いて、それなりにすっきりした気分になってきた。
スファルはそんな仲間達の様子を見て少し笑うと……また、黙々と、廃材を掘り起こしては投げ、掘り起こしては投げていく。
……少しばかり、寂しそうな顔で。




