25話:ジャンク・ヤード*3
「り、離宮!?えっ!?離宮で、雇うの!?あなたを!?」
「お、おう!いや、離宮じゃなくてもいい!どっか、門番とか、護衛とか……なんかねえか!?」
「少なくとも離宮はダメよ!私の離宮で働くには、あなた、ちょっと、その……普通過ぎるわ!」
「んだと!?」
……エメディアとスファルのやり取りを聞きながら、グレイは、『確かに、スファルは普通過ぎるのか……』とぼんやり思った。
何せ、エメディア離宮で働くには、絨毯を一日中掃除して喜んだり、人に食べさせることだけに生きがいを感じていたり、柱の彫刻を心の底から愛していたり、はたまた極度の人見知りだったり……といった素質が必要なので。
「スファル。急にどうしたのよ」
「いや……その」
何にせよ、スファルの思い付きは随分と突飛である。さっきまで色々と悩んでいた様子であったので、それを脱して何か行動しようというところまで戻ってこられた、というのは喜ばしいことなのだろうが……。
「……お前は、その、お姫様だ」
「……そうね」
「この国で2番目ぐらいに偉い奴だ」
「……今のところお兄様が2番で私が3番だと思うわ」
スファルとエメディアの、何とも言えない確認をグレイ達は何事かと見守っていたが……。
「3番でも2番でも、とにかく偉い奴だ!そういう奴のところで働くってことなら、それは、名誉なことだろ!」
……どうやら、スファルが気にしているのは、そこであるらしい。
「名誉……名誉かしら……?」
一方のエメディアは、非常に鈍い反応である。
「ううむ……実態を知ってしまった以上、その、エメディア離宮で働いている、と言われると……」
「……特殊な趣味嗜好をお持ちなのでしょう、と、思われますね」
……何せ、エメディア離宮は実態がそれであるので。グレイも、『あっ!グレイさん!見てくださいこの芋の葉っぱ!ここの幅が、エメディア様のおみ足の幅とぴったり一緒なんです!』とうっとり話しかけられたことを思い出し、そして、そっと忘れることにした。
「……まあ、世間一般で言ったら、名誉なことだと、俺は思うが」
諸々をいくらか忘れることにしたグレイは、一応、スファルの援護に入る。スファルは『だよなあ……?』と言いつつも、『だが確かにあの離宮の使用人は、どっかおかしいのばっかだった……』とエメディア側に納得しかけている。グレイは、『しっかりしてくれ、俺が援護に入ったのがバカみたいじゃないか』と思った。
「え、ええと……まあ、うん、そうね……。一応、ローザテイルの王女の肩書きを私はもっているわけだし、王女の騎士、とか、そういう肩書きが存在してることは知ってるわ……」
そして、エメディアも『このままだと話が進まないわね』と気づいたらしく、一度、こちらへ戻ってきた。
……戻ってきた割に、王女本人の反応が一番鈍いので、グレイとしては少しばかり、労しい気持ちにならないでもない。
「実際、お兄様の近衛に選ばれることは非常に名誉なことだ、って言われてるし、お父様の騎士に選ばれるのはこの国の騎士として最高の名誉よね」
「……エメディア姫の近衛はどうなのだ?」
「……名誉、だと、思われてる、と、いいわね……。その、私の騎士達、居ない訳じゃないんだけど……数は少ないのよ。その、『適性』がある人しか、私の近衛になれないから……だから私、護衛の数を減らすために離宮に居るんだけど……」
「成程……選りすぐりの変人の集まり、という訳か……」
……エメディアのことを思うとやはり労しい気持ちにならないでもないが、ひとまず、王族を守る騎士、というのは名誉であろう。グレイにとってはあまりに遠い話であるが、ひとまず、御伽噺に聞いた限りの『お姫様と騎士』の数少ない知識の中で判断すれば、そうなる。
「……スファル・トゥルバ。あなたは、名誉が欲しいのですか?」
そうしてルイナがそう問いかければ、スファルは苦い顔で、こくんと頷いた。
「ああ、欲しい」
スファルはやはり思いつめている様子で、疲れの見える顔のまま、じっと床を見つめている。
「……故郷に帰るんだ。ただ帰るわけには、いかねえだろ」
「……そうですか」
ルイナは是とも非ともつかない返事だけして、そして、小さく息を吐き出した。……思うところがあるのだろうが、ルイナはこの場では何も言わないことにしているらしい。
「ええと、まあ、そういうことなら……うーん、そうねえ」
そうしてエメディアは、概ねスファルの胸の内を察したらしく……少し考えた。そして。
「……スファル・トゥルバ」
「おう」
エメディアが妙に改まってスファルの名を呼ぶと、スファルも反射か、ぴ、と姿勢を正す。律儀なオーガである。
そんなスファルを見つめて……エメディアは、言った。
「ローザテイル王女エメディア・アンバーローズの名において、あなたを臨時的任用護衛隊隊長に任命するわ」
「あ?なんだって?」
「臨時的任用護衛隊隊長よ」
「りん……?」
……スファルはぽかんとしているが、グレイも同じような顔をしたいところである。
グレイはこっそりと、アイオンの方を見て『どういうことだ?』と聞いてみる。するとアイオンは『私にも分からん』とばかり、両手を小さく『お手上げ』の状態にして首を横に振った。
「……今回のメカニジアの一連の事件に対応するための一時的な任用という形で、あなたを正式に私の護衛にするわ」
「い、一時的?正式?どっちなんだ?」
「正式に、一時的な任用をするの!」
スファルはいよいよ首を傾げていたが……エメディアはため息を吐きつつ、スファルへ一歩近づいて、ちょこ、と、スファルの胸を指でつついた。
「いい?つまり、あなたは正式に、『ローザテイル王女エメディア・アンバーローズの護衛』を名乗れる、っていうことよ」
……流石に、その説明はスファルにも通じたらしい。スファルの目が、ほや、と輝く。
「……いいのか」
「まあ、これであなたがいいなら、好きにしていいわ。私としては、この肩書きに意味があるのかよく分からないんだけど……」
エメディアは只々、困惑している様子であった。とはいえ、そんなエメディアにも、スファルが大いに喜び、何か希望を見出していることは分かるのだ。
「いい!意味はある!よぉし……これで俺は、ええと、なんだったか……」
「臨時的任用護衛隊隊長」
「りんじてきにんようごえいたいたいちょう……だ。うん……」
……スファルの、少々無理をしている様子にエメディアは『大丈夫かしら……』と首を傾げる。ウサミミも、エメディアの頭の上で、もにょん、と耳を傾げた。
「へへへ……これで戻っても、恰好がつくか……うん……」
スファルは何やらぶつぶつと呟きつつ、やはり、どこか緊張したような、怯えたような、そんな様子を見せていた。
……エメディアとウサミミが顔を見合わせて、心配そうにしている。グレイとしても、同じような気分だった。
エメディアから何やら肩書きを貰ったスファルは、幾分元気も出てきたのか、グレイ達が持ち帰ってきた食事をさっさと平らげ、そして就寝した。
……スファルがそうであったので、グレイとアイオンもさっさと寝た。
そうして、翌朝、妙に寝起きの良いスファルを不安に思いつつも、グレイ達は宿を出て、コルザの町に向けて旅を続け……。
「……ちょっとばっかし、久しぶりだな、おい」
スファルは少々緊張気味に、そう呟いて笑った。
……鉱山の町であるコルザは、今日も大いに賑わっている。
グレイ達がコルザに到着したのは夕方である。今日のところは夕食を摂って、宿でさっさと寝て、明日の朝、スファルの家へ向かうべきか、と動き始めたところで……。
「あれ?スファル?スファルじゃないか!」
ふと、明るい声が上がる。
見れば、鉱山労働者なのであろう男がスファルを見て、目を輝かせていた。
更に、その男の声を聞いた周囲の人々は、『スファル?スファルだって?』『帰ってきてくれたのか!』と、ざわめきながらやはり、スファルへ視線を注いだ。
スファルはそれに少々、たじろいでいたが……やがて、にやり、と笑って、堂々と彼らの前に立つ。
「忘れたとは言わせねえ!この誇り高きオーガ、スファル・トゥルバが、コルザに帰ってきたぞ!」
……途端、通りを埋め尽くすほどの歓声が上がる。
『スファル!』『スファル!』とあちこちから名を呼ぶ声が聞こえてきて、同時に、『なあ、うちで飲んでいってくれよ!あんたならタダでいい!』『旅の話を聞かせてくれ!俺達のスファル!』と、好意的な言葉がどんどんと投げかけられる。たちまちの内に、スファルはすっかり取り囲まれていた。
「……人気者のようですね」
そんなスファルを見て、ルイナは首を傾げていた。
「……だというのに、彼は、一体何をあのように心配していたのですか?」
「分からん。私にも分からんが……まあ、根深い何かが、あるのだろうな……」
……グレイとエメディアは、少々安心していた。
この通り、スファルはコルザの町の人気者なのだ。本人が妙に自信を失っていた様子ではあったし、それはアイオンの言う通り、『根深い何かがあるのだろう』ということになるのだが……。
……どうか、スファルがこのままでいてくれるように、と、グレイは何やら、祈るような気持ちになった。




