24話:ジャンク・ヤード*2
一行が乗り込んだ馬車の中、スファルはむっつりと黙り込んで、じっ、と虚空を睨むようにして俯いている。
……王都を出発してからずっと、この調子である。一応、話しかければ反応はあるし、口元に携帯食料を持っていけば食べるのだが、普段のスファルから考えると、あまりに反応に乏しい。
心ここに在らず、といった様子のスファルを見て、アイオンとルイナは首を傾げているが……グレイとエメディアは、スファルの事情も分かるので、今はただ、彼をそっとしておくことしかできない。
……スファル・トゥルバの家族関係は、複雑なのだ。
スファルの家族関係については、グレイとエメディアは少々、聞いた。
長子でありながら、どうも父と血が繋がっていないらしいことや、それ故に、父から冷遇されているということ。
弟は魔力も豊富で、恩恵もあり、父とよく似ているらしく、次の一族の長の座は、弟のものになりそうである、ということ。
……そんなこんながあるからこそ、スファルは魔法や恩恵に忌避感があり、それ故に、グレイの恩恵に抵抗しているらしい、ということも。
そんなスファルであるので、コルザの町へ向かうのはどうなんだ、と、グレイは少々、危惧していた。とはいえ、メカニジア兵の残骸が残っている可能性が高く、それでいて最も近場であるのが、そのコルザの町の、スファルの実家なのである。
アイオンの提案は非常に合理的であったし、スファル自身も『そりゃそうか……』と萎れて、反論はしなかった。そういう訳で、一行はコルザの町の、トゥルバ家の屋敷へと向かっているわけだが……。
……どうにも、スファルの様子が心配であった。
コルザの町までは、1日以上かかる。途中の宿場に今日のところは泊まることとして、各自、ゆっくり過ごす。
……だが、スファルは部屋から出ないつもりらしい。グレイ達4人が食事に出る際、一応、声は掛けてみたのだが、『後で食う』とだけ言って、ぼんやりと座り込んだまま動こうとはしなかったので置いてきた。
そんな調子であるので、やはり、スファルのことは心配なのだが……。
「……私も、お兄様とはしばらく疎遠だったけれど、それはあの従者のせいだったみたいだし、スファルとは事情が色々と違うのよね」
エメディアはそう言って、ため息を吐いた。
「なんというか……こういう時、私には何ができるのかしら」
「何もできないさ」
エメディアがしょんぼりと肩を落とす横で、グレイも少々冷たいほどの返事をしてしまいつつ、同じく肩を落とす。
「……俺は、そもそも、肉親が居なかったから……スファルの気分が理解できるとは思えない」
グレイはグレイで、スファルにどうしてやればいいのかは分からないのだ。ただ……『何もできない』ということがぼんやりと分かるだけで。
グレイには親も兄弟も居なかったが、とにかく、嫌われてはいた。ありとあらゆる場所で、ありとあらゆる人々に嫌われていたグレイとしては、父と弟に嫌われているスファルの気持ちが、分かるようでいて、分からない。
……グレイは少しだけ、想像してみる。もし、今の仲間達がいよいよ、自分のことを嫌うようになったら、と。
「……辛いんだろうけどな」
最初から嫌われているなら、いい。割り切れる。グレイは割り切って、生きてきた。
だが……自分が心の底から好いている相手に嫌われる、というのは、堪えるだろう。スファルのあれは、そういうことなのかもしれない。
「そう、よねえ……」
グレイの内心を知ってか知らずか、エメディアもそんなことを呟いて、ため息を吐いた。
「辛い、んでしょうけれど……やっぱり、何もできないのよね。こういう時って。歯痒いわ」
「まあ、そう思ってもらえるのだ。彼の幸いは、仲間がここに居るということだな」
エメディアを励ますように、アイオンがそう言って……それから、ふ、と笑った。
「彼は、コルザの町で慕われてる様子だったな。私は少ししか見ていないが……少なくともあの様子なら、彼は家族など居なくとも生きていけるのだろうな」
アイオンはそう言って、それからふと、ルイナのことを見た。
……ルイナはルイナで、家族の事情が複雑である。何せ……彼女の姉であるテルミナス・サジータを、殺したばかりであるので。
「……私は姉を殺しましたが、後悔はありません。私は、私を冷遇する姉や一族の他の者よりも、自分の誇りが大切だった。それだけのことですから」
ルイナは、アイオンの視線に気づいてかそう言うと、ふ、と視線を床に落とした。
「なので、彼の思うところは多少、理解できます。一族の内、自分だけが軽んじられ、冷遇されることを味わったことがありますし、その時、自分がどう思っていたかも知っています」
……ルイナがどう思っていたのかはグレイにも垣間見えた部分しか分からないが、彼女の行動を思い出せば、なんとなく、それが補強されるように思う。
「認められたい、と思うばかりでした。しかしそれは不可能であろう、とも、思っていた」
そう。ルイナは、認められたかったのだ。
自分を軽んじる姉であるのに、その指示に従っていた。健気で、そして、愚かだとも言えるのかもしれなかったが。
「……不思議なものですね。それでも結局、私は姉を殺しました。認められたいと思っていた相手を殺して、そして今、後悔はありません」
ルイナは、ふう、と息を吐いて、そして、ふと、首を傾げた。
「スファル・トゥルバも、彼の父と弟を殺すわけにはいかないのですか?」
……グレイとエメディアは顔を見合わせた。互いに、『ドラゴンってすごい』という顔をしているところである。
「……ふむ。案外、それかもしれないな」
だが、アイオンはそんなことを言い出した。
「どうだ、ルイナ嬢。スファルに今、必要なのは、君のその、ディアナバレイの風の如くからりと乾いた言葉なのかもしれないぞ!」
「そうでしょうか」
「待って。アイオン。まさかスファルに、お父さんの殺害をお勧めする気!?」
「スファルの狭まった視野に一筋の光を入れてやるのも悪くないかもしれないぞ?案外、こうして生まれた亀裂から、別の景色が見えることもあるかもしれない!」
エメディアは『大変だわ』という顔で焦っていたが、アイオンは何やら『これだ!』とばかり、上機嫌であり……そして、ふと、笑った。
「……愛されないならば、諦めるしかないのだ。相手の心など、変えようがない。恩恵ですら、真の意味で心を変えることはできない。……ならば殺してしまっても、同じことだ」
……アイオンが妙に静かにそんなことを言うものだから、グレイとエメディア、そしてルイナは顔を見合わせていたが……。
「いや、違うだろ、それは」
グレイがそう言うと、そうだそうだ、とばかり、エメディアもルイナも、そしてウサミミまでもが頷いた。
「そうか?ううむ……グレイ。君はもう少し、浪漫というものを知った方がいい」
「悪いが、飯の種にもならないものを知る余裕は無かったんでね」
「ならばこれから知るといい。案外、悪くないものだぞ?こういうのも……」
「あんたが居るから間に合ってる」
アイオンは『いよいよお手上げだ!』とばかり両手を上げて、大仰に嘆いているのだが、そんなアイオンはさておき……。
「……まあ、そうね。お父さんなんか殺しちゃえ、っていうのは流石に私達から言えることじゃないけど、でも、仲間が居るわよ、っていうことは、言えるわ。一旦、その方針で行ってみようと思うの」
「まあ、いいんじゃないか」
エメディアは前向きで、そして、懸命だ。スファルのためにこんなにも彼女が心を砕いているのだから、スファルにもそれが通じればいいのだが。
……まあ、そういうもんでもないな、とは、グレイも思う。どんなに思いやられていたからといって、それですべての問題が解決するわけではない。特に、スファルの血や家族の話は、彼にとって根深いものなのだろうから、尚更である。
とはいえ、エメディアの言う通り、『仲間が居るわよ』とスファルにエメディアが言ってやることについては……一定の効果があるだろう、とは、思われた。
なんだかんだ、スファルはエメディアを気に入っている。そんなエメディアに『仲間が居るわよ』と言われて、嬉しくないはずはない。
……グレイは、『スファルが多少なりとも元気になったらいいんだが』と思いつつ、スファルを元気づけてやれるであろうエメディアのことが、少しばかり羨ましくもあるのだった。
「さあ。まずはスファルに何を買って帰ったらいいか、ってことよね。彼、このまま放っておいたらご飯食べずに終わりそうだもの」
「何か包んでもらいましょうか」
そうして、グレイ達は食事を進めつつ、『これはスファルが気に入るんじゃないだろうか』『彼、あんまり菜っ葉の類が好きじゃないみたいなのよね……』『果物はどうですか』『いや、肉だろう。肉だ!』……などと相談して、宿のスファルに持ち帰る食事を決めるのだった。
……何だかんだ、スファルは仲間達から慕われているのだ。本当に。
が、そうしてグレイ達が宿へ戻ると。
「あ、スファル。起きてたのね」
「おう」
……何やら、グレイ達が食事に出た時よりも随分とはっきりした様子で、スファルが待っていた。
「はい、これ、食事。あなた何も食べてないでしょ?」
エメディアが食事の包みを渡すと、スファルはそれを受け取って、『美味そうだな……』と、少しばかり笑いすらした。スファルの表情らしい表情を久しぶりに見た気がするグレイとしては、これに少々安心したのだが……。
「……エメディア。頼みがある」
そんなスファルは、食事の包みをそっと脇に置いて、いきなりエメディアへそう切り出した。
真っ直ぐエメディアを見つめる金褐色の目には緊張の色が見えたが……スファルは言葉を用意していたと見え、言い淀むことは無かった。
そして。
「俺を、お前の離宮で雇ってくれねえか!」
「は!?」
……エメディアは勿論、他3人も、大変驚かされたのであった。




