21話:差し伸べられる手*5
例の機械については、一度『保留』ということになった。
仕方がない。アイオンは『お手上げだ!あのレディはただ一つ、グレイだけをご所望であるらしい!』ということであったし、かといって、グレイは相変わらず、上手くやる自信が無い。
少なくとも、このままあの機械と雑談していては碌なことになるまい。グレイは、そう思う。
……ということで、皆で揃って、ジョードの作業を見守っている。
例の機械と雑談をするのではなく、改めて、必要なことを聞き出すのだ。となると、例の機械から情報を聞き出すために、例の従者の義肢から抜き出せる情報が欲しい。そこから芋蔓で何か、情報を得たいところだ。
「……おい、なんだって皆揃ってこっちに来たんだ」
なので皆揃って、ジョードが例の義肢を弄っているのを眺めている。……ジョードはなんとも迷惑そうな顔である。
「あ、お邪魔だったかしら。ごめんなさい」
「いや、別にいいが……いや、やっぱり駄目だ。おい、図体のデカいのは出てけ。落ち着かねえったらありゃしない」
「だそうだぞ、スファル。出て行きたまえ」
「お前もだ!一番出ていってほしいのは一番煩いお前だ!出てけ!」
迷惑そうな顔に留まらず、いよいよアイオンが出ていかされることになってしまった。
……ジョードはそもそも、偏屈だ。エメディアが特別なだけで、他の者には居てほしくないのだろう。エメディアが、特別なだけで。あくまでも、エメディアは特別なのだろうが!
また、物静かなルイナも特に邪魔にならない、と思われているらしいので、その場はエメディアとルイナだけに任せて、グレイとスファル、そしてアイオンは渋々、ジョードの作業場を出ていくことになった。一応、グレイ自身も、それなりに図体が大きい方であると自覚があるので。無論、スファルには届かないし、煩さではアイオンに到底敵わないが。
「やれやれ、彼は少々、余裕が無いように見える。腕は一流の魔導技師だが、何分偏屈だな!」
「そうかもな」
アイオンは『追い出された!』と大仰に嘆いているが、グレイとしては、そもそもジョードの仕事は邪魔しないに限る、と思っているので、むしろ今、ジョードのところにエメディアとルイナが居られることに驚いている。……改めて、如何にエメディアが好かれるかがよく分かる。
「ま、いいじゃねえか。俺達が見てても何も変わりゃあしねえよ。ったく……」
「とはいえ、荒事になっては大変だ。あの義肢がいきなり這い回りはじめでもしたらどうする?」
「ルイナが射落とすだろうな」
「……そうか。うむ、そうだな……おお、己の役割を失った騎士というものは、なんとも寂しいものだ……」
アイオンはまたも大仰に嘆いている。つくづく、常に舞台の上に居るかのような男である。
「しかし、どうする。機械のレディはグレイをご所望のようだったが、グレイ。君は、やれそうか?」
さて。アイオンが一頻り嘆き終わった後で、改めて、グレイは自分の役割と改めて向き合わなければならなくなった。
……例の義肢から、ジョードが何か、情報を引き出せたとして、それを使って、あの機械からメカニジアの狙いを聞き出さなければならないとなると、どうにも、荷が重い。
とはいえ、例の機械が『アイオン相手には喋らない』というのであれば、やはり、グレイがやるしかないのだろうが……。
「あー……エメディア本人にやらせんのは、やっぱ、駄目か?」
「エメディア姫を名乗る機械とエメディア姫本人を会話させるとなると、いよいよ、エメディア姫を危険に晒すことになりかねないからな……私としては、どうにも不安が勝るぞ」
「だよなあ……俺もそう、思わんでもない……」
……珍しく、スファルも悩んでいる様子であった。それだけ、グレイが頼りないということなのであろうから、グレイとしては只々、申し訳ない。
「俺がもう少し上手くやれればよかったんだが」
「とはいえ、グレイ。君のその、不器用で愚直であるところは美点の1つでもある。失うのは少々、惜しい」
「……そういうもんか」
「そうとも。考えてもみろ!美しい花が咲くためには土くれが必要なのだ。たとえ、土くれそれ自体に目を向ける者が居なかったとしても、だ」
グレイはふと、『エメディアの離宮にはひたすら土を眺める趣味の奴が1人くらい居るんじゃないだろうか』などとどうでもよいことを考えかけたが、まあ、アイオンの言わんとするところは分かる。
「……適材適所、か」
「ああ、そういうことだとも。まあ……言葉を巧みに操ることも、淑女に取り入るのも、私の『適所』であると思っていたのだが。思わぬところに思わぬ役割があることもあるものだ。あのレディは、君こそが『適材』であるらしい」
アイオンの言葉を聞いて、グレイは静かに頷きつつ、思う。
……自分があの機械に翻弄され、どこか空虚な喜びすら感じているような、そんな有様であったとしても……それでも、これがまだ『マシ』なのかもしれない。アイオン相手では、あの機械は喋らないらしいので……それに比べれば、グレイの下手なやり方がまだ、マシであるのかもしれないのだ。
「そういうことなら、もう少し粘ってみる」
「そうしてくれたまえ。彼女に切り込むための剣は、今、ジョード老が生み出してくれているところだ。それを携えて征くがいい」
アイオンの言葉はやはり演劇めいていたが、グレイは『まあそういうもんか』と、どこか勇気づけられるような気分でそれに頷いた。
……まあ、これで上手くいかなかったら、その時はその時だ。その時改めて、ルイナなりスファルなりに交代すればいい。それまでは、まだ、自分が粘れるだろう。
そうして昼食の時間が近づいてきて、スファルが『俺が昼飯を作るか』とそわそわし始めたのをグレイはそれとなく、しかし必死に止めた。スファルの料理は、グレイですら食べるのが少々苦痛なほどであるので。
グレイの懸命な制止によってスファルが『じゃ、もうちょっと待つかぁ』と椅子に座り直してくれたところで……何やら、ジョード達の作業室の方から物音が聞こえてくる。
ドアが開く音がして、足音が軽やかに近づいてきて……そして、エメディアが嬉々として飛び込んできた。
「皆!ようやくよ!ようやく、例の義肢の解析が終わったみたいなの!」
エメディアの言葉に、グレイはいよいよ自分の出番が来たことを知った。
ひとまず、昼食の準備が始まった。昼食はルイナが作るとのことである。それについていこうとしたスファルはエメディアが止めた。賢明な判断である。
そしてその横で、グレイとスファル、そしてアイオンに対して、例の義肢から得られた情報の報告が行われたのだが……。
「結論から言うと、あの義肢に『意思』は無かったぞ。判断だけはするように作ってあったみてえだが」
最初から、ジョードがそんなことを言うので、グレイはどういうことか理解しあぐねて首を傾げることになってしまった。
「具体的にはな、『特定の言葉に反応して、義肢の装着者を殺す』って機能だけ備えていた」
「そういうものがあるのか」
ジョードの説明を聞いて、グレイは『成程、ある条件を満たすと動くように仕組まれた魔法みたいなものか』と納得した。成程、それは確かに、『意思』ではないだろう。少なくとも、エメディアを名乗るあの機械のようなものでは、ない。
「それでね、グレイ。その『特定の言葉』っていうのが、重要なのよ!」
そして、そこへエメディアが少々興奮気味に身を乗り出してきた。
「あの義肢が判断するのに使っていた言葉は……『恩恵』『反転、または反対、または逆』『災厄』『封印』『聖女』『地下神殿』の6つ。このうちの2つが1つの会話中に出てきたら、その時点であの従者を殺すようにできていたみたいなの」
聞き慣れない単語がいくらか聞こえた気がして、グレイは首を傾げる。
「……『恩恵』と『反転』の類は、分かるわ。要は、あの従者がお兄様にしていたことが露見して、それを問い詰められた時点で、あの従者は死ぬようにできていたのよね」
「そうみたいだな」
グレイも、そこは分かる。『反転』も『反対』も『逆』も、結局はあの従者がしていたことを示すものである。恩恵を逆さにすることで、あの従者は目的を果たそうとしていたのだから……それについて問われたら死ぬように、としておくのは、妥当なところだろう。
だが……。
「……『災厄』と『封印』、『聖女』に『地下神殿』?そりゃ一体、何のことだよ」
スファルも耳慣れないらしい言葉に首を傾げている。
グレイも、一体何のことか分からない。そしてどうも、エメディアもそうであるらしく、『そうなのよねえ』とため息を吐いた。
「私の予想だと、何かの『災厄』が『地下神殿』に『封印』されてるのよ。……で、メカニジアはそれをどうにかしようとしていたんだと思うわ。もっと封印を強めようとしていたのか、はたまた、封印を解いてしまおうとしていたのか……それは、分からないけれどね」
エメディアはそんなことを言って、ふう、と天井を仰ぐ。
「でも私、『封印されている災厄』なんて知らないのよ。当然、『地下神殿』って言われても、思い当たるものが無いわ。『聖女』もそう。……ルイナもそうみたいだから、ディアナバレイの伝承とかでもないみたい」
「ならメカニジアの何かか?」
「いや、生憎私も聞いたことが無い。ふむ……弱ったな、伝説や伝承の類には詳しい方であると自負していたのだが!」
アイオンも知らないとなると、いよいよお手上げである。スファルは何やらぶつぶつと、『災厄……地下神殿……?』と首を傾げているが、グレイもそんな気分であり……同時に、グレイは自分がすべきことを理解した。
「つまり、これらについて、あの機械に聞いてみるしかない、ってことか」
……どうやら、随分と規模の大きな話になってきているような予感があったが、何はともあれ、この先の情報は全て、あの機械頼り、ということになりそうである。
それからグレイ達はルイナが作った豆と肉の煮込みを食べ、アイオンが買ってきたパンを食べ……その間もグレイは少々、緊張していた。
何せ、あの機械との会話だ。自分が苦手とするところへ挑まねばならない、となれば、緊張もする。
「おい、グレイ」
そんなグレイを見かねたらしいスファルが、パンを齧りながらグレイを小突いてきた。
「分かってんだろうな?おい。失敗すんなよ?」
「……分かってる」
「お前が失敗したら次は俺がやる羽目になるんだからな!お前が何とかしろ!」
……なんとも手厳しい言葉であるが、裏を返せば『グレイが失敗してもスファルが控えていてくれる』ということなのだろう。恐らくは。
「あー……いっそ、失敗してみてもいいか。案外、スファルの方が上手くやるんじゃないか?」
「俺は機械とのお喋りなんざしたくねえんだよ、胸糞悪い」
「冗談だ」
軽口など叩いてみたら、少々、緊張はほぐれた。
グレイは煮込みを掻き込んで片付けて器をテーブルに置き、立ち上がる。
……いよいよ、戦う時が来た。そういう訳だ。
そうして、グレイとスファルはまた、機械の部屋へやってきた。
目くばせして頷き合いつつ、グレイはそっと、機械の耳にあたる部分を起動させる。……すると、ぴく、と、機械の腕が動く。が、文字は書かない。アイオンを警戒しているのかもしれない。
「あー……俺だ」
なので、グレイがそう声を出すと……機械の腕がぴょこん、と跳ねて、それから、大急ぎで文字が綴られる。
『アッシュ!よかったわ!さっき、なんだか変な人が来たの!またあの人だったらどうしようかと思った!』
「……悪い奴じゃ、ないんだが」
……どうやら、本当にアイオンを警戒しているらしい。アイオンは一体、何をやらかしたのだろうか。グレイはそっとスファルの顔を見てみるが、スファルは肩を竦めて苦い顔をするばかりである。……本当に、アイオンは何をしたのやら。
「あー……その、悪いんだが、聞かなきゃいけないことができた」
『聞かなきゃいけないこと?つまり、楽しくお喋りしていられない、っていうことかしら』
「多分、そうだと思う」
グレイは居住まいを正しながら、少しばかり緊張気味の機械の文字を見て……意を決して、口に出した。
「『災厄』『封印』『聖女』『地下神殿』」
……グレイがそう口に出すと、機械の手が止まる。
グレイはそれを見て緊張しながら、それでも退かず、問い続ける。
「これらについて、何か知っていることがあったら教えてくれ」
機械の腕は、しばらく動かなかった。……グレイは緊張しながら、機械を見守る。
……すると。
『その言葉を、どこで聞いたの?』
機械の腕が動いて、そう、文字を綴った。
どうやら、グレイとお喋りしてくれる気はあるらしい。グレイは少々安堵しつつ、しかし、出方一つで砕けかねない薄氷の上に居るような気分で、慎重に、言葉を選ぶ。
「……仲間から聞いた」
するとまた、機械の腕が止まった。
……そして。
『アッシュ。力を貸してほしいの』
そう、機械は文字を綴った。
それは、グレイがこの機械と初めて喋った時にも言われたような言葉だ。
『私が知ってることを、教えるわ。私、『災厄』も『封印』も『聖女』も『地下神殿』も、知ってる。だって私、メカニジアに囚われていたんだもの』
……だがあの時とはまた、状況が違う。
今、この機械は……何か大きな情報へと繋がる、唯一の糸なのだ。
『だからどうか、私に協力して。私は……この世界を守りたいの!』
そう言葉を綴った機械の腕が、グレイに差し伸べられた。
……グレイは少し迷った。迷ったが、ここで動かねば、『先』へ繋がる糸がふつりと切れ落ちてしまうだろう。
それに……何かあったとしても、それがグレイだけに起こるならば、それでいい。
「分かった。力を貸そう。その代わり、あんたも俺に協力してくれ」
グレイは、差し伸べられた手を取った。
……機械の腕は、うぃん、と小さく動いて、握手のように揺れた。




