27話柚のように酸っぱい夜
柚はAクラスだったので
俺と同じ寮のようだ。
柚は不穏な眼差しで僕を見る。
「それで…、どうだった?」
ああ、
柚は俺が秋良といた記憶を思い出したと思っているのだろう。
だが、俺は柚に感謝してもしきれないみたいだ。
あの時いた、精神世界で
俺は柚にとっては思いもよらぬ事だったとは
思うが前世の記憶を思い出せたのだ。
だが、前世の記憶を思い出せたからといって
前世の力が戻るわけではない。
「それでも僕は柚を許すよ」
人と喋る時は第一人称が僕の方がいいなと俺は思った。
俺といって変に怪しまれるのはめんどくさいからな。
「どうしてよ!どうして許せるの!」
彼女は歯を食いしばり、
俺とは視線を合わせず床に視線を落としながら
発狂した。
前世に裏切られたりした時に比べれば
あんま大した事じゃないだろうしな。
俺は秋良に聞いた内容をもとにしながら
憶測する。
やっぱ、大した事ないだろ。
しかも子供ん時の話だしな。
「柚も幼かったんだ。
ちゃんと反省してくれると思うし
引きずったりするのってあと味悪いじゃん?」
少し口調が前世の時みたいになってしまっているのかもしれない。
「そんなの…、ずるいよ…。」
彼女は必死に込み上げてくる複雑な気持ちを
抑えようとずっと下を向いているのだろう。
「ずるいでしょ、僕って。」
僕は立ち上がり、彼女を優しく抱く。
前世ではこれが一番安心すると
ヴィーナスに言われたんだ。
きっと気持ちも落ち着くだろう。
柚の濁流のように押し寄せる感情を
堰き止めていた結界がパリンと崩れ、
みるみるうちに泣きじゃくり始める。
「私ね、ほんとに苦しかったんだ。
でも春馬はきっともっと苦しかったんだろうなって。
だから私に泣く資格なんてないんだ。
でもごめん、もう我慢できないよ。」
「ずっと一人で背負っていたんだね。」
「こんな私を抱かないでよ。」
そう言いつつも柚は俺の背中を力強く
両手で抱いている。
彼女の苦しみの牢獄から俺が救い出してあげるよ。
だから今日だけは甘えてもいいんだよ。
僕のせいふくの胸あたりの部分は、
彼女の涙で湿っている。
だけど、その湿りはどこか暖かく、
懐かしみを覚えた。
あの時、
俺が実技試験の時にヴィーナスに会い、
泣きついてしまった時にも
今の俺のようにヴィーナスは暖かくて
守りたくなるようなオレンジ色の感情を
抱いていたのだろう。
「少しは収まった?」
「…。」
彼女はほとんど聞こえない声で何かをぼそっといい、
こくんとうなづいた。
「桜が全て咲き終わって緑あふれる
葉が見え始めたら一緒に秋良のところに行こう。」
ってもう葉は見え始めてるか。
柚は手の力を一段と強めて僕をぎゅっとする。
顔を横に振る柚を僕は阻止する。
「逃げちゃダメだよ。
しっかり謝れば秋良の事だから許してくれるよ。
神様は柚の事を許すって言ってるから安心して。」
「神様がそう言ってるなんて春馬にわかるわけないじゃん」
柚は僕の胸に顔を当ててクスっと笑う。
そう。そうやって笑って前に進むんだ。
笑っている顔が特に君には似合っているから。
「僕が君の神様って事だよ」
「それはいやかな」
「何だと?」
クスクス、と暖かい吐息が俺の胸にあたる。
俺はちょっと雑に柚の頭を撫でる。
「じゃあ今から秋良のところに行くぞ」
「エ?」
柚はようやく俺の目を見てくれた。
目をパチクリさせながら手で涙を拭き取る。
「今日のうちに秋良に謝った方が
楽じゃん?」
柚はきょとんと俺はをしばし見つめ、
その後腹を抱えて笑い出す。
「春馬ってバカなの?笑
今は夜の10時だよ?」
「へ?」
「へ?ってまだ寝ぼけてるの?
ほら、時計見て?」
俺は自身でも驚くほどのスピードで
柚が指さした時計を見る。
時刻は午後10時25分。
どうやら俺はかなり意識を失っていたことになる。
「なんか、悪いな。ここまで運んできてくれたんでしょ?」
「いいよ、私がした事だし。
それに…、今日は春馬に感謝してるし。」
柚は目をキョロキョロさせながら言う。
どうやら柚も平常運転に戻ってきたみたいだ。
「ぐぅぅぅぅーっ」
俺は空腹だったようでお腹から警報が出てしまった。
あまりに突然な事だったので
俺は顔を赤らめ、手で顔を隠す。
柚は火照ったピンク色の下唇を
セクシーに舌先でぺろりと舐め上げて
上目遣いで俺を誘惑する。
「ご、は、ん。作ったあげるねぇ?」
耳元でそう囁かれた直後、
俺はとうとう身体中が赤くなり、
火山が七回噴火してもまだ足りないほどに
鼻息がうるさく、
心臓が強く脈だっている。
「ぐぅぅぅぅーっ」
どうやら緊急事態だったようだ。
再びなってしまったことに
俺はとうとう柚に顔合わせできなくなった。
「せっかくちょっと好きになったのに
今のでやっぱ気のせいだったって思えたよ」
「ちょ、ひどくない?」
「ジョウダン、だよ?」
瀬奈はニヤニヤと俺を見てキッチンに向かった。
俺はやっぱ前世でも今でも
女には弱いんだよな…。
暫く柚はキッチンでこそこそと何かを作ってくれている。
フライパンの音や換気扇の音も聞こえないので
俺はキッチンに近づく。
足音が近づくのに柚は気づいたのか
「来ないで!」
と怒られてしまう。
なんだか俺、かわいそう。
俺は仕方なく、先程いたソファーでダランとする。
しかし、なぁーすげぇよ。
俺とは違い、部屋がしっかりデコレーションされている。
まだ寮に入って10数日しかたっていないというのに、
部屋の特性を合わせて花瓶だったり人形だったりと
ばえるように配置されてある。
俺はほへーっとあたりを観察していると、
足音に加え、香ばしい匂いが近づいているのがわかった。
「できたよー」
ことん、と食卓に香ばしいやつが置かれた
みたいなので俺は食卓に向かう。
いや待てよ?
この匂い、知ってるぞ?
「さっ、食べて食べて。」
柚は万雷の笑みで俺の目の前に座る。
どうやらチャーハンのようだが、
やはりこの見た目も見たことがあるぞ。
「ありがとうございます」
俺は、流石に、と思いつつ食べる。
ごくり。
あーうん。
美味しいよ?
美味しいけどさ?
「これ、今話題の冷凍食品じゃん?」
俺はつい思っていた事を口に出してしまった。
というのも、俺もこのチャーハンを買って
電子レンジでチンをして食べたことがあるのだ。
柚は盲点をつかれたような顔をして
いやぁー、と誤魔化そうとしている。
「誤魔化すの、絶対駄目ダヨ?」
「バレちゃったやっぱ?」
「うん、バリバリ」
「実は料理とかしたことなくて…。」
「そゆことね」
俺は自分で思っていたより低いトーンで
しゃべってしまった。
それに柚が不安がった顔になる。
「もしかしていやだった?」
「いやいや、そんなことないよ?
美味しいよね、レンジでできるこのチャーハン」
「むうー」
柚は少し納得いかないような顔をして
俺の足を蹴る。
「いや!すみません、最高です!」
クスクスと柚は笑い、
「それでよろしい」
この時俺は宿題という存在を
忘れていた。




