九話 夜空
9月下旬、土曜日。
残暑も落ち着き、秋らしさが増してくる頃。
僕はベランダで椅子に座りながら悠々と夜空を見上げていた。
そして、持っているお椀から白玉団子を箸で一つ摘み、口に入れる。
きな粉の甘さとモチモチした感触が口の中に広がった。
「今日は雲が少くて良かったね」
僕は隣で椅子に座っているすずに話しかけた。
「全くです」
「まさかこんなにも綺麗な月が観られるとは思いませんでした」
そう言ってすずもお椀の団子を口にした。
僕たちは今、お月見をしている。
なぜお月見をしているのかというと、夏祭りの際にすずと交わした「この時代の行事をもっと体験する」という約束を果たすためだ。
今日は中秋の名月。
だからすずと話して今夜はお月見をするということになった。
今日も僕は朝からすずと図書館で情報収集を行い、昼からは彼女の家で過ごした。
そして、お月見をするといことで、夜になっても帰らずにそのまますずの家に残った。
親には友達の家で夕飯をご馳走になると伝えておいた。
それから、夜ご飯を食べてお月見の準備をして今に至る。
現在の時刻は大体9時ぐらいだ。
今夜の月は中秋の名月ということもあって大きく、まるで夜空というカーテンに開いた大きな穴のようだった。
また、そこから差し込む月光は町を優しく照らし、明かりをつけなくても読書が出来そうだった。
「団子のお味はいかがですか?」
月をぼんやりと眺めながらすずは言った。
「美味しいし、上手く作れてると思うよ」
「それは良かったです」
それからしばらくしてお椀の団子を平らげ、緑茶片手にまた静かな夜空を二人で眺め始める。
こういう静かで趣のある雰囲気は好きだ。
一人で味わう静寂も感慨深いが、二人で居る時の静寂もまた違った味がして悪くない。
そんな静寂に身を包まれてうっとりしていると、徐ろにすずは独り言か話しかけてるのかよく分からないような口調でこう言った。
「これだけ綺麗な月と星のない重たげな夜空なら、他の情報収集員のみんなも眺めてると良いですねえ」
まるで遠方に引っ越した大切な人に想いを馳せているような言い方だった。
「他の人たちとも一緒に過去に来たの?」
「そういえば言ってませんでしたね」
すずはだらんとした座り方を正し、でも目線は変わらず夜空の方を向いたまま話し始めた。
「私たちは最初全員まとまって過去に来ました」
「もちろん、全て合わせると結構な数になるので数回に分けてですが」
「そこから全員に一人一つ担当の町が与えられて解散し、各々の担当区域に散らばったって感じです」
「仲のいい人はいたの?」
これが意外な質問だったのかすずはとっさに僕の方を向いたが、またすぐ夜空に視線を移した。
きっとその方が思いを馳せたり表情を隠せたりして話しやすいのだろう。
「仲のいい友達が一人居ましたね」
「私たちは元々労働力の補填などの目的で生み出されました」
「そして、生まれてから成熟するまではみんな施設で育てられるのですが、そこで一番仲が良かった女の子がゆりちゃんです」
「お互い出荷される前に過去行きが決まり、過去に来てからは離れ離れになってしまいました」
「でも、その子とだけ仲が良かったのではなく、そもそも施設のみんな全員が仲が良かったんです」
「それで皆で話し合ったんです」
「もしも過去で一人寂しくなったら夜空を見上げようって」
「その時代に居る誰かもきっと見上げてるはずだから」
「そして、みんなで乗り切って新しい世界で幸せになろうねって約束したんです」
「だからこんなにも月が綺麗ならきっとみんな見上げてるはずです」
「ゆりちゃんもきっと……」
すずはそこまで話し終えると、ほっとため息をついた。
そして、緑茶を一口飲みこう言った。
「ここまで一人でベラベラと話しちゃってすみません」
「話も途中、脱線しちゃいました」
「何か他に訊きたいことがあればどうぞ」
そう言われても迂闊な質問をしてしまうとかえってすずを傷付けてしまいかねない。
どうしようか困り果ててるとすずは「何でも構いませんよ。未来に対してせめてもの反抗がしたいので」と皮肉るように言った。
じゃあと思い、僕はこう訊いた。
「情報収集員同士で交流は出来ないの?」
「それは無理ですね。禁止されています」
すずは即答した。
「どうして? 情報収集するならそっちの方が効率良さそうなのに」
「私たちは単に情報収集の為派遣されたのではなく、新しい世界の住人として相応しいか、つまり有能か無能かの審査も兼ねてるんですよ」
「きっと新しい世界にはただ付いてくるだけの人間はいらないのでしょうね」
「それじゃあ、みんなで謀反を起こすってのは?」
今度はさっきと違い「うーん」と深くすずは考え込んだ。
「現実的ではないですねえ」
「仮に総出で抗ったとしても未来に帰れなくされてはどうしようもないですし」
「施設に居た時から私たちは妙に秩序が保たれていて、一斉蜂起するという概念自体みんなの頭にはなかったような気がします」
「もしかすると私たちはそういう風になるよう育てられたのかもしれません」
「それに、天の許さぬ叛逆を起こしし者は昔より、栄えし例有らざるぞ、ですよ」
「なにそれ?」
僕がそう訊くとすずはふふっと笑い掛け「古い言い伝えですよ。謀反を起こしても栄えた例はないっていう」と言った。
「新世界を彼らに創ってもらわなきゃ私たちの居場所もないんです」
「皮肉ですが従うしかないんです」
「今は一年間という期限付きでこの部屋を戸籍のない私に与えてくれたり、毎月最低限生活出来る程度のお金支給がされてるから生活出来てますが、それがなくなるといよいよ路頭に迷うことになりますからね」
それからまた一呼吸置き、「何かしんみりする話ばっかりしちゃってすみません」とすずは申し訳なさそうに言った。
「いやいや、全然構わないよ」
僕は手を横に振って否定した。
「こっちじゃそういうこと話せる人なんてそうそう居ないだろうしね」
「すずの力になれればそれだけで従者としては嬉しいよ」
それを聞いてすずはまたふふっと笑い「従者って、変な言い方しないでくださいよ」と言った。
だが今度は愛想笑いじゃなかったと思う。
それからしばらくして、すずは何かを思い出したかのように「あっ!」と呟いた。
そして、僕の方を向いて「誠太さん、月が綺麗ですか?」と言った。
そんなこと承知しているが、すずが楽しそうだったので気にはしなかった。
「うん、月は綺麗だねえ」
僕がそう答えるとなぜだかすずはむぅーと不満そうな表情で「誠太さんなんか嫌いです」と言った。
「ええ!? なんで!?」
「乙女心の分からない人だからです!」
すずはそう言ってぷいっと目を逸し、また視線を夜空に移してしまった。
どうやら拗ねてしまったようだ。
僕は首を傾げる。
全く、乙女の気持ちを理解するのは難しいなあ。




