七話 戦争
7月下旬、火曜日。
ようやく夏の暑さに体が慣れてきた頃。
僕は夏休みに入り、すずと行動を共にすることがより一層増えた。
ほぼ毎日会っているような状態だ。
相変わらず僕は人生を変えられる何かをまだ見つけられてはいない。
だが、確実に僕の日常生活は変わりつつある。
まず健康的な睡眠を送れるようになった。
今までは図書館から家に帰ってくると、食事と風呂に入ることぐらいしかやることが無く、暇だった。
それ故に、眠たくなくても半ば強引に眠り、暇を感じないようにしていた。
それがすずと出会い、情報収集の手伝いをするようになってから変わった。
すずと他愛ない話をしたり、二人で様々な場所に赴き情報収集をする、今までよりも刺激の増えた日常。
それが僕に適度な疲労感を与えてくれ、夜には健康的な眠気が訪れるようになっていた。
次に、本をじっくりと読むようになった。
元々、僕は暇潰し目的に本を読むという面があった。
もちろん、好きだからこそ本を読んでいるわけであって、嫌々読んでいるわけではない。
どこか馴染めず窮屈な家に居るよりかは、図書館で適当な本でも読んで時間を潰していたほうがよっぽど楽だ。
そんな理由で今までは本を読み流すように読んでいた。
しかし、すずとは良くお互いの読んだ本の感想などを言い合う。
だから今まで以上に本の内容を理解する必要があり、必然的に本を読み流すようなことはしなくなった。
もはや暇潰しで本を読むことは無くなり、本格的に趣味で本を読むようになっていた。
そんな訳で今日もすずと情報収集しに、いつもの図書館まで来ている。
情報収集はいつも行く図書館だけでするのではなく、この町全体が活動区域だ。
だが、主に拠点としている場所はいつも行く図書館と決めている。
とはいえ、この図書館で行う情報収集はお互い本を読んだり、何か一つテーマを決めて意見を交えることぐらいだ。
すずいわく、現代人の僕との意見交換は未来人の感覚では思いつかないことが知れて良いのだとか。
すずは情報収集を目的に本を読んでいるが、僕は適当に好きな本を読んでいる。
もちろん、すずの手伝いをすると決めた以上、読んでいる本の中で彼女の喜びそうなことが書いてあればすぐさま教えるし、図書館以外での活動では僕が率先して道案内する。
それぐらいは当然の所業、むしろもっと何か役に立てないかと日々模索しているぐらいだ。
それから、すずはいつも決まって哲学的な本を読む。
今日の本のタイトルは『戦争とは何か』だ。
この前は『機械進化論』だった。
また、すずはそういう本を読んでいる時、大抵僕に意見を求めてくる。
そして、今日も僕はすずに意見を訊かれた。
「誠太さんは戦争って何だと思いますか?」
「漠然とし過ぎた質問で、僕にはちょっとどう答えたら良いか分かんないや」
「そうですか、じゃあ訊き方を変えましょう」
「この本では戦争は全て自衛戦争だと書いてあります」
「誠太さんは戦争は全て自衛戦争だと思いますか?」
「どうだろう」
「でも自衛という言葉の意味から考えれば、少し違う気がする」
「というと?」
すずは僕の意見に興味が湧いたらしい。
「例えば他国から侵略を受けていた場合、自国を守る為に抵抗するのは自衛と呼んでもいいけど」
「自国の安定を図る為に他国に戦争を仕掛けることを自衛と呼ぶのは少し無理があるんじゃないのかなと僕は思うね」
「そうですよね、私も同意見です」
「自国を繁栄させる為に他国を蹂躙する、これを自衛だというのはあまりに身勝手で傲慢な考え方ですよね」
「まあ私の経験則上、そういうことを生業とする国は長続きしませんね」
「そういうものなのか」
「そういうものなんです、残念ながら」
すずは呆れたようにそう言った。
すずはそういった国々が無ければ過去に来ることもなく、今頃未来で幸せに暮らしていけたのだろうか。
今日の意見交換はそれで終わりで、僕たちはまた各々の読書を再開した。
「今何時ですか?」
机に顔を伏せてレポートを書いているすずが訊いてきた。
レポートは今日あったことや得られた情報をまとめているそうだ。
「ちょうど12時だよ」
それを聞いてすずは「じゃあこれ書き終わったら行きますか」と言った。
そうして数分後に僕たちは立ち上がり、図書館を後にした。
そして、すぐ近くのバス停でバスに乗る。
目的地は当然すずの家だ。
バスに10分程乗車し、そこから降りてしばらく歩けばすずの借りてるアパートに着く。
夏休みに入ってから今まで、ほぼ毎日すずの家には来ている。
もはや僕には他人の家というよりかは、第二の自宅という感覚になりつつあった。
しかし、そんなアパートまでの道を歩いてる時、すずが一瞬ふらついた。
僕は心配して「大丈夫?」と訊くが、すずは「ありがとうございます、でもそんな心配しなくて大丈夫ですよ」と言い、苦笑いで誤魔化した。
そういえば今日の朝、テレビで今日は最高気温を更新すると言っていたな。
家に入るとすぐにすずは台所で昼食の仕度を始めた。
僕は彼女を心配して、少し休憩したらどうかと提案する。
でもすずは変わらず「大丈夫です」というので、僕はその言葉に甘えて、彼女の奏でる料理の音を聴きながらその料理が出てくるのを待つことにした。
それから程なくして、すずは出来た料理をちゃぶ台に運んできた。
そして「頂きます」と二人で手を合わせながら言った。
僕はまずメインのおかずである野菜炒めから食べ始めた。
すずはそんな僕の様子を見て「美味しいですか?」と訊いた。
すずは毎回その質問をしてくる。
僕も毎回「うん、美味しいよ」と答える。
すずの作る料理は確かに美味しい。
しかし、どこか調味料や食材の量がきちんと決められており、とても計算して作られている感じがする。
でも、それは料理に限ったことではない。
毎日のスケジュールや家具の配置など、あらゆる面で計算がされており、それらは全て論理的に説明することが可能らしい。
しかし、意図してそれを行っている様子ではない。
むしろ癖といった方が妥当だろう。
もしかすると未来人はみんなそうなのかもしれない。
そんな事を考えなながら食べていると、いつの間にか皿や器は空っぽになっており、僕はまた手を合わせて「ご馳走様」と言った。
「そろそろ情報収集再開しましょうか、午後は町を巡りたいですね」
お皿を片付け、台所から居間に戻ってきたすずはそう言った。
しかし、まだご飯を食べ終わってから5分も経っていない。
熱心なのは良いが外はまだ暑いし、何よりすずの体調が心配だ。
そこで僕は「もう少しだけゆっくりしてからにしようよ」と提案した。
するとすずはいつにも増して少し真剣な表情でこう言った。
「でも、新しい世界を構築する為には例え1ピースさえも逃せないんです」
「こうしてる間にも集められる情報があるかもしれません」
「だから急がないと」
僕はすずの久しく見る真剣な表情に少し驚いた。
しかし、その表情はどこか悲しげで、痩せ我慢を張っているように感じられた。
そういえば僕はすずがのんびりと休んでいる様子を見たことが無かったな。
僕が見てきたすずの姿は一日中読書や新聞、テレビや町に出歩いたりしてそこら中から情報を集め、それらをレポートにまとめる。
そして、その工程を毎日必死に繰り返す姿。
人間は多少なりとも休憩が必要だ。
もちろん、すず自身が休んでいる訳にはいかない理由も理解してる。
なんせ生死がかかってるのだから、そう易々と休む気にはなれないのだろう。
しかし、さっきのこともあるが、これから先体を壊さないとは限らない。
そうなるともはや情報収集どころではなくなる。
いつもなら強く言われれば何も言い返せない僕だが、この時ばかりはすずの為にも反論しなければならないと思い、勇気を振り絞って彼女にこう言った。
「でもさ、休憩も大事だよ? 少しぐらいのんびりしてもきっと大丈夫だよ」
すずは「でも……」と何か言いたげだったが、構わず僕は続けた。
「すずの気持ちも分かるよ」
「境遇が違う僕には言われたくないかもしれないけど、生死がかかってる以上おちおち休憩なんてする気にはなれないんだよね」
「でもその前に体を壊しちゃったら本末転倒だよ?」
「さっきもふらついてたしさ」
「今は僕もすずの情報収集を手伝ってるんだし、それで二倍とは言わないけど、一人よりかは情報を集める効率は良いはずだよ」
「今のうちに少しぐらい休む癖付けとこうよ」
「自分が自分を大切にしないでどうするのさ」
それを言った後、僕は他人に上から目線で助言などと柄にもない事をした恥ずかしさと、これを言ったことですずに不快な思いをさせてないか不安で胸の辺りがソワソワして落ち着かなかった。
しかし、次にすずが発した言葉は意外だった。
すずはさっきよりもだいぶ落ち着いたトーンで「そうですよね、誠太さんの言う通りですよね」と言った。
すずの意外にも素直な言葉に呆気に取られる僕を余所にして、彼女は続けた。
「私はどうせ自分のことだからって適当に考えてしまってました、誠太さんみたいに私のことを気遣ってくれる人がいるのにもかかわらず」
僕は慌てて「こっちこそ出しゃばったこと言っちゃって、なんかごめんね」と言う。
「いえいえ、むしろ感謝したいぐらいです」
「私はきっと誰かに言われなきゃ立ち止まれず、いつか本当に体調を壊してたと思うので」
「私にガツンと言ってくれてありがとうございました」
すずは肩の荷が降りたかのように清々しく、晴れやかな笑顔でそう言った。
すずのそういう笑顔を見たのは初めてだ。
そして、それを見た僕も心なしか肩の荷が降りたような気がした。
もう何年も他人と深く関わったことなど無かった。
だから忘れていたのだろう、自分の気持ちを相手に伝えることの大事さを。
言う前はすずを怒らせてしまうことが怖かったが、後から思えば言って良かったと感じる。
今まで僕は人を怒らせてしまうことや相手に意見を聞いてもらえないことなどがとにかく怖かった。
故に人と関わるのを極力控え、自分の気持ちを押し殺して生きてきた。
でも、もう今は違う。
常識の範囲内でなら、自分の気持ちを相手に伝えることを恐れる必要はない。
それを思い出せたのだから。
これで不必要に自分の殻に閉じこもらなくてもよくなった。
肩の荷が降りたような気がしたのは、そういうことだろう。




