四話 未来
僕は今、すずの家のちゃぶ台に座っている。
結局怪しいと分かっていながらも彼女の誘いを断ることが出来ず、家まで来てしまったのだ。
あの後、すずに連れられるがままバスに乗り、10分ほどして彼女の家のアパートまで来た。
バスに揺られている時訊いたのだが、どうやらすずはアパートで一人暮らしをしているという。
てっきり実家へ行くものだと思っていた僕は、すずの家族への挨拶のことを考えるとお腹が痛くなりそうだったが、一人暮らしだと聞いてほっとした。
それと、バスの中ですずは後で訊きたい事と話したい事があると言った。
やはり単に昼ご飯をご馳走したいというお人好しな理由だけで僕を家まで誘った訳ではなかった。
しかし、僕はそれを聞いてむしろ安心した。
何か裏があるんじゃないのかといつまでも勘繰ることになるよりかは、その方がずっと気が楽だからだ。
部屋は居間と台所と寝室がある。
居間には電源のついていないテレビと、何度も読み返したであろう新聞が綺麗にまとめらていた。
台所からは料理をする音が聞こえてくる。
「もうすぐで出来ますから、少し待っててください」
エプロン姿で料理をしているすずはそう言った。
僕があんまりにも暇そうにしていたからだろう。
外はパラパラと梅雨の雨が降ってきた。
帰る頃には止んでいてくれないだろうか。
そうこう考えているうちに「お待たせしました」と言ってすずはご飯やら味噌汁やらを持ってきた。
ちゃぶ台にはそれらが淡々と並べられていく。
そして、彼女は僕と対になるように、ちゃぶ台の反対側に座った。
「頂きます」
二人で手を合わせてそう言った。
僕はすずの料理を一口食べる。
すずの料理は美味しかった。
だが、どこか独特で浮世離れした味がする。
「味大丈夫ですか?」
すずは気遣わしげに訊いてきた。
僕がそれに対して「美味しいよ」と答えると、彼女は安堵したかのように自分の食事に手を付け始めた。
お昼ご飯を食べ終えるとすずはお茶を淹れてくれた。
それをチビチビと啜り、お互い一息ついたところで彼女は静かに口を開いた。
「誠太さん……あの、バスの中で言ってたことなんですけど……」
すずは母親に後ろめたいことを話す時みたいに怖ず怖ずと言った。
「そうだったね」
「その訊きたい事とか話したい事聞かせてもらえる?」
僕がそう答えると、すずは本に栞を挟んで閉じた。
「まず初めに、訊きたい事というのは栞についてです」
「栞?」
「はい、誠太さんは金曜日に栞を挟んだまま図書館を後にしましたよね?」
「あれは一体どういう意味があっての行動なんですか?」
なんだそんなことか、と僕は思った。
わざわざ家に呼んでまで訊きたい事となると、もっと重大な事だと思っていたので安心した。
「特に意味は無いよ」
「まあなんというか、図書館の外ではあまり本は読まないし借りるのも面倒だから、ああやって目印を付けてるだけなんだ」
すずは期待と違ったのか、ポカンとした表現を浮かべていた。
それから、しばらくしてようやく言葉を絞り出し、こう言った。
「そうだったんですね」
「私この図書館では本は借りれなくて、栞を挟むことでこれは自分の本だと証明するのかと勘違いしてしまいました」
なるほど、だからすずも本に栞を挟んだままにしたり、わざわざ僕に本の借り方を訊いたりしたのか。
それなら彼女の行動にも合点がいく。
すずはしばらく自嘲めいた笑いを浮かべた後「でもまあ、私の勘違いが無ければ誠太さんとは出会えてなかったんですよね」としんみりした様子で言った。
この時の僕はまだすずの言葉のを不思議に思いながらも、その真意まで深く理解しようとはしなかった。
「訊きたいことってそれで全部?」
場の空気を入れ替えるようにそう言った。
「あ、いえ。もう一つありまして」
「むしろこっちの方が本題と言えます」
すずの表情が真剣になるのを見て、彼女はこれから重々しい話をするのだな、と悟られた。
「その前に、誠太さんには信じてもらわなくて結構ですので、一つ知っておいてもらいたいことがあります」
「ここから先はそれを前提として話を進めますので」
「分かった」
すずは緊張をほぐすように深呼吸をしてこう言った。
「単刀直入に言いますと、私は現代の人間ではありません」
「……え?」
僕は空いた口が塞がらなかった。
「もっと分かりやすい言い方をすると、私は未来人ということです」
「全然理解出来ないよ」
「ええ、これは理解してもらわなくて結構ですと最初に言いました」
これは新手の詐欺かなんかなのか。
いや、仮にそうじゃないとしたらなんなんだ。
それとも単にすずは思春期特有の症状を発症している可能性も考えられる。
僕が状況に理解が及ばずあたふたしていると、彼女は諦念が混じったような咳払いをした。
「続き、話してもいいですか?」
「あ……うん」
とりあえず今は話を聞いてからにしよう、と思った。
「まず、私がいた世界は今から千年以上も先の未来です」
「私のいた世界は人類の繁栄の終末、そして新たな時代が幕開けする、そんな世界でした」
「新たな時代? てことは今までの人類は……」
「ええ、人類は衰退します」
すずは余命宣告する医師のように深刻な表情で言った。
「これから第三次,第四次と戦争が続き、文明は滅び、人口は減少し、大量の書物やデータを失うことになります」
「今はかろうじて少数の国などは残っていますが、次また戦争が起これば、いよいよ人類滅亡を招くことになるでしょう」
「だからこそ、世界は協力して争いの無い新しい世界を創りあげようと決起したんです」
「でもそのためには、過去の書物やデータを参考にし、少しずつ綿密に計画する必要があります」
「しかし、さっきも述べた通り、最後に起こった大規模な戦争で大体の書物は焼失し、今までのデータも破壊されています」
「だから新しい世界を創ろうとしても、今まで人類が培ってきたデータが無いため、すぐまた歴史を繰り返すことになるかもしれません」
「例えるなら、ビルを建てるためにはまず最初にしっかりとした基盤を作る必要がありますよね? あれと一緒です」
すずが未来についてをあらかた話し終えたのを確認して、僕は核心をついた質問をする。
「未来の事情とやらは分かった、じゃあ次は君がこの時代に来た目的を教えてくれる?」
「はい、私はその新しい世界を創る為に必要な情報を収集する為に派遣されました」
「正確に言うと私たちですが……」
「この町は歴史ある町で、何世紀にも渡って繁栄してますよね?」
「今は随分と衰微したけどね」
「それでも、何か新しい世界の構築のヒントになる情報があるかもしれません」
「私たちはこの町や周辺の新興都市などを含んだ直径75キロ圏内から、有益になる情報を収集せよと命令されました」
「私の担当区域はこの町です」
「それは君が望んだから命令が下されたのかい?」
すると、すずは新しい理想郷を語っていたときとは一転して悲しげな目をし、こう語った。
「私たちは人工的に造られた人間なので、立場は低く、半ば強制的に過去に行かされました」
「私たち人工人間には新しい世界での居場所はありません、その前に破棄されるだけです」
「でも、それでも1年ここで情報収集をして、良い情報を持ち帰り有能とみなされれば、新しい世界でも役職が与えられるんです!」
そう語る彼女の瞳はとても輝いていたが、どこか愁いを含んだ色をしているように思えた。
僕はこの時、すずの瞳の奥を黒く染める冷酷な宿命をどうにか出来ないのか。
そんな風に感じた。
「なんか、ごめんね」
「私は何も気にしてませんよ。私が勝手に喋りだしただけですし」
「それじゃあ、もう少し質問させてもらってもいいかな?」
「この話の信憑性を高められる質問でお願いします」
「分かった」
「いつこの時代に来たの?」
「4月頃ですね」
「この部屋を拠点として、1年間滞在しなければいけないので、色々準備が忙しくて、最近ようやく図書館などに行って情報収集を開始出来たところです」
他に何か信憑性を高められる質問は無いか考えていると、すずは居住まいを正した。
そして、ふうと一息をつくと「さて、ここからが本題です」と言った。
「別に守秘義務はないですが、本来ならば赤の他人にベラベラとこんなこと話して良いはずがありません」
僕はふむふむと相槌を打つ。
「話したのには理由があって、誠太さんにあるお願いがあるんです」
「お願い?」
僕がそう訊き返すと、すずは緊張した面持ちで恐る恐るこう言った。
「たった数日間だけで良いので、私と一緒にこの町の情報収集を手伝ってくれませんか?」
それとなく予想していたことを言われたので、特に驚きはなかった。
僕はすずの願いを聞き入れたいと思ってるし、彼女と仲良くなれるのなら僕に選択の余地はない。
しかし、僕にはすずの話を聞く中で予てより疑問に思っていたことがあり、それについて彼女の口から聞かなければそうすることは出来ない。
「僕如きじゃなんの役にも立たないかもしれないけど、それでも良いならやってあげてもいいよ」
「ありがとうございます」
すずはどこかほっとしたようなにんまりとした笑顔を浮かべた。
「でも、その前に二つ確認したいことがある」
すずは何でも訊いてくれと言わんばかりの態度で僕の顔を見つめる。
「なんで、手伝いを乞う相手が僕なの?」
「そうですね、まずここに来て感じたのが、町に精通した仲間の必要性だったんです」
「でも仲間作りに専念するのではなく、まずは一人で任務をこなして、仲間は追々適当そうな人を見つけられれば、と思っていました」
「その適当そうな人物が僕だったってこと?」
「はい、話を聞く限りでは図書館等に精通していそうでしたし」
「なるほど」
そして、僕は間髪入れずにもう一つの質問をした。
「次に、君はその大量に書物などが焼失した戦争の後の時代の人間なんでしょ?」
「そうですよ」
「じゃあなんで、その戦争が起こる少し前に行かずに、こんなに過去を遡る必要があるんだ?」
すずは呆気に取られたような顔をし、しばらくすると僕と目を逸らし、蚊の鳴くような声でこう言った。
「それは……言えません……」
「だったら君の話を信じることは出来ない」
僕はきっぱりと言った。
それを聞いて、すずは哀れみを乞うような悲しげな顔をした。
それを見るに堪えかねた僕は彼女に問う。
「なにもそれで手伝いを断るというわけじゃないよ。ただちょっと気になっただけ」
「それはどうしても話せないことなのかい?」
一瞬、すずの顔が何かおぞましいものを思い出したような表情になった気がした。
それからしょんぼりした様子で、申し訳なさそうに「はい……」と答えた。
僕はすずを宥めるように「まあ、話せないのはしょうがないよね、未来にも色々あるんだろうし」と言う。
すると、すずは無理やり明るくしたような態度で「現時点で私の話、どれくらい信じてますか?」と言った。
僕は少し考え「半分くらいかな」と答えた。
「では、こう思ってください」
「私は思春期特有の症状におかされて、妄想と現実の区別がつかない不憫な女の子、と」
「どうです? そう思えば私の話に納得がいくでしょう?」
「まあ、確かにそうだけど」
かなり強引な方法を取ったもんだ、と思った。
矛盾が生じるのなら、どちらの矛と盾も壊して、最初から無かったことにすれば良い、そんな感じだ。
「私のことはお電波娘とでも呼んで頂いて大丈夫です」
「では、改めてお訊きしますが、私の任務の手伝いを引き受けて頂けますか?」
「もちろん」
僕がそう言うと、またすずは満面の笑みを浮かべた。
考えてみれば彼女の話が真実だとすると、それは生死を賭けた任務だ。
生半可に一人で見知らぬ世界での任務を行って、大した成果を上げられなかったら本末転倒だ。
それだったら、恥を捨て、無理にでも仲間を作った方が得策と言えるだろう。
それから、すずは再び座り直して「では、これからよろしくお願いします」と頭を下げた。
「こちらこそよろしく、お電波娘さん」
僕はからかい気味に言った。
するとすずは、むうと頬を膨らませ、僕を見つめる。
それを見て僕が笑うと、すずも微笑んでくれた。
笑うことの素晴らしさを思い出したような気がし、とても幸福感を感じた。
結局、僕たちが求めていたのは、真実なんかじゃなく、事を都合良く進めるための口実に過ぎなかったのかもしれない。
こうして、僕は数日間だけすずの情報収集とやらの手伝いをすることとなった。




