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十四話 団欒

 1月中旬、木曜日。

 新年を祝う宴も黄昏れる頃。


 僕は家族と仲が良くなった。

 前に母さんが言っていたすずをお正月に家に呼ぶという提案、それを母さんはあの後もしつこく彼女に伝えるよう迫ってきた。

 それにはさすがに参った僕は渋々すずにそのことを伝えた。

 すると、すずは途端に食いつき、「是非お伺いさせて下さい!」と強い口調で言った。


 すずが何故そんなに強い関心を示したのかは定かではないが、その3日後に彼女は僕の自宅を訪れた。

 結論から言うと、すずが家に来てくれて良かったと思う。

 初めは僕と母さんらはあまり仲睦まじくないし、そこにすずが来たところで場は変わらず気まずい雰囲気になるだろうと思っていた。


 しかし、すずは僕が思っていた以上にコミュニケーション能力があり、すぐに母さんらと打ち解けた。

 そして、その巧みな話力で上手いこと僕を話の輪に入れてくれ、いつの間にか僕は一家団欒の時を楽しむことが出来ていた。

 ちなみに主な話題は僕がこの半年間何をしていたかなどだ。


 そうしているうちにすぐ夕方になり、すずは母さんらに惜しまれながらも帰っていった。

 すずが帰った後、妹が「お兄ちゃんにもあんな素敵な人居たんだね」と言ってくれた。

 僕はその場ではただうなずくだけだったが、その後部屋で嬉しくて少しだけ泣いてしまったのはいい思い出だ。


 それから僕は妹とも上手く話せるようになり、母さんたちと三人で居る時でも談笑が出来るようなった。

 もうあの疎外感を感じることはなくなったのだ。


 そうして、徐々に家庭に明かりが灯り始めた。

 そして、それと同じように僕の暗かった性格も少しずつだが明るくなり、その甲斐もあってかクラスで少しだけ仲の良い人が出来た。

 それが同じくクラスで浮き気味だった前田(まえだ)だ。


 前田とは外で遊ぶとまでは行かないにしても、休み時間や移動教室の時に軽く話す程度には仲良くなっている。

 前田と話す話題としては、二年ほど前にクラスのオタクグループに入りたいが為に読んでいたラノベの「えいおうのおしごと!」が役に立った。


 とまあそんな風にクラスで孤立していた状態から脱却することが出来たのだが、人生は時化と凪を繰り返す海のようで、問題を解決してもまた新たな問題が立ち塞がる。

 僕の前にもこれまた面倒な問題が立ち塞がった。


 それは元々前田をいじめに近い形で弄んでいた不良グループの宮根(みやね)らが原因だ。

 彼らはきっと前田がクラスで浮いた存在ではなくなったことで、周囲の目もあり弄びにくくなったのが不服なのだろう。

 彼らはだんだんと僕たちの仲を悪くするような嫌がらせを行うようになった。


 そして、今がその極点と言えよう。

 今、僕は前田と共に校舎裏の地べたで宮根らを前に正座をしている。

 放課後、僕たちは呼び出され、怪しいと思いながらも断りきれず、このような状況になってしまった。

 

「おい前田、伊藤が前に俺の足を踏んだことへの罰としてこいつを殴れ」

 宮根の脇に居る細身の辻(つじ)はそう言った。

「それはたまたまそうなっただけで、もう謝ったことだし……」

 前田は慌てて言い返してくれたが、怯えていることは丸分かりで、それが語尾に如実に現れていた。


 それを察知した辻はしめしめとほくそ笑み、「なら代わりにお前が殴られることになるが」と言った。

「それは……嫌だ」

「それじゃ話が堂々巡りじゃねーか! 決められないなら俺が決めてやる!」

 そう言って辻は前田に殴りかかろうとする。


 その時、隣に居た宮根が辻の腕を掴み、「まあまあ、カッとなるのは良くないし、俺から一つ提案がある」と宥めた。

 まるで最初から謀っていたかのようだった。


「俺たちが用があるのは青山だ。俺たちはこいつと話がしたいだけなんだ」

「伊藤が足を踏んだ件は俺たちと伊藤で解決する」

「だから前田はこの場には必要無い。第三者は早く帰るといい」


「それとも、前田が代わりに罪を背負うって言うならそれでも構わんが」

 なるほどな、と僕は感心した。

 宮根らは前田がどちらを選択しても、どちらかが必ず罪悪感を背負うことになる、言わばジレンマに陥れた訳だ。

 やはりプロの技は格が違うということか。


 前田はしばらく悔しそうに歯を食いしばると、急に肩を落とし、「ごめん……」と小さく呟いた。

 そして、そのままこちらを振り向くことはせず、そそくさと校舎へと帰っていった。

 

 前田の雨に濡れた犬のようなみすぼらしい後ろ姿を眺めながら、ふと僕は自分が彼に対して憎悪や失望などの念を全く抱いていないどころか、田舎の実家に帰ったようなどこか安堵した気持ちさえ抱いていることに気が付いた。

 これから不幸が訪れるというのに不思議なくらい冷静だった。


 あまりの驚きでしばらく我を忘れていたが、左頬に急にハンマーを打ち付けられたような衝撃が走り、目が覚めた。

 おそらく、宮根の拳だろう。

 しかし、それでもなお僕は落ち着いていた。


 そんな僕の様子に余計腹を立てたのか、宮根は僕の胸ぐらを掴み、もう一度殴りかかろうとする。

 その時、「お前ら何やってるんだ!」と先生たちが頭に血を上らせた様子でやって来た。

 先生たちの後ろではおどおどした様子の前田がもう安心していいんだよ、と言わんばかりの目でこちらを見つめていた。


 

 後から聞いた話なのだが、先生たちを呼んでくれたのは前田とのことだった。

 そして、その後宮根らは先生たちにこっぴどく叱られ、卒業まであと2ヶ月というところで学校に来なくなった。

 おそらく、もうすぐ卒業するということで、融和的になってきたクラスの雰囲気に溶け込めなかったのもあると思う。


 ともあれ、その一件があった後も僕と前田に軋轢が生じるようなことはなく、和やかな学校生活を送ることが出来た。 

 あれほど学校を嫌っていた前の自分とは大違いで、今は毎日学校に行くのが楽しみで仕方ない。


 この一年で僕は温かい家庭と穏やかな学校生活という正に誰もが思う普遍的な幸せを手に入れた。

 そのきっかけをくれたすずには感謝してもしきれない。


 そして、そのすずが未来へ帰ってしまうまでは残り3ヶ月しか無い。

 僕はその3ヶ月を無駄にしないよう、全力ですずの情報収集のサポートをしようと心に誓った。

 僕に幸せを授けてくれたすずには、次は自分自身の幸せを未来で掴んでもらいたいから。


 しかし、これだけ順風満帆なのに僕は心の奥底で何かが違うような気がしていた。

 だが、それは幼少期の思い出のようにぼんやりとしていてはっきりとは分からない。

 

 幸い、この時はまだ気にするほどその疑念は膨らんでいなかった為、楽しい日常生活を送っていればそんなことすぐに忘れることは出来た。

 だが、後に僕はそれを後悔することになる。

 




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