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十二話 変化

「ふぅ、美味しかったです」

 ステーキ皿に乗ったハンバーグを食べ終えたすずは満足そうに言った。


 あれから僕たちは下山した後バスに乗り、途中で見つけたファミリーレストランで食事をしている。

 すずはこういった所に来るのは初めてらしく、目に入る全てを新鮮そうに見つめていた。


 そして、僕たちは同じハンバーグセットを注文し、ちょうど今それを食べ終えたところだ。

「何かデザートでも注文するかい?」

 満足感の余韻に浸っているすずに訊いた。


「デザート? ……ですか?」

「うん」

 僕はメニュー表の裏にあるデザート集を開いてみせる。


「どれがオススメなんですか?」

「うーん、女の子はこのパフェなんかをよく食べてる気がする」

「じゃあ、私はそれで」

「誠太さんはどうします?」

「僕はプリンかな」

「それじゃあ、ボタンを押すよ?」

「はい」


 僕は傍の呼び鈴を鳴らし、店員を呼ぶ。

 しばらくすると、アルバイトらしき女性が急ぎ足で僕たちのテーブルまで注文を取りにやってきた。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「えーと、このカラメルプリンと苺パフェを下さい」

「畏まりました」

「こちらお下げしますね」

 そう言って店員は手馴れた手つきでテーブルの上の皿を両手に抱え、厨房へと帰っていった。


 それからしばらくすると、またさっきとは違う店員がパフェとプリンをテーブルに運んだ。

「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」

「はい」

「では、ごゆっくり」


 店員が立ち去るのを見届けた後、ふとすずの方に目をやる。

 彼女は目の前に置かれた苺パフェに興味津々だった。

 そして、恐る恐る上から生クリームと苺プューレをスプーンですくい、口に運んだ。

 すずの顔がだんだんと綻んでいくのが分かった。


「美味しいです!」

「私、こんな甘くて贅沢な食べ物初めて食べました」

 すずはハイソサエティな人々が通う料理店の最高級デザートを食べたかのようにはしゃいだ。

 実際は四百円程度の安価なパフェなのだけれど。


「こっちも食べてみる?」

 僕は自分のプリンをすずの前に差し出した。

「良いんですか? それじゃあ一口だけ」

 そう言ってカラメルソースと共にプリンを一口すくい、また口に入れた。


「うん! こっちも美味しいです」

 すずはほっぺを抑え、そう言った。

「それは良かった」


「ほんと、過去の人たちはこんな美味しい物がいつでも食べられて幸せですよね」

「未来にはこういうスイーツとかってないの?」

「ないと言うより、そもそも食事が娯楽という概念が失われてるんですよ」


「私の居た世界には食べ物といえば携帯固形食や味気ないレトルト食品ばかりでしたからね」

「そういう概念が失われるのも仕方ないんですよ」

「そっかあ」


「過去の人たちはもっとこの恵まれた食文化に感謝すべきだと思います」

「それは一理あるね」

「自分たちがどれだけ食文化に支えられているのか、改めて考え直してみる必要があると思う」

「全くです」

 すずはそう言って呆れていたが、またパフェを食べ始めると、すぐに顔が綻び、幸せに満ちたような表情を浮かべるのだった。

 

 デザートを食べ終えた僕たちは会計を済ませ、コンビニで歯ブラシを買い、バス停まで歩いた。

 そして、またバスに乗り、すずの家に着くまで揺られながら帰った。

 

 


「お風呂はもう洗ってあるので、誠太さん先に沸かして入ってもらっていいですよ」

「私は他にやることがありますから」

 玄関に入るなりすずはそう言った。

 時刻はすでに11時を回っていた。


「そうなの? それじゃあお言葉に甘えて先に入らせてもらうよ」

 僕は靴を脱ぎ、リュックサックを下駄箱の横に置いて脱衣所へ向かう。


「脱いだ服は洗濯籠に入れといてくださいね」

「分かった」


 僕は湯船に栓をし、湯張りボタンを押す。

 そして、服を脱ぎ、それらを洗濯籠に入れて風呂場の扉を閉めた。



 体を洗い終わり湯船に浸かっていると、すずが扉越しに「パジャマここ置いときますね、それとシャンプーとかは私の使ってくれて構いませんから」と言う声が聞こえた。

 何だかお母さんみたいだな、と僕は思った。

 

 

 風呂を出ると、傍らに白色のパジャマが置かれていた。

 僕はそれを手に取り、着てみる。

 サイズは少し小さかったが、僕の体格は男にしては小柄な方なのでそこは問題なかった。


「お風呂上がったよ」

 居間で新聞を整理しているすずにそう声を掛けた。

 彼女は振り向き、じっと僕の身なりを見つめる。

 しばらくすると、何かに納得したように「大丈夫そうですね」と言った。


 「それじゃあ私もお風呂に入ってきます、もうお布団は敷いてあるので歯磨きをしたなら先に寝てしまって構いませんよ」 

 すずはそう言って、脱衣所へとスタスタと歩いていった。

 

 僕はその言葉通り買ってきた歯ブラシで歯磨きをし、布団に入り眠りにつこうとする。

 しかし、どうにも胸の辺りがソワソワして眠れなかった。

 やっぱり、すずが戻ってきてから寝よう。

 僕はそう思い、布団から起き上がり、寝室から居間に移った。


 何かをする訳でもなく、ちゃぶ台の前に座り頬杖をついたり、そのまま仰向けになって呆然と白い天井を眺めたりして、ただただ時が流れるのを待った。

 僕は淋しいからこうしているのだろうか。

 ふと、そんな疑問が頭の中に浮かんだ。


 しかし、山を登ったりして疲れきった体と睡魔に襲われて意識が朦朧(もうろう)とし始めた脳では、その疑問を思案して回答を導くことは出来なかった。

 まぶたが必死に目を隠そうとする。

 風呂場から僅かに聞こえてくるシャワーの音は、未だ鳴り止まずザアザアと音を立てていた。

 


 誰かが優しく揺り起こすのが分かり、目を開けた。

 視界はまるで走馬灯を見るかのごとくぼんやりとしていた。

 それがだんだんと輪郭がはっきりとしてきて、おかげでこれは夢ではないんだと悟ることが出来た。


 僕を揺り起こしていたのはすずだった。

「全く、世話が焼けますね」

 彼女は肩をすくめながら言った。


 僕は慌てて体を起こす。

 しかし、これはすずに揺り起こされたから慌てて起きたのではない。

 僕が慌てて起きた理由は目の前の衝撃的な光景にあった。


 すずは下着以外服を着ておらず、ほぼ素っ裸だった。

 かつ、それを恥じる様子もなく、平然と目の前に座っているのだ。


「ふ、服は?……」

 あまりの衝撃に上手く舌が回らず、そう訊くだけでやっとだった。

「ふぇ? 今から着ようと思ってたところですよ」

「な、なら早く着てきて!」


「誠太さんどうしたんですか? 手で顔を覆ったりして」

 すずは僕の顔を覗き込む。

「わっ! あ、後で説明するから、とりあえず先に服着てきて!」

「わ、分かりました……」

 すずはいまいち納得していない様子でそう言い、服を取りにたんすに向かった。



「女の子ってそういうものなのか?」

 僕は思わず呟いた。

 いや、違うはずだ。

 少なくとも妹のそういった姿は一度も見たことがない。


 そうこうしているとすずがパジャマを着て戻ってきた。

 僕が彼女に裸の理由を訊くと、何でも未来では裸を見られても何とも思わないのだとか。

 そもそも、異性に対して好意は抱くが、現代で言う性的興奮は理解出来ないらしい。


 僕がどれだけそれが恥ずかしいことなののか論じても、すずはいまいちしっくり来てない様子だったが、人前でおしっこを漏らしてしまうようなことだと説明すると、途端にすずは顔から火が出るほど恥ずかしがっていた。

 その後、僕たちは一緒に布団に入り、眠った。

 

 次の日からしばらくはさっきの事もあり気まずい関係なるかと思いきや、意外にもすずの立ち直りは早く、次の日には何事も無かったかのように僕と接してくれた。


 しかし、その日を境に変わったこともある。

 それは僕たちがお互いを恋人同士として改めて認識し始めたことだ。

 例えば、今までは間接キスしたと気付いてもお互い特に反応していなかったが、その日からは過剰に意識してしまうようになったなどだ。

 告白して付き合い始めた当初もそういった関係の変化は現れなかったというのに。

 

 恥ずかしいことを共有したことが要因かもしれない。

 あるいは、喧嘩して仲直りした後のカップルがより親密になるのと同じような原理かもしれない。

 まあいずれにせよ僕たちの関係が少し深まったことは確かだった。

 僕たちはお互いの傍にいるのが当たり前の関係になったのだ。

 

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