十一話 空虚
11月上旬、土曜日。
秋も薄れ、冬の到来がひしひしと感じられる頃。
最近は小春日和が続いてるので暖かいが、これが終わればいよいよ冬が始まり、ひんやりと肌を刺すような風が吹きすさぶことだろう。
時刻は黄昏時。
僕は今、すずとバスに乗っている。
目的地は終点で、僕たちが住んでいるこの町の中心部から大きく外れた田舎のような場所だ。
そこは田んぼや山などの緑に溢れている。
そんな所に行って何をするのかと言うと、目的はもちろん情報収集だ。
すずは山の奥にある宇宙研究所を調べたいと言った。
だが宇宙研究所は今は廃墟となり、立ち入りが禁止されている。
だからこうして逢魔が時にこっそり忍び込み、そこにある電波望遠鏡や宇宙研究所の中を写真に収めようとしているのだ。
すずいわく、少しでも残っている歴史的建造物を写真に収め、持ち帰りたいのだとか。
そうこうしていると車窓から見える景色が紅葉色に変わった。
夕日の赤と晩秋の紅葉が合わさり、見渡す限りが紅色に塗られた。
それはまるで世界が終末の炎に包まれたかのようだった。
すずは隣でうとうととまどろみ始め、ついには僕の肩にもたれかかり眠りについてしまった。
乗客は僕たち二人だけで、他の人は皆途中で降りてしまった。
そりゃこんな辺鄙な所までわざわざ足を運ぶ物好きは僕たちぐらいだろう。
暇だ、と車窓の景色を眺めるのに飽きた僕は思った。
代わりに隣で眠るすずに目をやった。
彼女の寝顔は愛おしく、髪からはシャンプーの良い匂いがした。
未来人でも現代の女の子とそんなに変わらないんだな、と僕は思った。
そもそも現代の女の子で深い関わりを持ってる子は居ないので、それに確証は持てないのだが。
「終点でーす」
運転手のアナウンスとバスが停車する時に発するプシュウという音で目が覚めた。
どうやらいつの間にか僕も寝てしまっていたようだ。
隣のすずも僕と同じタイミングで目を覚ました。
僕たちは軽く背伸びをし、上着を羽織った。
「それじゃあ、行きましょうか」
すずの合図で僕たちは立ち上がり、小さめのリュックサックを背負い、出口に向かって歩く。
運賃箱にお金を落とし、運転手に軽く会釈をしてバスを降りる。
バスを降りた先は見渡しても錆びたバス停と小さめの山しかない場所だった。
暖房が効いていた車内と違って外は肌寒く、体をまとっていた暖気が一気に失われていくのが分かった。
すずはバスが引き返していくのを見計らってこう言った。
「さて、そろそろ出発しましょうか」
「懐中電灯は持ってきましたか?」
「うん」
僕は懐中電灯をリュックサックから取り出し、明かりを点けてみせた。
「では、あそこから登って行きましょうか」
すずは右にある山を指さす。
あの頂上付近に今や廃墟と化した宇宙研究所があるのだろう。
本来はきちんと整備された正規の山道があるのだが、そこから行って警備員などに見つかるとまずいので、横から無理やり登って行くことにした。
そして、僕たちは山に足を踏み入れた。
僕が先頭に立ち、すずがその後に続いて登る。
足元を懐中電灯で照らし、雑草を踏み荒らし、苔で足を滑らせないよう気を付け、岩をまたぐ。
時々、何の虫か分からないような鳴き声が聞こえたり、近くで雑草がガサッと揺れる音が聞こえたりした。
1時間ぐらい登ったのだろうか、地面が平面に変わった。
高いフェンスを隔てた先に宇宙研究所らしき建物と、遠くには電波望遠鏡と思しき物が見えた
どうやらここが頂上らしい。
僕は後ろを振り返り、「おーい! もうすぐ頂上だよ!」と言い、三メートルぐらい下でへばっているすずを励ました。
それから数分して彼女も頂上に辿り着いた。
頂上の平面はサッカーコート2~3個分の広さだった。
おそらく宇宙研究所を建てる時に切り開いたのだろう。
僕たちは二メートルぐらいある高さのフェンスをよじ登り、宇宙研究所の敷地内に入った。
それから軽く水分補給をして、靴やズボンに付いた葉っぱや泥を払い、少しばかり休憩した。
そして、すずの「まずは研究所から見ていきましょうか」という言葉と共に立ち上がり研究所へと歩を進めた。
研究所の外壁は錆びたり、つたで覆われてたりして、閉鎖から20年という時間の長さを物語っていた。
すずはカメラを取り出し、その外観を写真に収めた。
正面のドアは鎖と南京錠で鍵が掛けられており、どうやってもそこから中には入れそうになかった。
仕方なく僕たちはガラスが割れて跡形もなくなった窓から中に入ることにした。
中に入ると真っ先にカビとホコリの臭いが鼻をつき、視線の先には闇しか見えなかった。
「では探検開始としましょうか」
「誰かに見つかってはまずいので、くれぐれもお静かにお願いしますね」
「分かった」
そして、僕たちは恐る恐る建物の奥へと進んだ。
懐中電灯を片手に一歩ずつ踏みしめるように。
好奇心と恐怖心が攪拌されて新たな気持ちが出来上がるのが分かった。
こうして僕たちは闇へと足を踏み入れたのだった。
最初にため息をついたのはすずだった。
「まさか建物内に遺留品が一つも残ってないとは」
一通り建物内を巡り、元の窓の所まで戻って来るなり彼女は言った。
台風で学校が休みにならなかった時みたいに落胆した様子で。
僕は窓の下枠に手をかけ、ひょいっと潜り外に出て「まあしょうがないよ。何せ20年も経ってるんだからさ」と言った。
「ここで働いてた人が取りに来たり、イタズラとかで持っていかれたんだよ、きっと」
「私としては少しでもいいから宇宙関連、あるいは生物兵器の書類でも残ってるとありがたかったんですけどね」
僕はあえて不穏な言葉は無視した。
そして、すずも僕と同じ要領で窓を潜ろうとする。
しかし、覚束無い様子だったので、僕が抱き抱えて外に出させた。
「ありがとうございます」
すずは恥ずかしそうに言った。
「それじゃあ最後に電波望遠鏡だけ撮って帰りましょうか」
「そうだね」
僕たちは宇宙研究所を後にし、近くに見える電波望遠鏡に向かった。
電波望遠鏡に向かうに連れ、木がまばらになり、空がよく見えるようになった。
そして、今まで意識していなかったので気が付かなかったがここは元は天文台も兼ねており、星が今までにないくらいとてもよく見えた。
電波望遠鏡をあらかた撮り終えたすずにこの場に寝転んでみないかと提案する。
そして、それを彼女も承諾し、二人で仰向けになって寝転んでみた。
満天の星々に目を奪われたのは言うまでもないだろう。
同じ星空であっても町の都心部で見るのと、こうやって観るのとでは雲泥の差があった。
この日、僕は初めて星空を観たと言っても過言ではないだろう。
それほどまでに煌びやかで、この空に浮かぶ星々を掠め取っていきたい気分だった。
満天の星々に感激を受けたのはすずも同じで、しばらくは瞬きすら忘れている様子だった。
彼女はしばらく硬直した後、はっと思い出したかのようにカメラを取り出し、写真を取り始めた。
それからしばらくは二人で星空に見とれていたが、ふと気になり僕は腕時計を確認する。
時計の針は午後8時を示していた。
まずいな、と僕は思った。
「どうかしましたか?」
すずは慌てる僕の様子を見てそう言った。
「今から帰っても10時は回るだろうし、親になんて言おう」
「誠太さんの親御さんってそんなに厳しいんですか?」
「いや、迷惑掛けるのに気が引けるんだ」
「普段あんまり話さない分迷惑掛けたくなくてさ」
「向こうは大して気にはしないのは分かってるんだけどね」
「うーん、それは確かに困りましたねえ」
すずは腕を組み、何か考え始めた。
しばらくすると突然何か閃いたかのように「あ!」と呟き、こう言った。
「私の家に泊まりに来ますか?」
「え?」
僕は思わず訊き返していた。
「誠太さんが良ければの話ですよ、明日は日曜日ですし」
「僕は構わないけど、すずは大丈夫なの?」
「はい、予備の布団がありますし、寝室には二枚並べられると思いますよ」
そういうことを訊いてるんじゃないんだよなあ、と僕は思った。
まあ16歳のうら若い少女に手出ししようだなんて思わないので別にいいが。
「それじゃあ、私の家に泊まるということでいいですか?」
「うん、そうしてもらうと助かるよ」
「了解しました」
「それで、ご飯はもう遅いですし、どこかで食べて帰りましょうか」
「そうだね」
「それから歯ブラシもどこかで買わなくちゃならないですね」
「パジャマは私の着ればいいとして」
「服は今日洗濯出来ないので明日の帰りでもいいですか?」
「別にいいけど、どうして?」
「アパートなんで夜に洗濯すると他の住人の方の迷惑になっちゃうんですよね」
「そっか、それなら明日にした方が良さげだね」
「服は私の大きめのTシャツとか半ズボンしかなくて、それで明日は過ごしてもらうことになりそうです」
「別に構わないよ」
「そうですか、なら明日は出掛けずに家で出来ることをしましょうか」
「すまないね」
「いえいえ、これも助け合いですから」
すずは優しく微笑みながらそう言った。
その後、僕たちは山を下りた。
どうせこんな伽藍堂の研究所護る必要なんてないだろうし、今度は正規の山道から。
正規の山道は道が整備されており、下山は驚くほど楽だった。




