表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

11



副会長襲撃事件から、三日が過ぎた。

あれから廊下で擦れ違う度、副会長にそれはもう、にこやかに声を掛けられる。


「こんにちは」だけの挨拶ならばあれなのだが、どう考えても百合姉の情報を聞き出したい様子だ。


あまりにも熱心なために、一度アリッサ様を交えてお話したのだが、百合姉は私と二人でいるときはどんな様子か、好きなものは、こういったものは好みだろうか、等々質問責めをされた。唖然とするアリッサ様の顔は忘れられない。私が一人副会長に会うというと、心配した表情でついて来てくださるとおっしゃったので、その優しさに甘えたのだが…今は、罪悪感しかない。


まあ、好きな女の子に振り向いてほしいというのは微笑ましい限りだ。一度学生の身分を終えた私としては、応援したくなる。それが普段大人びてる男の子ならば尚更だろう。

……ただ、うん。

その相手がアイドルの扱いを受けてる人で、その想い人が百合姉となると、ちょっと私としては保身を考えてしまって、素直に心から応援出来ない。幸い、アリッサ様が手を貸してくださった為に呼び出しや悪い噂は一度もない。二人きりで副会長と話していたら大変なことになっていたかもしれない。

……ちなみに、百合姉はといえば、そのことに対して怒りを露わにしていた。曰わく、



「あいつ本当に宰相の息子!?飛鳥は慎み深いから目立つのが嫌いなのに…なんで人の迷惑が考えられないのかしら!」



――だそうだ。私を想ってくれているのは嬉しいが、そもそも百合姉に好かれようと副会長が頑張ってることが発端なため、何とも言えない。


さらにこの話を黒田くんにしたところ、「怒るってそっち…?私のハーレム要員に近付くんじゃないわよ的なのじゃなく…?」と遠い目をしていた。

自惚れに聞こえるかもしれないが、百合姉が私にそんなこと思うわけがない。


まあ、そんなわけで、学園のアイドルの一人にかちこみされた割に、今のところ私の人間関係や生活に支障を来すような事態に陥ってはいない。平和な日々が続いていた。


……今日までは。



場所は魔術の授業を行う西棟の突き当たりの廊下。移動教室の際に忘れ物をし、慌てて取りに来た。……ら、この様である。



「可愛いね、震えてるの?慣れてないのかな」



目の前にいるのは深い緑色の髪を肩まで伸ばし、蜂蜜色の垂れ目の下には泣き黒子を持つ、色っぽい美男子。ナリス・ロングフロード伯爵子息。生徒会の会計であり、遊び人で有名な攻略キャラクターである。

そんな彼に廊下の壁に追いやられて、彼のしっかりした腕を頭の横に突かれ、逃げ場を塞がれた。……所謂壁ドンである。



「――よいしょ」


「……ちょっと待ってよ」



思わず彼の脇の下辺りから頭を屈めて逃げてしまった。手首を掴まれて逃走に失敗するが、さっきより距離は開けた。よしよし。


しかしよいしょ、はねえな。しかも、相手は自分より立場が上の家柄だ。そんな人の脇の下を潜るのは女としてどうなんだろう。あ、やばい心配になってきた。




「――はしたない真似をお許しください、びっくりしてしまって」


「……読めないコだなあ」



素直に謝れば、引きつった表情でぼそりと呟かれた。

いや、出会い頭に壁ドンとか、そっちの方が唐突で読めませんからね。


やんわりと手を振り解き、真っ直ぐに向き直る。逃げる意志がなければ捕獲はされないだろう。




「大変失礼いたしました。…ところで、私に何か?」


「………いやね、君がちょっとどんな女狐なのかと思って」




女狐。とんでもないワードに、あ、と私は遠い目をする。そういやこの人、公共の場で百合姉にちゅーかましてたな。ってことは、襲撃事件リターンズか。まじか。



「あのコに執着され、あの人から寵愛を受けて、挙げ句の果てに、人に滅多に心を許さないカイルに気に入られた……どんな手腕の持ち主なのかと思ってさ。そうやって俺らに近付いて、お姫様になろうとしたんでしょ」



はいビンゴー。

しかも副会長のことでハードル上がってるしね。頭で言葉を並べ、どうやってこの場を切り抜けようか考え始めた私に、はあ、とため息を吐いた。



「…って思ったんだけどねえ。さっきの俺に対して、色気も何もない反応するんだもん」



おや?


てっきりここから詰られまくると思ったが、そんな様子はない。…まあね。さっき壁ドンをよっこらせと潜り抜けた女がそんな小悪魔な真似するわけないわな。



「あの女は抵抗したけど、ちょっと嬉しそうな感じだったし…うん、君はちがうみたい」


「あの女…?」


「あの人の立場を脅かす性悪だよ」



そう吐き捨てる姿に、私は目を見開く。


あの人の立場を悪くする…


言い寄られて隠してるようで嬉しそうにしてた…



――まさか、朔姉のことか!?



朔姉はハーレムを形成したがってた。殿下は特例中の特例として、ロングフロード伯爵子息レベルのイケメンに口説かれたら絶対どや顔で喜ぶ。


何より、百合姉をも蹴落としたい存在だ。百合姉に対してよい感情を抱いていない、最近この学園で出会った女子なんて目じゃないほどに憎悪を燃やしている。

……やばい。それはやばい!!



百合姉と違って、朔姉の立場は悪役だ。よっぽど変化球な話ではない限り、悪役とは大抵ラストは可哀想な目に合って終わりとなる。

現にローゼリアだって、お家が没落し、大衆の前で婚約破棄されてしまう。

朔姉本人がそれを望んでいるとはいえ、彼女の望む結末がくるとは限らない。それに私自身が、いくら幸せになる為の過程とはいえ、彼女が辛い目に合っているのを見るのは耐えられない。



「あ、あの」


「…何をしているの?」



勇気を振り絞って口を開いたが、その声は第三者の声に被せられた。



「ナリス、貴方飛鳥に何をしているの?」



落ち着いていて、威厳を保った声。

かつり、と軽やかな音を立ててヒールを鳴らし、ロングフロード伯爵令息を睨むのは、朔姉その人だった。



「ロゼ…!」



そんな朔姉を睨みつけ、高圧的な笑顔を向ける…なんてことはなく、ロングフロード伯爵子令息は目を輝かせ、頬を薄く赤らめて笑顔を向けた。



「…その呼び名はやめてちょうだい、といった筈よ」



いや、その割にはめっちゃ嬉しそうですけどね朔姉。口端あがってるもん。

っていうか、え?ロングフロード伯爵令息って朔姉の方に味方してたの…?ってことは、あの女って百合姉のこと?




「……中庭でキスしてたのに……?」



思わず漏れた呟きに、ロングフロード伯爵令息は吹き出し、朔姉は呆れたようにため息を吐いて私の頭を撫でた。



「この人の癖よ、飛鳥。真に受けないで」


「ひどいなあ、全ては君の為なのに。…それにしても、君はアレを見てたんだね」


ぱちり、とウィンクをするロングフロード伯爵令息はアイドル顔負けだ。

んん?つまり……?



「あの女が俺たちに近付いているのは目に見えていたからね。それに、ロゼも気に食わないみたいだったし、あの女もありもしないロゼの悪い噂をよく零してた。だから尻尾を掴んでやろうと思って、わざと彼女に擦り寄ったって訳」


「悪い噂…」


「自分を見下してるー、とか、蹴落とそうとしてるー、とか、周りを駒としか見てない冷血女ー、とか」



いや、それ事実です。


なんて言えば睨まれるのは私なために黙っておく。

…ロングフロード伯爵令息、嬉しそうだな。頬を赤らめて朔姉を見詰める目は、いっそ信仰だよね。




「有能な男が好きなんだよね、ロゼは」


「…まあ、そうね。間抜けで分を弁えない人間よりずっといいわ。」



くすりと笑い声を漏らして陰のある笑みを浮かべる朔姉と、恍惚とした表情を浮かべながらアピールをするロングフロード伯爵令息。…これ、学園ファンタジーの乙女ゲームなんだよね?探りを入れたりしなきゃなんないスパイアクションゲームじゃないんだよね?

っていうか、私この場にいる意味ってあるんだろうか。



「……でも、飛鳥を疑うなんて筋違いもいいところよ」



しかし思い出したように私の名前を出して、ロングフロード伯爵令息を睨み付ける朔姉。そしてしゅんとするロングフロード伯爵令息。…なんか、あれだ。遊び人っていうかワンコ系男子。



「あ、あの、大丈夫です。仕方ないと思います、ローゼリア様は有名な方です。その立場故に味方も敵も多いかと…だから、ロングフロード様がローゼリア様を想って警戒なさるのは無理もないことかと…」


「アスカちゃん……優しいんだね」



さっきまで女狐呼ばわりしてたのにアスカちゃん、だと……!

きらきらした眼差しの彼はとても遊び人だとは思えない。



「私の自慢の妹ですもの」



そしてどや顔の朔姉。ちょっと嬉しいと思ってしまった。




……しかし、これはアレだな。生徒会は朔姉陣営、百合姉陣営できっぱり分かれそうだ。……何度も言うが、これ、乙女ゲームだよね?




その後、ロングフロード伯爵子息の壁ドン回避のくだりをロングフロード伯爵令息にバラされ、朔姉はくすくすと笑っていた。ロングフロード伯爵令息は、そんな彼女の表情が貴重だったらしく、至福の表情だった。笑い物にされた私は微妙な気持ちだ。



「ロングフロード様、朔姉のこと大好きだね」



生徒会の仕事がある彼が立ち去った後、私がそう言えば朔姉は「そうかしら」と得意げに笑った。



「まあ、たしかに私に忠実に尽くしてくれるわ。ただ、私が一番欲しいのは彼じゃないの」


「…はあ」


「飛鳥、流石にカイル・アルベートは知ってるわよね?というか、最近向こうから絡まれたんだったかしら…」


「え…あ、うん」


「私、彼が欲しいの」



………………。



「はいっ?」


「あら、なあにその顔」



目を見開く私に、くすりと笑う朔姉。いやいやいや、だって副会長だよね?あのなんちゃって腹黒ちょろ系男子の副会長だよね?



「い、意外……」


「あらそう?…学園では傍若無人ながら才能があるせいで周囲から注目を浴び続ける生徒会長、実家では優秀な兄たちにそれぞれ囲まれたせいで自分に自信がなく、加えて自分を蔑ろにする周囲を信用できずに笑顔の仮面を付け続ける……それを助けるのは、一人の女しか見えなくなった道化師を婚約者に持つ、凜とした公爵令嬢……なかなかなストーリーだと思わない?」


「………あー………」



やばい、突っ込みきれないぞこれ。


まずそれ誰よ。人間不信?いやめっちゃちょろいよ。転校してきたばっかりの百合姉にベタぼれだし、私にも割と簡単に気を許したし。

っていうか殿下朔姉のこと大好きじゃん。まずそこからストーリーは展開しないよね。



……まあ、これを言ってもきっと、『これからどうにかするわ』とか言って聞く耳持たないんだろうな。



「あ、安心してね。いくら飛鳥がカイルと仲がいいからって、情報を聞き出すようなことはしないわ。飛鳥を利用するような真似、したくないもの」


「……………ありがとー」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ