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さて、例の喫茶店での三者面談から三日が経過した。
黒田くんとの関係はあまり変わりない。というより、その関係の距離は以前より近付いた気がする。
校門付近の公園で、私たちはベンチに座りながら語り合っている。なんでも、メイリー様のお迎えの馬車の護衛らしい。学園の部外者である彼とは毎日とまでは言えないが、こうして語り合うことは度々ある。
「今更だけど、馬操るのかっこいいね」
「騎士の必須科目っすからね。めっちゃケツ痛いっすけど」
肩を竦めて苦笑する黒田くんに私も笑った。
ああ、楽だ。
決して学園が嫌いな訳ではない。ただ、そもそもお嬢様らしい振る舞いというのは私の性に合わないのだ。要は私がガサツであるということ。……いや、立派な淑女になれるよう日頃の努力はしてますよ?ただ、染み付いた性根はなかなか変わらないっていうか。…いや本当に頑張ります。
「あと、あのパイロハザードの新作がさ…」
「あ!あれ荻野さんもやったんすね!俺もーめっちゃ怖くて!!」
「だよね!?なにあれめっちゃ怖い!何度も意味なく画面停止しちゃったよ!」
そして、そう。これだ。
黒田くんがいい子で過ごしやすい、ということは大前提だが、こうやって前世でのゲームを語れるのも彼と過ごす時間の魅力の一つだ。
真顔であるが、彼の金色の瞳がキラキラと星のように輝いている。ああ、本当に楽しい。百合姉や朔姉もゲームはやるけど乙女ゲームだからな。昔ホラーゲームをしたけど、横で見ていた百合姉が「怖いよう!」と抱きついたてきて、そんな彼女を朔姉が蹴り飛ばし、リアルスマッシュシスターズが開催されたのは未だに覚えている。
「でもこうやって話してると、やっぱりやりたくなるよねえ」
「そっすね。俺今めっちゃステルスで敵地に潜入したいです」
「わかるわー。私もめっちゃ人間と悪魔のハーフ主人公使って悪魔狩りしたい」
コントローラーを握ったイメージで指を動かせば、黒田くんも真似してくる。一回でいいから対戦したかった。
「俺ゲームというゲーム極めたらチェスかなり上手くなりましたよ」
「まじか。すごいね黒田くん、チェスの名手で騎士とかリア充だよ」
「まじすか!俺リア充!?」
いや、普通にイケメンだと思うから充分リア充だよ。
「随分楽しそうですね」
そんな和やかかつ庶民的な会話をしていると、聞き慣れぬ声が鼓膜を揺さぶった。
振り返るとそこには、鮮やかな青髪の眼鏡をかけた青年がいた。すらりとした身長に反する細身な身体と、にっこりと浮かんだ笑顔。――……カイル・アルベート。つまりは副会長である。
「貴女ですか、リノアを泣かした女というのは」
あ、やっべえ。
それは奇しくも黒田くんも同じタイミングで口を動かしていた。
「……これは、副会長。ご機嫌麗しゅう」
「挨拶は結構。私は彼女を泣かした罪について言及したいのです」
相手は宰相のご子息であるから失礼のないようにとご挨拶してみたが、彼の中で私に対する評価はそういうことをする必要がないランクにまで落ちてしまっていた。黒田くんが真顔で私より一歩前に出る。
「……そして、貴女の企みを阻止する為にここに来ました」
「……企み?」
「惚けないでいただきましょうか。知っているのですよ、リノアが泣いたあと、貴女に抱きついたことを。そして仲睦まじく囁きあっていたことを」
――おや?
眼鏡をくいっとあげて宣言する副会長に、私は首を傾げる。泣かした、という事実だけ断片的に知って、私の元に突撃するのはまあ、理解できる。
だが彼は、その後の私と百合姉とのやりとりも知っているらしい。となると、私と百合姉が虐めの加害者と被害者ではないと理解できているのではなかろうか。
「リノアから話は聞いています。貴女は聡明で穏やかで、そして心優しい、自分の一番の理解者であると。あれは最早執着だ」
せっかく念願の攻略キャラに何話してんのあの人。
「流石シスコン…」
「やめて黒田くん、まじやめて」
「何を囁きあっているのです」
「いえ、失礼しました。――お続けください」
私と黒田くんのやりとりを真顔の副会長に見られ、直ぐ様首を左右に振る。
「……この間の喫茶店の一件もそうです。貴女の発言に対して、彼女は縋るように泣き、そして抱きついた。……まるで貴女に操られているようですね」
眼鏡の奥の瞳は笑っていない。
たしかに、あれは半強制的にメイリー様に謝らせたけれど!……やっぱり良くないんだろうか。いやでも、百合姉暴走しやすいし、彼女のせいで傷付く人が出るのは元妹としては心苦しい。
私が悩んでいると、彼は私を見て鼻で笑い、言い放った。
「貴女は心優しく純粋なリノアに上手く取り入ることで、操り人形にすることを目論み、そして、
私たちに近寄るつもりだった。違いますか?」
「違いますけど」
思わずスルッと出た本音に副会長が「まだそんな悪足掻きを…」と舌打ちする。
いやいやいや…!だって突然派手に的外れなこと申し上げるんだものこの方!
「容姿に優れ、権力もある私たち生徒会に取り入るにはリノアに擦り寄った方が早い。違いますか?」
「何言ってんだこいつ」
「違います!!」
黒田くんの言葉に声を張り上げて被せる。
やばいって黒田くん、流石に君が宰相の息子さんに対して、変質者を見た、みたいな言い方するのは拙いって。いや私も同じこと思ったけど。
一度深呼吸をする。多分、真っ向から否定しても「違います」「嘘吐くな」の平行線だ。
かといって、このまま放置して誤解され続けるのは避けたい。学園のアイドル(権力所有者)を敵に回すのはハイリスクすぎる。
百合姉にチクるという方法もある。絶対にスピード解決できると思うが、副会長も百合姉を思っての行動だ、なのに彼女から嫌われるなんて可哀想だろう。…百合姉、絶対副会長を切り捨てて私を選んでくれるしな。これは自惚れではないと思う。
となると、この場で切り抜けるしかない。逆上させず、納得してもらうには。
生前の社会人生活で身に付けた接客時を思い出し、口を開いた。
「――いえ、そうですね、生徒会の皆様は素晴らしい殿方ばかりです」
「ほら、」
「副会長、貴方様のその艶やかな深い海のような色の御髪、日の光を浴びて輝く新緑のような瞳が映える、柔らかな美しさと知性を感じるそのお顔。そして思慮深そうに響くハスキーなお声。ああ、そのお姿やお声だけでは御座いません、常に冷静に物事を見極める観察眼に数多の知識を蓄える博識さ、常に気品を失わない仕草、ええ、本当に魅力的ですわ」
「え――」
全力で誉め言葉を並べてみた結果、呆然とする表情を浮かべる副会長に、ここだと私は叩き込む。
「今こうしてお話することで私、心臓がはちきれそうですの。………副会長、私のような平々凡々にとっては、今のように皆様のような魅力的な方々の傍にいることさえ緊張してしまうのです。そのような私が、皆様の傍に…それもリノア先輩のようなお方に成り代わってなど、想像することすら烏滸がましいことなのですよ」
「……ですが、」
その先の言葉は紡がないものの、納得した表情ではない。――もう一押しか。
「リノア先輩は素晴らしいお方ですわ。そのお姿は朝露に濡れる薔薇のようにお美しく、そしてその心は天使のように無垢で、聖母のように優しく慈悲深い。魔術の才に満ちているにも関わらず、それを驕ることもしない。素晴らしい方です」
「っええ、彼女は特別なのです」
頬を赤らめ、恍惚とした笑みを浮かべて勢いよく同意を示す。先ほどのような無機質なそれではない。思った以上にちょろいぞこの方。だが私にとっては都合がいい。
「ええ。そんな素晴らしいお方ですが、繊細なのでしょうね…ご自身の出自についてお悩みになる姿も見られています」
「まさか…昨日の喫茶店の件は…」
私は無言で目を伏せる。…いや、そこまで嘘ついてないよ?表向きに売り出してる百合姉はまさにそんな感じだし、副会長の見た目だってイケメンすぎて近付きにくいのも事実だ。出自?よく百合姉、「なんでアレが妹なのかしら…」と朔姉についてぼやいてるよ。ちなみに朔姉も百合姉について同じことをぼやいてる。
まったく嘘吐いてない訳ではないけど、大体本当のことである。
「…皆様に、ご心配をかけるのが嫌だったんでしょうね…」
「そんな…」
ショックを受けたように顔を片手で覆う副会長。私のことを目を見開いて見つめる黒田くん。汚い大人でごめんよ。
「…私は生まれは他国の平民ですから、少しは話しやすいようです」
「そ、うでしたか…あらぬ疑惑を抱き、失礼致しました」
…腹黒とか嘘だろ、めっちゃ素直。めっちゃちょろい。
たしか朔姉の話によると、殿下もちょろいんだよね。大丈夫かこの学園の生徒会。
「……リノア先輩は、幸せですわ」
「え?」
「こんなに魅力的な方に、こんなに想われているんですもの」
その言葉に副会長は目を丸くする。私は生暖かい気持ちでにこりと笑った。いやもう、たとえちょろかろうが似非腹黒だろうが、ここまで大切にしてくれたら幸せなんじゃなかろうか。
「…貴女は、なかなか見所がある」
―――はい?
ぽつりと呟いた言葉に、私は笑顔のまま固まる。
「流石、リノアの見込んだ女性ですね……」
「は、あ…恐縮です…?」
「貴女ならば、私たちの愛を見守る役目を任せてもいいでしょう」
いやいらないです!
とっさに叫びそうになったのを、なんとか口を押さえてこらえる。それが感動していると取られたらしい、うんうんと満足そうに頷いた副会長は、いつでも生徒会室に遊びにきてもいいと言ってその場を立ち去った。
「……黒田くんや」
「はい」
「あれ、まじで攻略キャラなの?」
「っす」
「にしてもちょろすぎない?腹黒って言って許されるの?クレームきてない?」
「……荻野さん、お疲れ様っした」
サムズアップをしてくれる黒田くんには乾いた笑いしか出てこない。……まあ、平和は保たれたし、いいんだよね?………いいん、だよね?




