第3話 リア
テオたちが住まう村は、教会からはさほど遠くない。馬車なら、日が沈む前に出発すれば、まだ空に夕暮れの余韻があるうちに到着できる。
村の中心地で村娘たちが馬車から下りていくのを見届け、座席に残ったのが一人だけになったら、向かう終点は村の最奥。高い塀で囲まれ、鉄製の門が構えられ、よく手入れされた広い庭を持ち、窓からは明るい光が漏れる屋敷へと帰る。
「姉さん、おかえりなさい」
廊下を歩いている途中、呼び止めた声にテオは振り返る。火照った顔の弟が、駆け足で近付いてきていた。
「ただいま、リア。今日もお疲れさま。武術の鍛錬が終わったところ?」
「うん。姉さんも、お祈りご苦労さま」
二人並んで歩く。部屋が隣なので、向かう先は自ずと同じになる。
「いつも思うけど、お祈りって大変そうだよな。ひと月に二回も教会に通わなきゃならないんだろ」
「あら。私は結構好きよ? 教会も馬車ならさほど遠くないし。お祈りの間は余計なことを忘れられるし」
「俺だったら絶対余計なことばっか考えちゃうだろうなぁ。飽きないのか?」
「何言ってるの。女神様と対話していたら意外とあっという間だよ」
寝ちゃいそう、とリアは零した。興味がなかったらそうなのだろうな、と思う。
テオにとってはこの祈りの形式が身に合う。心に女神がいると思うようになってから、日々をぼんやりと浪費しなくなった。己のやるべきことには懸命に取り組み、常に感謝の心を持ち、前向きな気持ちで生きていられる。
「でも、リアだって毎日お祈りをしてるでしょう? 食事の前後とか、眠る前とか」
「まあ、な。形式的になっちゃってるのは否めないけど」
「大丈夫よ。自覚があるだけえらい」
人によって信仰の深さは異なる。なんなら、女神を信仰しない人だっている。それを知っているから、祈りを強制はしない。感謝の気持ちを忘れず、謙虚に生きているのなら、形式的でもいいのではないかと思う。
「俺も一応王族なんだけどな」
「じゃあ、今度一緒にお祈りに来てみる?」
その提案を受けてリアは、るんと輝いた瞳で、背の低いテオの顔を覗き込んだ。
「それ、面白そうだな。そもそもなんで姉さんだけ行ってるんだったっけ?」
「諸説あるんだけど、女は子を産むから子孫繁栄を祈ってとか、王が代々受け継ぐ聖なる力の強さは生みの母によるものだから母が女神の恩恵を給うためとか、あとは……」
「あ、ごめん、もういいかな」
せっかくの話を遮られ、テオは頬を軽く膨らませてリアを睨む。しかしリアの方はもう興味を失ったようで、視線はテオから離れて前を向いてしまっていた。彼が背を伸ばしてしまうと、途端に距離が遠く感じる。せめてもの抵抗で、何よ、と言いながら肩をぶつけた。リアの筋肉は柔らかかったけれど、軽くぶつかったくらいではもうふらつくこともない。
ごめんって、と謝りながら笑う弟の姿に安心する。白い歯を見せて悪戯っぽく笑う顔は昔からずっと変わらない。
「いやでも、一回行ってみたいのは本当だよ。次行くの、新月の日だよな。母さんに相談してみようかな」
「ぜひそうして」
一緒に行ったその時には、友達を紹介してあげる。そう言いかけたところで、頭にソロルの睨み顔がよぎった。彼女たちのことはなんて話せばいいだろう。リアがテオたちの不仲を悟ってしまったら……。
だがそんな憂いに気付く者はいないようだった。上機嫌で頷いたリアが、思い出したように、そうそう、と声を発した。
「明後日、仕立て屋が来る予定だろ。そのとき、姉さん忙しい?」
「え、明後日?」
唐突な話の転換に、しばし思考を切り替える時間が生じる。
「えっと、明後日は仕立てた服が到着する日よね。試着後のお手入れ次第だと思うけれど、どうして?」
「その……もし良かったら、俺の服見てほしいな、なんて……」
思わず立ち止まってリアを凝視する。数歩先から振り返ったリアの顔が、いくらか赤らんで見えた。堪えきれず口角が緩んで、誤魔化すように両手で頬を包んだ。
「もちろん! 私でよければ見せて!」
「ありがとう。全然、そっちが早く終わったらでいいからな?」
「リア、今回色々頼んでいるでしょ? きっと私の方が早く終わるから、すぐ見に行くね!」
ほっとした顔のリアを、テオは満面の笑みで見つめる。視線に耐えかねたのかそっぽを向かれてしまったが、その姿すら愛おしく、ふふ、と小さく笑い声を零す。思いっきりリアを抱きしめたい気分だ。恥ずかしいから流石に行動には移さないけれど。
「じゃあ、そういうことで」
「うん。またあとでね」
部屋に到着して、手を振って、二人同時に扉を閉める。振り返れば、まだ明かりの点いていない部屋。開け放たれたカーテンの向こうから、まだ低い位置にある満月の光が差し込む。
この月が段々と欠けて闇に隠れた頃に、また彼に会える。今度は、弟と一緒に。
踊り出したい気持ちを抑えて、テオは部屋の明かりをつけた。




