第14話 会議
日の当たらない北側に置かれた会議室は、曇りの日にはますます影が篭る。まして、この重い空気の中では。
長机に、皆お揃いの赤髪頭が並ぶ。その隅にひっそりと座るテオは、もしこの部屋に爆撃でも受けたら王家存続の危機に陥るのではないかなどと考えて、不謹慎だからとすぐにやめた。
「——して、本当にリア殿に魔王封印を任せるのか、という議題だったな」
机の主座におわす陛下が、自身の顎髭を撫でる。すると、王の左手側に座るアリスがいつもより些か低い声を発した。
「はっきりと申し上げると、私は今でもリアが魔王封印の役を受け持つことに反対です。ただ、陛下の命の下にリアを連れて来ただけです」
陛下を睨むような鋭い視線を向けているアリスに、その場の者たちが困ったように顔を見合わせているのがよく見える。唯一、陛下だけが動揺一つ見せずにアリスを見つめ返している。鈍感というよりは、単にそれを大事としていないだけのように見えた。
「気持ちは理解できる。だが、娘が王位を継げぬ以上、他に適する者がいないとのことで呼んだのだ」
「そもそも、どうしても王の位を持つ者が封印しなければならないのですか?」
「それを聞くか? そなたも知らぬはずがなかろう」
ええ知っています、とアリスが冷たく返す。
「封印には、王のみが継承を許される、本流の聖力が必須なのでしょう。でも、王以外が継承できないわけではないはずです」
「不可能ではないと言えばそうだが。大昔の愚かな王族が、聖力を手に入れんと争った黒き歴史を知らぬか」
「知っています。知っているからこそ、そんな歴史を繰り返す愚かなことはしないでしょうと思っているのですが?」
「我々が本当に争うかどうかは問題ではない。このしきたりは、絶対的な王の存在を示すための誓いのようなものだ。それを破ることは、可能でも許されることではない」
悠々と冷静な返答をする陛下に対し、喧嘩腰で食い気味に返事をするアリスに、テオは思わず苦笑い。アリスの方に視線をやると、間に座っているリアが欠伸を噛み殺しているのが見え、肘で脇腹を小突いておいた。
「ならば、女性が王位を継げないというしきたりはどうですか? 大昔に遡れば、女王の治世だってあったでしょう」
「だが、長い歴史の中で男が継ぐという慣習ができた。なぜなら、魔王封印においては女よりも力のある男の方が適切とされたからだ」
陛下の話は、正しい。だが不満そうな顔をするアリスを見てか、ロサが小さく挙手をして擁護した。
「ですが、私たちは武術を嗜んでおります。イオラが生まれた時点で、魔王復活が推定される時期に適齢の男性がいないことは問題になっていましたから。だからこそ私も、今回のことに東家を出す必要はないと思っております」
なぜロサが、自ら封印に行ってもいいと言えるのか。彼女自身が、その役を担うべくして育てられたからなのだろう。
同じく武術を習ったとされるリリはあまり気が進まないようで、知らんふりしてロサを見ているが。
「だが、出産を経てから剣など一度も握っていないだろう。今から力を取り戻す余裕があるのか?」
否。痛いところを突かれたように、苦い顔でロサが俯く。
「慣れぬ身体で戦場に立つよりも、リア殿に任せた方が確実だ。安全面だけではなく、封印の成功という面においても」
きっと、ここまでの反論は陛下も想定済みだったのだろう。淡々と台本を読むように告げられ、しばし沈黙が降りる。
要はリアに危険な役割を押し付けているだけだと、かつてのアリスは言った。だが、王としては当然それだけが理由ではない。あらゆる側面から考慮した結果が、この決断だったのだ。アリスも、それがわかっているから反論できずにいる。
――気まずい。
淀んだ空気を穿ったのは、イオラの声だった。
「リア様は、どうなんですか」
この場で最も冷ややかなイオラの視線が、リアだけを見据える。
「外野があれこれ言っても意味ないでしょう。本人の意思を聞くのが先じゃないんですか」
思わず、リアの方を向く。テオだけではなかった。その場の全員が、リアを見つめていた。
突如注目を浴びたリアは、ぱちぱちと瞬きをしながら面々を見渡し、最後にイオラのところで目線を止めた。彼女の瞳に強い感情はない。ただ、鋭く、真っ直ぐに、貫く。
「……俺は」
絞り出された声が部屋に反響する。
「自分が、魔王を封印するんだと思ってます」
まるで鏡を置いたみたいに。リアの言葉はイオラの強かさを反射して、その場の全員に刃を向けた。
「正直、今の話を聞いていて、体裁だけを考えれば自分の出る幕ではないなって感じます。でも、もう聖術訓練を始めてますし、この中だと一番戦える自信もありますし、戦う覚悟もできてます。やらせてください」
王位のどうこうは皆さんに任せるんで。そう言って不敵に笑う。どうせ王としての実務はほとんど任されないことを知っているから。そんな軽々しく——。
リアの向こうで、アリスがくしゃりと顔を歪めたのが見えた。一瞬だけ目が合って、彼女はすぐに顔を逸らしてしまう。だが、その一瞬が命取りだった。鼻がツンとして、テオも慌てて顔を伏せる。
「リア様はこう仰っていますが、どうします? 個人的には、私もリア様に任せるのが最も盤石だと思っていますが」
イオラの言葉に、誰も何も言わない。だがなぜか、視線を感じる。リアと、イオラと、ロサから。よく見たらアリスも。リリからもこちらに意識を向けられているのを感じる。注目されているというほどではないが、偶然ではないことはわかった。
だが、テオが取るべき行動が、伝えるべき言葉が、わからなかった。
一度だけ口を開きかけて、閉じ、結局答えは見つからないまま、テオは無言を貫いた。誰とも目を合わせぬように俯きながら。
「……わかりました。リアに、任せましょう」
テオの様子に耐えかねたのか、はたまた待ってなどいなかったのか、アリスが場を取り繕った。
「ただ、王位についてはもう少し議論の余地があります。東家には東家の誓いがあるので」
もちろんだ、と陛下が頷く。ようやく、僅かながらに空気が綻んだ。それを察知してか、隣のリアが長い息を吐く。
テオの心だけが、かちかちに固結びされたまま。依然として喉が言葉を発すことはなかった。




