第11話 姫
紫陽花の並ぶ花園を抜けて、奥まったところへ出る。薔薇と百合の咲き誇る中庭で、二人の姫が凛と佇んでいた。
先に気がついたのは妹のリリだった。スッと立ち上がり、柔らかな笑みを浮かべて出迎えた。それに気付いた隣のロサもテオを見つけ、遅れて立ち上がる。彼女らが何か言うより先に、テオはドレスを持ち上げて会釈をした。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
ロサの返答にテオが顔を上げると、背の高い彼女はやや硬い笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
座るように促されて席につくと、控えていた召使がお茶を注ぎ始める。それを見ながら、今度はリリが口を開いた。
「ピーチティーはお好きかしら?」
「ええ、好きです。すごく良い香り」
「お姉様が用意させてくれたのよ。山麓村の桃を使っているんですって」
ね、とリリが微笑みかけたが、それに対しロサはややぎこちない様子で頷いた。
続いて、ブルーベリーのパウンドケーキが配られた。リリが言うには、陛下の好物らしい。ベリーをふんだんに混ぜ込んだものがお好きみたい。これもロサが用意させたと聞き、テオがロサに感謝を述べると、彼女は少しだけほっとしたように頬を緩めた。
「じゃあ、いただきましょう」
用意が揃ったところで、ロサの声を合図に、三人で祈りを捧げ、手をつける。甘い香りの紅茶に、あっさりとしたパウンドケーキが調和する。あまりの美味しさにテオはうっとりと息を吐いて、帰ったら料理長に作らせてみようなどと考えたのだった。
「——本当は今日、イオラも呼ぶ予定だったのだけれど。今頃きっと、リア様に聖術を教えているわね」
「ええ、リアから聞いています」
話の流れで、ふとリリがリアを話題に出した。彼は現在、いっそう厳しい王族教育を受け、日々忙しくしている。本人が楽しそうなのが幸いだが、休む間もなく勉学に励む様子は見ていて少し心配になる。
その思いを汲んでか、はたまたただの好奇心か、リリはテオの顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「実際、どうかしら? リア様のご様子は」
「本人は意欲的に頑張っているようです。傍から見ていると無理をしていないか心配になりますが……」
「あら、リア様は王位継承に積極的なのね」
突如、空気の温度が一段階下がったように感じた。その原因を探るべく、テオがちらりとロサを見る。そこには、いつものロサの凛々しさは欠片もなかった。瞬きひとつすることなく、まるで獲物を狙う猫のように、眈々とリリを見つめていた。だが当のリリはロサには目もくれず、値踏みするかのような目つきでテオの次の言葉を待っている。
「えっと……」
「ずっと聞きたかったのよ。あなたたち東家が王位継承についてどうお考えなのか」
そう言ってリリは、澄ました顔で紅茶を口に含んだ。
王位継承についてどうお考えなのか。聞かれた言葉を、頭の中で反芻する。どう、とは。肯定的か、否定的か。逆に、リリはどう思っているのか。どう答えてほしいのか。それに、あなたたち東家、と一括りにされたが、東家代表として答える権利がはたしてテオにあるのか。
正解を見つけるには、手掛かりが少なすぎた。だから、体裁を答えとするしかなかった。
「ご存じだと思いますが、私たちは本来、王位継承権を手放した一族です。今回リアが継ぐという話自体、寝耳に水というところで……。任される以上は責務は果たしますが、それ以上のことはありません。リアもそうだと思います」
長いこと王位や王権から遠く生きてきたテオの一族が即位することに、反感を抱く者も少なくないだろう。また、魔王封印という役目がどれほど命がけになるかわからない。少なくとも、危険な仕事であることは確かで。平穏と安全のために努力をするのは至極当然のこと。
王位が欲しいのではない。必要だから担う。それが答えだ。
テオの回答に、リリは少しだけ楽しそうに、だがどこか不敵に笑って、満足げに頷いた。
「そう。よかったわね、お姉様?」
そこでようやく、リリがロサの方を向いた。すっかり笑顔を忘れたロサは、悪戯っぽく笑うリリを軽く睨み、呆れたように溜息をついて首を振った。
「何もよくないわ。そもそも東家を引き出すこと自体おかしいのよ」
ロサがここまではっきりと物を言ったのは、今日初めてのことだった。一つ零したことでようやく呪いが解けたかのように、ロサは全身から憂いと怒りの気配を滲ませだした。リリの方もロサの言葉で枷が外れたのか、こちらもいよいよ顔から笑みを失くす。
「何がおかしいの?」
「本家の問題は本家で片付けるべきだわ。東家は王位継承権を手放したのだから」
「本家だけで片付かないから力を借りるのでしょう? 私たちの中に魔王封印ができる人はいないのよ」
「いるわよ。私たちは王位を継げないだけで、聖なる力は扱えるわ」
「じゃあお姉様が封印に行けばいいじゃない」
「良いわよ、行っても。お父様がお許しくださるのなら」
ここまで言い切るとは思っていなかったのか、リリが言葉を詰まらせた。
そしてそれを見ていたテオは、二人の姫を交互に見ながら、どうしたものかと考えていた。二人とも、形として何が正当かという議論をしている。できるかできないかはもはや問題ではなかった。
そうなると、テオに何かを口出しする権利はない。東家が王位継承権を手放した、その体裁は守られるべきとは思うものの、内心ではリアが危険な役を担うことへの抵抗の方が大きい。だが、仮にリアが役割を降りても結局は誰かが魔王封印をしなければならない。それが、古来女神より与えられた王族の義務なのだから。
誰がやる。どうやる。結局は、損な役割の押し付け合いでしかない。そして、その決定権を持つのは陛下だ。
「……陛下が、お二人ではなくリアに封印を任せるのは、自然なことだと思うんです」
か細い声で発言したテオを、二人の視線が突き刺し、思わず身を竦める。敵意などは感じなかったが、目鼻立ちが整った二人に見つめられるとやはり気迫がある。だがそれに負けじと、背筋を精一杯伸ばして、自分と同じ色の二人の瞳を見つめ返す。
「陛下からしたら、ご自分の愛娘が魔王のいる戦地に赴くなど許しがたいことだと思うので。血縁の浅い私たちに任せたいと思うお気持ちは理解できます。私たちとしても、最大限ご協力はするつもりです。ただ、私たちにも私たちの家がありますし、お二人の話を聞いていても、皆が現状に納得しているわけではないと思うので、今一度、陛下と話し合ってはいかがでしょうか」
それができない本家ではないはずだ。任せると言っても陛下がこちらに丸投げするつもりではないことも伝わるし、こちらだって全責任を負うつもりは全くない。王族全体で力を合わせなければならないのだから、可能な限り皆が納得できる形でまとめるべきだと思う。
しばらくその場に沈黙が落ちた。脈打つ鼓動を感じながら、浅く息をする。すっかり冷めて湯気の立たなくなったティーカップを見てから、上目遣いで二人の姫の様子を窺う。二人は、言葉を発さずに何やら目配せをしていた。その意図は読み取れない。だが、二人の表情が少しだけ柔らかくなっていることだけが救いだった。
やがて、その沈黙をロサが解く。
「……あなたの言う通りだわ。取り乱してごめんなさい」
こちらに向き直り、いつもの凛とした顔つきで微笑んだロサに、心底ほっとする。「私もごめんなさいね」と頭を下げたリリに、いえいえ、とテオは胸の前で両手を振った。
「これから色々と大変になりますが、皆さんと力を合わせて乗り越えていけたら幸いです」
そう微笑んで大きく息を吸う。紅茶と花の匂いに混じって、ほんのりと夏の土の香りがする。
すっかり冷めちゃったわね。お茶を淹れ直しましょうか。そう言ってロサはポットを手に取り立ち上がった。




