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第8話 謁見

「久しぶりね、トートル」

「会いたかったよ、アリス。元気だったかい」

「ええ、この通りよ」


 馬車を下りて、聳え立つ外壁を見上げる。首が折れるほどに顔を上げても、目の前の大きな扉が視界を占めるばかりで、遠くから見えた一番高い塔は見えない。周囲を見回してみたが、城を取り囲む高い城壁が外の世界との繋がりを阻む。建物も敷地も大きいのに、なんだかとても窮屈に感じた。


「テオとリアも。長旅で大変だっただろう」


 名を呼ばれて、そちらを向く。ふさふさの口髭と丸メガネが特徴の紳士——トートルが穏和な表情でテオを見つめていた。


「私は大丈夫よ。リアの方は少し調子がよくないみたいだけれど」


 そう言って馬車を振り返る。些か顔色の悪いリアが、騎士の手を借りながらゆっくりと馬車を下りてくるところだった。トートルを見つけたリアは力のない笑みを浮かべて、どうもと片手を上げる。


「今朝はなんともなかったんだけどなぁ」

「疲労が蓄積していたんだろうな。陛下の挨拶まで耐えられるかい」

「なんとか、頑張る」

「無理しないで先に休んでもいいのよ」


 両親の心配そうな眼差しを受けて、リアはほんの一瞬迷ったようだったが、今度ははっきりとした声で「いや」と言った。


「俺は大丈夫。先に挨拶に行こう」


 リアの言葉に家族三人も頷いて、トートルを先頭に城の中へ踏み入れた。


 壁に施された、意匠の細やかな彫刻。一面大理石の床に敷かれた赤いカーペット。曇り一つない窓から差し込む光を、金色の刺繍が反射してキラキラと瞬く。テオの屋敷も名のある職人たちが手掛けたものと聞いたことがあるが、王城のはやはり格別に見えた。じっくり見てみたい気持ちを抑えて、先を行く両親の背を追う。

 王の謁見室は、階段を上った高層階、城の最奥にあった。壁沿いに並ぶ柱と、天井中央にぶら下がる華やかなシャンデリア。陛下のおわす玉座の上には女神を象ったステンドグラスがあり、そこから入り込む光は、まるで王を祝福しているかのように見えた。

 片膝をついたトートルと並んだアリスが頭を下げたのに合わせて、テオたちも深く礼をする。


「ご無沙汰しております、陛下。このたびはお招きにあずかり、ご挨拶に参りました」

「遠路はるばるご苦労であった。話は既に聞いていると思うが、此度の王国の危機に際し、そなたらの協力に感謝する。期待しているぞ」


 陛下の言葉に、テオの頬がぴくりと引き攣る。足を組んで座っている陛下をこっそりと観察した。だが不思議なまでに視線が合わない。左前に立つアリスと、左隣に立つリアのことはしっかり見ているのに。テオのことは眼中にもない。だが陛下の表情を見れば、そこに悪意などあるはずもなかった。


「もちろんでございます。我ら共(・)に(・)、この危機を無事乗り越えられんことを願っております」


 鈍感な陛下が、この皮肉に気付くはずもない。含みを持ったアリスの言葉に気付くことなく、陛下は満足げに頷いた。


 「ところで、リアといったか。そなたは、聖術はどれほど扱える?」


 聖術。王族のみが持っている、女神由来の聖なる光の術。

 突然話題を振られ、リアは一瞬たじろいだようだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、よく通る声で応答した。


「基礎的な制御などはできます」

「術の方は?」

「簡単なものは母上から教わりました。複雑なものはあまり……」

「そうか。近々、イオラからそなたに聖術を教えさせようと思っていたのだが、どうだろうか」

「イオラ様に、ですか?」


 この提案にはテオも驚いた。本家三姫の末っ子。確か、テオと同い年。そもそも城に行く機会が少ないせいもあるが、関わった記憶があまりない。背が低くて細っこくて、髪がふわふわしていたという外見の印象が強い。


「光栄に存じます。ぜひお願いしたいです」

「わかった、イオラに伝えておく。日程などは追って連絡する。今日のところはゆっくりと休みたまえ」


 感謝します、とリアが頭を下げる。同時にアリスも軽く頭を下げたため、テオもそれに倣った。

 下がってよい、と陛下が告げる。そなたらに女神ルクスの御加護があらんことを。定型の挨拶を受け、こちらも陛下に対して女神の加護を祈ったところで、アリスを先頭に、一家はその場を後にする。

 テオが背を向ける最後の一瞬だけ、陛下がこちらを見た。ニコリと微笑んでみるが、向こうは表情一つ変えることなく、すぐに視線をリアの方に移したのがわかった。それにつられてリアを見る。依然として顔色は悪かったものの、どうにか気を張っているのが痛いほどわかった。ぴんと伸びた彼の背中を撫でたい気持ちを抑えて、凛と前を向いて歩く。


 謁見室を出て、扉が閉まったところで家族全員が大きく息を吐いた。そのタイミングがあまりに揃っていたせいか、リアがふっと吹き出した。その様子に、アリスが呆れたように視線をやる。


「何を笑っているのよ、リア」

「ごめんなさい。気が緩んじゃって」

「笑っている場合じゃないわよ」

「まぁまぁアリス、ひとまず務めは立派に果たしたんだから良いじゃないか」


 呑気なトートルにアリスは眉を顰めたが、半ば諦めたように、それもそうねと返した。


「二人とも、よく頑張ったわね。リア、具合はどう?」

「気が抜けて一気に疲れが来たかも。少し、休みたい」

「じゃあ、案内してもらおうか」


 トートルが近くの召使に声を掛け、彼を先頭に客室へと向かった。

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