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【新連載】このたび、雑草メイドは冷酷殿下の毒見役になりまして  作者: 葉南子@「ツキヨム」コン大賞受賞
第一章 雑草メイドと冷酷殿下

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第8話 任命宣言


 リゼッタの母が死んだのは、十年前。肺の病気だった。村の薬師に診せ続けたが、(かさ)んでいく薬代とは反対に、母の容態は一向に良くならなかった。

 もっと腕のいい医師に診せてやりたかったが、しがない行商人であった父の稼ぎだけでは、お金が足りなかった。まだ幼かったリゼッタにできることといえば、山で山菜や野草を摘むことだけ。

 結局、母は春を待たずに亡くなった。リゼッタが七歳の、寒い冬の日だった。


 父はその後、おかしくなった。

 もともと気性の荒い人ではなかった。むしろ穏やかで、リゼッタとエマの頭をよく撫でてくれる人だった。決して裕福な家庭ではない。祖母と両親と妹の五人で、日々慎ましく暮らしていた。何もない毎日だったが、振り返ってみれば穏やかで幸せな毎日だったと思う。

 

 でも母が病気になってから、父は少しずつ何かが壊れていった。

 あとで祖母から聞いた話では、母の治療費を稼ぐために怪しい儲け話に乗ってしまっていたらしい。要は、騙されたのだ。母はいなくなったのに、借金だけが残った。


 母が死んで、一年後のことだった。

 父は書き置きひとつ残して、消えた。

 二つ下のエマは「お父さんのバカぁ!」と泣き続けていた。事情など、何も知らない。ただ母を失って、父までもいなくなった悲しさだけで、声を上げて泣いていた。


 リゼッタは父を責める気持ちにはなれなかった。

 悪い人ではなかったと思う。妻を失って、騙されて、借金を抱えて、幼い娘が二人いる。そんな状況で正気を保てる人間が、どれだけいるだろうか。

 同情はした。でも、借金を残して逃げたことは許せなかった。ただ、あのままここにいたら、いつか手を上げられていたかもしれない。父もそうわかっていたから、娘に手をかける前に自ら姿を消したのかもしれない。悪い人では、なかったのだから。


 祖母は強かった。というより、強くあろうとしてくれたのだろう。リゼッタとエマをやさしく抱きしめて、翌朝からは畑に出ていた。「さあ、やることをやろう」と笑っていた。リゼッタも黙って後をついていった。

 今度はリゼッタが、エマを食べさせなければいけないのだ。


 それから九年、なんとかやってきた。

 父の残した借金は、少しずつ返している。でも、まだ終わっていない。


 妹が同じ病気だとわかったのは、リゼッタが十六歳。昨年の冬だった。

 エマの乾いた咳がいつもより長く続いたあの日、リゼッタの背筋が凍った。母と重なってみえたのだ。

 村の薬師に診せると「遺伝だろう、肺が弱い。まだ若いから薬を飲み続ければなんとかなる」と言われた。なんとかなる、という言葉をリゼッタは信じることにした。信じなければ、立っていられなかった。


 翌日には、リゼッタは町に出ていた。

 祖母とエマを村に残して、少しでも給金のいい仕事を探した。針子として働いて、市場の呼び込みをして、洗濯仕事を引き受けて。

 それでもギリギリだった。未成年のリゼッタには、選べる仕事が限られていたのだ。働かせてもらえるだけありがたい、とわかっていても給金の低さはどうしようもなかった。せめて成人──十八になっていれば、と何度思ったかわからない。


 そうした暮らしを始めてら、一年経とうとしていた頃。仕事中にとある話が耳に入ってきた。

 王宮がメイドを募集している、と。

 きつい仕事だと聞いた。朝から晩まで働いて、上下関係も厳しくて、体力的にも相当つらいらしい。その分、給金が町の仕事の比ではないのだという。宿舎もある。そこで寝泊まりすれば実家の食費が一人分浮く。


 リゼッタはその日のうちに採用の窓口を調べた。迷っている暇はなかった。エマの薬代は毎月かかる。借金はまだ残っている。祖母は歳をとっていく。

 その年の冬、リゼッタは王宮の門をくぐったのだった。


「と、いうわけでして。なので、まあ、お金がいるんですよね」


 あはは、とリゼッタは小さく笑う。


「それで草を食っていたのか」

「はい、節約のために。でも、ちゃんと食べられるものを選んでますし、前にも言いましたが毒もわかります。それに、今回倒れたので自分の限界がだいたいわかりました。次は倒れないように調整します」

「調整、か」

「はい」

「倒れる前に調整しろ」

「……ごもっともです」


 頬をかきながら苦笑するリゼッタ。

 ふと、じっと見つめられていることに気づく。何かを探るような気配を宿した紫色の瞳が、こちらに向けられていた。

 

「お前は……なぜ、笑っている?」

「え?」

「そんな身の上話、普通なら泣いて話すものだろう。お前は、最初から最後まで笑っていた」

「泣いてお金が入ってくるなら、いくらだって泣きますよ」


 きっぱりと言い切ったリゼッタだったが、「……でも」と繋げると、そこで一度言葉を区切った。少しだけ視線が落ちる。


「……もう、泣き疲れたんです。お母さんが死んだときも、お父さんがいなくなったときも、エマが病気だってわかったときも、泣きたいだけ泣いたので」


 わずかな間を置いて、リゼッタはまた笑った。


「それに、笑ってたほうが前に進める気がしません?」


 祖母にも言われてきた。「泣いた分だけ強くなるから、強くなったら笑いなさい」と。

 実際にそうだった。笑っていたほうが不思議と足が前に向いた。周りも温かく迎え入れてくれる。泣いていたって、恵まれるのはいらない同情だけだ。泣いている間は何も変わらない。でも笑っていると、自分だけじゃなく周りまで変わっていく。

 それは、リゼッタが身につけた生き方だった。

 

「……そうか」


 短い答え。けれど、その視線はわずかに細められていた。


「ところで、身体のほうはもう大丈夫か?」

「はい、おかげさまで。今にでも働きたいくらいです! 半日分だけでも給料を稼がないと」

「なら、大丈夫だな」


 意味深な笑みがヴィルフォードから落ちたと同時に、扉のノック音が響いた。


「いいタイミングだ」


 入れ、と促され入室してきたのは、グレンだった。今度はトレイに紅茶が乗っている。


「わあ、本当に紅茶まで。わざわざありがとうございます」

「いえ」


 グレンがリゼッタとヴィルフォードの前にティーカップを置いていく。その指先が、かすかに震えているのに気づいた。見ず知らずのメイドが王室にいることに、緊張でもしているのだろうか。いや、でも先ほど食事を乗せたトレイを運んだときは何ともなかったはずだ。


 ──まあ、深く考えることでもないか。


 リゼッタは紅茶に視線を戻した。

 見るからに高級そうな陶器。純白の地に、金で細かな唐草模様が描かれているティーカップだった。クラノ村では一生お目にかかれないような代物。自分なんかがこんな器で紅茶を飲んでいいのか、という気持ちと、せっかくだから味わいたいという気持ちが同時に(うず)いた。


「冷めないうちに飲め」

「あ、はい! いただきます」


 慎重にカップを取って、口につけた瞬間だった。


 ──あれ。


 違和感があった。上品な香りの奥に、何か別のものが混じっている。王族に出す紅茶だ、リゼッタが知らないだけで、さぞいい茶葉なのかもしれない。そう思って、もうひと口含んだ。

 やっぱり変だ。くらりと伝わる甘味は、砂糖でも蜂蜜のものでもない。

 幼い頃、野山を歩いていたときの記憶がよぎった。春先に芽吹いた草を、食べられるものだと思って口に入れたことがあった。すぐに祖母に「吐きなさい」と言われて吐き出したが、その後しばらく、唇と舌の先が痺れた。祖母に「ハシリドコロという草だ、春の野草に紛れている。新芽はフキノトウに似ているから気をつけなさい」と叱られた。

 あのときの甘味と痺れの感覚に似ている。微量だ。でも確かにある。


 ──毒だ……!


 リゼッタの頭が一瞬で冴えた。唇の端が、わずかにじんとしている。飲んだのは少しだったから、今のところ症状はそれだけだ。なにより、リゼッタには長年培ってきた毒への耐性がある。だが、ヴィルフォードが飲んだら──。

 

「どうだ?」

「……あ、はい。えと、美味しいかな、と」

「そうか」


 ヴィルフォードがカップを手に取った。口をつけようとした、その瞬間。


「……殿下!」


 気づいたときには、もう手が出ていた。ヴィルフォードの手からティーカップを払っていたのだ。カップが床に落ちて、耳をつんざくような音を立てて割れた。紅茶が絨毯に広がっていく。


 ──やっ……やってしまったあ……!


 静まり返る室内。二人の視線が一斉にリゼッタへと向けられる。


「もも、もっ申し訳ございません! あ、あの、これは、その……!」


 なんと言えばいいか。毒が入っています、なんて言ってもいいのだろうか。もしかしたら気のせいかもしれない。でも、万が一気のせいじゃなかったら。


「……虫が! そうなんです、虫がいらっしゃいまして……!」


 口に出しておきながら、自分でも苦しい言い訳をしているという自覚はあった。

 数秒ほど沈黙が流れたあと、ヴィルフォードが小さく息をついた。


「なるほどな。まあ、合格だろう」

「……ごう、かく?」


 間の抜けた声がもれる。リゼッタが首を傾げると、グレンが静かに歩み寄ってきた。


「リゼッタさん、これを」


 彼から差し出されたのは、小さな瓶だった。


「解毒剤です」

「げどく、ざい……?」


 手のひらに乗せたそれをまじまじと見つめるリゼッタ。

 なるほど、解毒剤か。つまり、本当に毒が入っていた。つまり、気のせいではなかった。つまり、この紅茶は最初から。

 

「……えと、これは、つまり……?」


 状況がまるで追いつかない。

 ヴィルフォードはソファに腰掛けたまま、ゆるく足を組み直した。紫色の瞳だけが、まっすぐリゼッタを捉える。ぴんと張り詰めた圧のようなものを肌で感じた。


「リゼッタ・アレシュタイン」


 名を呼ばれ、びくりと肩が震える。


「本日付けで、お前を俺の毒見役に任命する」


 なるほど、毒見役か。毒見役。今日から。本日付けで。自分が──自分が? 毒見役?

 

「……っ、えええぇーー!?」


 理解が追いつかないまま、とにかく素っ頓狂な声が広い部屋に響き渡った。


お読みいただきありがとうございます


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