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【完結】このたび、雑草メイドは冷酷殿下の毒見役になりまして  作者: 葉南子@「ツキヨム」コン大賞受賞
第一章 雑草メイドと冷酷殿下

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第9話 引き受けます!


「え、待ってください!? つまり、これは最初から仕組まれていて、でも毒見役って、私が紅茶を飲むってことで……!? あと、私が虫って言ったのも嘘って……!?」

「リゼッタさん、落ち着いてください」

「落ち着いてなんて……!」

「とにかく解毒剤を飲め。量は微量だったから、飲めばすぐ治る」


 取り乱すリゼッタをよそに、ヴィルフォードの声は終始冷静だった。感情の起伏など微塵もない。毒を仕込んだ紅茶を出して、メイドに飲ませて、割れたカップを前にしても、表情ひとつ変えない。この人が冷酷だと言われる理由を腹の底から理解した。

 リゼッタはおとなしく瓶の中身を飲み干す。じんとしていた唇の痺れが、すうっと引いていった。(たかぶ)っていた気持ちも、波が引いたように静まった気がした。


「……あの、殿下」

「なんだ」

「最初から私を毒見役にするつもりで、わざと毒入りの紅茶を出したんですか」

「ああ」

「これでも病み上がりなんですが……」

「だから、事前に『身体は大丈夫か?』と確認しただろう」


 そういう問題なのだろうか。一応は、リゼッタの体調に気を遣ってくれているようだが。毒入りの飲み物を出すなんて、事前に体調確認をしていれば免責になるのだろうか。なるのかもしれない、この人の中では。


「リゼッタさん、すみません。殿下は一度やると言ったら聞かなくて」


 グレンがヴィルフォードの分まで申し訳なさそうに頭を下げた。

 はたと思い返すリゼッタ。そういえば、紅茶を持ってきたときグレンの指先が震えていた。緊張していた原因は、毒入り紅茶をリゼッタに出す役を担わされていたからだったのか。


「いえ……グレンさんこそ、大変でしたね」

「すみません」

「よくあるんですか、こういうの」

「まあ、たまに、ですかね」


 グレンが困ったように笑う。板挟みになった人間の苦労や心労が滲み出るような笑い方だった。


 ──ああ。この人もきっと、振り回されている側なんだろうなあ。


 リゼッタは心から同情した。そしてなんとなく、グレンとは仲良くなれる気がした。

 ヴィルフォードが咳払いをしたあと、おもむろに口を開く。


「お前のことは調べさせてもらった。雑草メイド、リゼッタ・アレシュタイン」


 そういうことか、とリゼッタは納得する。名乗ってもいないのに、ヴィルフォードはリゼッタの名前を知っていた。たかが下級メイドの名前を、第一王子がわざわざ把握している。普通ではありえない。おそらく中庭で出会ったあの夜から、すでに動いていたということなのだろう。


「確認したかったことがある」

「……何ですか」

「三つだ」


 指を折る仕草もなく、ヴィルフォードは淡々と告げていく。


「ひとつ、お前が本当に毒の知識を持っているかどうか。話だけなら誰でもできる。実際に微量の毒に気づけるかどうかを見たかった」

「それ……もし気づかずに飲んでたら、どうしてたんですか?」

「だから、解毒剤があっただろう。それを飲ませて、金輪際近寄らせないだけだ」


 あっさりと言い切った。冷酷とか、非情とか、そういう話ではない。合理的な判断を、合理的なままに口にする。それがこの人の普通なのだと、リゼッタは少しずつわかってきた。

 

「ふたつ、お前が俺の身に危険が及ぶとわかったとき、どう動くか。毒とわかっていながら黙って見ているやつなど、信用に値しない。むしろ怪しいくらいだ」

「……それで、カップを払ったときに『合格』と」

「ああ」


 ヴィルフォードは頷き、「まさか叩き落とされるとは思っていなかったが」と呆れ笑いを含んだため息をこぼした。


「みっつ目は」


 ヴィルフォードがリゼッタを見た。


「お前が今朝話したことが、本当かどうか」

「私の、身の上話が?」

「嘘をついている人間の話し方と、本当のことを話している人間の違いくらい見分けられる。お前は最初から最後まで目を逸らさなかった。それに、報告書とも相違がない」

「そこまで調べてたんですか……」


 思わず引き気味に呟いた。呆れ、というより驚いていた。たかが下級メイドひとりの身の上を、わざわざ報告書にまとめるほど調べてあげていたなんて。

 

「まあ、お前が嘘をつけない人間なのは、中庭で会ったときからわかっていた。紅茶を飲んだ反応も、実にわかりやすかったしな」


 リゼッタはしばらく黙った。


「私のこと……試していたんですか」

「確認だ」

「何がどう違うんですか」

「試す、というのは相手をすでに疑っているとき。確認は、相手を信用する前にやることだ」


 リゼッタは、その言葉を頭の中で繰り返した。

 いろいろと言ってはいたが、彼はリゼッタを疑っていたわけではない。最初から、信用することを前提として動いていた。それでも確認を怠らないのは、この人の生き方そのものなのだろう。感情ではなく、事実で判断する。王族らしいといえば王族らしいのかもしれない。


「……殿下は、私を信用してくれたんですか?」


 聞いてから、少し大胆な問いだったかと思った。だが、ヴィルフォードは怒らなかった。


「信用できない人間を毒見役に置く阿呆がいると思うか?」

「……いないと思います」

「だろう」


 ヴィルフォードは薄く目を細めて、窓の外に視線を戻した。それ以上でも以下でもない、という、取り繕いのない表情だった。

 とにかく、冷酷と噂される第一王子が、下級メイドのリゼッタ・アレシュタインを信用した。その事実は、先ほど口にした粥のように、じんわりと胸の奥にまで染みていく。

 リゼッタは少しの間、ヴィルフォードの横顔を眺めた。窓から差し込む光を受けた銀髪が、細かな粒子のように煌めいている。


 ──なんか、変な人だなあ。

 

 怖いのか怖くないのか。冷たいのか優しいのか。実際に会ったら、なおさらわからなくなった。でも──少なくとも、嘘はつかない人なのだろう。


「毒見役、ですか……」


 改めて口にすると、現実味が増した。

 毒を食べる役目。今までだって野草で多少の毒には触れてきた。でも、それとこれとは話が違う。誰かが悪意を持って仕込んだ毒を、口にしてしまうかもしれないのだ。

 もし強い毒だったら。もし間に合わなかったら。もし気づかなかったら──喉の奥が、ひやりと冷たくなった。


「その……少しだけ、考えてもいいですか」


 恐る恐る言うと、「構わん」とあっさりと返ってきた。

 が。


「ただし」


 すぐに続いたその一言で、空気が変わった。視線が、逃がさないとでも言うようにリゼッタを捉える。


「ひとつ、確認しておく」

「は、はい……。何でしょう」


 リゼッタはびくりと肩を揺らした。


「王宮の庭園に生えている草花は、すべて王家の所有物だ」

「え」

「それを無断で採取し、さらに口にしていた」

「……えっと、それは……」

 

 言い逃れはできない。黙るリゼッタ。


「罪としてはどうなると思う」

「窃盗、とか……でしょうか……?」

「軽く見積もって、だな。報告書を見れば、三ヶ月近く続けてたそうじゃないか」


 さらりと言われ、なんとか笑顔に努めていた顔が引きつっていく。


「加えて。西棟への無断出入り」

「うっ……」

「王族専用区画の付近。本来なら下級のメイドなど、よほどのことがなければ立ち入りできない場所だろう?」

「それは……はい。中庭が見えて、つい……」

「やはり。知っていたのにも関わらず、引き返さなかった。つまり不法侵入だ」

 

 ──た、試された……!?


 いや待て。さっきこの人は「試すのは疑っているとき、確認は信用する前にやること」と言っていた。今のは確認なのか、試しなのか。どっちだ。

 ちらりとヴィルフォードを見ると、口の端がわずかに持ち上がっていた。


 ──なんかこの人、楽しんでない?


 手のひらで踊らされているというか。なんだか、猫にじゃれつかれている鼠のような気分になってくる。


「今のは……確認ですか、試しですか」

「さあ、どちらだろうな。まあ、知っていようがいまいが、不法侵入には変わりない」


 ヴィルフォードの笑みが深くなった。

 ハッとするリゼッタ。正直に「知っていた」と答えても、仮に知らなかったとしても、不法侵入の事実は変わらない。どちらに転んでも結果は同じ。最初から、そういう二択だったのだ。

 リゼッタは確信した。

 

 ──この人、絶対楽しんでるでしょ。


 というか、さっきから一方的に言いくるめられている気がする。じわじわと崖に追い詰められ、逃げ道を塞がれているようだ。


「さらに」

「まだあるんですか!?」


 たまらず声が裏返る。確認することはひとつ、と言っていたと思うのだが。


「初対面の夜。王族である俺に対して、草を『食べてみます?』と差し出したな」

「それは、つい出来心と言いますか……」

「王族への無礼にあたる」

「私、そんなつもりじゃ……! それに、草じゃなくてカモミールです! 殿下のクマが気になって、少しでも眠れるようになればいいなって思って……!」


 言いながら、だんだん声が小さくなる。善意だったはずなのに、こうして並べられると、ただの言い訳にしか聞こえない。


「善意だったとしても、事実は変わらない」

「まあ……そう言われたら、そうですけど」

「これを踏まえた上で、じっくり考えてみるといい。断れる立場にあるのかどうか、を」


 遠回しだが、意味はわかった。断ったら断罪する、ということだ。

 観念したかのようにリゼッタは肩の力を抜いて、ひと息ついた。


「……殿下って、意外と意地悪ですよね」

「意地悪?」

「逃げ道を全部塞いでから選ばせるなんて、ずるいです」


 わずかに頬を膨らませるリゼッタ。ここまできたら、もう毒見役を引き受ける他ないのだ。ならばせめて、多少の無礼は承知で言いたいことくらい言わせてもらおう。


「事実を並べただけだ」

「その並べ方が意地悪なんですよ」

「……なるほど」


 ヴィルフォードが小さく笑った。くすりと声を立てることもなく、目元がわずかに緩んでいるだけ。それだけだったが、リゼッタには彼が笑っているように見えた。


 ──本当、変な人だなあ。


 てっきりまた言いくるめられるか、怒られるかもしれないと思っていたのに。

 

「意地悪、なんて言われて嫌な気持ちになりません?」

「ならん。言っただろ。他人の言葉には揺らがない、と」


 さらりと言い切った。

 

「お前だって、そうだろ。雑草メイド、リゼッタ・アレシュタイン」


 名前を呼ばれて、リゼッタは少し背筋を伸ばした。

 雑草メイド──王宮に来てから、ずっとそう呼ばれてきた。陰で笑われながら。それを知ってもなお、リゼッタは在り方を変えなかった。


「はい。私も何を言われても、家族……エマのために働くという気持ちだけは揺らいだことがないので」


 静けさが落ちた。ヴィルフォードは、何も言わずリゼッタを見ている。先ほどまでの意地悪な気配は、すっと消えていた。まっすぐな眼差し。何かの確認でも、試されているようでもない。紫色の瞳が静かにリゼッタだけを映している。


「そうか」


 短い一言。けれど、その中には否定も(あざけ)りも含まれていないことがわかった。

 

「だが」


 切り出したヴィルフォードの口元に、またわずかな笑みが戻っている。


「俺は、お前の気持ちが大きく揺らぐ言葉をひとつだけ知っている」

「と、言いますと……?」

「毒見役なんて、本当はしなくないと思っている。断罪されるくらいなら引き受けてやるか。と、その程度だろう」


 ぎくり、と肩を跳ねさせるリゼッタ。

 

「図星だな」


 ヴィルフォードが、ひと呼吸置いた。

 

「金貨五枚」

「え?」

「毒見役の特別手当だ。一括で金貨五枚払う。お前の抱えている借金、ほぼ返済できる額のはずだ」


 リゼッタの思考が最大限に回転し始めた。

 金貨五枚。一括で。エマの薬代だけで考えたら、約一年分だ。手当で借金を返済したら、今まで返済に充てていた分がまるごと浮く。それを全部貯金に回せば、もっとちゃんとした専門の医師に治療を受けさせてあげられる。手術もできて、病気が治るかもしれない。

 迷いが一瞬で吹き飛ぶ。代わりに胸を満たしていくのは、はっきりとした希望だった。

 

「……やります! 私、殿下の毒見役になります!」

「現金なやつだ」

「褒め言葉として受け取ります! 今日から、よろしくお願いします!」


 リゼッタの弾んだ即答に、ヴィルフォードはわずかに目を細めた。

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