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【完結】このたび、雑草メイドは冷酷殿下の毒見役になりまして  作者: 葉南子@「ツキヨム」コン大賞受賞
第一章 雑草メイドと冷酷殿下

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第10話 ◆殿下の憂鬱


「今日から、よろしくお願いします!」


 底抜けに明るい声。ヴィルフォードは、わずかに目を細めていた。

 毒見役を宣言された瞬間は、あれほど狼狽(うろた)えていたというのに、金貨五枚の一言でこうも変わるとは。現金なやつだと思う。思うが──不思議と、悪い気はしなかった。


「そうと決まれば、じっとなんてしてられません。私、今から働きます!」

「お前は今、療養中だ」

「でも半日寝ましたし、お粥もいただいたので元気です! それに、このまま部屋にいたら今日の分の給金が」

「給金は出る」

「え」

「療養を命じたのは俺だ。お前の責任じゃない」


 リゼッタがぱちぱちと瞬きをした。それからまた、あの顔になった。困ったような、でも嬉しそうな、どちらとも取れる顔だ。


「でも、じっとしてるのは苦手で……」


 もじもじと指を動かしている。小動物のような落ち着きのなさ。全身から湧き上がる喜びを、持て余しているようでもあった。

 ヴィルフォードから小さなため息がもれる。


「……夕方、執務室に来い。毒見役の仕事を説明する。それまでは好きにしろ」

「はい! ありがとうございます!」


 勢いよく立ち上がったリゼッタが深々と頭を下げた。

 

「助けていただいて、お粥もいただいて、毒見役まで。本当に何とお礼を申せばいいか」

「だから、礼はいいと……」

「いえ、ありがとうございます。殿下は命の恩人ですね」


 屈託のない笑顔。陽の光をそのまま表したような、眩しいほどの笑みだった。

 あれだけの身の上を話しながら、最後まで笑っていた。笑っていたほうが前に進める気がしないか、と言っていた。そして、毒入り紅茶を飲まされたのに、それすらなかったことのように笑っている。


 ──あれは、強がりでも何でもないようだな。


 能天気というべきか、図太いというべきか。だが、彼女の笑顔には嘘がない。作って貼り付けた笑顔でも、愛想笑いでもない。本当に、芯からそういう人間なのだ。

 

「……もう行け」

「かしこまりました! 失礼します!」


 扉が勢いよく閉まったあと、部屋に静寂が戻った。

 グレンが振り返らないまま、肩を小刻みに震わせている。


「……何がおかしい」

「いえ」

「どう見ても笑っているじゃないか」


 グレンは答える代わりにヴィルフォードへと振り返り、笑みを強めた。床にしゃがみこんで、割れたティーカップの破片を集め始める。


「殿下にあれだけ遠慮なく物を言える人なんて、王宮広しといえどもそういませんよ。初対面の夜に草を食えと勧めてくるメイドなど、なおさら」

「……うるさい」

「殿下が気に留められるのも、無理はないかと」


 グレンが微笑む。意味深長に。ヴィルフォードは何も言わなかった。

 気にかけている──それは事実だ。理由はうまく言葉にできない。だが、あの夜。月に照らされた中庭で野花を差し出してきた、あの無垢な笑顔。


“──殿下も、食べてみます?”


 その一言が、頭から離れなかった。こちらの顔色など気にも留めないように、ためらいもなく差し出された小さな花。場違いなほど無遠慮なそれは、眠れないヴィルフォードへの、彼女なりの心遣いだだったのだ。

 困惑だと思っていた。得体の知れない人間への興味だと思っている。今も、その認識は変わらない。

 ああいうタイプの人種は、次に何をしでかすかわからない。だから、彼女は目の届く場所に置いておくほうが無難だろう。毒見役も、ちょうど欲しかったところだ。使える人材であることに違いはない。それに、知らない所でまた倒れでもしたら後処理が面倒だ。

 それ以上の理由など、ない──はずだ。


「カモミール、彼女からの贈り物だったのですね」


 破片を拾い終えたグレンが、立ち上がりながらにこやかに言った。


「贈り物などと言える代物か。庭に生えている野花だ」

「でも殿下、捨てませんでしたね」

「……」

「貧しい育ちで、自分の食事すら削っている彼女からすれば、あれは立派な贈り物だったのではないでしょうか」


 ヴィルフォードは黙っていた。

 捨てる理由はいくらでもあった。だが、捨てなかった。彼女の言ったとおり、枕元に置いた。眠れない夜に、かすかな香りがした。悪くなかった。ただ、それだけのことだ。


「毒見役に任命されたのも、合理的な判断ですか」

「そうだ」

「では、特別手当に金貨五枚を提示されたのも」

「彼女の事情に見合った額だ」

「彼女の借金の額まで把握した上で、ですね」

「……情報収集なんて、当然のことだろ」

「なるほど」


 グレンが穏やかに頷いた。否定でも肯定でもない口調。それがかえって、ヴィルフォードには居心地が悪かった。


「何が言いたい」

「何も」

「言え」


 グレンが小首を傾げて、少し間を置いた。


「……殿下が誰かのために走っているところなんて、初めて見ました」


 ヴィルフォードの眉がわずかに寄る。


「リゼッタさんを抱えて、ここまで連れてくるまでの間、殿下は一度も立ち止まりませんでしたよね」

「……倒れた人間を放置する主義ではない」

「はい。でも」


 少し垂れた赤褐色の瞳が、まっすぐにヴィルフォードを見つめ直す。普段は飄々(ひょうひょう)としているくせに、今だけは妙に鋭い視線だ。

 

「殿下が合理的な判断と呼ぶものが、今回に限っては少し、様子が違うように見受けられまして」

「……お前も、もう行け」

「かしこまりました」


 退室する直前、グレンは小さく笑った。扉が静かに閉まる。

 ひとりになった部屋で、ヴィルフォードはしばらく動かなかった。窓から春の風がさらりと流れ込んできた。かすかに感じる、甘い香り。

 カモミールに似ている気がした。

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