第11話 初任務
「……なんですか、これは……」
リゼッタの喉から震えた声がもれた。
長いテーブルの上には、様々な料理がずらりと並べられている。焼き上げられた肉料理に、色とりどりの野菜を添えた皿。黄金色の透き通るようなスープに、見るからにふんわりとしてる香り高いパン。
食堂で提供されている食事よりも、ずっと豪華だ。それに、一人分の食事にしては量も多い。リゼッタからすれば、これだけで軽く三日分の食事にはなるだろう。
「……殿下って、見かけによらず大食いなんですね」
「お前の分が多少追加されているからだ」
「え!? 毒見ってテーブルスプーンに一杯くらいっていうか、少しかじる程度じゃないんですか!?」
「その程度じゃわからないかもしれないだろ。半分くらいは食べて調べろ」
ヴィルフォードは淡々と述べて、上座へと腰を下ろした。
──こんな贅沢なもの、私が食べていいの……!?
視線が自然とテーブルの端から端まで滑っていく。たまらず生唾を飲み込んだ。
──って、違う違う。そうじゃない。
ぶんぶんと首を振るリゼッタ。これは食事ではない。仕事だ。毒見役の。
「あの、毒見って、こんな贅沢なものを食べるのが仕事なんですか……?」
「王族が口にするものを確認するんだ。当然、同じものを食べることになる」
なにを当たり前のことを聞いている、という口ぶりだった。
「はあ〜……」
思わず感嘆のため息がもれた。
改めて、つやつやと輝く料理の数々を視界に入れる。食堂を通るたびに遠くから眺めるだけだった、憧れの料理たち。いや、憧れていた以上のものが手を伸ばせば届く場所にある。
香りまでが違っていた。鼻先をくすぐる豊かな匂いに、またじわりと唾液が湧いてくる。
──エマにも食べさせてあげたいなあ。
ぽつりと、そんな考えが浮かぶ。「お姉ちゃん、すごいね」なんて目を輝かせながら笑って、二人で嬉しさのあまり泣き出してしまうかもしれない。幸せな光景を思い浮かべたリゼッタから、小さな笑みがこぼれた。
けれど、すぐにその笑みは消えてしまう。
本当なら、家族みんなでこういう料理を囲みたかった。仕事とはいえ、ひとりで先に食べてしまうことに後ろめたさを感じてしまう。ほんの少しだけ、胸の奥がちくりと痛んだ。
──だめだめ、今は仕事中なんだから。
リゼッタは小さく息を吐く。いつか必ず、自分がエマと祖母にこういう食事を用意してあげる。そのために今は働くのだ。
それに、これはただの食事ではない。さっき執務室でヴィルフォードから説明を受けたばかりだ。王族の食卓には、常に毒の危険がつきまとうのだと。
戦の少なくなったこの時代、露骨な暗殺は目立ちすぎる。だから、目に見えない方法を選ぶようになった。食事に紛れ込ませる毒は、その最たるものだ。
証拠は残りにくいうえに、武器を持つ必要がない。毒の一つさえ所持していれば、誰にでも扱えてしまう。内部の人間だって例外ではない──と、ヴィルフォードは付け足した。
そして生きていく上で、食べることは欠かせない。つまり、食事の分だけ機会がある。だから、毒見役が必要になる。
実際、隣国の皇太子が王位継承を巡る策略で毒を盛られたこともあるらしい。幸い命に別状はなく、犯人も捕らえられたようだが──それ以来、毒見役を置く王族は少なくないのだという。
リゼッタはもう一度、目の前の料理に視線を落とした。さっきまで美味しそうに見えていたそれらが、少しだけ違って見える。ごくり、と今度は固唾を呑む。
──これを見極めるのが、私の仕事だ。
小さく息を吸い込んで、手を合わせるリゼッタ。
「……いただきます」
ヴィルフォードとグレンがまじまじとリゼッタを見つめている。毒見役の変化を見逃すまいとするような視線だ。少しだけためらってから、リゼッタは匙を取った。
まずは黄金色に透き通ったスープ。夕暮れ前の水面のように、シャンデリアの光の粒を弾いていた。
ゆっくりとすくい上げて、口元へ運んだ。
──なに……これ……。
飲み込んだ瞬間、リゼッタの動きがぴたりと止まる。わずかに瞳が見開かれたまま、言葉が続かない。
「……どうした?」
斜め向かいに座っていたヴィルフォードが眉をひそめた。
「まさか……毒が?」
「えっ」
ようやく声が出た。ぱちぱちと瞬きをして、それから慌てて首を振る。
「ち、違います! そうじゃなくて……その……」
どう説明すればいいのか、わからない。口の中で広がって、ずっと舌に残っているこの感覚をなんと言えばいいのだろう。
温かくて、やさしくて。透き通っていたはずなのに、口に入れた途端に驚くほど深い味わいが伝わって。言葉を探している間にも、じんわりと身体中に溶け込んでいく。
「おいしくて……」
ぽつりとこぼれた。一瞬、沈黙が落ちる。
「……は?」
「おいしい、です……。すごく……」
我ながら間の抜けた答えだ。けれど、本当にそれ以外の言葉が出てこなかった。
「紛らわしい反応をするな」
ヴィルフォードが呆れたように椅子にもたれかかったが、怒ってはいないようだ。わずかにしわの寄っていた眉も緩み、どこか安堵したようにも見える。
「……わ! す、すみません!」
リゼッタは慌てて背筋を伸ばした。黙り込んでしまったせいで、余計な心配をさせてしまったらしい。
「毒はありません、大丈夫です」
「ならいい。続きを」
「は、はい!」
大きく返事をして、残りの料理を確認していくリゼッタ。
肉料理──ステーキは噛んだ瞬間に脂がじゅわりと広がった。ごく稀に口にできた干し肉みたいに固くもない。重たくて、でもくどくない旨味だ。野菜も、当たり前かもしれないが野草とはまるで違う。苦みも渋みもない。育った環境がいいのか、実家の畑で採れる野菜よりも甘くて瑞々しかった。
ひと口確認するごとに感激して動きが止まりそうになる。美味しさに悶えながらもリゼッタは仕事だと言い聞かせて、なんとか堪えた。
どれも、毒はなかった。




