表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新連載】このたび、雑草メイドは冷酷殿下の毒見役になりまして  作者: 葉南子@「ツキヨム」コン大賞受賞
第一章 雑草メイドと冷酷殿下

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/29

第6話 見知らぬ部屋


 まぶたを透かしながら差し込んでくる、木漏れ日のようなやわらかな光。水底から浮かび上がるように、リゼッタはゆっくりと目を開いた。


 ──ここ、どこ……?


 ぼんやりと映る、見慣れない天井。宿舎よりも真っ白で、ずっと高い。身体を包む寝具は、まるで雲にでも乗っているかのようにふかふかしている。まだ昨晩の夢の続きでも見ているのだろうか。

 リゼッタはまどろむ意識の中で、自分の置かれている状況をゆっくりと整理する。


 昨夜、中庭に行った。野草を摘んだ。カモミールを見つけた。殿下のことを考えた。立ち上がろうとして、視界が揺れた。それから、銀髪が見えて──アメジストのよう瞳が、こちらを見下ろしていた。


「……はっ!」


 そこまで思い出したリゼッタは、がばっと起き上がった。

 頭がくらりと揺れる。額を押さえながら、リゼッタは目前に現れた部屋に視線を向けた。広い。普段寝泊まりしている相部屋の四倍はある。重厚で豪奢な調度、壁に掛けられた立派な絵画、床に敷かれた毛足の長い絨毯。

 見たことのない部屋の佇まいに、リゼッタは呆然とした。


「起きたか」


 光の差し込む窓際の方から、聞き覚えのある低い声がした。

 恐る恐る顔を向けると──ソファに深く腰を落ち着かせ、足を組んだヴィルフォードの姿があった。


「……で、でで……!? どっ、ど、どう……!?」


 ヴィルフォードが、どうしてここにいるのか。一気に混乱が駆け巡り、うまく言葉にできないリゼッタ。

 見かねたように、ヴィルフォードが小さくため息をついた。


「お前が中庭で倒れていたから、ここまで運んだ」

「……あ、その、つまり……ここは、殿下の……」


 もう一度、ため息をつく。今度は、肯定のため息だった。

 ああ、やはりあの月明かりに照らされていた人物はヴィルフォードで、全部夢ではなかったようだ。じわじわと現実感が押し寄せる。それに比例するのうに、リゼッタの顔がみるみる青ざめていった。

 布団を勢いよくめくったと思えば、リゼッタはすぐさまその場で正座し深く頭を下げる。

 

「……も、申し訳ございません!」


 たかが一端(いっぱし)の下級メイドが、第一王子の寝室の寝台で寝ていた。どうして、こんなことになったのだろうか。

 いや、それよりも。こんな無礼、クビどころか懲罰を受けてもおかしくはない。王宮の地下には牢があると聞いたことがある。もしかしたら、自分は今からそこへ──。


「顔を上げろ」

「……し、しかし……!」

「上げろ」


 逆らわないほうがいい。直感したリゼッタは、おずおずと顔を上げる。ヴィルフォードがこちらを見ていた。怒っているのか、怒っていないのか、相変わらず読めない顔だ。


「俺が勝手にやったことだ。咎めたりはせん」

「そう……なのですか?」


 問い返したものの、返事はない。紫の瞳がじっとこちらを見ているだけだった。

 気まずさに耐えきれないリゼッタは、小さく息を吸った。


「……ありがとう、ございます」

「別に、礼もいい。あのまま野垂れ死なれたほうが面倒だ」

「ですよね……」


 あはは、と苦笑するリゼッタ。

 王宮の、しかも普段なら立ち寄れない中庭でメイドが死んだ。原因を突き止めたり、書類の手続きをしたり、ただでさえ政務で多忙なのに、下級メイドにまで時間をかけなければならない。面倒この上ないな、とリゼッタも納得した。

 だから、冷酷と言われてる第一王子が下級メイドを助ける理由なんて、「面倒ごとを避けたいから」くらいなのだ。わかっている。わかっていても、止められなかった。

 

「殿下って、意外と優しいんですね」


 思わず口に出してから、しまったと思った。

 

「……意外?」

「あ、すみません! 悪気はなくて……その、『冷酷だ』、みたいな噂をよく耳にするので……!」

「冷酷、ね」

「わわ……! すみません、本当はそんな噂なんてなくて! 私の感想といいますか、あの、そういう意味では全然なくて……!」


 リゼッタの必死な言い訳に、ヴィルフォードの口元がほんの少し動いた。笑った、とは少し違う。でも確かに、どこか柔らかいものが一瞬だけ表情に浮かんだ気がした。


「フォローしなくていい。知っている」

「殿下は気にならないんですか、そういう噂」

「ならん」

「どうしてですか?」


 間を置かずに返ってきた答えに、リゼッタは身を乗り出す。ヴィルフォードはわずかに眉を寄せた。


「……お前、図々しいって言われないか?」

「はい、言われます」

「即答か」


 ヴィルフォードから乾いたため息がもれる。

 まずい、今度こそ怒らせてしまったか。リゼッタは内心で盛大に頭を抱えた。

 

「わ、すみません! また出すぎた真似を……!」

「いい」

「……え」

「嫌いじゃない」


 それだけ言って、ヴィルフォードは窓の外に視線を向ける。

 

「何と言われようと俺のすることは変わらん。他人の言葉で揺らぐほど、この立場は(もろ)くない」


 リゼッタは少し黙った。

 整った横顔。窓から差し込む眩しいくらいの陽光を宿した紫色の瞳が、まっすぐ遠くを見ている。かっこいい、と思った。見た目ではなく、人としての在り方だ。

 

 王宮で働き始めてから三ヶ月ちょっと。陰口や噂に押しつぶされて辞めていったメイドを、すでに何人か見ている。そのたびに、女社会というものを実感させられた。

 リゼッタだって、「雑草メイド」と呼ばれ始めた当時は、何も感じないわけではなかった。それでも揺らがずにいられるのは、やることが決まっているからだ。

 家族の、エマのために働く。それだけを軸にしていれば、噂も陰口も、耳元を掠めていく風の音と同じだった。

 この人も、きっとそういう軸を持っている。だから、揺らがないのだろう。


 どこか遠くで、鐘の音が鳴った。

 その音に引き戻されるように、リゼッタはハッとする。昼を告げる、長い鐘の音。真上から降り注がれるように部屋に差し込む日差しは、よくよく考えれば朝のそれではなかった。


 ──ひ、昼……!?


 焦るリゼッタ。昼まで寝ていたとなれば、サボったと思われるかもしれない。減給をくらうかもしれない。

 

「すみません、殿下! 助けてくれて、ありがとうございました! 私、もう仕事に……」


 寝台から飛び降りたものの、足元がふらついた。視界があの夜みたいに、わずかに滲む。

 また倒れるわけにはいかない、と踏ん張ろうとした瞬間、腕を掴まれた。

 

「阿呆が」


 低い声と同時に、身体が引き寄せられる。気づけばヴィルフォードの腕の中だった。

 近い。昨夜の中庭でも思ったが、今はそれどころではない距離だ。胸元が、目の前にある。


「その状態で動けると思っているのか」

「す、すみません……」


 反射的に謝った。足に力が入らないのは本当で、情けないことにヴィルフォードの腕にしがみつく形になってしまっている。


「少し落ち着け」

「……はい」


 そのままソファへと連れていかれ、ゆっくりと座らされる。

 ヴィルフォードは元いた対面にあるソファに腰掛けると、足を組み、ひとつため息をこぼした。

 リゼッタも膝の上で手を握りしめ、小さく息をつく。


 ──落ち着け、って言われたけど……。


 深呼吸をしてみる。だが何度繰り返しても、なかなか落ち着かない。

 

「仕事は……仕事は、どうなるんでしょう」

「手配してある」

「え」

「俺の側近がメイド長に伝達済みだ。療養を命じたと」


 さらりと言われた言葉に、リゼッタは目を(まばた)く。


「殿下が、そう……?」

「ああ」

「……どうして、そこまで」

「倒れた者を放置する趣味はない。それに、さっきも言ったように死なれたほうが面倒だ」


 そっけない言い方だった。

 リゼッタは、昨夜意識を失いながら見た光景を思い出していた。月光を受けて輝く銀髪。こちらを見下ろしていたアメジストのような瞳。面倒だから助けた人の姿ではなかった、と思った。


「殿下……改めて、ありがとうございます」

「礼はいいと言った」

「いえ、ありがとうございます! 殿下は恩人ですね!」


 またため息が聞こえた。呆れとも違う、どこか毒気を抜かれたようなものだった。

 わずかに空気が緩んだ、その直後。コンコン、と扉が控えめに叩かれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ